注文の多いラーメン店。ラブラブ増し増し愛多め。

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注文の多いラーメン店。ラブラブ増し増し愛多め。

「た~のし~♪」

 思わず叫び、両手を空へとつきあげる。

 雲1つない快晴。

 ……ありがとう、天気予報のお兄さん!

 私はつきあげた手を下ろすと、ベンチに腰をおろす。


 ことの発端は、とある小説。

 その小説では、妹と兄がラーメンを食べる様子が優しく描かれていた。

「ふ~ん、ボクたちもこんな風にラーメンを食べに行きたいね」

 耳元で微笑む勇希。


 愛しい彼女の誘い。これを断る男がいるだろうか?

 いや、いない!


 二つ返事で快諾。

 とんとん拍子に話は進み、今日は勇希とデートの日だ。


 勇希の期待に、応えたい。 

 昨日、一生懸命に頭をひねり計画を立ててきた。


 フランスの作家、サン=テグジュペリは言った。

『愛はお互いを見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることである』


 私がたてた最高の計画は、この言葉にもとづいたものだ。

 ともに同じ方向。

 ラーメンを見つめ、楽しもうという企画なのだ!


 作戦名は『ミッション、た~のし~♪』

 勇希は、きっと楽しんでくれるだろう。

 勇希の笑顔を思い浮かべ、私の頬は思わず緩んでしまう。


 時計をチラリと見る。

 時刻は11時30分。

 待ち合わせの時刻より、30分ほど早かった。

「問題ない。順調だ」

 私は微笑むと、メモへと目を落とし作戦を確認する。



●『ミッション、た~のし~♪』

1、遅刻は厳禁。最低でも10分前に待ち合わせ場所へ行く。

2、5分前に来るであろう勇希を、笑顔でむかえる。

3、楽しく会話し、勇希と笑いあう。

4、笑顔のまま、一緒にラーメン。



 完璧であった。

 勇希の笑い顔が目に浮かび、ニヤニヤが止まらない。

 思わず、昨日の私を褒めてあげたい衝動にかられるくらいだ。

 しかし、こんなに完璧なメモを持参した今日の私も褒めなければならないだろう。

 ……私は、想像の中で昨日の私と肩を組んだ。



「ファイッ、オー!」

 そんな私の前を、ジャージ姿の陸上部員たちが元気に走っていく。

 勇希は陸上部である。今日も待ち合わせまで部活に出ているはずだろう。

 私は勇希の走る姿が大好きだ。

 なので、身を乗り出してその姿を探す。

 しかし、勇希の姿は見あたらない。

「残念……」

 思わずため息がもれた。

 陸上部員たちは、そんな私に気がついたのか、面白そうにこちらへと手をふってくる。


 勇希がお世話になっている人たちだ。失礼があってはいけない。

 私も笑顔で手をふりかえす。

 しかし、あの笑い方は気にかかる。


 ……想像の翼を羽ばたかせ、1人で笑っている姿を見られてしまったのだろうか?

 私は、顔が熱くなるのを感じた。

 いかん、いかん。

 私の評判が落ちては、勇希も悲しむことだろう。しっかりしなければならない。

 私は浮ついた心に活をいれ、気持ちを切り替える。

 

(ごめん、待った?)

(いや、今来たところ)

 密かに憧れる、お約束なやりとりを夢見ながら……。




 そして、時刻は12時。

 陸上部員たちは姿を消し、爽やかな風が私の頬をなでていく。

 これから食べるラーメンは、さぞや美味しいことだろう。

 私のお腹が、ク~と可愛らしい音をあげた。

 ……って、あれ? 12時?

 勇希はつねに5分前行動なのに?

 もしや、勇希の身に何かあったのだろうか?

 さきほど陸上部員たちの中に勇希の姿が無かったのが思い出される。

 まさか、怪我?

 不吉な考えが頭をよぎった。

 私は携帯を取り出すと、勢いよくメールをうちはじめる。



「ごめん、待った!?」

 そんな私の耳に天使の声が響いた。いつもと変わらぬ勇希の元気な声!  

