第6話

ソルティーヤの営業が終わり、早い人なら就寝する時間。

机の上に置かれたランタンがゆらゆらと照らし出すソルティーヤ一階の食堂にはまだ数人の人影があった。


「まずはこれを読んでください。アーカイブでいっちばん簡単なやつですから」


そう言って机に乗せてある一冊の本をバンバンと叩くのはルウだ。

今日から本格的にグリモアとしての勉強を始めるにあたってルウに教わることになっていた。


俺はルウが読め読めとうるさいその本を机の上で開けてみる。

すると、見たことも無い不思議な文字の羅列が目に飛び込んできた。


「な、なぁ。ルウ?俺、これ文字から読めないんだけど…」


冷や汗をたらたらと垂らす俺に対し、ルウは何を当たり前の事をと言いたげな表情をしている。


「白が転生の際にラファエル様から授かった文字の翻訳魔法はあくまでも現代の言葉に限定されますからね?神格言語を元にした古代語によって書かれているんですから読めなくて当然です。」


「じゃあ、俺はその古代語とやらから覚えなきゃならんのか」


「はい!そこで、優しーいルウ様が無知の白のために古代語暗記プリントを作りましたー!」


そう言ってルウは俺に数十枚のプリントの束を渡してきた。

その紙には一枚一枚びっしりと古代語と呼ばれる言語と現代語訳が書かれていた。


「こ、これ全部か?」


俺はあまりの量に思わず顔を引き攣らせる。

すると、ルウは飛びっきりの笑顔で


「一週間」


「一ヶ月の間違えじゃ?」


「一週間です。」


ルウは笑顔を崩さず一週間とだけ告げてくる。


もう少しゆっくり覚えてもいいんじゃないか?


「はぁ。今どうせ「もっとゆっくりでも良いだろ」とか思ってるんでしょうが古代語は暗記するのは一週間が期限だと昔から決まってるんですよ」


「何でなんだよ。別に誰かに監視されてるわけでも無いだろ」


「いや、本当に一週間なのです。」


ルウは首をふるふると横に振る。

そして、言葉を続ける。


「一週間で古代語を暗記出来なかった人たちは誰一人としてグリモアにはなれなかったのです。理由は分かりませんがグリモアを目指す者の中では最初の一週間で全てが決まるとまで言われているんです。」


正直信じられない話だが、ルウの顔がいつもの様におどけた物ではなくいつに無く真剣だったから本当なのだろうと確信した。


俺は早速古代語の読み書きの練習を始めた。

一週間は短いけどグリモアの道をそう簡単に諦めてたまるか!





―――――― 一週間後 ―――――――


俺が勉強を始めてから丁度一週間が経った日の夜。

ソルティーヤの一階には俺とルウ、フィーナの三人が一つのランタンを囲っていた。


「白。古代語は覚えられましたか?」


早速そう切り出してくるルウに俺はドヤ顔を向ける。


「多分覚えられたぞ。正直かなりキツかったけどな」


「白くん凄いじゃん!私だったら絶対無理だよ〜」


「だろ〜?」


フィーナも笑顔で賞賛してくれる。

風呂上がりのラフな服装と相まってめちゃくちゃ可愛いく見えるな。


「ドヤ顔が少々うっとおしいですがまぁ良しとしましょうか」


俺がフィーナに見蕩れそうになった所をルウに完全に戻される。

そして、ルウは一週間前にも見たあの一冊のアーカイブを取り出してきた。


「じゃあ、これを読んでみてください。覚えたなら読めるはずですから。」


「お、おう。分かったよ」


俺はルウからアーカイブを受け取り机の上で一ページ捲ってみた。

すると、一週間前には感じられなかった生命の波動の様な物を感じた気がした。


「ん?なぁ、ルウ。この本って生きてるのか?」


真顔でルウに問う俺にフィーナは「何言ってんの〜?」と軽く馬鹿にする。


「よく分かりましたね。白の考察は合ってます。ウィザードの使う『魔導書』と違い『アーカイブ』は一冊一冊が生きているのです。これがグリモアの人数が少ない理由の一つです」


