第4話
俺がこのソルティーヤで働き始めてちょうど一週間が経った。
俺も仕事を少しずつ覚え、それなりに軌道に乗ってきた感じはする。
窓から朝日が舞い込む時間。
小鳥たちは鳴き始め、幾らかの人達が一日の行動を始める時間。
いつもの様に俺は朝6時に起きる。
窓を開けると朝特有の冷たい空気が頬を撫でる。
朝は仕込みやら何やらで忙しいのだ。
俺は隣で俺のシャツの裾を掴んですーすーすーと寝息を立てているイリアを起こさないようにベッドから降りると、寝る前に洗濯しておいた服に着替える。
「くあぁ…おはようございますです…」
「おはよ。起こしちゃったか?」
ちょうど目を覚ましたらしい妖精のルウは眠そうに目を擦りながら首をふるふると横に振る。
「イリアの事見といてやってくれよ?俺は今から仕事だから」
「はーい。任されたですよー」
何とも気の抜けた返事を返すルウだけど、想像以上にしっかりしているから驚きだ。ここ数日で何度助けられたことか。
俺は部屋を後にして食堂への階段を降り、厨房に入る。
そして、キュッと腰巻きエプロンを付け食材の下処理に入ろうとした所で後ろから声が掛けられる。
「おはよう…白くん毎朝元気だね〜」
「おはよ、対するお前は辛そうだなフィーナさんよ」
「だってー早起きが一番苦手なんだもんー」
この店の娘であるフィーナも準備の為に割と早起きしてる。親の方はしてないけどな…
「でもフィーナ、辛いものが一番苦手だってこの前言ってただろ?」
「うぅ…どっちも苦手なんだよぉ」
むぅと呻きながらフィーナは口を尖らせる。
「はいはい、タコみたいな顔してないでさっさと仕事やっちゃおうぜ」
「た、タコじゃないよ!」
フィーナはぷりぷり怒りながら布巾を片手に厨房から出ていった。
俺は山のように積み重なった肉や魚と言った食料に向き直ると下処理を始める。
この異世界では基本的に日本の食事と変わらないらしい。
まぁ、モンスターの肉を食べたりする辺り違う所はあるんだけど基本的には変わらない。
この大量の食材は毎日の事とは言え骨が折れる。
当初これだけの量を本当に使い切る事が出来るのかと思っていたんだが、寧ろ足りなくなることの方が多い事に驚かされた。
何故かと言うとこの店の客層は冒険者に限られるからだ。
冒険者ってのは普段、国営ギルドから仕事を貰ったりモンスターを倒した時に得られる『エーテル』と呼ばれる虹色の石を換金することで生計を立てている人たちの事で、予想通りめちゃくちゃ食べる。それも馬鹿みたいに…
「俺も冒険者になるつもりだったんだけどなぁ」
ついそう不意に口をすると
「えー?白くんが冒険者ぁ?ふっ、笑わせないでよ」
こんな感じでフィーナがからかってくる。
「俺にだって出来るかもしれないだろ?」
「だって、冒険者に必要なのは賢さと勇気だよ?そりゃあ白くんは頭は良いかも知れないけど度胸が無さそうだからねぇ〜」
「この、好き勝手言いやがって…」
俺はフィーナの背後に回り込み、ふわふわのきめの細かい水色の髪の毛をわしゃわしゃと撫で回す。
「わ、わわわ。や、やめてー」
必死に抵抗してくるが俺は撫でる手を休めない。
少し楽しくなってフィーナに仕返しをしてると
「あらあら、本当に仲良しねぇ」
このソルティーヤの店主の妻であるリサさんが階段を降りてきているところだった。
「おはよーお母さん」
「お、おはようございます。リサさん」
俺は慌ててフィーナの頭から手を退けると突然フィーナがニヤリと笑い、
「くらえー!」
一瞬態勢を低くしたかと思ったらフィーナは思いっきり伸びやがり、俺の胸の辺りに頭突きをかましてきた。
「グハッ、いきなり何しやがる!?」
「何って、フィーナちゃん渾身の頭突きですー。仕返しだー!」
「俺、そんなに恨まれるような事したか!?」
頭突かれた胸をさすりながらフィーナに問うと彼女は急に頬をほんのり朱色に染めた。
「え、何その反応。まじで何かしたか?」
「私にあんな事した癖に…」
「はぁ!?」
嘘だろ!?俺はフィーナに対して何か取り返しのつかない事でもしたのか?
嫌、有り得んだろ。もしそうだとしても何で俺は覚えてないんだよ!
