第15話『所謂、すれ違い』
「すいません、うるさかったでしょうか」
扉を開けた男を見て、冬木も心なしかその体を強張らせる。 家の中に自然といる、そして冬木の部屋をノックなしに開ける、となればこの男が冬木の保護者ということは明白である。
「……いや。 友達か?」
「お邪魔してます! 成瀬と言います」
というか怖いっ! 声まで渋いし体付き良いしで怖いっ! そりゃ冬木も一目見ればわかると言うわけだわ! 学校行事とか知ったことかって超言いそう!
「……ああ、比島だ。 いつも世話になっている」
……あれ、思ったよりも普通……か? いきなり怒られると思ったが、意外にも丁寧な対応である。 俺は思わず驚き、冬木を見た。
「……そんな」
なんであなたも驚いてるんですか!? おい冬木さん!?
「あ、あの……実は今日、用事があってですね」
「……そうか」
比島さんは言うと、開けていた扉を閉めようとする。 俺は慌てて立ち上がる、足が痺れて転びそうになったが、なんとか立て直しながら。 ここで転ぶとか迷惑以外の何物でもねぇ。
「ひ、比島さんにっ!」
「……ん、俺にか? なんだ」
比島さんはそれでも動じず、低い声で言う。 いきなりこんなことを言われれば、多少は「なんだこいつ」と思われても不思議ではないが、比島さんの表情には一切そういったものがなかった。
「冬木のこと、もう少し考えて欲しいんです! 俺は冬木と比島さんの関係を詳しくは知らないし、こんなことを俺が言うのはおかしいかもしれないけど……担任から比島さんと連絡が取れなくて困ってるって言われてて……保護者としてやっぱりしなきゃいけないことってありますし……」
最初は勢い良く言ったものの、言葉にすればするほどに、俺は一体何をやっているんだという疑問に駆られた。 比島さんからすれば、見ず知らずの男が自分と冬木のことに文句を言いに来ているのだ、意味が分からないというかキレられても良いと思う。 いや、マジでこんな役目をやらせている北見のことが段々ムカついてきた! 絶対いつか仕返ししてやる、絶対いつか仕返ししてやる!
「……落ち着け。 言いたいことを要約してくれ」
比島さんはポケットからタバコを取り出し、それに火を付けて言った。 イライラしているのか、イライラしているよね? してますよね!? だからタバコ吸い始めたんですよね!?
「えっと……つまりですね。 担任から冬木の保護者と連絡が取れないと相談されて……それで困っていてどうにかしてくれと言われていまして」
「……別に言葉を選ばなくても良い」
比島さん短く、静かに言い放つ。 早くしろとでも言いたげな言い方であった。
……ええい、もうここまで来たら腹を括るしかねぇ!
「冬木の保護者として! 冬木にもう少し関心を持って欲しいってことです!」
端的に言ってしまえば、そういうことだった。 そして、それを聞いた比島さんは。
「……」
タバコの煙を吸い込み、深呼吸するように廊下へ向かって煙を吐き出す。 灰はポケットから取り出した携帯灰皿に捨て、そうした後に口を開いた。
「……学校に連絡をすれば良いのか? そうして欲しいなら今しても良い。 関心を持てというのは、具体的にどうすればというのは俺には分からん」
また別のポケットから携帯を取り出すと、比島さんは俺に携帯を見せて言う。
……ん?
