第2話

異世界に無事転生する事の出来た俺達は街の中央にある大きめの広場の噴水の前で休憩を取っていた。


多分普通の人なら直ぐに行動を始めているだろう。

しかし、俺は完全にテレポート酔いしていた…


「もう、マジでふざけんなよ…何でテレポートで酔わにゃならんの」


その場に座り込み、胃の中身をリバースしそうになるのを必死に堪える。


「それにしても弱すぎじゃ無いですかー?こんな貧弱神の化身みたいな野郎に保護者が務まるのですか?」


「しょうが無いだろうが…元々そんなに乗り物強い方じゃないんだよ」


笑いをちっとも堪えようとしないルウがこれ見よがしに煽ってくる。

俺、こいつに何かしたか?ぜんっぜん思い当たらないんだけど…


すると、イリアが近づいてきて俺の目の前でしゃがみ込み、顔を覗き込んできた。


「大丈夫?気持ち悪いの?」


そんな純粋無垢なイリアの優しさに当てられてクラっときた。

慈愛の天使とはよく言ったものだ。


俺は、苦しさを堪え、必死で笑顔を作り、イリアの頭に手を乗せ優しく撫でて上げた。


「大丈夫、ありがとうイリア。ちょっとテレポート酔いしちゃっただけだから。」


「ふぁぁ。でも…うん。無理しないでね?」


イリアは撫でられてなのか、くーっと気持ち良さそうに少し目を細める。

そんな、イリアの表情が可愛い過ぎるので俺自身蕩けそうになる。


俺は手を離すと横目でちらっとルウを見る。


そ、そんなに呆れた顔をしないで下さいよ…


「いきなりイリアに攻略されてやがるですよ。この男は…」


「こ、ここ、攻略なんてされてねーし。ちょっとイリアが可愛すぎてクラっと来ただけだし!?それよりも、お前こそイリアをちょっとは見習ったらどうだこの羽虫風情が!」


「お、お前は今妖精族を貶しましたね!落ち着いた頃に夜も眠れないようなイタズラを仕掛けますよ!?」


「仕返しが陰湿だな!?」


俺とルウがギャーギャー言い合っていると、涙目のイリアが割って入り、


「け、喧嘩しないで?二人が仲悪いところ見たくない…」


そんなイリアに完全に毒気を抜かれた俺とルウは顔を見あわせた。


「ご、ごめんな?イリア。俺達はちょっとからかい合ってただけだから。お前もそうだよな?」


「そうです。そんな、壊滅級に仲が悪いって訳じゃ無いですから。」


「おい。それじゃ仲が悪いとも取れるだろうが」


ルウをジト目で見つめると、いきなり何か思い出した様な表情をした。


「さっきから気になってたんですが、私の事はルウと呼んでください。『妖精』やら『お前』で呼ばれるのは少し気に入らないです」


「何かと思ったらそんな事か。なら俺の事は白って呼んでくれて良いから」


「白、しろ…し、」


「ん?どうしたイリア?」


イリアが急に俺の名前をボソボソと呟きながら、黙り込んだ。

少し心配になった俺は、イリアの顔を覗き込む。

するとイリアは急にバッと顔を上げ、尋ねてきた。


「しろにぃって呼んでいい?」


「大歓迎さ!」


「言葉遣い変わってるんですけど、表情が緩みきっててキモいんですけど」


さっきから外野がうるさい。

俺とイリアの世界に入ってこないでほしい。


「ねえねえ、私の事はなんて呼んでくれるの?」


何だかんだ言って、ルウも気になったらしくイリアの頭に乗って尋ねてる。


「ルウって呼んだら、だめ?」


「良いですよ!なら、私もイリアって呼びますね!」


ルウは少しだけ残念そうな表情をしたが、直ぐに笑顔になってイリアの前をふよふよ浮いている。

ちょっとは姉として見て欲しかったのかな。


意外と可愛い所あるんだな。声には出さないけど、悔しいから。


少しして幾らか気持ち悪さも落ち着いた俺は立ち上がる。


「少し体調も良くなってきたし、そろそろ行動しようか。って言っても何からしたらいいか分からんけど」


「先に宿屋を見つけた方が良くないですか?夜になってからじゃ大変ですし」


ルウが人差し指を立てて、そう提案してくる。


「じゃあ、取り敢えず先に宿屋探すか。…あっ。ルウって今お金持ってる?」


「持ってるわけないじゃないですか。そもそも天界で下界の通貨なんて出回ってませんですし」


俺とルウは顔を見合わせたまま硬直する。


「お金無きゃ宿にも泊まれないだろ!そもそも何も食えなくてのたれ死ぬわ!」


「ホントですよ!白は野宿でも良いけど、私やイリアはちゃんと宿に泊まりたいです!」


「何で俺だけ野宿なんだ!?」


俺とルウが言い争ってるとイリアがクイクイと俺の袖を引っ張る。


「どうした?」