「いや、今来たところ」

 良かった。怪我なんてしてなかったんだ。

 私は携帯から顔を上げる。

 ホッと、安堵のため息をつきながら勇希をむかえる。

「嘘ばっかり、30分も前からいたじゃん。ボク、ずっと見てたから知ってるんだよ?」

「ばれてたか……」

 いつもと同じショートカットに赤紫色のジャージがよく似合っている。

 腰に手をあて、私を見下ろす視線。素晴らしいドヤ顔であった。



 かくして、無事、合流に成功。

「順調順調……」

 天使を前にし、思わずつぶやきがもれる。


 怪我が無くてよかった……。

 しかし、安心してはいられない。

 本番はここからだ。

 今から嫌というほど、勇希と楽しまなければならない!

 私は気持ちを引き締め、予定を確認する。


 

3、楽しく会話し、勇希と笑いあう。


 ……あれ?

 昨日の私、ちょっと待ってくれ。

 何をすればいいのか、さっぱりわからないぞ?


 ……どうやら、計画というものは、具体的にたてなければ意味のないもののようだ。

 私は顔が歪むのを感じた。

 しかし、すぐにまた微笑みを取り戻す。


 アメリカの発明家、エジソンは言っていた。

『私は失敗したことがない。ただ、1万通りの、うまく行かない方法を見つけただけだ』

 私もうまく行かない方法を見つけたのだ。

 己の成長を感じずにはいられない。

 今日の私は昨日の私を乗り越えた。

 成長した私は、必ずやミッションを成功に導けることだろう。



 ……しかし、困った……。

 これから何を話せばいいのだろう?

 私はスペインの小説家、セルバンテスの言葉を思だす。

『流れに逆らおうとしたところで無駄なことだ。流れに身をまかせれば、どんなに弱い人でも岸に流れ着く』

(流れに身をまかせ……か)

 私は流れに身を任せ、空をみあげた。

 空は雲ひとつない、素晴らしい快晴である。

 日常の細やかなことで悩んでいるのが馬鹿らしくなる。

 ……なるほど。この話題を使えばいいのか。

(今日はいい天気だな。そういえば、勇希走ってなかったよね。一緒に走らない?)

 ふむ、悪くないのではないだろうか?


「ところで先輩。少し走りませんか?」

 話しかけようと私がふりむくと同時に、勇希から助け船が出された。

 しかも、私が考えていたのと同じ話題である。

 思わず顔がゆるんでしまう。



「今日は、この前の件。謝ってくれるんですよね? 楽しみだなあ~」

 続く勇希の言葉に私の顔は少しひきつった。

 ……助け船ではなく、地獄の渡し船だったのだろうか?

 困った。六文銭なんて用意していないぞ?


 ……いや、そんな場合ではない。

 謝るというのは、たぶんアレのことだろう。

 貧乳の勇希に、『胸は大きい方がいい』という意味合いの失言をしたことだ。

 つい先日のことである。

 当然、私の方にも言い分はあるのだが、傷つけてしまったことに違いはない。


 私はイギリスの詩人シェイクスピアの言葉を思い出す。

『失敗の言い訳をすれば、その失敗がどんどん目立っていくだけです』

 ……なるほど。

 私は頭をしぼる。じょじょに息が上がり、体がだるくなる。

 ……これが産みの苦しみか。

 思考が乱れ、わけのわからない事が頭に浮かぶようになったころ、勇希が声をかけてきた。

「先輩。もう走り始めてから10分はたっていますよ? 一緒に走るのは楽しいんですが、無言なのは面白くありません」

 もうそんなに走っていたのか。私は全身が冷たくなったように感じる。

 そんなに勇希を放置してしまうとは、私もまだまだ配慮が足りない。

 何でもいいから話さなければならない。

(……………………)

