Familie Liebe

あるみす

第1話

ここは定食屋の二階に存在する宿屋。

俺達はこの六畳とキッチンが備え付けられた部屋に住んでいる。

四人プラス一妖精で暮らすには少し狭いけど、それなりに楽しい生活を送っていた。


「あっ!メルヴィ!そのお肉私が焼いてたやつ!!」

「フッ、悪いね。ノアは隙が多いから」

「喧嘩するなら私が頂きますよ?…いただきまーす」

「「あっ!」」

「イリア〜お肉焼けたぞ」

「ありがとう、しろにぃ!」


今日も食卓には賑やかな声が響き渡る。


拝啓、天国のお父さんお母さん。色々合ったけど今精一杯生きてます。


どうしてこんな事になったのか、思い返せば長いけど…全ての始まりは小さな妖精との出会いだった。






「………きて……さい。」


何処からか声が聞こえる。

そもそも俺はどこに居るんだ?

さっきまで妹と一緒に居たはずなんだが…


「……きてくだい。」


誰なんだよ。この声は。


「もう!いい加減起きて下さい!!」


「痛いっ!ってか、ええええええええええ!?ここ何処だよ!!」


バシンと音が響いたかと思うと頬に強烈な衝撃が訪れる。


俺が居るのは深い森の中だった。

木々は深々と生い茂り、草も無造作に生えている為に先が全く見えない。

俺は頬を抑えながらはね起き、声の主を探すが見つからない。


「誰も…いない?」


「ったく、何処見てるんですか!私はここです」


不意に下から声が聞こえてくる。

恐る恐る声がした方を向くと、可愛らしい妖精がいた…


その妖精は体長10cmくらい、クリクリっとした瞳を持ち、少し緑がかった金色の髪の毛をなびかせていた。


「よ、よう、せい?俺は夢でも見てるのか?」


俺は未だ信じられない光景に目を丸くする。

妖精の頬をつついたり、頭を撫でてみたりしていると、妖精は手を腰に当て、頬を少し膨らませた。


「一々めんどくさい人ですね…早く本題に入りたいのですが」


「あ、はい。すいませんでした。」


妖精の可愛いさに押されて驚くべき速さで土下座を繰り出す。


妖精はふぅと小さく深呼吸し、俺に向き直った。


「改めましてこんにちは。私は妖精族のルウと申します。これから貴方、三奈坂白さんの生活のお手伝いをさせて頂きます。」


「下の?」


ルウはみるみる顔を赤く染めて行く。


「ちっがう!!このHENTAI!!」


「何で横文字なんだよ!!」


ルウに軽く謝りつつ


「と言うかその前にここはどこなんだよ。いきなり『お手伝いさせて頂きます。』とか言われてもわけが分からん」


ルウは小さくコテンと首を傾げ、そして思い出したかのようにポンと手を叩いた。


「ここは天界です。人間の言う所の『あの世』です。白さんは不運な事に、死んでしまったんですよ。とっても無残な死に方で」


俺はルウの言葉を聞いて頭が真っ白になる。……主に後半部分。


「え、ええ?今無残な死に方って…それにそこには妹も居た筈じゃ…」


「?そうですよ、白さんは妹様を……………ご愁傷さまです」


「ん、あれ?な、何で?思い、思い出せない…俺の、妹は……どうなったんだ…」


俺は何故か思い出せない『妹』についての記憶に苦悩し、地面をバァンと殴る。


「まぁまぁ、落ち着くのです。

死んだ時に記憶を失くす人は多いですから。気に病む事は無いのです」


俺はそれを聞いて少し気持ちが軽くなった。


「うぅ…くそっ。と言うか、さり気なく慰めてくれてありがとう」


「うっ、そ、そんな事はどうでもいいのです!…ここからがとっても重要なので良く聞いてて下さいね?」


コクリと俺が頷くと、ルウはその重要な事とやらについて話し始めた。


「貴方にはこれから異世界に行ってもらいます。そこである事を成し遂げて欲しいのです。」


「異世界?そんな物が実在するのか…それと、ある事ってなんだ?」


「まぁ、もう少し私の話を聞いてくださいよ。

今異世界では魔王軍というのが幅を効かせてるんですよ。昔は…平和でとっても綺麗な世界だったのに、今は見るも無残な………光景にはなっては無いんですが取り敢えず魔王をぶっ倒して欲しいんですよ」


「おおっ!と言うと俺は伝説の勇者に選ばれたのか!」


「いや、違います。嫌だなぁ貴方みたいに死んだ理由も思い出せない人に勇者が務まるわけが無いでしょうに」


「一々ムカつくやろうだなお前は…」


俺は顔を顰める。

ルウはハイハイと受け流すと


「それでですよ。魔王を倒してって言うのは他の人向けの理由です。」


「他の人?」


「はい。異世界転生する人間なんてそこら中に居るんですよ?だから貴方なんて全然特別じゃないんです」


「……はい。分かったので先続けてください…」


「何故貴方に私みたいな優秀な妖精が一緒に異世界に行くのか。貴方にやって欲しい事は!」


「……事は?」


「あるお方の『保護者』をやって欲しいからです!」


「……………保護者?」


俺が想像していた言葉と違い、思わず聞き返す。


「はい!」


「ひょっとしなくても保護者?」


「はい!」


俺はスクっと立ち上がり


「遠慮しとくわ。異世界で保護者する位なら輪廻転生する方がマシだわ」

踵を返して歩こうとするが、ルウに引っ張られてなかなか前に進めない。


「何でそんなに力、強いんだ!?」


「妖精を甘く見ないで欲しいですね。本気出したら人間なんて一握りですよ」


妖精思ってたより力強くて怖っ!


とうとう俺は根負けして妖精の話を受ける事になってしまった。

決してルウが怖かったって訳じゃ無いからな!


