第百二十節 彼の見る夢

 レイは商店街を走っていた。今日から三日間は、世界巡礼から帰還したミズガルーズ国家防衛軍へ、その労りと感謝を伝えるために祭が開催されるのだ。これは毎年恒例のものであり、いつもは学園の仲間たちと一緒に食べ歩きなどを楽しんでいた。

 今年はそれを、新しく仲間となったエイリークたちと楽しもうと考えていた。彼らが何処にいるかと尋ね、今は迎えのために走っているのであった。


 今年は、レイにとって大きな年となった。新しい仲間が増え、世界を知り、そして己の存在についても知ることができた。月日が経つのは早いというもので、ウィズダムの期限である一年間が、あと数日で終わろうとしていた。来月には、学園の卒業生となるための一年が始まる。今考えると、濃密な一年間だったと思う。


 奇妙な夢を見て旅を始めた結果が、今のような結末になると誰が予想できたであろうか。一年前と同じ街の同じ商店街を走っているのに、何処か変わったように感じる。それは成長したからか、それとも。


「ん?」


 ある露店の先に、見覚えのある弓を背負っている人物を見つける。驚かせてやろうと、その人物の背中を背後から勢いよく叩く。


「ラーント!」

「ぅお!?」


 期待していた通りの反応をしたラントに笑う。振り返ったラントの口元には、いか串焼きのソースが付いていた。ラントは自分に気付くと、くしゃりと笑う。


「レイ、驚かせんなよ」

「悪い悪い。ミズガルーズに来てたんだな」

「まぁな。世界巡礼から帰還して、三日間祭が開催されるって聞いたからさ。これは立ち寄らない選択肢はないだろってな」

「ラントらしいな」


 ほらついてる、と口元を指でトントンと叩く。ラントは持っていた手拭いで口元を拭った。その場でしばし談笑する。話の内容は、お互いのこれからのことについて、という題目に変わる。

 ラントはこれからも考古学者として世界を転々としながら、世界の歴史について調べていくらしい。ゆくゆくは超有名学者になる、なんて高らかに宣言してきた。


「お前はこれからどうするんだ?」

「俺はまず学園を卒業しないとだなぁ。なんたってまだ学生だし」

「あー、ウィズダムってやつだっけ?」

「そう。来月からは、また学生に戻るって感じかな」


 近くのベンチに座って語り合う。ラントがそれはそれとしてと、あることを訊ねてきた。


「じゃあ、卒業後は?もう決めてあったりするんか?」

「んー、まぁな」

「ほう、聞かせろよー?」

「えぇー……。笑うなよ?」

「笑わねぇよ」

「絶対だぞ?」

「わかってるって」


 しつこいくらいに念を押して、己の目標をラントに教える。彼は自分の話を、忠告通り笑わずに黙って聞いてくれた。全て話し終わった後、とある事実を告げる。


「実はこれ、師匠にすらまだ話してなかったんだぞ」

「じゃあ俺が一番に聞いたのか、役得だな」

「それ使い方違わないか?」

「細かいことは気にしなさんな!でもまぁ、いい目標じゃないか。応援してるぜ」

「ありがとな、そう言ってくれて。自信ついてきた」


 目標を言葉にすることで、改めてそれが心の中にストンと落ちた。その後も会話を続けていたが、当初の目的──エイリークたちを迎えに行く──を思い出す。


「やべ、俺もう行かないと」

「そっか。また遊びに来るさ」

「ああ、そん時はオススメの店紹介するぜ」


 じゃあな、と爽やかに別れの挨拶を交わす。そのまま立ち上がり、再び宿の方角へ走っていった。


 ******


「うわこれ美味しい!」

「だろー?」


 レイはエイリークとケルスと共に、祭の屋台が並んでいる街の大通りを歩いていた。グリムはこういった人間が溢れかえる空間は嫌いらしく、祭に誘っても見向きもしなかった。仕方なしに三人で歩いているわけである。レイは片手に焼きトウモロコシを持ち、エイリークは牛肉の串焼きを、ケルスはサイダーを持って歩いていた。


 すっかり陽は落ち、お祭よろしくカラフルな街灯で街は彩られていた。夜には祝いの花火が上がる予定である。この祭はエイリークたちと楽しみたいと、ミズガルーズに帰ってきてからずっと考えていた。

 理由は二つある。一つは単純に、仲間に己の育った街を紹介したかったから。


「それにしても、驚いたよ。俺が普通に街を歩いていても、誰も俺のことをバルドル族だからって迫害したりしないんだね」

「僕も驚きました。時々噂では聞いていましたが、こんなに大きな国なのに、誰も差別意識がないというか……そもその概念がない、みたいな」

「ビックリした?この国の自慢なんだ」


 二つ目の理由は、二人にこの国の状態を知ってもらいたかったからだ。人種差別のないこの国を、レイは心から好いている。

 何故こんなにも多くの人々が、誰一人として人種差別の意識がないのか。それはひとえに、シグの国政によるものだった。この国で育つ人類には、最初にその意識について矯正される。非人道的ではなく、倫理に基づいて一つ一つ意識を変えていくのだ。親から子へ受け継がれるように、国王から国民へと。そのための法もある。

 人種差別が軋轢を生み出し、それが成長していくことで大きな災厄になる。それを熟知しているであろうシグだからこそ、考えられる法律なのだろう。


 そう説明すると、ケルスが目を輝かせる。アウスガールズも、ゆくゆくはこの国のような平和な国にしたい、と話してくれた。

 歩いているうちにやがて、大通りからは少し離れた高台に辿り着く。閑静な場所であり、今日に限っては街灯が消えている。街を一望できるその場所はお気に入りの場所

 でもあり、祭の花火が綺麗に見える隠れスポットなのだ。

 手摺りを掴んで街を見下ろす。さらりと頬を撫でる夜風が心地良く、祭で思いのほか昂っていた感情が落ち着いてくる。エイリークとケルスも自分に倣い、手摺りを掴んで高台から街を見下ろす。