 なにも出てこない。


「先輩は本当に手がかかりますね」

 そんな私に、勇希はしみじみとため息をつくと笑いかけてくる。

 息1つ上がっていない横顔がまぶしい。

「反省しているのに、謝りかたがわからないと見ました」

「まぁ、そんな感じかな?」

 私の顔を面白そうにのぞきこんでくる勇希に、私は答える。

「安心してください。ボク、じつはもう怒っていないんです」

「!?」

 驚く私。

 勇希はフッと余裕の笑みを浮かべ。穏やかな声で話しを続ける。

「確かに、あの事件が先輩とつきあう前に起こっていたら大変でしたね。先輩に好かれるため巨乳になろうとするボク。しかし挫折し、巨乳憎しになる姿がありありと浮かびます」

 ……まあ、そうかもしれない。流石に体質を改善するのは厳しいことだろう。

「でも、ボクは先輩に告白して彼女になりました。そう……、貧乳なボクを先輩は選んだんです。巨乳じゃないボクを!」

 勇希は上を向きこぶしを握ると、力のこもった声で続ける。

「これがですよ? 先輩が貧乳のほうが良いと言っていたら、貧乳好きな先輩が、貧乳なボクを受けいれた。それだけの話だったんです」

「確かに、そうだな」

 いきいきとした勇希に、私の顔も思わずほころぶ。

「しかし、巨乳好きな先輩が、貧乳なボクを受けいれた。これは中々に凄いことですよ?」

 勇希は楽しそうに語り続ける。

 ……こんな可愛い子に告白されて断る男はいないだろうと思うのだが、勇希の中では違うらしい。

 しかし、棚から牡丹餅。

 体温が戻ってくるのを感じる。

「……ハッピーエンド」

 つぶやきがもれた。


 ほどなくして、勇希が〆の言葉をつむいだ。

「というわけで、巨乳好きな先輩が貧乳なボクを選んだことについて、皆に散々自慢しちゃいました!」

 ……嗚呼、素晴らしいドヤ顔だ。

 前言撤回!

 なんてことを!!

 さっき練習中の陸上部が私を見て笑ったのは、そういうことか!!

 巨乳好きなのに貧乳を選んだ、勇希にべたぼれな先輩が待っているのを見て手をふってくれたわけだ。

 恥ずかしさに顔が熱くなる。

 思わず顔を両手でおさえ、悲鳴をあげそうになるのを何とか踏みとどまる。

「あれ? 先輩どうしました? 顔が少し赤いですよ?」

 そんな私の顔を、勇希がいたづらっぽくのぞいてくる。

「その説明じゃ、私が胸ばかり気にしているみたいじゃないか……」

「え~、でも大きいほうがいいんですよね?」

 嘆く私を見ても、勇希の笑顔は崩れない。

「確かに大きいほうが良いとは言った。でも、勇希とつきあうことにしたのに胸はまったく関係ない」

「じゃあ、なんで付き合うことにしたんですか?」

 目をつぶり、そっぽを向く勇希に私は答える。

「楽しそうに走っている姿が好きだし、弁当を美味しそうに食べる姿を見るのも好きだ。たわいない話で一緒に笑うのも好きだし……。いくらでも好きなところはある。でも……、胸は特に関係ない」

「……」

 うつむいて、黙ってしまう勇希。

 ……しまった。胸の部分は失言だったか!?

 私はあわてて、言葉をつむぐ。

「でも、勇希の胸が嫌いなわけではない……」

 再び顔をあげる勇希。

「もう。先輩ったら……」

 流石に走りすぎたのだろう、その顔は真っ赤に染まり、呼吸も乱れていたのだった。




「それはそうと先輩、そろそろお昼にしましせんか?」

 忘れていた! ラーメン!

「そうしようか。ジョギング、気持ちよかったね」

 私は、ポケットからメモを取り出し次の予定を確認する。


4、笑顔のまま、一緒にラーメン。


「よし、それではラーメンを食べにいこうか」

 私は意気揚々と出発した。

 しかし、すぐに足がとまる?

