恋愛コズミック
凍堂暖華
綾瀬友菜の場合
放課後、赤く染まった教室。
私の目の前には黒縁眼鏡をかけた気だるそうな男子。
――放課後、教室に来てください 綾瀬友菜――
それだけ書いた手紙をこっそりと下駄箱に忍ばせて。
「……で、なんなんだよ」
「その……急に呼び出して……ごめんね……」
「あぁ、迷惑だ。だからさっさと用件を言ってくれ」
大丈夫、と自分に言い聞かせる。
ありったけの勇気をもって目の前にいる彼、高坂雄太に伝える。
「私に……私に勉強を教えてください!」
「……え?」
県立錦野高校。県下でも五本指の進学校であり、特に特進クラスは国立医学部や名門大学の合格者がごろごろ出る。
「……ゆ……な……友菜!」
「もう!びっくりしたなぁ!」
「さっきからずーっと上の空なんだもん」
「ごめんって、舞」
ボーっとしていたから、しっかり話を聞いていなかった。
「で、何の話だったっけ?」
「もう、泉さんのところに、また男子が告白しに行ったんだって」
「また?」
「そう、今度は5組の矢沢君」
「もうそこまでわかってるんだ……」
「今度もバッサリ振られたんだって」
「あははは……」
彼女は宮田舞。
私の友人でありとても友好関係が広く、恋愛関係に至っては噂のほぼすべて把握している、ゴシップ好きの女の子。
彼女が耳にした噂は校内放送を上回るスピードで生徒の耳に入ることから、畏敬の念を込めてミヤッターと呼ばれている。
「矢沢君っていったら、女の子に人気じゃん。なんで振っちゃったんだろう……」
「噂では、『今の私には恋人は必要ないわ』って振ったんだって」
「よく知ってるね……さすが舞……それに泉さんも……」
「あら、私に用かしら。綾瀬さん」
「あっ……泉さん」
泉エル。名門大学合格は確実と言われる錦野高校一の才女であり美少女。
透き通るような白い肌を持ち、噂ではロシア人の祖母を持つと聞いたことがあるが定かではない。
「今日の学級日誌を書いておいたわ。悪いけど、放課後提出しに行ってくれないかしら」
「あっ、いいよ。ありがとう」
「なんてことはないわ、じゃあよろしくね」
そういって自席に戻り参考書を開く泉さん。
「なんか……ほんとに自立した女性って感じだよね、泉さんって」
「そうだね……」
「そういえば、友菜って今日放課後用事ある?ムーンフロントで一緒に期間限定ラテ飲まない?」
「ごめん……今日の放課後用事があって……」
「えっ何の用事?」
「えっと……あっ、舞、今日板書じゃなかった?予鈴なるよ?」
「うそ!どうしよ!章末問題できてない!じゃあね、友菜!」
彼女はこのまま教室に一目散に帰って問題を解くはずがない。
「ねぇ、高坂!数学Ⅱの演習問題用ノート貸して!」
「またかよ宮田、いい加減自分でやれって」
「今日板書なんだって、お願い!」
「ああもう、しゃーねーな。ほらよ」
「高坂ありがとう!じゃあね!」
そういって舞は教室を後にした。
舞がいなくなった教室はとても静かだ。
何てったってこの教室は、錦野高校3年2組。理系特進クラスだ。
「はぁ、次は数学Ⅲか」
私も一応、理系特進クラスにいる。ただし、ぎりぎりで。
特進理系クラスに入るには、定期テストのほかに模試の成績が関係してくる。
私はたまたまそのクラスに入るか入れないのかを見分ける模試で、国語の小説と古文が読んだことのある文章が出題され、自由英作文は自分で買って解いていた問題集の問題と同じ問題が出題され、最難問と言われた数列の問題の類題を昨日の夜にたまたま解いたことで、偏差値69というミラクルを起こしてしまい、ぎりぎりの成績で特進クラスに滑り込むことができたのだ。
「……クラス順位は……25人中25位、総合順位は……150人中97位……」
第1回定期テストの成績がさっき返却された。赤点こそギリギリないものの、全く喜べるような点数ではない。
特に今朝返却された数学Ⅲ。
