第5話 メロン爆弾

 東京の人には福島県や茨城県、山梨県の方がお馴染みかもしれないが、実は郷里の山形県もかなりの果物王国である。

 一番有名なものと言えば初夏のサクランボと秋のラ・フランスだろうが、リンゴ、桃、ブドウ、スモモと冬と春以外は豊富な果物があふれ、農協の直売所や道の駅、農道沿いの無人販売所に

「この瓶にお金を入れておいてください」

 と無雑作に一山単位で並べられていたりする。

 一般の農家の玄関先にも

『美味しいブドウ冷えてます』『裏の木で今朝摘んだサクランボです』

 等と手作り看板が掲げられていた。

 都会に出荷するものはぴんとした状態でスーパーに並ぶのが前提だから、どうしても摘む時期が完熟のちょっと手前になるが、こうした生産農家の手売りのものは一番おいしい。

 完熟をもいでその場で売っているので、糖度も高く濃厚な甘さだ。


 初夏に帰省するとローカル線の線路沿いに「サクランボ摘みやってます」という看板を掲げた果樹園が広がっている。

 丈を低めに整えてある桜桃の木の枝に、早緑に広げるサクラの葉。

 その影や太い幹に直接なっているサクランボは最後まで木に生っているものだから陽の光を浴びて多少温まっていても美味い。

 同じ果物とは思えないほどトロリと甘く、しっかりとした厚みの果肉は噛みごたえがあるが、後口が爽やかで本来のほのかな渋みもどこか感じられ、いつまでも食べていられる。

 鳥も狙っているので、農家の人たちは鳥撃退用罠の見張りを欠かせないし、鳥も心得たもので人の手が届きにくい枝の先から食べていく。

 奇妙な鳥と人との共存である。

 

 ブドウもそうだ。

 幼稚園の秋の遠足は最上川を渡った市内にある農園のブドウ狩りだった。

 夏の終わりのデラウエアをアブや汁を狙う虫との戦いの中、引率の保母さんや(当時の呼び名だ) 父兄や農家さんに支えられ、また脚立に昇らせてもらい、はさみできれいに採る。

 でも園児たちの小さな手からは、結構な頻度で房がするりと滑り落ちてしまい、地上のアリをはじめとした虫たちのごちそうになる。

 冷えてはいないが甘い小粒のブドウを延々と食べ、弁当を残してしまう遠足は、全園児たちの楽しみだった。

 金井神イチゴ、伊佐沢スイカ。地元で作られ地元で消費されるかせいぜい周りの街で食される果物は、夏の毎日のおやつだ。

 