と、ルウは首を縦に振る。

やっぱりこのさっき感じた感覚は間違ってなかったのか。


ルウに諭され俺はいよいよアーカイブを読み始める。

俺に取って始めて触れるアーカイブ。

始めて魔法に触れたきっかけのアーカイブ。


俺は一文字も漏らさないようにじっくりと丁寧に読み進める。


「わ、れ始まりのアーカイブなり。汝我を読み進めるなら、覚悟を決めよ?」


「おお!ちゃんと読めてますね!第一関門は突破ですね!」


「第一関門って事はまだ何か試練があるの?」


フィーナの素朴な疑問にルウはしっかりと頷き


「今から魔力を操作する方法を教えますね」


「魔力の操作ぁ?」


「はい。グリモアはウィザードと違いとっても繊細な魔力操作が必要とされるのです。なので私がしっかりと教え込んで上げるです」


本当、ルウが居て良かった。

これだけの試練一人じゃ絶対乗り越えられんだろ。


「じゃあちょっと失礼しますね」


するとルウは俺の手の平の上に着地すると両手を付き、何かぶつぶつと呟き始めた。


《視覚せよ 魂の欠片》


いきなり俺の身体に薄らと緑色の光の筋が現れた。


「わっ、綺麗な光〜」


「な、何だ!?俺に何かしたのか!?」


慌てふためく俺にルウはふぅっと小さく息を吐くと


「別段変わったことはしてませんが…今白にかけたのは魔力を視覚化する魔法ですよ」


「へ、はぇー。じゃあこれが俺に流れてる魔力って訳か」


感心してその光の流れを眺めていると段々薄くなっていきやがて消えてしまった。

ルウは再び飛び上がり魔力操作の基本を教えてくれる。


「魔法職にとって魔力操作は必須技能何ですがグリモアは特にこの技術が大事ですのでこれからは完璧に操れるまでこの練習をしますよ」


「おう、どんと来いってんだ」


ルウは軽く笑を浮かべると両手を上向けにして前に突き出した。

するとルウの手の上に拳大の光の玉が現れた。


「これは魔力を呪文無しで体外に出して操る物なんですけど…あ、違います。別に力まなくて大丈夫です。体の中に流れている魔力を感じ取ってください」


早速挑戦してみている俺に随時アドバイスをしてくれる。


数十分試行錯誤してると俺の手のひらの上にも薄らと光の玉が現れるようになってきた。


「凄い!凄いですよ正直数日かかると思ってましたよ!!」


ルウもまるで自分の事のように喜んでくれる。

続けて練習しようとすると横からすぅすぅと寝息が聞こえてきた。


自分の魔力操作の練習にふけっていて気づかなかったけどフィーナは力尽きていたみたいだ。


「流石に今日は寝ましょうか」


「だな」


時間も割と遅めだったので俺達は寝ることにして、フィーナの肩をゆする。


流石にこんな所で朝まで寝たら疲れが取れないだろうし。


しかし、フィーナは一向に起きる気配がしなかった。


「仕方ない部屋まで運ぶか」


「……えっちな事考えてませんよね」


「考える訳ねぇだろ!?」


ジト目で睨んでくるルウにつっこみをいれる。

まぁ確かに机に突っ伏して寝ているフィーナの寝顔はかなり可愛かったけど…


俺はフィーナを抱きかかえる。お姫様抱っこと呼ばれる抱き方じゃ階段が登れないから仕方なく正面から抱き抱えてる。


決してイヤラシイことなんて考えてないから。


フィーナはまだ子供の面影が残っている年頃なのでさほど身長も高くないし軽いから力の無い俺でも問題なく運べる。


「白、顔が赤いですよ?」


「し、仕方ないだろ!」


小声で叫ぶ俺にルウはくすくすと笑う。


しょうがないだろ!フィーナだって女の子だから何か柔らかいし、さっきから寝息が首筋にかかってぞわぞわするんだよ!


何とかフィーナを彼女の部屋に運びベットに寝かせた俺とルウは部屋を出た所でリサさんとばったり鉢合わせてしまった。


俺の表情は凍りつき、ルウはお腹をよじって笑っている。


笑ってる場合か!とルウを睨むも一向に笑うのを止めない。


「白くん…?」


「あ、いや、違うんです!これには…」


「やっとフィーナを嫁に貰ってくれる気になったのね!」


「はい?」


「だってそうでしょ?こんな夜中にフィーナの部屋から出てきたんだから」


「違いますよ!!」


そこからリサさんの誤解を解くのに数十分を要した。

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