「さっ……34点……」
クラス平均68点。私の点数のちょうど2倍だ。
「くそっ、泉にまた負けた!」
教室に響く高坂君の声。
なんだよ高坂、また負けたのかよ。とクラスに響く笑い声。
泉さんの総合順位は安定の1位。高坂君はやはり安定の2位。
いや、私からしたら十分すごいんだけど。
「くそっ、泉!次の定期テストは首を洗って待ってろよ!」
「首を長くして待っているわ」
「……っっ」
本気で悔しいのだろう。高坂君は泉さんを少しにらんで自分の席へと戻って行った。
60点以下のやつは、問題集もう一回提出な。と担任の数学教師からありがた迷惑な課題をいただき授業は滞りなく進んでいった。
放課後、住んでいる町のはずれにある図書館へと向かう。
交通が不便なところにあるため、訪れる人はあまりいない。
人目につかないような席を選び今日間違えた問題を再び解きなおす。
「えっと……これがこうなって……あれ、違う……」
参考書とテストの略解をにらめっこしながら解いていく。
「綾瀬、早いじゃねぇか」
「あっ、高坂君」
「お前今日、日番だったんじゃねぇか?」
「泉さんが終わらせてくれたの」
「また、泉かよ……」
露骨に感情をあらわにする高坂君。
それもそのはず、彼は定期考査は入学してからずっと2位、泉さんに勝てたことがないのだ。
「あの……」
「……あぁ、そうだったな。とりあえず、今回のテストの結果を見せてみろよ」
おずおずと小さくたたんだ紙を渡す。
高坂君は受け取った紙を見て震え声で私に尋ねた。
「数学Ⅲが34点、英文法が41点……お前……なんで特進理系クラスは入れたんだよ……」
そんな高坂君にここまで来た経緯を話すと高坂君は大きなため息をついた。
「お前運良すぎだろ……とにかく、終わってしまったもんはしょうがない。今日のテストの直しするぞ」
そういって、私の隣に座る。
「どこが分かんねぇんだよ」
「……ぜ……ぶ……」
「聞こえねえよ」
高坂君が顔を近づけてくる。
お互いの顔の距離が近い。
「……全部……」
「はぁ?」
みっともなさ過ぎて、思わず涙がこぼれそうになる。
「……全部……わかんない……」
思わず涙がこぼれる。
「ごめんね……全部わからないの……」
惨めだ。そう思った。
全部わからないのに教えてほしいなんて図々しいにもほどがある。
「泣くんじゃねぇよ!」
高坂君はいきなり大声で叫んだ。
「分からないなら、分かるようにすればいいだけだろ!シャーペン貸せっ!」
そういって、私の手からシャーペンをひったくり何も書かれていない真っ白な紙に新しい数式を書き込んでいく。
絶句する私を横に、さらさらと計算式の解答を作り上げていく高坂君。
「お前は全部わからないってことを今回のテストで分かったんじゃねぇか。なら、今からそれをちょっとずつでもいいから無くしていくだけだ。見たところ計算ミスが目立ってるから、それさえなくせばお前はこのテスト余裕で50点は取れてたんだよ」
「……そう……なの?」
「あぁ、自分の解答のここらへん見てみろ」
高坂君が指差す問題を見る。
「いいか、高坂。この辺の問題の不正解は全部計算ミスだ。あとは単純に公式を使いこなせてないだけだな」
そういって乱暴にシャーペンを置く。
「ほらよ、テストの解答。貰った略解じゃ、お前絶対また解答写して終わりだからな」
「あっ……ありがとう……」
そうして、お互い黙々と問題を解く。
「高坂君、ここわかんないんだけど……」
「そこか!数列は俺も苦労したところだ。確かノートに……あれ?俺のノート……」
とカバンを探りながら顔をしかめる。
「しくじったな、宮田に貸したままだ。まぁ、ここはこの公式を使って……」
という風に、たまに分からないところを教えてもらいながら、閉館時間までに何とかすべてのテスト問題を解き終えることができた。
「おい、綾瀬。そろそろ閉館時間だし出るぞ」
「あっ、ちょっと待って……」
