第百十二節 最後の戦い

「……そうですか。塔に爆弾を……?」

「恐らく侵入者の仕業」


 ヴァダースはモニタールームの電源を切る。彼の背後には、地下から脱出したリエレンとシャサールがいた。シャサールの枷は外されている。


「どうするの?もう下っ端連中も、殆どが逃げたわよ?」

「……お二人は臨時のアジトへ向かってください。私はまだ、やることがありますので」


 ヴァダースは立ち上がり、部屋から出ていこうとドアを開けた。そんな彼の背中に何を感じたのか、リエレンとシャサールは大人しく指示に従う。胸ポケットから鉱石を取り出し、床に落としそれを踏みつける。そこから赤い光が展開すると、彼ら二人を包み込む。簡易的な、空間転移の術式が組み込まれた鉱石である。赤い光は数秒でリエレンとシャサールを覆い、やがてその姿をその場から転移させた。


 ヴァダースは一人、あるホールまで向かう。ダンスフロアのようなホールの端に、暗いこの空間に似つかわしくない花が一輪。そこまで近付くとその花を愛おし気に触れ、目を細める。白い花びらが美しい、カランコエの花。ヴァダースにとってその花は、特別なものだ。

 しかしピクリ、と反応した彼はその場から数歩、離れた。直後に、大きな音と共に下からある人物が飛び出してきた。彼は小さく笑うと、その人物に声をかける。


「意外ですね、貴方がここに来るとは……」


 体勢を整え前を見据える。下から飛び出してきた人物は、エイリークであった。彼はヴァダースの言葉に返事をせず、ただ大剣を構えている。ヴァダースはそこで違和感を覚える。何度も彼とは相まみえたが、エイリークの放つ殺気がいつもとは違う、と。いつもが燃え盛る炎のようなものならば、今の彼の放つそれは触れるだけで体が切り刻まれそうな、静かで研ぎ澄まされたもの。


「……貴方は、誰です?」

「……エイリーク・フランメ……。貴様を、殺す!!」


 突如彼が、大剣を振りかぶりヴァダースへと駆け出す。

 それに対しヴァダースは至極冷静に、ダガーを構えた。

 取り出したのは赤いダガー。放つ前にマナを付与させ、一気にそれを放つ。


"燃え盛る火の精の円舞曲"ブレンネンワルツ!」


 炎を纏った赤いダガーが、火の粉を舞わせながら弧を描く。


「邪魔、するなぁあ!!」


 エイリークは技を発動させるわけでもなく、ただ大剣で横に薙ぎ払う。剣の風圧で赤いダガーの炎はかき消され、威力を失い地に落ちた。今までのエイリークからは考えられない、異常にも思える力だとヴァダースは確認した。

 エイリークはそのまま止まらず、さらに追い打ちをかける。


"其は風神の逆鱗"テルビューランス!!」


 風のマナを大剣に纏わせ、ヴァダースに向かって勢い良く振り下ろす。凪いだ風がマナの変化で刃の如く、荒れ狂う渦となる。その一撃は躱したヴァダースだが、エイリークの溢れる力は攻撃の余波となり、再度彼を襲いにかかった。


 攻撃の余波を打ち消そうと、ヴァダースは再び赤いダガーを投擲する。エイリークは右手を向け、マナを収束させ拡散させた。


"逃げ場を追い求める衝撃波"アグランディスマンショックッ!!」


 エイリークの掌から放たれた衝撃波は、ヴァダースの赤いダガーを包み込み、爆発させた。その爆発が第二波となり、次々にヴァダースを仕留めようとする。難なく躱すものの、ヴァダースはエイリークの異常に僅かばかり動揺していた。


「……いったい何が起こったと言うのです。これが本当に、あのバルドルの者だというのでしょうか……?」


 エイリークが間合いを詰めるために、一気に駆け出す。


「グリムとケルスは何処だ!?」

「お二人とも、既に貴方の仲間が救出したようですよ?」


 エイリークが大剣を振り下ろす。ヴァダースがそれを、ダガーで受け止める。ぐぐ、とエイリークが力を入れる。ヴァダースの立っている地面が衝撃に耐えられなくなっているのか、ビキビキとひび割れてきていた。


「どうやら私は貴方を見くびっていたようだ。……そんな能力、いったい何処に隠していたというのです?」

「黙れ……。俺は貴様を殺す……!そうすれば、カーサの戦力だって、大幅にダウンする。もう二度と、俺の仲間を捕らえようと思えなくなるほどに……!」


 二人は一度、互いに距離をとる。エイリークは三度駆け出すが、気付いていない。ヴァダースの纏う雰囲気もまた、エイリークほどではないが変化することに。


 エイリークは構わずに、大剣を振るう。


"命の灯、解き放たれしとき"シャルールリベラシオン!!」


 マナで生み出された炎が大剣に纏われ、大剣がそれを吸収する。


「そうそう、言い忘れていましたが──」


 刀身が炎熱により赤く煌めくものに変化して、触れた瞬間に全てを焼き尽くすような力が宿った。エイリークはそれを叩きつけようと、ヴァダースに向かって振り下ろす。


 通常ならば、それでヴァダースを仕留められる、筈だった。


「な……!?」


 エイリークは目を見開く。灼熱の刀身だ、触れようものならば一瞬でその手を焼き尽くすはずの力である。そんな炎の大剣を、ヴァダースは片手で防いでいた。そんな状況に、エイリークの動揺は大きい。