「二人はさ、これからも旅を続けるんだ?」


 不意に訊ねる。それは訊ねる、というより確認に近い。どことなく感じていたのだ。エイリークは仲間を救出した後、この地に留まることはないだろうと。なにせ自分と出会う以前から、旅を続けていたのだから。


「うん。そうだね」

「はい」

「そっかぁ、やっぱりな」


 言い訳をするでもなく、肯定するエイリークたち。


「その、ごめ──」

「謝んなくていいからな?なんとなく分かってたし、そっちの方がエイリークたちっぽいから」

「レイ……」

「いいんだよ。寧ろ謝れる方が嫌だ」

「……そっか。ならもう、謝らないよ」


 そう言って笑いあう。勿論多少の寂しさも感じるが、それ以上に嬉しく感じている自分がいた。それに、納得している自分がいるのだ。彼らは旅をしている方がと。


「旅って、グリムもか?」

「はい。エイリークさんとグリムさんと僕の三人で、また旅をします」

「国に帰らなくても大丈夫なんだ?」

「あんまり、よくないとは思いますが……。国の復興のために、色んな国を訪れて勉強したいと思ったんです」

「偉いな……さすが国王様」

「国王って言っても、僕はまだ若輩者ですから……」


 苦笑するケルス。それでも、先のことを見据えて行動しようとしていることは凄い。純粋に尊敬の意を感じる。感嘆のため息を吐くと、ふとエイリークから訊ねられる。


「レイは?この先の目標とか決めてるの?」

「あー、一応は」

「わぁ、ぜひ聞きたいです!」

「んー、笑うなよ?」

「笑わないよ」


 期待の眼差しを向けてくるエイリークとケルス。レイは一度街を眺め、思い出を語るように話し始めた。


「俺は、学園を卒業したらユグドラシル教団に所属しようかなって。この一年でエイリークと出会って、師匠たちとなんだかんだ世界を巡って、色々学んだんだ。その中でヒトがどれだけ、不安や苦しみを抱えながら生きているのかってのも」


 旅を始めたての頃に、エイリークと出会って。人間による種族差別を、目の当たりにして。それに対して自分は怒りを感じていたのに、諦めていたエイリークの様子を思い返す。当時も今も、そのことは悔しく感じている。彼は何も悪いことしていないのに、と。

 カーサという集団との戦いが始まって、彼らが世界を支配しようとしていることに、衝撃を受けて。戦いではいつも自分は負けていて、力不足を痛感させられていた。人間と対立することで起きる殺人への恐怖というのも、初めて体験した。

 ヘルヘームでの一件とアウスガールズで起きた事件。それらの中で、世界保護施設という機関の非情な行動と、その犠牲となった人たち。人間が人間をモノのようにしか使わないヒトたちがいる、そのことにショックを受けた。何より自分に近しい人物が抱えていた闇を知ってしまった。自分がどれだけ守られていたか、救われていたかを実感した。感謝してもしきれない。

 そして自分の本当の正体と、なしていくべきことを知って。自分の持っている力をどのようにして使っていくか、考えたのだ。


 それが、ユグドラシル教団に所属すること。教団に入り、己の女神の巫女ヴォルヴァの力で世界の平和を築く手伝いをしたいと感じた。自分の両手で救える人たちを、助けていきたい。目の前で泣いてるヒトを救いたい、そんな人間になりたいと告げた。


「……おかしいか?」

「全然!凄いよレイ、応援する!」

「そうですよ!僕も応援しますよ!」


 二人の声援に気恥ずかしいものを感じるが、ありがとうと礼を述べる。


 ふと、眼前から大きな爆音が聞こえた。視線を前方に向けると、綺麗な打ち上げ花火が上がっていた。色取り取りの花火が、ミズガルーズの街を色彩に染める。何故だかそれが、自分たちへのエールのように感じたのであった。



 翌日、早朝。

 眩しい朝日と澄み渡る青空が、自分たちを見守っている。ミズガルーズの水門の前で、レイたちは最後の別れの挨拶を交わしていた。エイリークたちの見送りに、ヤクやスグリ、ソワンも駆けつけてくれた。


「じゃあ、またね」

「ああ。手紙書くからな、エイリークたちも頑張れよ」

「はい。皆さんも、お元気で」


 グリムは少し離れた位置で、こちらを見守っていた。どうやら言葉を交わす気は、彼女にはなかったらしい。らしいといえばらしいけど、とエイリークは苦笑する。


「また、遊びに来るといい」

「お前たちも、元気でな」

「また会いに来てね!いつでも待ってるから!」


 自分たちの間に涙はなく、笑顔でエイリークたちを見送ろうとしていた。

 最後に、エイリークに手を差し出す。彼もその意図を分かってくれたのだろう、笑顔で手を握ってくれた。


「離れてても、俺たちは仲間だからな」

「もちろんだよ!」


 互いに笑って、どちらからともなく手を放す。エイリークたちがレイたちに背を向けたところで、最後に言葉をかけた。


「いってらっしゃい!」


 その言葉に、振り返ったエイリークが満面の笑みで返してくれた。


「いってきます!」


 そうしてエイリークとケルスとグリムの三人は、ミズガルーズから旅立つ。レイは彼らの背中を見守る。朝日の光に包まれる。まだ見ぬ旅路の行方を、これから待ち受ける未来を、優しく抱きしめるように。

 どうか彼らの行く末に、幸多からんことを。祈るような誰かの声が、空から世界に届いた気がした。


 第四話 END


 Fragment-memory of future- Fin

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る