そういって、カバンから購買で買ったクッキーを取り出す。
「今日はありがとう。はい、お礼」
「おっ、悪いな。サンキュー」
すごいニコニコ顔でカバンにクッキーを入れる。
舞から聞いたことがあったのだ。高坂君は甘いものが好きだと。
蛍の光が流れる図書館を出て、二人で自転車を押しながら帰路につく。
「なぁ、綾瀬」
「なに?」
「綾瀬はどうして泉じゃなくて俺に頼んだんだ?」
「えっ……」
「いや、単純に気になっただけだ。泉のほうが頼みやすかっただろう?」
「そうなんだけどね。泉さんの説明はなんか分かりにくくって……」
「それ、分かるわー。なんか不親切なんだよなー。なんでこんな簡単なこともわからないの?って感じで」
「あははは……」
そんな他愛のない会話を続ける。
高坂君は塾には通っておらず、学校と自宅だけであの成績を維持しているらしい。
「塾行ったほうがいいのは分かるんだけどな」
「えー、私なんか、ずっと塾で分からないところ教えてもらってるよ……」
「まぁ、綾瀬だし、しかたないよな」
「何それひどい」
冗談だって、と笑う高坂君。
「明日は授業の復習からだな。じゃあ、俺こっちだから」
「ありがとう。また明日ね」
「じゃあなー」
と言って自転車に乗りすぐに見えなくなった。
明日も頑張ろう。
なぜか素直にそう思えた。
登校し、朝の準備をしていると、舞が教室にやってきた。
「高坂いるー?」
「なんだよ、朝っぱらから」
「昨日ノート返すの忘れてて……」
「あぁ、とても困った。早く返せ」
「はい、これ。あと、お礼のクッキー。じゃあね!」
そういって舞は私の席にくる。
「友菜おはよう!」
「おはよう舞」
「また数学してるの?」
「そう、私も文系に行けばよかった」
いまさら何言ってんの、と笑った舞。そういえば……と舞は話題を転換する。
「友菜、昨日何してたの?学校からすぐに出ていったけど……」
「あぁ、お母さんからお使い頼まれてて」
「ふーん」
舞の目つきが心なしか鋭く見えた、気がした。
学校が終わり、図書館へ急ぐ。
「遅かったじゃねぇか、綾瀬」
「ごめんね、今日もよろしく」
「あぁ」
そういって互いに別々の勉強を行う。
「……綾瀬」
「どうしたの?」
「お前宮田と仲いいんだよな」
「そうだけど……」
「まさか宮田にここに来てるの見つかってないだろうな」
「大丈夫だとは思うけど……」
「あいつミヤッターだからな……この状況見つかったら大問題だぞ?」
「……確かにそうだね」
「気を付けて来いよ」
「お互い様でしょ。……あっここ分からない」
そこはな……、という感じで放課後は過ぎてゆく。
高坂君は志望校の過去問を、私は今日の授業の復習を。
閉館時間になるまで、私たちは黙々とシャーペンを動かした。
「はぁ、疲れた……」
「俺も疲れたわー。綾瀬は今日の授業のところ分かったか?」
「うん!家に帰ってもう一回復習するね!」
「それは当たり前」
「……知ってるもん」
「ごめんごめん、悪かったって」
教科書をカバンにしまいながら笑っている高坂君。
「今日もありがとう」
「おっ、このチョコレートCMでやってるやつじゃん!」
「やっぱり知ってたんだ」
「当たり前だろ!甘いものは正義だぜ?」
今日は鞄にしまわずその場で開封し一粒口の中に投げ入れる。
「やっぱ勉強の後はチョコレートだな!」
「……お菓子好きだね」
「甘いものは正義だぞ!」
「それ、二回目」
じゃあ、今日も甘いものありがとうなー。そういって、自転車にまたがって帰っていく高坂君。
高坂君の後ろ姿が見えなくなるまで私はその場を動かなかった。
毎日毎日私たちは放課後図書館に通っていた。
数学Ⅲの毎授業行われる小テストは計算ミスも減り、文章題も少しずつだが正答率が上がってきていた。
「10問中7問正解か!やったじゃねぇか、綾瀬!」
「ありがとう、高坂君」
「じゃあ、今日も間違え直しからだな」