「えぇぇぇぇ!?白。もうフィーナに手を出しちゃったんですか?」
いつからそこに居たのか階段にはルウとイリアの姿が見える。
「だ、出してない!てか『もう』って何!?俺は未来永劫フィーナをそんな目では見ないからな!?」
「それは少し困るわね…」
そんな事を言って顔をしかめて割と真剣に悩んでるリサさん。
「何でリサさんが困るんですか!?」
「何でって…そりゃあフィと結……」
「わあああああああ!お母さん!何言い出すの!!」
耳まで真っ赤に染めたフィーナが叫びリサさんの口を慌てて塞ぐ。
何か不穏な単語が聞こえたけどフィーナの叫びで聞こえなかった事にしておこう…
結婚なんて単語は聞かなかった。いいね?
そんな朝から騒がしいやり取りの中イリアがとてとてと俺の元へと歩いてくる。
そして
「ねぇしろにぃ見て見て〜。リサが着せてくれたの〜♪」
イリアは目の前でくるりと回って見せた。
確かに今日のイリアはいつもの白のワンピースじゃなくてフリルの付いた白地のドレスシャツにピンクの大人しめのフリルの付いたスカートに身を包んでいた。
「すっごく可愛いぞ、イリア。それにしてもこんな高そうな服着せてもらって良いんですか?」
俺はイリアに服を着せてくれたリサさんを見る。
するとリサさんはやわらかく微笑んで
「いいのよ。フィーナのお下がりだから」
俺はまだ少し赤みが残っているフィーナを見ると俯きながら口元をむにむにさせ、髪の毛を指先で弄っている。
あれか、可愛らしい服を着てたのが恥ずかしいのか。普段の私服も充分可愛い服来てるのに今更何が恥ずかしいんだろうか。
俺はふとルウと目が合ったので
(フィーナのフォロー入れてやって)
(えー、めんどくさいですね…白が慰めてあげた方が好感度上がりまくりで落とせますよ?)
(お、落ちないから!人間そんなに簡単に落ちたりしないんだよ!)
(そうなんですか?人間なんて所詮年中発情してるじゃないですか)
(人間を兎と同類にするなよ…そんなの特殊なおじさんだけだって…)
(もう、仕方無いですね。私が取り敢えず煽りを入れるです。)
(え?)
「フィさん。随分とかぁわぁいらしいお洋服を着てたんですねぇ〜」
「あぅっ…」
その場に崩れ落ち頭を抱えるフィーナ。
ニヤニヤと口元を手で抑えるルウ。
朝一の食堂に何とも言えない空気が流れる。
するとその空気を壊すようにリサさんが急に手を叩いた。
「はいはい。お遊びはこれ位にしてとっとと朝ごはん食べるわよー。白くん準備よろしく!後、まだ買い物行ってないでしょ?今日休みにしてあげるからフィーナも連れて皆でお買い物に行ってらっしゃい?」
「え、いいんですか?」
「ええ。今日は冒険者も大規模遠征に行くから数も少ないだろうしね」
「じゃあお言葉に甘えて」
正直めちゃくちゃありがたい提案だな。
こっちの世界に来てから買い物なんてしてないから服の換えはないわ、その他諸々の消耗品は無いわでかなり辛かったからな。
「はいはい!白、私クッションが欲しいです!」
「きょう、お買い物に行くの?」
「そうだぞー、色々買おうなー」
「し、白聞いてるんですか!?」
俺は話を聞けとうるさく言ってくるルウを頭に乗せたまま厨房で簡単な朝食を作った。
朝食をとった俺たちは各々身だしなみを整え、街へと繰り出した。
改めて見るとこのルーラの街は美しさで溢れていると思う。
俺が居た時代の日本…まぁかなり悲惨な状況になっていたんだけど。それに比べてこの街の活気はとても心地よい。
「最初は何処から回る?どこへだって案内して上げるよー?」
「はいはい!私、あそこ行きたいです!クッション屋さん!」
未だにクッションクッションとうるさいルウは俺の肩に乗って騒ぎ立てる。
そんなルウをスルーして俺はイリアを片手で抱き上げる。
「イリアはどこに行きたい?」
「んー、お洋服がほしい!」
イリアは顔を綻ばせる。
俺は了承し、フィーナに顔を向ける。
「フィーナ、服屋頼める?」
「いいよ〜」
「だから何で無視するんですか!」
俺達は談笑しながら色々な店を回った。
夕方。
必要な物を買い集めた俺達は帰路に着いていた。
すると一際大きな建物が視界に入ってきた。
「あのデカイ建物は何なんだ?」
「あれは『冒険者ギルド』だよー。普段、冒険者が集まって談義したり、仕事を受けて挑んだり、エーテルを換金してくれたりするんだよー」
フィーナがえっへんと胸を張りながり説明してくれる。
「ここが冒険者ギルドなのか…」
俺はイリアの顔を見たあとルウの顔を見る。
いつか魔王を倒さないといけないんだよな…
俺に出来るとは思えないな…
「取り敢えず一回入って見るですか?」
俺の表情から不安を読み取ったのかルウは優しそうな笑顔でそう言ってきた。
「まぁ、下見だな」
俺達は冒険者ギルドに入ってみることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます