8月7日(金)昼

 ただベンチに座っているだけでも汗がだらだらと流れていく。もう帰ろう。暑さに耐え切れず僕は立ち上がった。けれど思い直してもう一度座ってエンドロールを開いた。特別仲が良かったわけじゃないけれど、亜矢と二人で過ごしたあの放課後を記念して書いておこう。

「サッカー部の上手い後輩 衛藤」

 改めて立ち上がって来た道を帰る。時刻は十二時を回り、午前中部活をしていた生徒達が校門からちらほら出てきて帰っていく。六、七人のグループで帰っていく集団。二人組や三人組で帰っていく生徒。一人で帰っていく生徒もいる。それぞれ心の中ではどんなことを考えているのだろう。そんな無用な想像をしながら生徒達に紛れて坂道を下る。高校生はこんなに幼いものか。聞こえてくる会話や、彼らの見た目からそんなことを思う。あの時自分はもうほとんど大人に近いと思っていた。少なくとも子供は抜け出しているはず。それは確信していた。けれど今見ていると、高校生なんてまだほとんど子供に近い。

 そう思ってしばらく歩いていると僕はまた気がついてしまった。

「つまりは僕もまだほとんど子供みたいなものか」

高校生の頃から明確に成長したのか。大人になれたのか。いつかの朝にそんなことを考えていたけれど、また考えてしまった。そして同じ結論をたどり着く。僕はまだ大人と胸を張って言える人間じゃないな、と。

 駅前までたどり着いた僕は、どこにでもあるファミレスに入った。どの街にでもあるそのファミレスチェーンは例に漏れずこの街にもある。平日ということもありそこまで混んでいない。会社員か主婦か老人しかいない。そこに無職の僕が紛れ込んだ。一人ということもあって店内の中央付近の小さなテーブル席に案内され、居心地の悪そうな位置だなと思う。しかし、あの席に替えてくれ、なんてことを言う勇気を持っていない僕はそのままそこに座るしかなかった。ファミレスというのはいつも賑やかなもんだ。それにしても中年の女性はどうしてあんなに声が大きいのか。不良とおばちゃん。この二つはいつも声が大きい。

 メニューを見ながら僕は日替わりランチを注文した。チキングリルとウインナー。それにライスとスープとサラダとドリンクバー。どこにでもあるようなランチセットだ。店員が帰っていく姿を見送ってから立ち上がってドリンクを注ぎにいく。真夏の炎天下の中歩いたせいで喉が水分を欲していた。僕は水を注ぐとまずその場で一杯飲み干した。そしてそれからジンジャエールを注いだ。喉が渇くと妙に炭酸水が飲みたくなるのはなぜなのだろう。ジンジャエールも半分ほど飲んでしまい、もう一度満杯にしてから席に帰った。

 料理が来るまでにやるべきことをやっておこう。僕はエンドロールを取り出して開いた。このためにこのファミレスにやってきたのだ。それが無ければもう少し美味しい店に入る。別にここが不味いわけじゃなく、値段相応の味で驚きはないというのがわかっていたからだ。

 開いたエンドロールには

「卒業式の夜」

と書き込んだ。これを書くのは怖かった。これを書いてしまえば次に書くことが決まってしまうからだ。けれどせっかくここまで来たんだ。勇気を持ってインクを紙に染み込ませた。そしてあの時を回想する。あれが僕達四人の最後の時間だったんだ。

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