第14話  ストーブスープとおこた甘酒

 急激に寒くなって来たので、一度昭和45年の秋の山形県から離れて、季節を冬に移す。


 子供の頃はエアコンなどなかったので、家でも家の棟続きの織物工場でも、主力は大きな石油ストーブだった。

 高校三年に山形の実家を後にするまでそうだった。

 大きな縦型の石油ストーブとこたつ。

 こたつは幼児の頃は練炭の掘りこたつ、後に電気こたつになった。

 そのストーブやこたつは寒い地域の調理道具でもある。


 父方祖父と両親は織物工場をやっていたから、工場には一階にも二階にも、昔の映画で見るような大きな石油ストーブがドーンと置いてあった。

 火力はすさまじく、それで10帖以上ある工場全体が暖まるのだ。

 そしてストーブの上にはいつも大きな鍋が置いてあり、何かがふつふつと煮えていた。山形名物芋煮会用の大鍋である。

 煮込まれているのは主に大根やカボチャ。

 味をしみこませるのに時間のかかる素材だった。

 お汁粉用の小豆の時もあれば、うずら豆や大豆の五目煮、ヒジキ。

 人参と油揚げとコンニャクのお煮しめ。

 色んな匂いが、雪に閉ざされた家と工場の中を漂っていた。

 換気扇は回していたが、そんなものでは追い付かない。


 中でも私が一番好きなのが、鶏ガラスープの煮える匂いだった。

 煮ものやシチュー用のスープをとるためによく煮込まれていたものだが、当時鶏ガラは近くのスーパーでただでもらっていたように思う。

 当地ではあまり使われないので、捨てられるものだったのだ。

 さっと熱湯をかけてがらに付いた血や脂肪、あくを洗い流したら、大鍋の底一面に敷き詰めて水をはる。

 そして朝、点火する工場の大ストーブの上に置く。

 それがいってらっしゃいと私と兄を送り出す冬の母の姿だった。


 小学校が終わり、吹雪に後ろから煽られながら、兄の背に隠れ、ランドセルにしがみつくように帰って来ると、家の中は、母屋も工場もストーブがガンガンに焚かれて別世界のように暖かい。

 勿論昔の家だから、玄関や廊下の隅、離れの奥などは暖気も届かず、雪で窓が閉ざされた闇の中で凍てついているが、いつも人がいる所はとても暖かく、一気に血が身体を巡って行くように感じられた。

 雪で凍り付いた毛糸の帽子と手袋、マフラーをとり、長靴の中でも濡れてしまう靴下を脱いで、ストーブのある茶の間に行って、我先にとこたつに突進する。


「こたづの中さ甘酒入ってっからな。足入れるどきちゃんと中見てひっくり返さねようにしろ」


 母の慌てた声が飛ぶ。

 不用意に炬燵の中でひっくり返されては大惨事になるからだ。

 私と兄は飛び込みたいのを我慢して、そっと炬燵の上掛けをめくり、中を確認してから足を入れる。

 炬燵の中では大きめの小、といった大きさの両手鍋が毛布に包まれ母の着物の腰ひもで縛られて、温めてあった。

 母がやってきて、「出来てっかな」と言いながら毛布を解き、鍋を台所にもっていく。

 蓋を開けると、鍋の中身はふっくらと白く炊けたご飯粒が、白いトロンとした汁に半分溶け、なかば粒立ってみっしりと入っている。

 母が朝に仕込んだ甘酒だ。

 私たち子供が小学校から帰った時にできているよう、朝にご飯を極ゆるく炊き、麹を入れて炬燵の中で保温して置いてくれたのだ。

 味見をさせてもらい、もっと甘い方がいいー、と我儘を言う私のカップに砂糖を入れ、小鍋にとって熱くした甘酒をそそぐ。

 薬味に散らした下ろし生姜がぱあっと香り立つ。

 生姜はおとなっぽい辛い味が付くので、甘い物に入れるのはあまり好きではなかったが、母は身体がより暖まるからと強制的に入れる。

 今なら実感する。

 生姜は体を内側からホカホカと温めてくれるのだ。


 子供部屋にランドセルや防寒コートをしまいに工場脇を通れば、工場の大きいストーブからは、既にこっくりと煮えた鶏ガラスープの匂い。

 鶏臭さを消すために入れたネギの固く青い部分もふんわりと交じる、まるでラーメン屋さんのような、お腹のすく匂いである。

 今日のご飯は何かな、お鍋かな、等と兄と話しながらテレビを見ていると(宿題はすぐに終わる) 祖父と父が風呂から上がり、夕飯は案の定、朝から煮込んだ鶏ガラスープを使った、鶏の水炊きだ。

