第百十九節 彼らの目的

 エイリークたちはミズガルーズに到着した直後、ミズガルーズ国王の自室に呼ばれていた。アウスガールズの国王であるケルスの失踪について、ミズガルーズ王宮内でも心配の声が上がっていたからだ。

 だが国家防衛軍の尽力もあり、ケルスをカーサから取り戻し、無事を確認することが出来た。そのことについての感謝の意を、直接ミズガルーズ国王に伝えたい。ケルスのそんな意思を、ヤクとスグリが汲んでくれていたのだ。エイリークとグリムはケルスの仲間ということで、同行する許可をもらえていた。


 世界の指導者といわれるミズガルーズ。その国の国王に会うということで、エイリークは緊張していた。いかんせん、このように畏まるような場所は苦手である。王宮の自室は荘厳な雰囲気が漂っていて、思わず肩に力が入ってしまうのだ。


「なんか……緊張する……」

「大丈夫ですよエイリークさん。僕も同じですから」

「そうなの?堂々としてるから、てっきり慣れっこなんだと……」

「実はそうでもないんです。グリムさんのように、堂々としていられなくて」


 ケルスの言葉で、端に座っているグリムを見る。彼女は腕と足を組み、堂々たる威厳を放っていた。絵になる、と表現してもいい程である。自分たちの視線に、どうやらグリムは気付いていたらしい。多少の苛立ちを窺わせる声色で、訊ねてきた。


「なんだ、気色の悪い」

「気色悪いだなんてそんな……。グリムは緊張しないのかよ?」

「たわけ。何故私が緊張などせねばならん」

「ナンデモナイデス」


 グリムとのやり取りに、くすくすと笑うのはケルスだ。不思議そうに彼に視線を向けると、ケルスは懐かしいと答えた。

 今のように自分とグリムの会話が聞けることも、それが嬉しくてつい笑ってしまうことも。そして、三人でいられること。それが遠い日のように感じていたのだと、彼は言葉を零した。一瞬表情が暗くなったケルスに笑いかける。


「でも、これからはまた一緒だよ」

「……!はい!」


 ケルスに笑顔が戻る。グリムは茶々を入れるわけでもなく、ただそのやり取りを聞いているだけであった。直後、部屋に一人の少年が入室してきた。


「すみません、お待たせしましたね」

「え、あっと……?」


 エイリークは、入室してきた少年を見て混乱する。大国の国王ということで、ミズガルーズの国王は壮年の人物だと予想していたのだ。それが蓋を開けてみれば、下手をしたら己よりも幾分か年若い少年だなんて。

 そんな自分の反応は予想済みだったらしく、少年はくすりと笑った。


「ふふ、初見は私が国王だなんてって疑いますよね。わかりますよ」

「へぁ!?い、いえ!ごめんなさい!」

「いいんですよ、気になさらないでください。……改めまして。私がこのミズガルーズの現国王、シグ・ガンダルヴと申します。ようこそ、ミズガルーズへ。我々は貴方方を歓迎いたします」


 にこ、と笑うシグの表情は歳よりもだいぶ落ち着いているように見えた。シグに自己紹介されたことで、緊張がぶり返しそうになる。脳内が混乱したままだったが、弁明するかのように自己紹介する。


「はじめまして、俺はバルドル族のエイリーク・フランメっていいます!それでこっちが仲間のケルスとグリムです!」

「ええ、知っていますよ。世界巡礼の報告書に、貴方たちのことが記載されていましたからね」


 あまりの緊張に変なことを口走っていなかっただろうか。一人慌てているところに、冷静な彼女の言葉が飛んできた。


「軟弱だなバルドルの」

「ちょ!?なんてこと言うんだよ!だって国王様なんだから……!」

「ほう?であるならば貴様が今しがた呼び捨てにしたリョースのは、どうなのだ?」

「あ……」


 グリムの指摘で、改めて気付かされる。目の前にいるケルスも、アウスガールズの現国王であるということに。顔から血の気がなくなっていく自分を心配してか、ケルスがフォローしてくれた。


「気にしないでくださいエイリークさん。僕は今まで通りのやりとりが心地いいですから、変えないでください」

「そう……?俺めっちゃ失礼じゃない?」

「そんなことはありませんよ。今のままで、お願いします」


 ケルスの言葉に救われる。はぁ、と安堵のため息を吐いた。そんなやりとりを、シグは微笑ましく眺めていた。


「ご無事で何よりです。ケルス国王」

「いえ、ご心配をおかけして申し訳ありません……」

「貴方が気に病むことではありません。全てはカーサの仕業だと、こちらも理解しております」

「はい……」


 それから、カーサについてなどを詳しく説明する。シグからも、世界保護施設についての動向などの説明を受けた。エイリークも知っている事情はすべて話した──アウスガールズ南端での出来事を含めて。

