第8話『所謂、想い』

「それは、長峰から話して欲しくないからか?」


「いいえ、そうではありません。 そうではなく、その話自体私はしたくありません。 ですが、他人の口から語られるよりはと思っただけです」


 嘘ではなかった。 つまり、その過去の出来事を誤魔化したいなどの想いはない。 ただ、どうせ語られるのであれば自分からという意味だった。


 冬木は恐ろしいほどに察しが良い。 というよりかは、恐ろしいほどに勘が鋭いと言ったところか。 こいつの前では隠し事というのは困難を極めることのように思えるくらいに勘がよく、若干ビビらされることも多々あるくらいだ。 先ほど、俺と長峰のやり取りをこいつは見ていなかったと思うんだけどな。


「……そりゃそうか」


 そして、自分のしようとしていたことを恥じる。 俺も俺で中学のとき、嫌なことというのはあったからだ。 それが原因でこちらへ引っ越してきたわけだし、その話を新しく顔を合わせた人たちとはしたくはない。 それは、冬木も同様というわけだ。 嫌な過去の話など、進んでしたい奴がいるわけがない。 俺はただ冬木という奴のことを知りたいという欲求だけで動いていて、冬木のことをどうにかしたいとだけ考えていて、一番優先するべきものを後回しにしていたのではないだろうか。


「わかったよ」


 言い、長峰が渡してきた紙切れを冬木の目の前で千切り捨てた。 長峰に見られたら正直今後の学園生活が恐ろしいことになりそうだが、それよりも今大事なことは、冬木との関係性だろう。


 別に、冬木と仲良くなりたいわけではない。 何度も言うが、冬木は俺と友達になんてなりたくないだろうし、俺もこいつと友達になりたいわけじゃない。 だが俺が妙な能力を持っている所為で仕方なく、持ってしまったのだから、嘘が見えてしまうのだから、なんとかしないといけないんだと思う。


 そのためにも、ここで冬木との関係を壊す必要はない。 たった二週間であるものの、少しずつ話してようやくそれなりに仲良くはなれたのだから。 最初は全部無視されてたのが、今では普通に話してくれる……いや結構辛辣だけど、心がだいぶ痛むけどね? それでもわりとマシになったほうだ。


「……随分と決意が早いんですね。 私は嘘を吐くかもしれないのに」


「どうだか。 俺って他人のことは超信じるタイプだし」


「そうは見えませんが。 では」


 冬木は言い、その過去を口にしようとする。 そこで、俺は冬木に手を伸ばした。 制止する意味で、だ。


「……何か?」


「良い。 やっぱりやめたわ、聞くの。 お前は言いたくないんだろ? だったら話す必要もないし、気にならないって言ったら嘘になるけど、チャンスがあれば知りたいとも思うけど、今は良い」


「……」


 俺が言うと、冬木は立ち止まり俺の顔を見た。 何か俺の顔に付いているのだろうか? そんなジッと見られると照れてしまう。


「……」


 が、そんな俺の気持ちを露知らず、冬木は俺の顔を見続ける。 ガン見だ、めっちゃ見てる。 え、マジでなんだよなんか言えよ!


「成瀬君は、変わってますね」


「……いや待て、お前の方が絶対確実に変わってるぞ」


「でしょうね」


 自覚はあったのかよ! それで満足したのか、さっさと歩き始めやがった……。 自由奔放というか、自分のペースを一切崩さない奴だな。 真面目と言えば真面目なんだろうけど、変わり者と言えば変わり者ってわけだ。


 その後、俺たち二人は図書館へ行き、当初の目的である資料探しを行った。 心なしか、冬木が前よりもその雰囲気に鋭さはなくなっていた気がした。 たぶん、恐らく……気のせいだとは思うけど。




「いやぁすっかり遅くなっちまったな。 けど、収穫はあったって感じか」


「そうですね。 成瀬君は、普段は図書館などには行かないんですか?」


 その質問は、恐らく俺が図書館の大きさと豊富な書物に終始驚いていたからだろう。 いやだって、テレビとかでしか見たことない広さだったし……。 はい、冬木に静かにしろと怒られました、ごめんなさい。


 今は帰り道、図書館から歩き、冬木の家の方へと向かっている。 俺の家方面に行くにも冬木の家の前は通るから、ついでに家まで送っていこうという流れである。 とは言っても、わざわざ口に出して家まで送っていくなんてことは言わないが。 言ったら逆に話す機会が失われそうである。


