ばか。
木漏れ日亭
ばか。
私は、どうしても言ってやらないと気がすまなかった。
「ねえ、ちょっと聞いてもいい?」
「ん? なに?」
「あのさあ、なんであんたはそんなにお人好しなの?」
「へ? 俺ってお人好しかなあ。そんなつもりないんだけど」
「なに言ってるのよ。十分すぎるくらいにお人好しじゃない」
「そうかなあ。自分じゃ分からないよ、そんなこと」
「じゃあね、あんた人と歩く時、いつもどうしてる?」
「ん~そうだなあ、左側? 俺ってなんでか左側が好きだからさ」
「違うわよ。あんたはいつも、車道側に立って歩いてるの。必ず相手を車道から遠い方になるようにしてる」
「まあ、そうかな? あんまり意識したことないや」
「雨降ってる時、人とすれ違うのに傘、どうしてる?」
「そりゃあぶつからないようにするでしょ」
「あんたは必ず傘を傾けて、自分が濡れるようにしてる」
「だって傘がぶつかったら危ないじゃん。それに肩くらい濡れたからってどうってことないし」
並んで歩くと私はちっとも濡れない。
「ああ~もうっ。それとかさ、駅なんかでどうして前に人を割り込ませるの?」
「どうしてって、なかなか並べないでいるの申し訳なくってさ」
「後ろの人からしたらなにやってくれてんの? って思われちゃうでしょ」
「だから後ろの人にごめんってしてるじゃん。こうして」
「私を拝むんじゃないわよ! あのね、なんであんたが謝らなきゃならないの?」
「ええっ? だって俺が割り込ませたんだから悪いのは俺だよ?」
「それで割り込ませてあげた人は、あんたにお礼言ってくれたことあるの?」
「あるよそりゃあ! おじぎしてくれたり、手挙げてくれたり」
「ほとんどされないでしょ?」
「みんな急いでるから仕方ないよ」
「友達だけじゃなくって、知らない人にもお金貸してない?」
「……なんで知ってるの?」
「あんたねえ、私は誰と付き合ってるって思ってるわけ?」
「俺」
「そこは即答してくれてありがとう。言葉に詰まったりしたら、ぶったたいてるとこよ」
「ごめんな」
「だから拝まないでって! それで貸したお金、戻ってきてるの?」
「みんないろいろあるんだろ。大丈夫だよ」
「どうしてそう言い切れるかなあ。そんなのわかんないじゃん」
「それこそ信用しないとお金なんて貸せないよ。貸すからには、信じないと」
「ね、やっぱりあんたお人好しでしょ?」
「だからどこが? みんなやってることだろ?」
「みんながあんたとおんなじだったら、この世の中戦争なんか起きないし、企業の倒産もないしいじめもないパラダイスになってるわよ!」
「なんか違う気がす……」
「違わないわよ! 私が言いたいのは、どうしてあんたばっかりそうやって貧乏くじ引かなきゃならないのかってことなの!」
「俺って貧乏くじ引いてるの? そんな意識ないけどなあ」
「見てるとこっちがイライラしてくるのよ。どうしてそんなに関係ない人に尽くせるんだって」
「それってさあ、もしかしたらやきもち焼いてるの?」
「ち、違うわよ! 私はただ、あんたはもっと要領よくしなきゃだめって言ってるの!」
頭、痛くなってきた。
「要領よくかあ。確かに俺って、あんまり気が利かないからな」
「そうじゃなくてさあ……」
「ま、でもなんでもないと思うよ、俺は」
「どこがなんでもないのよ」
「要は気の持ちようかなって。よく言うじゃん、相身互い、情けは人のためならずとか、働くとははたさまを楽にして差し上げることとかさ」
「なにそれ? 今の世の中情けはかけちゃ駄目なものの筆頭でしょ! はたさまを楽にってダジャレ? ハタ◯イクってこと? 座布団出ないよ?」
「面白いこと言うなあ、じゃあ俺から座布団一枚。ヤマダく~ん!」
「あ、ありがと、って違うでしょ! もう。これだから疲れちゃうんだよ」
「ごめんな。嫌いになっちゃったか?」
「ばか言わないでよ! 好きに決まってるでしょ、ええ好きで好きでどうしようもないくらい大好きだわよ!」
「ははは、そんな大きな声で。ああ、俺もだよ。好きだ。愛してる」
ばか。
ばか。 木漏れ日亭 @komorebitei
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