怪人にじゅうそうめん
長束直弥
犯行予告?
「ほほぉ、これが送られてきたという犯行予告ですか?」
男は依頼主からその予告状を受け取り、ワープロで書かれた文面を見た。
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―― シ ダ ケ タ イ シ ――
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「貴方はこれを、『死だけ大師』と、理解したのですね?」
「ええ。……、大師といえば、偉大なる師という意味で、仏などに対する尊称なのです。私もこの小さな寺の住職として毎日崇めておりますゆえ」
「いや、ほかにも『死だ
「はあ、私には……?」
「もしかすると、この怪文章はある種の暗号では……、そうとらえれば納得もできますが」
「暗号ですか? しかし、わざわざ暗号にする理由がわかりません」
「理由は不明ですが、ここに犯人の何らかの意図が感じられます」
「意図ですか?」
「ええ、たとえばですが、犯人は言葉遊びが好きだとか……。となると、所謂これは〝アナグラム〟で書かれたものなのかも知れません」
「アナグラムですか?」
「つまり……、入れ替えると、『シ・タ・イ・ダ・ケ・シ』と読めますよね」
「ええ、それで……、それはどういう意味なのですか?」
「『死体だけ死』または『死体消しだ』と読めば、これはつまりお墓のことですかな?」
「うちの寺に敷地には、もちろんお墓はありますが、それが……?」
「いや、たとえばの例ですよ。まあ、まともに呼んでも意味を成さなければ、そういう可能性もあると言うことです。文字を入れ替えれば犯人の言わんとするところが見えてくる仕組みになっているのでしょう」
「しかし、手紙でそんな凝ったことをしても、相手に伝わらなければ何の意味がありませんよ」
「まあ、そこはこの送り主の何らかの意図や思惑が働いているのと考えるべきです。他に『消した台詞』、『湿気た台紙』、『出した死刑』などとも読める。果たしてこれをどのように読むか。どれが正解なのかは、送られた当事者にしかわからない言葉なのかも知れません。何か心当たりはありませんか?」
「まったく何が言いたいのか皆無です?」
「まあ、そんなに簡単にこの暗号は解けませんよ」
「……、はあ、これは暗号なのですか?」
「そう考えて間違いないでしょう。……、それが違うとなると、もう一度並び変えて……、『イ・シ・ダ・タ・ケ・シ』――おお、これはまさに、あなたのお名前ではないですか!」
「いえ! 私の名前は『
「おお、そうでしたな。『黄泉坂ご住職』でしたな。私としたことが……、依頼主のあなたのお名前をうっかりとっくり失念していました。――となると、これは犯人自身の名前か? まさか自分の名前を名乗ることはあるまい。んんん……、むしろ、これは私への挑戦状と受け取っても間違いないでしょうな」
「ち、挑戦状……、ですか?」
「ええ、私にはこの手紙の差出人に心当たりがあります」
「えっ? 心当たりがあると言いますと……、それはいったい誰ですか?」
「これこそ、今世間を騒がせている『にじゅうそうめん』の仕業に間違いありません」
「『にじゅうそうめん』?」
「ええ、あなたのような俗世間から離れて生活しておられる方がご存じないのは、致し方ないことでしょう。彼こそ私の宿命のライバル。いや、奴は悪党ですから宿敵の相手と言っていいでしょう」
「しかし、『にじゅうそうめん』って、変な名前ですよね
「本当にナメきった巫山戯た名前です。この、美食家探偵『味見
「……、では、これは私への殺害予告ではないのですね?」
「もちろん違います。彼は今まで一度だって人を殺めたことはありません。ですから、これは殺害予告ではありません。彼は決まって犯行前にワケのわからない怪文章を送りつけてきています。今回も、彼の仕業に間違いありません。これは、彼の犯行予告と思われます」
「彼の犯行――と、いいますと?」
「ええ、彼の犯行は勝手に、人様の〝お勝手〟で素麺を作る――ただ、それだけです」
「そうめんですか?」
「おお、それは洒落ですな! そうめんですか――そうなんですか……」
「いえ、決してそういうつもりでは……」
「兎も角、彼は勝手に素麺を作る」
「それでは、何も盗まないのですか?」
「彼が盗む物といえば……、しいてあげるならば、その料理に対する固定観念でしょうか」
「固定観念泥棒?」
「ええ、誰もが思い描く素麺の味――彼はこの常識を覆すほどの腕前なのです」
「それほどの味なのですね」
「私も何度か彼が作った素麺を食しましたが、舌鼓を打つほどの美味しさなのです」
「おおぉ、あなたは既に食されたことがおありなのですね。それは、是非私も一度食したいものだ!」
「美味しさは私が保証しますよ」
「素麺は私の大好物なのです」
「私もです。――しかもです、しかもですよ。彼は、その材料を自前で調達してくるのです」
「おお、なんと律儀な!」
「さらに――調理が終わったときには台所周りは綺麗に後片付けられていて、食卓の上には、それは見事に飾り付けられた素麺が置かれているのです」
「おお、それはまさしく〝和食の鉄人〟――否、〝和食の怪人〟と呼んでも差し支えはないですね」
「そのとおりです。ただし、彼は罪を犯しています」
「――住居不法侵入罪ですか?」
「そのとおりです。彼は、過去に十一回も同じ事を繰り返しています。今回で十二回目です。彼はおそらく、あと八回は同じ事を繰り返すつもりでいると思います」
「全部で二十回ですか。彼の名前にあやかってですね。しかし、この怪文書の意味とは――一体どういうことなのでしょう?」
「怪文章ですからね。今までの怪文章で解けたモノはありません。ですから、彼が何を言いたいのかサッパリの状態なのです。その都度、趣向を凝らしては私に挑戦にしてきます。取り敢えず今日のところは、事務所に戻ってこの文章の解読に挑戦してみます」
*
次の日の早朝、ご住職からの緊急の連絡で駆け付けた味見が見たものは――寺の
それとは別に、傍らには一枚の紙切れが置かれてあった。
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―― レ ガ ア シ メ 二 メ ヤ ハ オ ――
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<了>
怪人にじゅうそうめん 長束直弥 @nagatsuka708
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