「ねぇ……」
「どうしたんだ?」
「実は昼休みに自分で少し解いてみたんだけど……」
「綾瀬!お前偉いな!」
そういって私のノートに目を通す。
「なるほどな……。計算は正解だけど、この体積を求める問題がまだ間違ってるな……」
「そっか……」
「でも、考え方は悪くない!教科書のここに載ってるから、もうちょっと考えてみろ!」
「分かった」
そういって私は黙々とシャーペンを動かす。
今日は7限まで授業があったので外はもう赤く染まりつつある。
何とか問題を解き終わる。
「高坂君できたよ……高坂君?」
返事がないと思ったら、高坂君は机に突っ伏して寝てしまっていた。
授業中は一度もウトウトしたところを見たことがないから、少し驚いた。
夕日に当たった顔は気持ちよさそうな寝顔をしている。
「高坂君が勉強中に寝ているって……なんだか不思議だな……」
私が隣で問題を解いていると、すぅすぅと寝息が聞こえる。
かなり疲れているようだから、なるべく起こさないように静かに勉強する。
そういえば、高坂君はいつもどんな勉強をしているんだろう。
そっと過去問を見てみる。
「なに……これ……」
複雑な計算式が繋がる難解な問題が数多く書き込まれている問題集。
赤や緑や紫のカラフルなペンで書きこまれたノートには細かな訂正がノートをデコレーションするかのように書き込まれてある。
こんな問題を毎日解いてたんだ……。
尊敬とともにこんなバカな私に貴重な時間を使わせてしまっていることをとても恥ずかしいと思ってしまうほど、高坂君の勉強は私には難しすぎた。
「ごめんね……こんな私に貴重な時間を使わせてしまって、ごめんね……」
少しでも申し訳なさを払しょくするために、私はもう一度問題に目を向けた。
高坂君は閉館時間に流れる蛍の光で目を覚ました。
「……綾瀬?」
「あっ、おはよう。高坂君」
「俺……寝てたの?」
「うん、すごく気持ちよさそうに寝てたよ」
「ばか!起こせよ!……くそっ、綾瀬に寝顔見られるとか……」
「もしかして照れてるの?」
「はぁ?俺が照れる?そんなわけねぇだろバカ!」
「ごめん」
思わず笑ってしまう。
こんな高坂君は初めて見た。
「綾瀬のくせに笑うな!」
ごめんね、と言いつつも笑いが止まらない。
そんな私を見て、高坂君はため息をつき、真っ赤な顔をして言った。
「いいか綾瀬。こんなこと絶対言うなよ!特に宮田と泉に!」
「分かったって、はい、今日もありがとう」
そういって、今日はグミを渡す。
「くっ、俺はこんなもので、許さないからな」
そういって、袋を開け乱暴に口に二つ投げ入れる。
「……まぁ、グミに免じて許してやる」
……許してくれるんだ。
「あと、明日俺放課後ちょっと用事あって……悪いな……」
「大丈夫だよ、明日は英語の勉強するよ!」
「ほんと綾瀬は俺がいないと数学できねぇもんな」
「感謝してるよ」
「分かればいいんだよ、分かれば」
じゃあ、また明日な。と言って曲がり角を曲がって帰ってゆく高坂君。
舞と泉さんの名前が高坂君の口から出たとき、胸がもやっとしたのは気のせいだったんだろうか。
次の日も順当に授業は進み、数学の小テストでは9問正解できた。
今日は高坂君もいないしそのまま家に帰ろう。
教室を出た瞬間に、舞に呼び止められる。
「あれ、もうホームルーム終わったの?」
「終わったから来てるんじゃん!それよりちょっと来てよ!」
「あっ、待って待って」
舞に連れられて教室を飛び出し、自転車に乗って舞の後をついていく。
「ちょっと舞、どこ行くの」
「もうちょっと……あっ、いたいた」
舞は自転車を止める。
「もう……急に止めないでよ……」
「シーッ。……ほら、見て、あれ」
舞の指さす先を見ると、高坂君がいた。
「なんで、泉さんがいるの?」
高坂君は用事があるとだけ私に言っていた。
泉さんとどこかに行くとは、一言も聞いていない。
どうして……高坂君?