 そして夏といったら桃とスイカである。

 庄内地方のメロンやスイカは都市部でも有名だが、内陸の置賜や村山、最上地方のスイカと桃もなかなか美味しいものなのだ。

 桃は、隣近所や農家と兼業で織子として出勤している農家のお嫁さんたちが、毎日大量に持ってきてくれた。

 新鮮な桃は毛がチクチクして、無精をして皮ごと齧りつこうものなら、口の周りがイガらっぽく痒くなるほどピンとしている。

 そして桃はあまり冷やさないで食べる物なのだ。

 母や祖母、織子さん達はけして桃を冷蔵庫に入れなかった。

 母屋の涼しい北側の通路に、竹のざるに重ならないように入れた桃をずらりと並べていた。


 最上川のほぼ源流である長井市は、山の奥にダムがいくつもあり、夏でも水道水が冷たくまた美味い。

 ほのかに甘みのあるその冷水で、食べる直前の桃を洗い中身を押さないよう注意して、表皮の毛をこそげる。

 そうして指の腹ですーっと剥いてかぶりついた桃は官能的な香りがした。

 このままずっとかぶりついていたいような、柔らかく舌を押し返す弾力と花や蜂蜜を思わせる匂い。

 口のはたから顎を伝って汁が垂れても夢中で齧り続けた。

 スモモも夏のおやつだったがこちらはもっとはっきりと、夏の朝に咲く野薔薇のような華やかな香りがする。

 でも桃もスモモも大きな種の周りは渋く酸っぱく、食べる側を現実に戻してくれ、肘まで汁が垂れた腕と手をおしぼりで拭こうと気づかせる。


 故郷の長井市はスイカもたくさん作っていたから、学校から帰る道々、普通に通学路の脇に畑があり、地面に敷いた藁の上で大きな大きなスイカがなっていた。

 夏の日は朝採ったばかりのスイカをトラックに積み、農家が直接売りに来る。

 なにしろ大きなスイカだから重くて、歩いて買いに行くのも大変だからこれは重宝したし、確実に甘いスイカが手に入る。

 農家はそれぞれ顧客となる家々があって、そこを回っていたようだ。

 実家に回ってきたのは市内の伊佐沢という地区の農家だった。


 母は買った大きなスイカを風呂場にもっていき、きれいに掃除した風呂に冷たい井戸水を汲み(風呂と洗濯は井戸水だった) スイカを浮かせた。

 バケツにきつきつに入れて水で冷やすより、この方が確実に芯まで冷たく冷えるからだ。

 だがお茶の時間にイレギュラーなお客様がいらしたときや、もらいもののとっておきのお菓子を開けようかという話になったりすると、母は冷やしているスイカの存在を忘れる。

 そして夕方そのまま風呂を焚いてしまい、一番風呂の祖父から


「久美子ちゃ、風呂場でスイカ煮えったぞ。皮破っちぇスイカ汁になっとごだ」(久美子さん、風呂場でスイカが煮えてるぞ。皮が破れてスイカ汁になりそうだぞ)


 と声が上がる。

 しまった、という顔になった母は大きなバケツを手に風呂場に駆け込み、慌てて祖父に謝り、煮えて膨らみ爆発寸前のスイカを引き上げてくるのだ。

 煮えスイカはもう食べられないから、母はため息と共に、庭のたい肥製造機に入れていた。

 しっかりしているように見られるがしばしば想像以上の失敗をするのが母だったし、残念なことにその血は確実に、私に受け継がれている。


 忙しかった母はよく仏壇へのお供え物の存在も忘れていた。

 大抵は保存のきく焼き菓子や落雁、のし梅などの常温保存品を仏壇の脇にてんこ盛りにしておく。

 頂き物のお菓子はまず仏壇の前へ、が我が家の習慣だったからだ。

 だがある朝、線香をあげに行った母の悲鳴が仏間から聞こえた。

 何事かとみると、仏壇の真ん前に備えておいた頂きものの大きな「庄内メロン」が熟しすぎて、中身が皮を突き破って爆発し、種を噴水のように吹き出していたのだ。

 噴出した果汁べとべとの種と中身は、木魚と鐘を汚し、仏間は蟻が寄ってきそうな濃厚な甘い香りに包まれていた。

 赤い色だったらテレビで見る殺人現場に見えかねない、発酵しきって壁や天井近くまで大爆発をしたメロン。

 その頃よく出た「プリンスメロン」とは全く違う、網目の着いた高そうなメロン。

 母は泣きそうになりながら仏間の掃除をしていた。

 手伝っていた祖母が


「伽耶ちゃんもお手伝い。雑巾持ってきて」

「はい」


 壁一面に作り付けた大きな仏壇の中に潜り込んで、大人の手の届かないところまで飛んだ種と果汁を拭きとるのが、体の小さな私のお役目。

 おかげで果物屋の奥に高そうなメロンを見るたび、大汗をかきながらメロンを拭いていた母と祖母が浮かんできて困る。



 レシピ・スイカの皮のピリ辛漬け

 スイカが採れる地方には皮を利用した漬物があって、尾花沢スイカの産地、山形県の尾花沢市には、大きな実を育てるために摘果した未熟な身を丸ごと漬けた「ぺそら漬け」という商品もある。

 我が家では腎臓が悪かった祖母のために盛んにスイカを食していた。

 カリウムが豊富でむくみに効くというのだ。

 六人家族で好きなだけ食べると大量の皮が生ごみとして出る。

 それを利用したお漬物が実家にもあった。

 多くは塩で浅漬けだったが飽きるので、即席のピリ辛漬けもよく出た。


 赤い部分を食べきったスイカは外側の濃い緑の表皮をそぎ取り、小さく切る。

 短冊や拍子木切りなどお好みで。

 塩をきつめにまぶし丸一日重しをして冷蔵庫に入れ、水分を出させる。

 プレスができる漬物器があると便利。

 出てきた水分を捨て良く水洗いして固く絞り、刻んだ鷹の爪と醤油で和える。

 食べるときにゴマを振ったり、お好みでごま油を少し垂らしても美味しい。

 

 父と祖父の酒の肴にもなっていました。

 辛みは鷹の爪(一本~)で調節してください。

 塩漬けし固く絞った段階でシソの実の塩漬けを混ぜてもプチプチした触感で美味しいです。 

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