 どこのラーメン店に行けばよいのだろうか?


 これはあれだ。

 計画をたてる時は、具体的にたてなければならない。

 さきほど学んだのと同じ失敗だ。

 だとすれば、対応も同じである。

 己の成長を感じ、笑みがこぼれる。


『流れに逆らおうとしたところで無駄なことだ。流れに身をまかせれば、どんなに弱い人でも岸に流れ着く』

 私はセルバンテスを信じ、目をつぶる、

「先輩、どうしました?」

 流れに身をまかせた私を、勇希が不思議そうにのぞいてくる。

(ラーメン屋に行く小説を読んで、一緒にラーメン食べたいって、この前話したじゃない? だから今日はラーメンを食べに行こうと計画したんだ。でも、お店を調べてなかったんだ。ごめん)

 ……そんな答えが頭に浮かんだが言いたく無かった。

 汗が、氷のように冷たく感じる。

「あ~……、今日はラーメンを食べようと思っているんだ」

「ふむふむ」

「ただ……、まぁ……、その……、なんだ」

「あぁ、お店が決まってないんですね?」

「……」

「えっ、まさかお店決めてあるんですか? 先輩が?」

「……いや、決めてない。モウシワケナイ……」

 ごまかそうとしてみたが、私をよく知る勇希に、隠し事は通用しなかった。

 顔をふせ、肩をふるわせる勇希。

 笑われている……。

 先輩として格好いいところを見せたかったのに。

 顔が熱くなっていくのを感じた。

「先輩、落ち込まないでください。じつは念のために、美味しいラーメンの食べれる所を予約しておいたんです。もちろんキャンセルできるところですが」

 勇希は手際よく水筒を取り出し、紙コップへと水を注いだ。

 カラーン。

 氷がぶつかる涼しい音が響く。


 私はコップを受け取ると、水を一息に飲みほした。

 冷たい水が喉を通過する。

 ほてった熱を奪う水の気持ちよさ。疲れた体を癒してくれる。

「走ったあとの水は最高ですね」

 勇希が同じように水を飲んでいる。

「ああ、そうだな」

 ……幸せだ。水を飲み、笑いあう。


「わかった。ありがとう勇希」

 勇希の配慮に感謝がとまらない。私は2つ返事で勇希お勧めの店へラーメンを食べに行くと決める。

「ちなみに先輩。今から行く所はマナーにうるさいのです。なので、思わずオッケーと言われるくらいにラブラブでお願いします」

 勇希の優しい声が少し張り詰めていた。なにか理由があるのかもしれない。

「そうなのか……。だが相手が勇希ならば容易いことだ。必ずオッケーと言わせてやろう」

 私も少し緊張して答える。

「では、お昼にしましょう。ボクについてきてください!」

 満面の笑みをたたえる勇希。



 私は勇希と歩き出す。

 その顔を見ながら私は確信する。

 間違いない、勇希は楽しんでくれている。

「た~のし~?」

 私はミッションの達成を確認するため、勇希に問いかけた。

「た~のし~♪」

 勇希は嬉しそうに答えると、私の腕に飛びついてきたのだった。

 


 勇希に案内されて到着したのは、一見ただの民家であった。

「先輩。繰り返しますが、ここではラブラブ増し増し愛多めでお願いしますよ! 私も全力でラブラブしますから!」

「まかせとけ!」

 私たちは気合をいれる。

 可愛らしい彼女とのお昼。

 今日のお昼は、きっと素晴らしい味だろう!


 勇希が私の腕を取り、自分の肩へとのせた。

 私はラブラブ増し増し愛多めな笑顔を浮かべ、勇希と勢いよく扉をくぐる。

「ただいま~!」

「おかえり~!」

「……?」

 扉を開けた先では、勇希に似たエプロン姿の女性がイタヅラっぽく微笑んでいた。



 ……前言撤回。

 今日のお昼は、味なんてわからないかもしれない。

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