歪な直線

ほうじ茶

第1話 真っ直ぐな直線

僕は彼女の部屋のカーテンから漏れ出す朝焼けのせいで逆光した、真っ暗な顔で笑みを浮かべる彼女を見ながら体を起こした。

彼女の頭に鼻をあて、皮脂とシャンプーの入り混じった匂いで目を覚ます。


ああ、この子が彼女だったら。


そんなことを考えながら、まるで自分のおもちゃを取られたくない子供のようにきつく彼女を抱きしめる。

彼女は強い抱擁に眉間を狭め、苦痛の表情を浮かべながら口を開いた。

「おはよう...」

その一言から感じる、虚しさ 苦しみ 自身への嫌悪感に胸が締め付けられる。

「おはよう...ちょっと頭臭うからお風呂入っておいで」

その言葉に顔をしかめ、すこし不愉快そうな顔をしながら

「さっきまであんな幸せそうな顔してたくせに」

そう言って機嫌の悪い足音を響かせながらお風呂場に向かう彼女を見て、すこし頬がゆるんだ。

変わってない、昔から。


6年前に初めて出会った日から何も


彼女との出会いは某動画サイトで生放送を見たのがきっかけだった。

彼女は放送主で僕は視聴者だった、視聴者の多い放送ではないので仲良くなるのに時間は必要なかった。

すぐに通話ソフトを通じて話すようになり、すぐに打ち解けた。

「こんなに話が合うのに一緒に遊べないってなんだかもったいないね~!」

そんな話をよくしていた。

僕は東京、彼女は北海道でかなりの距離があり、気軽に遊ぶなんて絶対にできなかった。

ただインターネットと言うのは便利なもので、一緒にゲームをして疲れたら通話しながら眠るという毎日で存外満たされていたのだ。

僕はそんな毎日がとても楽しくて幸せだった、なんなら軽い恋をしていたと言ってもいいくらいだった。


そんな毎日に変化が訪れたのは出会ってから約一年後のことだった。

僕は別のネット友達のオフ会に参加した、横浜で行われる予定のオフ会に急遽参加することになったのだ。

ぼくは初めての横浜に胸を踊らせながら向かい、それが初めてのオフ会であることも相まって目を輝かせながら横浜駅に到着した。

そこで僕は自分の目を疑った。

僕の人生はそれほど華々しくもなく、どちらかといえば地味な方でこれといって語ることも何もない。

そのつまらない人間が想像できる世界はなんともちっぽけで哀れなものだった。

華奢で今にも折れそうな足に優しく儚げにのった脂肪

繊細なガラス細工のような指

人形の目のように丸くて艶っぽい眼

そこには哀れな自分で想像のできる範囲では到底収まらない女性がそこにはいた。

他のことなど忘れて夢中になってその女性と会話し、仲を深めた。

まるでほしいおもちゃを見つけた子供のように、無我夢中だった。

彼女はそんな子供におもちゃを買い与えるかのように連絡先をくれた、なんと慈悲深いのであろう。

それから毎日のようにその女性と連絡を取り次第に打ち解けていった。

いままでの毎日を捨ててその女性に全力を尽くしたのだ。

それから三ヶ月ほど経ったある日、僕は彼女を水族館デートに誘った。

告白をするため、そんな思い切りだけの誘いでも彼女は快く受け入れ、予定まで開けてくれた。

当日になって駅をでて集合場所集合場所に向かうと、純白のワンピースを着た天使がそこにはいた、眩しすぎてサングラスを持ってくればよかったと後悔するも遅かった。

僕の目はもう奪われてしまったのだから。

水族館でのデートは本当に楽しかった、イルカのショーや大水槽をみてはしゃぐ彼女は本当に輝いて見えた。

興奮冷め切らぬまま解散時間になり、駅に向かう途中に彼女が口を開く。

「こんな楽しい人ならもっと前から遊んでもらえばよかった」

そこで僕は一気に冷静になった、告白することをすっかり忘れていたのである。

ここまでくれば良い答えをくれることは大方予想がつくであろうに、僕は告白をことすら、ましてや恋人すらいた事がなかったのである。

そのまま色々な考えを練っているうちに気がつけば解散場所の改札の前。

僕は勢い余って口を開いた、言ってしまった。

彼女はそんな僕をみてまるで鳩が気づいたら丸焼きにされたいた、そんな顔を瞬時に笑顔に変えて僕を抱きしめた。

気がついたら涙が出ていた、あまりの幸せに涙が流れた。

考えて見れば僕はそれほど顔も悪くない、体型だってモデル体型とまではいかないがそれなりに服を着こなせる。

性格だって悪くない、ただ一点だけを除けば。


読み方:どくせんよく


あるものを自分だけのものにしたいという欲求。ひとりじめしたいという欲求。


そう、僕は独占欲が人一倍強い人間だったのだ。

付き合ってからしばらくたって、僕は彼女を独り占めしたいという思いにかられ男性の連絡先をすべて消去させたのである。

それに準じて僕も女性の連絡先を消した、通話ソフトにあるかけがえのない存在だったはずのあの子の連絡先までも。

とてもじゃないが今になってみると愚かとしか思えない。

ただその時はそれでも幸せだった、終わりを迎えるその時までは。


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歪な直線 ほうじ茶 @hoji_cha

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