 ガラと一緒に入れたクタクタに煮えた長ネギは、香りを全部スープに出し尽くしているが、甘みとスープを吸った旨みが抜群で、私はいつもネギと白滝をすくって食べていた。

 とろんと甘い鶏肉、ふうふう吹いても中が熱くて地雷のような豆腐は、母の実家の豆腐屋からもらった、豆の香りの濃いものだ。

 霜にあたって甘みが増してから収穫された白菜。

 色んな種類のきのこ。


 一家揃ってテレビを見ながらご飯を食べる。

 それが夕方の6時半くらいから。7時には食べ終わる。

 そして炬燵にすっぽり入って、祖父の膝の中に移動する。

 祖父はよくこぼすので、その前の炬燵上掛けにはバスタオルが縫い付けてあった。

 翌日には水炊きの残りにスープを足し、春雨とネギと豆腐を追加して春雨スープ、また骨付きの鶏のぶつ切りと大根と里芋をあっさり煮た煮物。

 スープで炊いた雑炊、煮込みうどん。

 大鍋いっぱいのスープは毎日火入れして、三日くらいですっかりなくなる。

 その間もストーブの上には様々な煮込みが載り、帰って来る時にいい匂いを立てて私と兄を迎える。

 甘酒も、何日か置きに作られて、雪塗れで帰って来る私達や、仕事を終えた父たちを温めてくれた。

 なにより作り手の母自身が好きだった。

 

 息子が生まれて帰省した時、実家はすっかりガスや石油のファンヒーターに切り替わっていたが、もう閉鎖された工場に大型ストーブが1つだけ、残されていた。

 鶏ガラスープは母がガスコンロで、少し小さめになった鍋で煮込んでいた。

 でも、換気扇の真下で外に追い出されていくスープの匂いは、やはり小学生時代に戻って嗅ぎたい匂いだった。


 レシピ

 おこた甘酒


 お米一合を普通に食べるより多い水加減で、柔らかく炊く。

 その間に米麹200gくらいを手でほぐしておく。(塊か板状になっているので)

 ご飯が炊けたら大鍋に移し、平らに広げて着るようにほぐし、冷ます。

 湯気が出なくなるくらいまで。(熱いと麹菌が死滅してしまい、発酵しません。醸してくれません)

 冷ます途中でも時々切りまぜて、表面冷めてて中が熱々という事の無いように。

 粗熱が取れたら麹をまんべんなくパラパラと入れ、その都度よく混ぜて、むらの無いようにする。

 60度より少し冷めたくらいのお湯を(60度が30分以上続くと熱で菌が死ぬため)700~900ccくらい。

 一リットルの紙パックの8分目くらい入れ(多いとさらさらの薄い食感になるけど味も薄め) 麹入りのご飯をよく溶きのばす。

 蒸し器で饅頭を蒸す時のように、鍋蓋の内側に大きいふきんもしくはガーゼを噛ませ(蓋に着いた湯気が水滴になってしたたり落ちないように) 蓋をして、更にブランケットや毛布、タオルケットに包んで、ひっくり返さないように炬燵に入れて保温&発酵。

 約6~7時間で出来ます。味見してまろやかな甘みが出ていたらOK。

 そのまま保温しないで必ず別容器に移して冷ますこと。

 そのまま発酵を続けると糖分が乳酸菌発酵し始めて酸っぱくなってしまうため。

 熱々にして飲んでもいいし、冷やして飲んでも美味しいです。

 しょうが汁は好みで入れて。

 お湯で溶きのばした段階で炊飯ジャーに入れ「保温」スイッチを入れ、5~6時間保温しても手軽に美味しくできます。

 その場合も出来上がったら冷まして発酵を止めましょう。


 レシピもう一つ

 実家の鶏鍋

 鶏もも肉を角切りにして600gくらいをざるにとり、沸かした湯をさっとかけてあくを洗い流す。

 冷凍ものを解凍した場合は特にやりましょう。

 大きめの、浅めの鍋(土鍋でなくてもいいですよ)に湯洗いした鶏肉を敷き詰め、ストーブで煮込んだスープを被るくらいに注いで中火にかける。

 沸騰したら弱火に落として20分くらい煮る。

 ざく切りにした白菜の軸の部分、長ネギの斜め切り、エノキや舞茸、シイタケ等のきのこ類の順に入れ、煮込む。

 白菜の茎に火が通ったら豆腐一丁を8つに切ったものをバラバラに入れ(一か所に固めて入れるとそこだけスープが薄くなる) 豆腐が熱々になったら出来上がり。

 何が我が家流かというと、この具材を薬味たれにつけて食べるのです。

 ポン酢やスダチ、ゆず果汁などは子供の頃食卓に上ったことがありませんでした。


 鶏ガラスープが無かったら、200g分を鶏の手羽先にして、先に30分ほど煮込んでおきましょう。

 コラーゲンたっぷりの鶏スープ炊きになります。

 骨付きのもも肉でもいい出汁が出ますが、骨の断面から血のあくが出やすいので、特にまめにすくいましょう。

 臭みが出ないように火は弱火より強めの弱火がいいです。


 薬味たれ…大根おろし、ネギのみじん切り、七味唐辛子、削り節、しょうがのすりおろしを各人すきなだけ取って小鉢でまぜる

 生醤油を好みのしょっぱさになるまで入れ、鍋の具を付けながら食べる。(私は大根おろし多めが好きでした)

 また、昭和40年代初めは冬場の青い野菜が貴重だったので、ネギの青い部分は全部使っていました。いい出汁が出るし。

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