俺がイリアの方を見るとイリアは両手で袋を抱えていて、それをズイっと俺に差し出した。

差し出された袋の中身を見ると、そこにはたくさんの金貨が詰まっていた。

脇から金貨を見たルウも目を丸くしている。


「イリア!?どうしたんだこれ!」


「お母さんが下界でかせいだお金なんだって。生活のしきんにしなさいってゆってた」


イリアはそう言ってほのかに笑顔を浮かべる。

イリアは笑ってるが俺とルウは感動して今にも泣きそうだった。


「なんて、優しいお方なんだ…そもそもどうやって稼いだんだ?」


「知らないですよ…でもラファエル様は昔から自由奔放な方だと聞いてたです。」


「流石に自由過ぎるだろ!?」


勝手に下界に降りて仕事してたって事だよな。


俺達は近くのベンチに座り直し、ルウは袋の中に入り金額を確かめ始める。

暫くすると、ルウは袋から顔だけひょこっとだす。そして、その表情はとても落ち込んでいるように見えた。


「どうした?そんなに浮かない顔をして」


「白…やばいです。すっごくやばいです。」


ルウがとても普通じゃない雰囲気なので俺は心配になる。


「お、おい。本当にどうしたんだ?」


肩をプルプルと震わせるルウはゆっくりと話し始めた。


「大半が今使われていない硬貨です…」


「えええええ!?使われてない?」


「だって、金貨いっぱいだっただろ?金の価値は変わらないんじゃないのか?」


焦った俺はルウに訴える。


「金貨だったのは上の方だけで下は昔の貨幣だったんです」


上の方に金貨を置いて金貨がいっぱいある様に見せかけるなんて…

何お茶目なことやってくれてんだよ。


「なあ、ルウ?金貨だけならいくら位合ったんだ?」


「20万R位です」


ルウはまだ動悸が収まらないのか肩を震わせている。


因みにルウによるとR(ルイス)はこの世界の共通通貨単位で、1R=1円らしい。


「20万R合ったらどれ位生活出来るんだ?」


「どんなに節約しても宿代込みで1日最低1万Rはかかるので長くて20日位です」


20日は耐えれるとは言え冒険者とかやってる暇はないな。装備とかも揃えないといけないからな。


「これは先に安定して稼げる仕事を探すか」


「冒険者はどうするんですか?」


魔王討伐の目的も忘れないで下さいと言いたげにルウが尋ねてくる。


「仕方ないだろ?俺は日本ではろくに部活も出来なかったからな。そんな直ぐに3人分の生活費が稼げるとは思えん。だったら先にバイト先見つける方が良いだろ。」


「で、ですが…あうっ!」


俺は指先でちょんっとルウのおでこをつつくと軽く笑って言う。


「心配すんな。冒険者やらないって訳じゃないから。冒険者始めるまでの繋ぎだって。それに定食屋とかで働けば仲間も見つかるかもしれないだろ?」


「分かったです。じゃあ、まずは宿屋探してそこで仕事について聞きますか」


そう言って、ルウは俺の指先を両手で包む。


「よし、じゃあ行くか!」


俺はルウがお金の勘定をしている時から俺の膝を枕にしてすぅすぅと可愛い寝息を立てているイリアを起こさないように立ち上がり、お金の袋を腰に吊るすとイリアを抱き上げた。


「私も何か持つですよ?」


「ん?大丈夫、大丈夫。イリア軽いから」


イリアは無意識のうちに落ちないように両手を俺の首に回す。

そんなイリアの寝顔に癒されながら俺達は宿屋を目指して街中を歩く。


よく見るとこの街は活気に溢れている。

道には色々な店が出品してるし、人通りも多い。雰囲気としては日本の昔の商店街に近い。


そこで、俺はふと思った事をルウに尋ねる。


「なあ、さっきから色んな人達から見られてないか?」


「そうですか?…あー、アレですね。白の服装が珍しいからですね。」


「そうか?パーカーに長ズボンだし、そんなに派手じゃないだろ」


俺は言いつつ自分の服装を見る。


「まあその二つともこの世界には無いものですからね。いつか服も買いに行かないとダメですね」


確かにこれ一着じゃ辛いな。追加で買わないとダメだな。


「後もう一つ気になってたんだけど何で俺この世界の文字が読めんの?」


そうなのだ。覚えたこともないのに俺は看板に書いてある見た事も無い文字を読めているのだ。


ルウは少し面倒くさそうにしながらもカラクリを教えてくれる。


「普通の人なら話しは通じても文字は読めないので勉強しないといけないんですが、白の場合は転生される直前にラファエル様が魔法で翻訳魔法をかけてくれたんですよ。だから読むことは勿論、書くことだって出来るです」