「それはこっちが聞きたいよ!友菜、同じクラスでしょ?なんか知ってる?」
「いや、知らないけど……」
そう会話しているうちに、二人は有名な進学塾の中に入っていった。
「同じ塾だったんだ……でも、なんで二人一緒に行ってるのかな……」
高坂君は、塾に行ってないって聞いたけど?
言おうとしたが、舞に放課後一緒に図書室で勉強するのがバレてはいけないので言えなかった。
「ねぇ、友菜」
「どうしたの?舞」
舞は私の手を握り、懇願するような目つきで言った。
「わたし、実は高坂の事……好きなの」
正直、意外だった。
舞は学年でもかわいいほうで、何度か告白されていたと聞くが、まさか。
「でも、私文系で違うクラスだし、泉さんがもし高坂のこと好きだったら、私勝ち目ないじゃん?でも友菜は高坂と一緒のクラスじゃん?だから、ね?、協力してくれない?」
「……分かった」
でも、なぜか喜んで協力するとは言えなかった。
舞は瞳を輝かせて私に飛びついた。
「ありがとう!友菜なら絶対そう言ってくれると思った!」
高坂の事、教えてねー。と言って舞は自転車にまたがり去っていった。
ねぇ、舞。私、実は高坂君と放課後図書館で一緒に勉強してるの。
「なんて、言えるわけないよね」
一人取り残された私は、ゆっくりと自転車にまたがり、家に帰った。
そして、数学Ⅲの教科書を一度も見ないまま眠りについた。
次の日、図書館へ行くと珍しく高坂君が先に来ていた。
「おぉ、綾瀬。遅かったな」
「高坂君が早いんだよ」
「ごめん、ごめん。あっ、昨日の小テストどうだったんだ?」
「9問正解だよ」
「おぉ!やるじゃねぇか!」
「最後は時間が足りなくて解けなかったんだけどね……」
「綾瀬にしては大進歩だな」
「ありがとう」
じゃぁ、今日も始めるかー。そういって、またお互いに勉強を始める。
しかし、今日は前ほど集中できなかった。
昨日の泉さんとのこと。そして、舞の事。
そして隣で平然と勉強している高坂君が気になって仕方がないこと。
「どうしたんだ?綾瀬」
「……え?」
私の顔を覗き込む高坂君。
「ぼーっとしてたからさ。……もしかして俺の顔になんかついてる?」
「いや、そんなことじゃないんだけど……」
あはは、そう笑ってもう一度問題に目を向けようとする。
「なぁ、綾瀬」
高坂君がむっとした顔をしている。
「どうせなんか俺になんか聞きたいことでもあるんだろ。気になって勉強に集中できないほうが困る。怒らないから何でも聞けよ」
……ほんとに?」
「あぁ」
少し勇気を出して聞く。
「昨日たまたま、泉さんと一緒に帰るところを見ちゃったんだけど……」
そういうと、高坂君は少し驚いた後、笑い始めた。
「もう、なんで笑うの!」
ひーひー言いながら高坂君は笑うのをやめない。
「いやぁ、そんなことでかぁー。と思って」
そんなことでって……」
「いやぁ、泉に塾の体験講習誘われてさ、図書カード貰えるし、体験だけならいいか、と思ってさ」
「なんだ……」
なぜか安心する自分がいる。
「でも、まだ通わねぇかな。行くとしても夏休みの夏期講習だな」
「あっ、夏期講習は行くんだ」
「そのつもりだな。……なんだ、聞きたいことはそれだけだったのかよ。学校で直接聞けばよかったのに」
「聞くタイミング逃しちゃって……」
「なんだよそれー。まぁいいけど」
本当は舞に申し訳なくて聞けなかったのが本当だった。
「まぁ、疑問も晴れたところで、もう一回集中して頑張ろうぜ!」
そんな高坂君の笑顔は夕日のせいなのかとても眩しくて、目をそらすことができなかった。
「いやぁ、今日は笑った笑った」
「もう、そこまで言わなくていいじゃん」
図書館から閉館時間だと追い出され、いつもの道をいつも通り二人で帰る。
「そして、数学のテストも前より点数が上がった!」
「それは……ありがとう……」
「俺のおかげだな」
「本当に感謝してます」
「おう、崇め称えてくれていいんだぜ?」
「では、そんな高坂君にこれを……」
私は高坂君にキャンディーを差し出す。
「こっ……これは……!今日発売したてのアメリカから輸入されたコーラ味のキャンディー!俺の家の近くのコンビニは完売してたのに……!」
