第3話 2人きりの誕生日

 1月17日の13時。

 睦月とむつきはそれぞれ身支度みじたくを整え家を出ると、廊下で鉢合はちあわせた。

「ぴったりだね」

「むつきは自分は遅れるのに人が遅れたら怒るから、ちょっと慌てたけどね」

「なにそれ、私が自分勝手みたいじゃん。……うーん、まぁ、いいや行こ」

 と、納得いかない様子のむつきだったが、話を切り上げると2人はエレベーターに乗り、1階へ降りマンションを後にした。


 最寄りの地下鉄駅に向かって歩く2人。

「ってかさー、2人共キャメルのダッフルコートって、ペアルックみたいで恥ずかしくない?」

 と、今さら過ぎるようなことを言ってきたたむつきに――

「結構、ありがち色だからしょうがないじゃん。初詣の時もそうだったじゃん、いまさら言わないでよ」

 一応、反論してみた睦月。だが、恥ずかしくもあるけど、ちょっと嬉しい気持ちもあって複雑な表情をしてしまった。それをむつきは見逃さなかった。

「それどういう感情の表情? 一緒なのが嫌なの? だったら、私の方が嫌だからね」

 むつきは嫌だということを強調したが、本当はそんなに嫌ではないのにこんなことを言ってしまう。そういう年頃なんだと自覚はしていたが、年頃だからという理由で片づけるのは違う気がして、そんな自分に少し嫌気が差していた。

 それに本当は睦月に少なからず、好意を抱いていた。そんな気恥ずかしさからか、逆に好きじゃない、みたいなアピールをしてしまっていた。


 そんなはたから見れば痴話げんかのようなことを繰り広げていると、駅に着いていていた。

 ICカードを改札にかざし、ホームへと連れ立って降りる2人。

 すると、電車はすぐに来た。

「あ、来たよ」

「本当だ、タイミング良かったね」

 そういって到着した電車に乗り込み、2人は札幌駅に向かった。

 次は札幌、札幌。降り口は――

 車内アナウンスが聞こえると、2人は慣れた様子で降り口近くに移動した。

 ホームに電車が到着し、電車を降りた2人は札幌駅ビルの最上階にある、シネマコンプレックスへ向かうため、何度か階段を経由し、まずはエレベーターホールを目指した。

 2基のエレベーターが並ぶホールに着いた2人は、2分くらい待ちようやく、エレベーターに乗り込んだ。


「このエレベーターっていつも混んでるよね」

 小声でむつきがそう言うと、睦月は声には出さずに、首だけで頷き返事をした。

 そうしていると、目的である最上階のシネマコンプレックスに着いた。

 エレベーターを降りると、目の前のエントランスホールがたくさんの人でごった返していた。

「やっぱ土曜日だと人多いね」

「うん。ちょっとだけ早いけど、チケットとポップコーン買って入っちゃおう」

 睦月はむつきにそう告げると、いつもそうしているように、テキパキと買い物を済ませ、シアターに入り2人は席に着いた。

「トイレは大丈夫?」

「子どもじゃないんだから、いちいち言わなくても大丈夫」

 そんな親子のような会話をして5分くらい経った頃、上映が始まった。


 2時間ほどで映画の上映が終わりシアターを出た2人。それから、来た時と同じエレベーターに向かいながら――

「楽しかったね!」

「うん、楽しかった! 迫力凄いねー!」

「でしょ、アクションはいつ観ても楽しいから好きなの。だから、またアクションかぁ……とか嫌な顔しないでよね」

「わかったよ。で、この後はどうする?」

 睦月がそう聞いたのは、むつきとの関係を変えたい。そういう目的が今回の誕生日祝いにはあり、なんとか良い機会が無いかと考えていたからだ。

「映画観るだけってのも味気ないか……。あ、じゃあ大通公園おおどおりこうえん行こうよ。普段そんなに行かないしさ」

 期待通りの答えが返ってきたことで、嬉しさが溢れた睦月は――

「良いね。行こう行こう!」

 食い気味に元気良く顔を綻ばせながら返事をした。

「え、うん……行くけど、睦月やたら元気だね」

「そうかな、い、いつも通りだよ」

 喜び過ぎたことをむつきに見抜かれた睦月は、少し恥ずかしそうに俯きながら言った。

「まぁ、いいや。じゃあ、地下歩行空間ちかほこうくうかん通って行こ」

「うん」

 そう話している間にエレベーターが到着し、2人は乗り込み地下1階に降りた。それから、階段を降りると、そこが地下歩行空間だった。


 札幌駅から大通公園の間を地下でつなぐ巨大な通路として、地下歩行空間がある。そこを歩けば札幌駅から大通公園までは10分ほどで行くことができる。

 睦月とむつきはその地下歩行空間を通り抜け、地上に戻り大通公園にある大きな噴水のそばにあるベンチに2人は隣り合って腰掛けた。

 睦月は右にむつきは左に、2人の距離は30センチ定規を置くと、ちょうどぴったりなくらいの距離だった。

「冬だと噴水止まってて、ちょっと寂しいね」

「そう? 夏だと子どもが騒いでるから、今の方が静かで好きだけどな」

「むつきって、、子どもがそんなに好きじゃないよね」

「うん」

 なんとなく会話をつなぎながらも睦月はタイミングを見計らい、あることを切り出そうとしていた。

「む、むつき、あのさぁ……」

 口ごもりながらも、何か言いたげな表情で睦月は言った。

「え、何? 何? 急にどうしたの?」

 そんな表情で言われたむつきは戸惑ったように、慌てながらそう返した。

「そんなに慌てないでよ、そんなに大したことじゃないからさ」

「あ、そうなの? で、何?」

 ようやく、決心がついたのか睦月はゆっくりと口を開いた。

「僕たちさ、同じ高校を受験するじゃん? それで、もし2人共合格できたらって条件で、伝えたいことがあるんだ……」

「今じゃダメなの? それってお互いに?」

 突然の提案に動揺するむつきは、それを隠すよう矢継ぎ早に質問をした。

「うん、今じゃダメ。もちろん、お互いに伝え合う形で。これだけ一緒にいたらさぁ、色々と隠してることとかもあるじゃん?」

「今じゃダメってのは納得できないけど、色々隠してることがあるってところは同意できるかな……」

 むつきのその言葉にホッと胸をなでおろした睦月は――

「よし、じゃあ約束ね! 絶対だからね!」

 あと15センチだけでも良いからむつきとの距離を縮めて、幼馴染みという関係を変えたい。

 この約束を果たして自分の気持ちを伝えることができれば、それが叶えられるんじゃないだろうか。それが現実味を帯び始めたことで思わず、声を大きくしてしまった睦月だった。

「そんなに大きな声を出さなくても守るよ」

 睦月が急に大きな声を出したので、周りの目が気になりだしたむつきはたしなめるように言った。

「あ、ごめん」

「もう暗くなってきてるじゃん。早く帰ろう」

 むつきがそう言うと、見上げて、さっぽろテレビ塔の時刻表示を睦月は確認した。

 時刻は4時50分と刻まれていた。

「あ、本当だね。もう5時になっちゃうね」

「でしょ。道理で寒いと思ったんだ、帰ろ帰ろ」

 立ち上がりながむつきは言った。

「あ、ちょっと待ってよ」

 睦月が追いかけながら言うと、むつきはもう地下鉄に乗るため地下への階段を駆け降りていた。

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