であい。


 暑い、とにかく暑い。

 蝉もうるさいし照りつける陽も暑いを通り越して若干痛い。車が通れば少しは涼むかと思いきや、通ったあとに車を追いかけるようにやってくる排気ガスでさらに倍。暑いと思っているのが自分だけではないとでも言うように今この目で見渡せる範囲で、この車道に近い歩道を歩く人の姿は勿論なかった。早くここを抜けてしまいたいところだが、生憎家に一番近いルートがこんなところだから我慢する以外に方法はなく。二リットルの麦茶とお菓子や諸々が入った手提げを、長く持っていた右から左へと持ち変えて、顔の汗を右腕で拭う。


「……ったく、なんでこんな暑い日に買い物をしに行かなきゃいけねえんだよ!!」


 車の通りで声が遮られるのを幸いと思い、大きな声で愚痴をこぼした――その時だった。ちりん、と風鈴のような音が後ろから聞こえる。その音のもとに体を向ければ白いワンピースに麦わら帽子、肩につくくらいの長さの綺麗な黒髪少女が目の前に現れる。アニメや夏っぽいイラストのワンシーンにいる女の子を切り抜いて現実に貼り付けたかのような不思議さがそこにある。高校三年生でありながらこんなことを言うのも子供のようで嫌だが、実に魔法か何かのようで、それと同時にまさか愚痴を聞かれてたんじゃないかとか、そんな謎の羞恥心が浮かんでくる。どうすればいいんだろうと思っていれば、彼女の方から声がかかってきた。


「あの、道に迷ってしまって……案内して、いただけませんか?」

「え、あはい! お、俺でいいなら!」


 夏の暑さをどこかへ吹き飛ばしてしまった綺麗な少女の頼みに、迷うことなく即答してしまった俺がいた。その様子に彼女は嬉しそうに微笑んで、『お手数おかけします』と言って深々と頭を下げた。とても礼儀正しい女の子だった。どこだろうと思って彼女に場所を聞いたところ家とほぼ近い位置の住所だった。途中で自宅に寄りたいことを伝えれば、大丈夫だと彼女は返す。

 優しい。知り合いにこんなに優しい女の子はいないから、彼女の優しい気持ちがじわじわと体に染みてくる。最初のうちはお互い無言だった、頑張って名前を名乗り、そして彼女も名を口にしてくれてからは何を話せばいいのか、それとも無駄に話さないほうがいいのか。自分の中でしばらく問答が続いたが彼女、晶の方から声をかけてくれた。


「棗さんって、いま学生なんですか?」

「あぁ、高校三年生でAO入試が決まりかけって感じです! というか、棗って呼んでもらっても良いんですよ? 俺年下かもしれませんし」

「ふふ、実は同い年なんですよ! だからその、普通に話したい、なぁって」


 今日二度目の衝撃。

 まさか同い年だなんて思いもしなかった。普通に話したい、そんなことを言いながら恥ずかしそうに自分を見てくるその目に、自分の体温とは違う別の熱を感じる。そこからお互いタメで話し始めるようになって、進路の話やお互いの友人の話、あんな先生が面白いだとかあんな大人にはなりたくないだとか、歳相応の話がずっと続く。彼女と会ってからもそうだが、話し始めれば一人でいた時は苦行と言っていいほどの暑くて遠い道のりがなんだか近くに感じられてきた。


―――


――



 そんなこんなで家についてから、頼まれたものをすべて家におくついでにコップに麦茶を注いできた。合流してから長い間歩いてきていたし、彼女も自分に会うまでは炎天下にいたことが多かったようで、ここで水分補給をしてから目的地に進もうという話になっていたからだ。ちなみに家には誰もいなかったから、余計なことを言われる心配がなくて本当に助かった。母さんとか彼女?って聞いてきそうだったから、家に帰ってきた時に反応がなかったことにとても安心した自分がいたのは秘密だ。少しだけ体を休めて、さて行くかと立ち上がった時に晶がこう問いかける。


「……ねえ、棗くん」

「どうした?」

「連絡先、交換してもいいですか?」


 『この場で言うのもどうかと思ったんですけど』と聞いてくる晶が、また可愛らしい。携帯を取り出すことで返事にして、メールアドレスと電話番号を交換した。ちゃんと登録を済ませて、改めて案内を再開する。

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