「これを探してて遅くなったの……ごめんね」
「綾瀬!お前は天才だ!」
「そこまで?」
「当たり前だろ!甘いものは……」
「正義、でしょ?」
「分かってるじゃんか」
うめぇー、と言いながら高坂君はニコニコ顔でキャンディーをなめている。
「じゃあ、また明日な」
「うん!また明日ね!」
お互いに手を振って自転車にまたがる。
高坂君の姿が見えなくなり、自転車を進ませようとしたとき。
「ねぇ、友菜。なにあれ」
「……舞」
そこには、舞がいた。
「ねぇ、友菜。私、高坂のこと好きだから協力してって言ったよね?なんで?なんで裏切るの?」
「うっ……裏切ってなんかな……」
「友菜の嘘つき!」
私の言葉に耳を貸さず、舞は自転車を私とは反対方向に走らせた。
次の日の学校は、私の噂でもちきりだった。
「ねぇ、知ってる?綾瀬さんと高坂君付き合ってるんだって」「えー、嘘―」「ほんとだって、宮田さんが言ってたんだもん」「知ってる?高坂君と綾瀬さんの事」「知ってる知ってる、確か昨日の放課後にデートしてたんでしょ?」「それそれ!」「高坂先輩、ついに彼女できたんですか!」「泉じゃないらしいけどな」「じゃあ宮田先輩ですか?」「まさかの綾瀬らしいぞ」「……誰ですかそれ」「えー、高坂君って、絶対宮田さんだと思ったのに!」「私泉さんだと思ってた」「友菜ちゃん、高坂君と付き合ってるんだって」「友菜ちゃんが?がせねたじゃないの?」「舞ちゃんが言ってたもん」「うわぁ、それ確定じゃん」「えっ、雄太君彼女いたの?信じらんない!」「私だって!狙ってたのに!「綾瀬さんなんかのどこがいいのよ」「それ言えてる」「友菜がまさかの高坂と?ありえないって」「ミヤッターが言ってるからほぼ間違いないって」「……情報源ミヤッターなら、信じるしかないか……」「綾瀬さん、計算高すぎ。今から優秀な彼氏ゲットとか」「うっわ、サイテー」「ほんと意味わかんないよね」「ミヤッターマジかわいそう」「散々からかわれたけど、これはさすがにミヤッターがかわいそうだわ」「舞、今日学校休んでるんだって」「ほんと綾瀬さんって最低だよね」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」「綾瀬さん最低」綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低綾瀬さん最低あやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていあやせさんさいていアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていていサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいていさいサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイアヤセサンサイテイアヤセサンサイテイサイテイサイテイサイテイサイテイ最低―――――
私が実は高坂君と付き合っている。
舞が協力してと頼んだにもかかわらず、私は舞を裏切った。
私が高坂君をだましている。
私は高坂君で遊んでいる。
私は裏切り者。
私はー……。
「なに……これ……」
学校中、学年、男女関係なく飛び交う私への罵詈雑言。
教室に入っても、だれも私とは目を合わせない。
午前中の授業が終了し、お弁当も食べ終わった。
午前の授業は全く集中できず、気分もだんだん悪くなってくる。
「早退……しようかな」
このまま学校にいても勉強なんてできない。そう思い、席を立つ。
「あら、綾瀬さん。……奇遇ね。私もお手洗いに行こうと思っていたの。一緒に行きましょう」
「えっ、ちょっと、泉さん?」
泉さんに手を引かれ、なぜかお手洗いとは逆の方向に引きずられていく。
たどり着いたのは、あまり人が来ない四階の家庭科準備室。
「ねぇ、綾瀬さん。一体この騒ぎは何なのかしら」
5時間目の始まりを告げるチャイムが鳴る。
