大学時代の家の近くのコンビニのスキンヘッドの店員

 買ったばかりのアイスクリームの封を切ると、香織は早速一口食べた。

「いいなあ」

僕がその様子を見て呟くと、まだアイスクリームを口に含んだまま、香織は不思議そうにこちらを見た。

「アイスなら亮くんも買ったでしょ?」

「いや、そういう意味じゃなくて。香織今ガブってアイスに齧り付いただろ? 舐めるんじゃなくてさ。それが羨ましいなあって。僕は知覚過敏だからさ」

「そーなんだ。そういえば前もバーじゃなくてカップのアイス買ってたもんね。じゃあこういうこと出来ないんだ」

そう言って香織はわざとらしく歯を立ててアイスにかじりついた。

「うわ。見てるだけで歯が疼く」

 コンビニの扉の横にある灰皿の隣に立って、僕はアイスの代わりにタバコをくわえた。その日はまだ梅雨が明けたばかりの初夏の夜で、月が夜空に爛々と輝いていた。

「あれ、スプーン二個も入ってる」

僕のカップアイスが入っているビニール袋を覗きながら香織が言った。

「もしかして二人で分けて食べると思われたのかな?」

「そうかもな」

「なんか照れるね」

そう言って僕を見上げた香織は特別可愛く見え、僕も照れてしまい、タバコをくわえたまま黙って頷いた。香織と付き合ってまだ一ヶ月しか経っていない。だからこういった些細なことで、付き合っている事実に照れ、香織が愛おしく見えた。

「でも親切な店員さんだね。何も言ってなかったのに」

「結構スプーンとかストローって忘れられがちだもんな」

「見た目が怖い割に親切な人なんだね」

香織は店内を覗き込みながら言った。

「あのスキンヘッドの店員だろ。そんなんだよな。最近見かけるようになったんだけど、物腰がすごく丁寧なんだよな。予想外って言ったら失礼なんだろうけどさ」

「でもそういうのって好感持てるなあ。ギャップっていうのかな。見た目は派手なのに、中身が堅実だったりするとね」

「ヤンキーが少し優しくしただけで、かなり良い人に見えるってやつだろ。実は良い奴なんだって言われてモテたりするんだ」

僕の言葉は少し恨みがましくなった。そういったタイプの人間とは正反対の位置にずっといたから。

「ドラマとかでよくあるよね。優等生がちょっと悪いことしたら途端に性悪人間だ、なんて思われたり。あれなんでなんだろ。普段悪くてたまに良い人と、普段良くてたまに悪い人とを比べたら、絶対普段良い人の方がいいはずなのに」

「僕もいっそ金髪にでもしてみるかな。そしたらあの人金髪なのに優しいって言われるようになるかもしれないし」

「じゃあ私は思い切って赤髪にでもしようかな」

「そうなったら完全に関わりたくない感じのカップルだな」

「ねー」

香織がアイスを食べ終わると同時に、僕はタバコを灰皿に捨てた。

「戻ろっか」

僕は香織の手を取って歩き出した。

 柔らかな香織の手のひらが心地よかった。昨日初めて香織とキスをした。そのおかげで、手をつなぐことが随分自然になった。キスの感触を思い出して一人にやけそうになる。僕はそれを隠すように話題を振った。

「でも髪の毛染めたりできるのもあと一年半くらいだろ。三回生の終わりには就活始まるしさ」

「そう言われたらそうだね。じゃあますます今のうちに金髪にしなきゃね」

「どうする本当に染めたら」

「ちょっと嫌かなあ」

「だろ」

 この時間が永遠に続いたらなんてありきたりなことを思う。二人でどこかに出かけるのも確かに幸せだ。けれどこうして、アイス食べたいって言ってふらっとコンビニに行って、どうでもいいようなことを笑いながら喋る、こんな時間が何より幸せだった。

「でも見た目って重要なんだね」

香織は一人で納得するように言った。

「単純にハンサムだとかブサイクだとかは別にしてさ、見た目で相手に与える印象っていくらでも変わるんだなあって思った」

「確かに第一印象って見た目で決まるもんな」

「例えばね、高校で同じクラスにヤンキーっぽい人がいたとするでしょ。でも三年間同じ教室で生活するうちに、ああ見えて涙もろいんだ、とか、案外人情深いんだ、とか気づけると思うんだ。すると、ヤンキーっぽいっていうのが逆にアクセントになって魅力になるかもしれない。でもマンションの隣の部屋の人や、たまたま会っただけの人の見た目が怖かったりしたら、その人の中身を知らずに終わるでしょ。そしたら私達の中で、その人は怖い人っていう位置づけで終わっちゃう。見た目は怖いけど実は良い人、とただ怖い人、とじゃ全く違う。そう考えたら見るからに優しそうな人、とかの方が得だなあって思った」

「やっぱり毛染めなくていいや」

僕がそう言うと香織はこっちを見て微笑んだ。

「私も」

二人手をつないで歩く。僕の部屋があるマンションの入り口が見えたところで、ふと思いついて口を開く。

「あ、でも多少派手な方が相手の印象に残るよな。地味過ぎても印象薄くて覚えてもらえないかもしれないし」

「じゃあやっぱり金髪にするの?」

「でも悪い印象じゃ意味ないよな。印象に残ってそれでもって人が良さそうでないと」

「そりゃまた難しいね。そんな見た目この世に存在する?」

「うーん。存在しなさそう」

「だよね。亮くんは考えすぎだよ。だからストレスで体壊すんだよ」

「それはそういう性格なんだって」

ちょうど一週間前、胃の調子が悪く、医者にかかったらストレスが原因だと言われたばかりだった。

「結局一度会っただけの人にどう思われてもいいかなって思った。長く付き合う人に理解してもらえたら私はそれでいいかな」

「でも一期一会って言うじゃん」

「それ言ったらキリないよー」

香織は半分呆れながら言った。

 マンションの玄関ドアを開けると、少しだけ涼しい風がビュウと僕達の間を通り抜けた。香織の髪が大きく舞って、香織のいつもの匂いが鼻に届いた。部屋に帰ったら思い切り抱きしめてしまおう。そう心に決めた。

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