8月7日(金)夜
珍しく酒を買って帰った。自分一人で家で飲むなんてことは滅多にしない。けれど僕は比較的迷いなく酒を買った。普段から飲むわけじゃない僕には、どの酒が今の気分に合うのか見当がつかなかった。ただ言えることは炭酸はいらない。だから僕はウイスキーを買った。コンビニに寄ってジャックダニエルのミニボトルを買った。
パスタを茹で、ソースをかけただけの簡単な夕食をすますと僕はソファに座り、テーブルにジャックダニエルと氷の入ったグラス、天然水、生ハムとチーズ、そしてエンドロールを用意した。それを見ただけで酒飲みの気分を味わえた。こうでもしないと今からやることに向き合えなかった。
グラスにウイスキーを少しだけ注いだ。グラスを持って回すとカラカラと音を立てた。ウイスキーなんて飲んだのはいつぶりだろう。思い出せないほどだ。不味いとも思わなかったけれどそんなに飲むもんじゃないなとも思った記憶が蘇る。別に美味しくなくても構わない。今の僕に必要なのは美味しい酒ではなく、気分を紛らせるものだった。
少しずつウイスキーを飲む。あの記憶は正しかった。旨いとも思わないが不味いとも思わない。まあ少しずつなら悪くないか、といった程度の感想を抱いた。そしてその感想に従って少しずつ飲んだ。
氷が溶けて半分になってきた頃、程よく酔いが回りだした。そろそろ良い頃合いだろう。僕はエンドロールを開き、ペンを握った。期待通りアルコールが恐怖や不安を和らげてくれている。もちろん怖さはまだある。けれどもうこれを書く時は来てしまっているのだ。僕は空いている左手でグラスに残ったウイスキーを一気に飲み干した。そしてその勢いそのままにエンドロールに書き込んだ。
「玲未と会った最後の日」
この表現が限界だった。ただこれで構わないんだ。大切なのは文字じゃない。この記憶なのだ。空になったグラスにウイスキーを注ぎながら、僕は少しずつこの記憶の中に意識を潜り込ませていった。
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