「えっと……連絡してくれるんですか? 普通に?」
「……それくらいならいつでも良い。 お前……成瀬といったか。 成瀬の言っている話は初耳だ」
「初耳……」
その言葉の意味を俺は咀嚼する。 ゆっくりと、冷静に考える。 数秒後、俺は冬木に顔を向けた。
「お前なんも話してねぇの!?」
「……私が言ったところで、比島さんが何かをしてくれるとは思っていなかったので」
……おい、おいおいおい! お前さすがにそれは。
「……そういうことか。 成瀬、少し良いか」
俺は比島さんにそう言われ、半ば強制的に冬木宅の一階へと連れていかれるのだった。 その間、冬木は1人部屋に取り残して。
「……あいつが迷惑をかけたようで悪かった」
一階、店のカウンターに座ると、比島さんはそう切り出す。 店内に客はおらず、静かなジャズが流れている。 具体的にどういう音楽か、というのは俺には分からないが、比島さんの持つ落ち着いている雰囲気には合っているような気がする。
「……昔から、空は周囲から距離を取るような奴だった。 親に捨てられ、遠い親戚の俺が拾ったんだが……そのときから、あいつはあまり変わっていない。 周囲から浮いている、というのも変わっていない」
再びタバコに火をつけると、比島さんは語る。 鋭い目付きは昔を思い出すかのように、若干だが和らいでいた気がした。
「……人を信用しないと言った方が良いか。 俺も口下手で、あまり社交性がある方じゃない。 だから勘違いもされやすい」
……その言葉は、否定できない。 確かに見た目怖いし喋り方も怖いしで、第一印象は恐い人だし。 正直今でも殴られるんじゃないかって怯えてます俺。
「……学校のことは何も聞いていない。 お前が言っていた件は今日中にどうにかする。 すまなかった」
「い、いえ! 俺の方こそいきなりすいません……」
「……空とは友人なのか?」
俺が頭を下げると、比島さんはそれに対しては何も言わずに、そう尋ねて来た。
「一応……なのかな?」
「……違うのか」
「いえ! 友人です!」
まぁ、そういうことになるのだろう。 比島さんが言うところの友人というのが、どの程度の間柄からなのかは分からないけど、きっと俺と冬木の関係というのは友人の中に入るんだと思う。
「……あいつが同級生を連れてくるのは初めてだ。 あいつは学校のことはおろか、俺を嫌っているように何も話さない」
「それは」
それは、違う。 冬木も冬木で、どこか比島さんのことを勘違いしているようにも思えるんだ。 だから、この2人はお互いを嫌ってなんていない。 その証拠は、ある。
「比島さん、冬木はジャズが好きだと言ってましたよ」
正確に言えば、言っていたのは嫌いだという言葉だったけど。 それでも、毎日聴いていたし、何より俺の眼には嘘が見えるんだ。
「……それも初耳だな。 成瀬、あいつと仲良くしてやってくれ。 ここまで声が響いていたがな」
「……すいません」
軽い営業妨害である。 渋い大人の雰囲気を持つ比島さんに加え、この洒落た店内の空気も話し声が響いていたら台無しだな。
「……いや、あんなに楽しそうにしている声を聞いたのは初めてだ。 少し変わった奴だが、あいつはいろんなものを受けすぎている。 何よりあいつには……家族というものがない」
その言葉を聞き、もしや比島さんは冬木の秘密に気付いているのでは、と思った。 しかし、次に発した言葉によってそれは否定される。
だが、その話を聞いてホッとなんてできはしない。
「……実の親に捨てられ、見知らぬ奴に拾われ、物心付いたばかりの空にとって、どれだけ負担だったんだろうな。 俺よりももっと、良い保護者は居ただろうに……残念ながら俺以外、名乗り出る奴はいなかった」
「そんな……俺には少し、分かりません」
「……分からなくて良い。 分かる奴を増えて欲しくもない」
そして、最後に比島さんは言う。 呟くように、それはまるで独り言のように。
「……あいつの好きにさせようと思っていたが、俺のような無責任な男よりも、お前のようなお節介な奴くらいが丁度良いのかもしれないな」
比島さんはそう言ったものの、俺にはとてもそうは思えない。 冬木にはお節介くらいが丁度良いという方ではなく、比島さんが無責任な男だという方だ。
もしも比島さんが無責任であったなら、親に捨てられた冬木空を保護することもなかっただろう。 そして、冬木が秘密を抱えながらも今日までいられたのは、他ならぬ比島さんのおかげなのだろう。
冬木はずっと独りだった。 頼れる人なんていなくて、妹がいた俺なんかとは違っていて。
でも、大丈夫だ。 冬木空、お前は独りで戦う強さを持った奴だ。 けど、それでもお前の気付かないところで、比島さんはずっと支えていてくれたんだ。
今日、俺は比島さんと話し、そう思った。 そして、これから先……冬木の力になれるのなら、なんでもしてやろうと、そう思った。
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