「何か、ラファエル様には感謝してもしきれないな」


「ホントですよ。私も感謝してるですからね…」


「ルウは何を感謝してるんだ?」


尋ねてもルウは何故か顔を少し赤くしてそっぽを向いてしまった。


少し歩くと、駐屯所の様な場所が見つかった。

前には憲兵らしい人が立っていたので宿屋の場所を聞くために尋ねかける。


「あの、この辺で安い宿屋ってあり…」


まだ話してる途中だったんだけど、憲兵は俺を無視して手に持っている何かの道具に


「通信お願いします。こちら23番区画憲兵所。幼い女の子を抱えた見るからに誘拐犯を見つけ…」


憲兵が持ってる道具は通信が出来るらしく、いきなりそんなデタラメな報告をしだしたので…


「ふぅざけんなよ!?何でいきなり犯罪者に仕立てられてんだよ!!」


相手が憲兵だって事も忘れて叫んでしまう。

憲兵は一度通信機から顔を話すと、怪訝そうな顔をしてコチラを向く。


「え?違うんですか?じゃあ、アレですか。隠し子ですか」


「隠し子でもないわ!」


何言い出すんだこの憲兵は。話にならないんだけど…


俺と憲兵のやり取りに見かねたルウが俺の前に出てきた。


「この子はこの男の妹なのです。それよりも、私達の質問に答えて欲しいです。この辺りで安い宿屋はどこですか?」


憲兵はいきなり出てきたルウに驚いたのか、落ち着きを取り戻した。


「おや、妖精の方とは珍しいですね。この辺りで一番安いですか…なら22番地10番通りの角にあるソルティーヤに行ってみたらどうでしょうか」


俺達は憲兵にお礼を言い、ソルティーヤという店を目指して歩き出す。


「なぁ、妖精族って下界にも居るのか?」


ルウに尋ねると、ルウは質問の意図が掴めなかったのか不思議そうな表情をしている。


「いや、さ。さっきの憲兵の人が妖精に対して驚いて無かったからさ」


「あぁ、そんな事ですか。下界にもいるですよ、妖精は。ただ、同じ妖精族であっても出来ることは全く違うんですけど」


「何でだ?」


俺は天界の妖精とこの世界の妖精との違いに純粋に知りたくなった。


「………まぁ、時が来たら話すですよ。」


何故かルウはその時教えてくれなかった。


そんな事を話していると目的地であるソルティヤが見えてきた。


「へぇー、定食屋の上に宿屋が併設されてるのか」


ソルティヤは少し入った所に位置する為大通りには面していないけど結構賑わっている様子が外からでも分かった。

そして、淡い水色で塗られた壁はなんというか、とてもこの世界の雰囲気に溶け込んでいた。


「くあ…」


すると、ずっと寝ていたイリアが小さい欠伸をしつつ目を覚ます。


「おはよ、イリア」


「しろにぃ。ここどこ?」


まだ眠そうに目を擦っているイリアにルウが答える。


「ここは宿屋ですよ〜♪今日は皆でここにお泊まりするです」


目を覚ましたがイリアが降りようとしないので腕に抱えたままソルティーヤのドアを開ける。


「いらっしゃい!…あら?初めての方?」


入口で出迎えてくれたのは中学生位の女の子の店員さんだった。

女の子は店の外装の様な淡い水色の瞳と髪の毛を持ち、髪を腰の当たりまで伸ばし、下の方で大きなリボンで括っている。


「は、はい。宿屋として紹介されたんですが…」


俺が答えると、それはもう見事な営業スマイルで


「ありがとうございます!今案内しますね。…お母さーん。宿泊のお客さんを部屋に案内してくるから注文よろしくー」


そう大きな声で言うと奥から母親と思われる女性が出てくる。

少し汚れたエプロンをしてるから厨房で働いてるんだろうな。


「こっちよー」


店員の女の子が2階へと続く階段の途中から俺たちを呼ぶ。


彼女について2階に上がると廊下に沿って五つ部屋が合った。


そして、1番奥の部屋に案内されると俺達は中に入った。

イリアをベットの上に降ろし、俺は店員の女の子に料金について尋ねる。


「いくら位払ったらいいんだ?」


「その事なんだけど、契約は1日にする?それとも1ヶ月?」


「1ヶ月契約なんてあるのか?」


少女はこれまた見事な営業スマイルで説明してくれる。


「うん!結果的に見たらお安くなってるよ。だけど、宿屋扱いじゃなくて貸家扱いになるからご飯とかは出ないけど、一ヶ月6万R!」


一ヶ月6万で過ごせるのは正直有難いな。


「よし、じゃあ一ヶ月でよろしく頼む。」


俺はルウに6万R数えてもらってそれを少女に手渡す。


「後、仕事を探してるんだけど良いの知ってたりしない?」


「仕事?」


少女はその質問は予想していなかったのかきょとんとしてしまう。


「うん。ちょっとお金に困っててな。アルバイトでも始めようかと思ってさ」


すると少女は俺の体を色々眺め回す。

そして、小さく「よしっ」と呟くと


「お兄さん、料理は出来ますか?」


「え?まぁそれなりには出来るけど」


「なら、オススメな仕事がありますよ!」


そういった時の少女の表情は営業スマイルとは違う本当の笑顔の様な気がした。

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