「それで、俺は一体誰の保護者をしたらいいんだ?」


「はい。えーっと、大天使ラファエル様の一人娘であるイリア様です。」


「なるほど、なるほど。天使の娘か」


「はい。」


「天使の」


「はい。」


妖精から告げられた情報は俺の頭のキャパシティを超えていて、頭が真っ白になる。

そしてしばしの沈黙の後、


「ええええええええええ!?何で!?何で俺みたいな一般市民が天使様の一人娘の面倒見るの!?」


理解してもなお、現実離れしたその情報に俺は絶叫してしまう。


と言うか、俺みたいな人間が天使の保護者を務めても良いのだろうか…

罰とか当たらないだろうな。


すると、ルウは何を思ったのか、俺の顔の目の前に身体を寄せてきた。


「強制的に転移させられるみたいです。気を確かに持っていてください」


ルウの突然の警告についていけない。


「え!?急になんだ?…って、ちょっと待てぇえええええええええ!!」


俺とルウは何者かによって強制的に転移させられ、真っ暗な世界に引きずり込まれる。


やばい、あの何か、グルグルする感じが気持ち悪すぎる…吐きそう。もう二度と転移なんてするものか。


心の中でそう誓った所で急に視界が開ける。

俺達が降り立った所はギリシャ神話に出てくるパルテノン神殿を模した様な場所だった。


いや、パルテノン神殿の原型…?

両脇に立っている柱の所まで行き、外の景色を恐る恐る見てみると、そこには無限と思わせる程大きく、深い青空が広がっていた。


「また、えらく神秘的な場所だな」


初めて見る景色に心を奪われ、惚けていると


「神秘的で当たり前です。だって此処は天使以上の階級が住む天空庭園ですから。」


「天空庭園って言うのか、何かすっごいテンション上がってきた!」


「ちょ、ちょっと静かにしてください!私達を転移させたお方は大天使様なんですから!」


ルウが焦った様に俺に釘をさす。


『大丈夫ですよ。妖精さん。』


すると、急に耳に聞きなれない声が響き渡る。

そして、俺とルウの目の前に大きな水色の魔法陣が現れ、ハーブの様な音色と共に二人の天使が姿を現した。


恐らく大天使ラファエルだと思われる大人の天使様は、なんと言うかとてつもなく神々しかった。シルクの様にキメ細やかな銀髪に透き通るような碧眼。そして極めつけは聖書で見たのと全く同じ服装だ。

これには無宗教の俺も声も出ない。


そして、もう一人。明らかに子供の天使。背から判断するに、日本での小学生上がりたて位かな。ラファエルとは違い、少し癖っ毛で見てるだけでフワフワしてるのが伝わってくる。しかし、銀髪や碧眼は完璧に母親から受け継いでいた。


幼女天使はラファエルの裾から顔だけをこちらに覗かせている。


「貴方が三奈坂白さんですね?」


「はい、大天使様。正直展開が早すぎて着いていけてないです。」


「ちょ、ちょっと余計な事は言ったらダメですよ!」


俺が何か失礼な事でも言うと思ったのかルウが慌てた様子で耳打ちしてきた。

失礼な。俺がそんな事する訳無いだろうが


すると、フフッとラファエルが小さく笑う。


「やはり白さんとルウさんは優しい方なのですね」


「「え?」」


そんなラファエルの言葉に俺のルウは顔を見合わせる。


「私は癒しの天使ですからね。人の性格を詠むのは得意なのですよ?」


ラファエルは右手の人差し指を頬に当て、小さくウインクしてくる。


意外と気さくな方何だなと心の中で呟いた俺であった。


「さて、本題に入りましょうか。今回貴方達を呼んだのはこの子の保護者として異世界に行ってもらいたいからです。」


「あの、天使様。一つ質問しても宜しいですか?」


「何ですか?遠慮なく言ってくださいな」


「天使様が下界に行くって言うのは皆さんやって居られるんですか?それとも…」


「天使の子供を下界に送り出す事は普通は行いません。特にミカエルとかは拒絶反応を起こしますし…」


「じゃあ、何で今回はその子を?」


「最近の天界のものは人間を下に見すぎているのです。」


ラファエルは少し表情を曇らせた。


「私は人間はとても輝いた存在だと思うんですよ。一人では出来ないことを二人、三人と手を取りあって成し遂げる。なんて事も人間にしか出来ないこと何です。それでこの子には将来の天界を担う者として人間の事を良く知っておいて欲しいのです」


正直、想像していたより壮大でそして、深刻な理由だったから少し戸惑ったが、心を決めた。

ここで人生辞めるのも勿体無いし、それに……アイツの、妹の事しっかり思い出したいからな。


「天使様。その使命、命の限り全うさせて貰います!」


急に俺の態度が変わった為、隣にいるルウの表情が驚きに変わる。

そして、ラファエルは顔を緩めると


「良い返事が聞けて嬉しいです。…ほらイリア。彼らにご挨拶しなさい。」


イリアと呼ばれた女の子は緊張しているのか口もとをむにむにさせていたが、ゆっくりと口を開く。


「これからよろしく、お願いします」


「ああ、よろしくな。」


「私もよろしくです♪」


俺達の軽い挨拶が終わるとラファエルは両手を前に突き出し、呪文を唱え始める。


すると、俺達の足元に先ほどの魔法陣が現れる。

ひょっとしなくても、これ。


「もし、魔王を討伐出来たら使いを出すので!二人ともどうか、どうかイリアをよろしくお願いします!」


ラファエルの言葉を聞き終えると身体が浮き始めた。


「ちょ、ちょっと待ってくれええええええ!」


こうして、俺と妖精のルウ。そして天使のイリアの三人による異世界での生活が始まった。

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