「能力を隠していたのは、貴方だけではないのですよ」


 首が落ちた、そんな感覚を植え付けられるエイリーク。

 その正体は、ヴァダースの放つ容赦のない研ぎ澄まされた殺気。笑っているはずの満月が、いやに不気味めいたものを感じさせる。


「特別に見せてあげますよ。私のダガーの、神髄をね」


 瞬間、浮かび上がったのは複数のダガーである。一見すれば何の変哲もない、ただのダガー。エイリークは一つ舌打ちをして、ヴァダースから離脱する。恨めしそうにダガーを見上げ、毒づく。


「……小賢しい」

「それでは、終焉を奏でるとしましょうか」


 ヴァダースは手を掲げる。するとそれが合図かと応えるように、ダガーの照準が一斉にエイリークへと向けられた。白刃の輝きが生まれる。


"終局告げる銀龍の鎮魂曲"エンデレクイエム!!」


 ダガーが一度に、エイリークに向かって放たれた。



 ******



 一方そのころ、ケルスは黒煙舞う廊下を苦しみながらも走っていた。辺りにはコンクリート片も舞い、とてもではないが呼吸しづらい場所である。それでも未だに目的である、エイリークの姿を見つけられることができなかった。

 しかし彼は諦めていない。瞳に宿る光に翳りはなく、必死に探そうと土煙舞う視界を見据えている。フロアの一室を見て、ここでもないと落胆した直後。彼の耳に凄まじい爆発音が届く。

 それは同じフロアの奥側から響いてきたもの。ケルスは一縷の望みを抱き、音のした方角へと走り出した。


 辿り着いた場所は、とあるダンスフロア。入口の扉は衝撃で砕けていた。そこに身を潜め、ちらりと中を覗く。最初に目に飛び込んできた光景を見て、息を呑む。


「(エイリークさん……!)」


 彼の視界に飛び込んできたのは、体中血塗れになっているエイリークと、それを冷たく見下ろしているヴァダースの姿だった。



 ******



「所詮、こんなものですか」


 ヴァダースが冷たく言い放つ。

 エイリークは地面に膝をつき、肩で息をしていた。ヴァダースの放った攻撃を、回避しきれなかったのだ。それを見下ろして、ヴァダースが小さく笑う。


「貴方は力のコントロールが出来ていない。折角の強大な力も、そんなことでは使いこなせない上に、ただの宝の持ち腐れです」

「だ、まれぇえ!!」


 エイリークはヴァダースに「"雷神の裁定"エクレールジュワユース」を放つ。しかしその攻撃は、ヴァダースにまたしても片手で弾かれた。睨むエイリークだが、体内の血液がせり上がる。大きく咳き込みながら、吐血した。


「女神の巫女ヴォルヴァの方々も既に離脱したようですし……。せめて貴方の首を、手土産にしましょうか」


 白のダガーを手に持つと、ヴァダースはエイリークに近付く。エイリークは動けないまま、ただ睨むことしかできないでいる。


「さようなら、バルドルの者」


 ヴァダースがダガーを振り上げる。

 エイリークは目を閉じた。



「やめてぇええっ!!」



 目を見開く。ここにはいない筈の者の声が響いたからだ。エイリークもヴァダースも、声の聞こえた方へ視線を向ける。ダンスフロアの入り口、破壊しつくされた扉の後ろに、ケルスが立っていた。

 今見ている光景は夢なのかと、エイリークは自分を疑う。


「ケルス……?」


 ケルスはフロアの中に入り、ゆっくりと近付く。


「やめて……やめてください……!お願いします……!」


 ヴァダースもその光景が信じられないのか、漏れた言葉が少し震えていた。


「何故、貴方が……」

「エイリークさんは、見逃してください!代わりに、僕の首を差し上げますから……!!だからお願いです、やめてください……!」

「な、なに言ってるんだよケルス!」

「エイリークさんは……僕の、命の恩人なんです。エイリークさんを僕のせいで危険な目に、遭わせたくありません……!!」


 ケルスの命乞いに、ヴァダースから殺気が消えていく。ダガーを握っていた手をゆっくり下ろす。


「……わかりました。今回のところはケルス国王に免じ、彼を見逃しましょう」


 ヴァダースが小さく笑う。その時、エイリークは感じた。

 ヴァダースに初めて、隙が生まれたと。今しか、彼へ反撃できる機会はない。ケルスの命乞いを、エイリークは阻止したかった。自分はどうなっても構わない。しかし守ろうとしていたケルスを、ヴァダースの前に無防備にさせるのはできない。そう思い、大剣の柄を握りしめた。

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