「無趣味だからなぁ……基本暇人だし、俺」


「それは、羨ましいですね」


 冬木はそう言った。 寂しいでも、情けないでも、悲しいでもなく、羨ましいと言った。 思わず俺は「どうして羨ましいんだ」と聞こうとしたが、それよりも早く、冬木は口を開いた。


「趣味がないということは、これから先どんなものでも趣味にできるかと。 時間があるならば、その時間を注ぐことを見つけられる。 私は正直、成瀬君が羨ましいです」


「いや、んな大層なものじゃ」


 辺りは既に、暗い。 駅から少し離れ、街灯の光る道には桜が散っており、綺麗なものだった。 そんな中、冬木は隣でぽつりぽつりと言葉を漏らしていく。


「……私は、周りの人が怖いんです」


 それは、嘘ではない。 そして、冬木の心の底からの言葉だったように思える。 ようやく、その一欠片を冬木は口にしたのだ。


 その感情には俺自身、嫌というほど見覚えがあった。 周りが怖い、何を考え何を想っているのか、それが嘘によって塗り固められ、全くと言って良いほどに分からない。 だから、怖い。 周りが何も見えなくなる、何もかもが恐ろしくて仕方ない、そんな感覚は良く知っている。 この世で一番怖いのは、人間なんだ。


「成瀬君、昨日の話は覚えていますか」


「昨日の話?」


 冬木は俺に背中を向ける。 俺を無視するとき以外、一応俺の顔を見てくれる冬木にしては珍しい話し方だった。 小さい背中で、冬木はどこかを見ながら俺に語りかける。 銀色の髪の毛と辺りに舞う桜は、絵にもなりそうな光景だった。


「化けの皮を剥がすという話です。 覚えていますか」


「あー、そういやあったなそんなの。 もう済んだんだし、教えてくれよ。 どういう意味だったんだ?」


「……」


 それ以降、冬木は黙り込む。 何を考えているのか、俺には冬木の考えなど分かりはしない。 だが、少しずつ、ゆっくりゆっくりと冬木は俺と会話をしてくれるようにはなっている。 周りが怖いという冬木に対しては、その距離を俺が縮めるよりも冬木の方から縮めてくれた方が良いだろう。 それは、冬木自身のためにも。 だから、俺は冬木の言葉を待つことにした。


 数秒、数十秒、それとも数分だろうか。 俺に背中を向け続けていた冬木は、何かを考えているかのように黙り込んでいる。 春の風にしては冷たい風が俺と冬木の間を吹き抜け、それに伴い桜の花びらは儚く散り、流されていった。 冬木の明るい銀髪は街灯に照らされる。


 その頭に、桜の花びらが一枚落ちた。 冬木はそれを手に取ると、手のひらの上で眺めた後、風に乗せ花びらを飛ばす。


「私は、成瀬君のを暴こうとしました」


「本性……って」


 どういうことかと聞く前に、冬木は喋る。 それはまるで、懺悔のようでもあった。 独り言……それも、それも、だ。


 冬木の声は、少しだけだが震えていた。


「でも、あなたはそれが本性なんですね。 私がいくら否定しようと、私がいくら拒絶しようと、私がいくら敵視しようと、あなたは私を敵だと思わない」


「敵って……俺とお前が、か? 同じクラスじゃねえか、それも同じ委員会だし、今日だって一緒にこうして仕事をしてるわけだろ?」


 冬木の言いたいこと、言っている意味が俺には分からない。 曲りなりにも仲はそれほど良くはないが、決して敵だと思ったことはなかった。 友達になれなさそうだとは思ったし、変な奴だとも変わった奴だとも接しにくい奴だとも思ったことはある。 だが、それは決して敵だとかそういう意味ではない。 だから、冬木に敵だと思われていたことが少しだけ……少しだけ、ショックだった。


「違いますッ! 私も成瀬君のことを敵だなんて……!」


「……は? お前、今」


 今、俺はまた口に出していたか? 思ったことをそのまま……口に?


「ッ!」


 だが、俺がそう言ったそのとき、冬木はハッとした顔で俺の方を見た。 それが意味することもまた、俺には分からない。 しかし冬木の顔を見て、俺は思わず目を見開く。 今まで見たことのないような顔、そして。


 冬木は、冬木空は――――――――泣いていた。

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