「えっと……チャイムなったけど……」
「別にどうでもいいわ。数学の解説なんて聞き飽きたもの」
「そうなんだ……」
「もう一度聞くわ。この騒ぎは何なの?」
少し青みがかった瞳が私を見つめる。
まるで、何もかも見透かされているかのように。
その場にしゃがみこんでしまった私は、泉さんに包み隠さず説明した。
泉さんは小さく相槌を打つだけだった。
「やはり、原因は宮田さんね。彼女もこんなことをして何が楽しいのやら」
「やっぱり私が……」
「謝るの?自分が悪かったって、謝るの?」
「そっ……それは……」
「宮田さんは言ってみれば、後出しじゃんけんに負けて怒っているようなものよ」
「でも……」
「じゃあ、どうして、宮田さんは理系に……この3年2組に来なかったのかしらね」
「それは……関係……」
「あるわ」
泉さんは私の隣に座った。
「本当に高坂君の事が好きならば、少々の無理をしてでも同じ進路に、理系に、行こうとするんじゃないかしら。高坂君の事が好きならば、彼に追いつけるよう勉強を頑張ってみたり、綾瀬さんみたいに勉強を教えてもらいに行こうとするとか、行動を起こしているはずなんじゃないかしら」
「私は、そんなつもりじゃ……」
「そんなつもりはなくてもね。宮田さんは高坂君に好かれるための努力を怠った。この結果がこれよ。完全に逆恨みね」
「舞は……」
「友達だから?ここまで被害を被ってなお、綾瀬さんはまだ彼女を友達というの?」
私を責めるでもない、かといって見捨てるようでもない目線。
「泉……さん……」
「あなたはどうしたいの……?」
「どうしたい……?」
「えぇ。このまま惨めに負け犬になる気なら私は止めないわよ」
「そっか……そうだよね」
そうだ。泉さんの言うとおりだ。
私は立ち上がる。今行動しないと何も変わらない。そんな気がするから。
「……決まったのね」
「うん」
「ありがとう泉さん、もう放課後だし、行ってくるよ!」
「あぁ、一つ言うのを忘れていたわ。それはね――」
泉さんの言葉を聞いた瞬間、私は無意識に準備室を飛び出していた。
後ろで綾瀬さんが何か言っているような気がしたが、聞こえなかった。
誰もいない教室によってカバンを肩にかけることさえももどかしく自転車にまたがり、図書館までペダルを全力でこぐ。
図書館につき、いつもの席に向かう。
そこにはいつもと同じように勉強している高坂君の姿。
「あの……高坂君っ!」
高坂君は手を止めて私のほうを向くといつも通りの笑顔で私を見る。
「おぉ、綾瀬!今日は遅かったじゃねぇか」
「ごめんね」
「じゃあ、まず今日の授業の復習から……と言いたいところだが。……まぁとりあえず座れよ」
「ごっ……ごめん……」
そしていつも通り、高坂君の隣の席に座る。
「なーんで、今日こんなに遅かったんだよ!待ちくたびれたわ」
「ごめんなさい……」
「まぁ、今日一日中大変だったけれど!」
「うぅ……返す言葉もございません……」
高坂君の顔を恐る恐るのぞいてみると、高坂君は、笑っていた。
「まぁ、いいよ。その代り、お菓子今すぐ!」
「あっ……」
「どうしたんだよ。まさか急いできたから忘れたとかいうんじゃねぇだろうな!」
「そのまさかです……」
急いできたせいで、お菓子の袋を教室に置き忘れてしまった。
「はぁー?……まぁいいけど」
「ごめんね……今日甘いもの何にも持ってきてないよ……」
「仕方がないな、綾瀬は」
高坂君は笑っている。私を面白がって笑っているのでもない、数学の問題が解けたときの褒めてくれているときの笑顔でもない、もっと優しい笑み。
「まあ、今日は許してやるよ。そのかわり明日忘れたらマジで怒るからな」
そういって彼は顔を私のほうに寄せる。
泉さんが放課後私に言った一言。
――塾に誘った日、私彼に告白したの。彼に言われてしまったわ。『俺は綾瀬以外興味ないから』ですって。妬けるわね、ほんと。
だんだんと近づくお互いの顔。
「好きだ。俺と付き合え。……友菜」
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