 ケルスは自らが納めている国で、よもやそのような事態が起こっていたということは露知らず、といった様子だった。それをシグが慰める。


「ケルス国王。アウスガールズの悲劇については、貴方は何一つ落ち度はありません。幼子だった貴方に、あの悲劇を止めることは不可能でした」


 まるで知っていたかのような口ぶりに、ふと疑問を抱く。


「あの……シグ国王は、どうしてその事実をご存じなのですか?」

「ああ……私はこれでも、500年は生きていますからね」

「ご、500年!?」


 衝撃的な事実に困惑する。聞けば彼は、第三次世界大戦開戦に生まれたのだという。人間とは異なる種族の人物である彼は優れた剣士であり、魔術の知識にも長けていた。少年の姿でいる理由としては、燃費がいいかららしい。年の割に落ち着いている理由に、納得する。

 その後も談笑をしてから、シグが訊ねてきた。


「ところで貴方たちは、これからどうするのですか?」

「どうする、とは?」

「旅を続けるのか、国に帰るのか、ですよ」


 彼の言葉に、思わずケルスとグリムに視線を送った。どうするもこうするも、決めていないと言えば嘘になる。

 二人がカーサに捕らわれる以前は、普通に三人で旅をしていた。それは各々目的があり、その目的の先に同じ敵がいたからである。エイリーク自身は、旅を続けたいと思っている。しかし二人はどうだろうか。そう考えてしまうのは、二人を守り切れなかった負い目から。言葉が途切れた自分たちに、シグが気を利かせてくれた。


「ああ、すみません。もしかして、これから話し合うつもりでしたか?」

「えっと、まぁ……はい」

「なら、こんなところで貴方たちを拘束するわけにはいきませんね。配下の者に、客室まで案内させますよ」


 その申し出に、ケルスが断りを入れる。


「あの、差し出がましいのですが……。ミズガルーズの宿に泊まらせてくれませんか?」

「宿に?」

「はい。ぜひ、お願いします」

「わかりました。では、そのように手配しますね」


 シグが臣下に命令して、数分後。宿が取れたということで案内されたのはミズガルーズが一望できるスイートルームだった。しかも料金はミズガルーズ持ちだと告げられ、あまりの待遇に圧倒される。

 普通の宿でよかったとケルスはぼやいたものの、グリムから国王に対し適当な待遇はできんだろう、と諭されていた。

 一息ついて──つけたのはグリムとケルスだけであった──から、今後のことについて話し始める。


「あの、さ……。二人は、どうしたい?」

「どういう意味ですか?」

「その……俺のせいで、二人はカーサに捕まっただろ?今後旅をしていく中で、またそんなことがあるかもしれない。その時に俺がまた守り切れないことも、あるかもしれないって思ったら……」


 自分は邪魔なのではないか、と消え入るように呟く。それに対し、グリムが盛大にため息を吐いて言葉を返した。


「自惚れもそこまで来ると腹立たしいものだな、バルドルの。貴様、自分一人で全てをこなせるとでも考えているのか?」

「え……」

「そうですよ!僕たちはずっと一緒だって、さっき言ってくれたじゃありませんか。それなのにまた一人で背負い込もうとするなんて、そんなの僕は許しませんよ」


 ケルスがこちらに微笑みかける。


「僕は、貴方たちと旅を始めた時から目的は変わっていません。僕の両親のかたきである、ヴァダース・ダクターに真実を問う。何故両親を殺さなければならなかったのか、その真意を確かめる。その目的が果たされるまで、僕は本当の意味で帰国はしません」

「ケルス……」

「私も、カーサの連中には借りがあるのでな。それを返さんと気が済まん。それに、貴様のその症状も厄介だろうが」

「グリム……」


 エイリークの見た目は、意識こそ表の人格のままだが外見は禁断症状の時のそれから変化していなかった。髪の先端は鮮血の色で染まり切っている。目つきもどことなく、鋭いそれに変わってしまっていた。

 この状態が今後、変動するかもわからないと。確かにエイリーク自身、この変化については謎が多い。それを調べたくないと聞かれたら、嘘になる。


「エイリークさんはどうしたいんですか?」

「俺はもちろん、二人とずっと旅がしたいよ!そのために、二人をカーサから取り戻したくて、頑張ってきて……!」


 声を上げると、ケルスは満足そうに笑い、グリムは小さく笑う。


「なら、今まで通り三人一緒に旅を続けましょう?僕もまだお二人と、旅を続けたいですから!」

「まぁ、乗り掛かった舟だ。乗ったままでいてやらんこともない」

「いい、の?」

「はい、当然ですよ」

「愚問だ」


 答える二人に、自然と笑顔がほころぶ。心が温かくなっていくのを感じた。そして満面の笑みで告げる。


「二人とも、またこれからよろしくな!」


 自分は、光を取り戻すことができたんだ。

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