第百十一節 想い人探して

 黒い塔の外。そこに突如として陣が現れ、光り輝く。その光が収まると、そこにはレイとスグリ、そしてグリムが立っていた。塔の最上階にて爆弾が爆発する直前のこと。グリムの発動させた転移の術で、無事に外へと脱出できたのであった。


 レイは後ろを振り返り、塔を見上げた。


「うわっ……」


 思わず声が漏れる。塔の最上階からは炎と煙が、これでもかと言わんばかりに立ち上がっていた。炎はゆっくりとだが確実に、下の階へも移っている。これでこの塔は、数分の後に跡形もなく崩れ去るだろう。そう予想させられるには、十分な光景であった。スグリもグリムの二人の無事を確認できて、一先ず安堵した。

 そんな崩御していく塔から、こちらに向かって走ってくる人物が一人。その人物を見るや否や、己も走り出す。


「師匠!」


 走ってくる人物──ヤクも、レイたちの姿を目視出来たらしい。


「お前たち!無事だったか!」

「師匠も良かった……って、酷い怪我じゃん!動かないで今治癒術かけるから!」


 血塗れだったヤクに驚くも、すかさず治癒術をかける。スグリとグリムも自分たちに近付いてきた。


「……ほう、魔術師か」

「お前が、グリムか?」

「気安く私の名を呼ぶな、人間」


 グリムのそんな態度に、思わず突っかかる。


「そんな言い方ないだろ?師匠たちは、お前たちを助けるためにこうして……!」

「それは貴様らの勝手だろう。私は人間になぞ頼んではいないが」

「こっの……!エイリークの仲間だっていうから、どんな奴なんだろって楽しみにしてたけどさ。こんな仏頂面で可愛くねぇ奴だなんて知りたくなかったね!」

「ほう……?貴様、死に急ぎたいのか?」

「ああもう、いい加減にしろお前たち」


 喧嘩に発展しそうになったが、スグリに諫められる。その直後に一際大きな爆発音が、塔の下部から鳴り響いた。爆風が草木を撫で上げ、木を押し倒さんばかりの勢いで吹いていく。その様子は崩壊そのもの。その場にいた全員が、思わず顔を顰めるほどだ。


「……あんまり、いい光景じゃないよね」

「まあ、そうだろうな……」


 そんな中、スグリが何か気付いたらしく慌てた様子で周囲を見渡した。


「エイリークとケルス国王は……!?」

「っ!!」

「……まだ、塔の中か……?」

「なにっ!?」


 怪訝そうに呟くグリムの言葉に、衝撃を受けたのはヤクだったようだ。何か考えるような仕草を見せながら、状況を伝えてくれた。


「地下には恐らく、私ともう一人の四天王しかいなかった。音も気配すらも、全く感じなかったが……」

「まだ全壊することはないが、今から突入しても見つけられるか……!?」

「俺、女神の巫女ヴォルヴァの力で視てみる。まだ間に合うかもしれない!」


 言うが早いか、己の女神の巫女ヴォルヴァの力を解放する。その中でグリムが食い入るように塔を見上げていた。

 塔は、半分が炎に包まれようとしていた。


 ******


「はぁ……はぁ……!」


 地下を走る陰一つ。ケルスは走り回り、エイリークとカウトを探していた。二人とも自分にとっては、かけがえのない人物なのだ。無事であることを祈りながら、血管を流れる血液のように地下空間を巡っていた。


「ここでも、ない……」


 いくつめかの、大きな空間を見渡す。二人がいそうな空間は、粗方見てきたはず。そもそも本当にこの地下にいるのだろうかと、不安に駆られる。しかしすぐに立ち直り、再び走り始めた。


「いたっ……!」


 足の裏にコンクリート片が刺さる。何せ今まで、裸足で走り回っていたのだ。いつかは怪我をするだろう、とは思っていた。それでもケルスは走り続けた。

 走るたびに、傷口がジクジクと鈍痛を与えてくる。本来ならすぐにでも治療をしなければならないが、今は足を止めることなんて出来なかった。一刻も早く二人を見つけたかったのだ。一生懸命走り続け、ある空間へと辿り着く。


 そこは他の空間よりも、派手に壊れていた。床のコンクリートは剥がれに剥がれ、壁や柱のありとあらゆる場所が、崩壊していた。ここで戦闘があったことは間違いないと、証明するかのようだ。

 そんな空間をじっくり見渡すと、やがて見慣れた淡い金色の髪が視界に入ってきた。その人物の傍には、一本の槍が転がっている。その人物が誰か、一瞬で理解できた。

 黒い制服を身に纏っているが、あれは間違いなくカウトだ。脳が処理に追いつくと、すぐさま駆け寄った。


「カウトさん!!」


 うつ伏せに倒れていたカウトを、まず仰向けにする。その身に受けた大小様々な怪我の痕に、思わず口を手で覆った。


「ひどい……!早く、治療しなくては」


 言ってから思い出す。己の手には今、治療の為に使う癒しの竪琴がないことに。


「そうだ……。竪琴が、ない……!」


 竪琴がなければ、強力な回復術が使えない。自身の無力さに唇を噛む。とはいえ、とにかくまずは呼び続けようと、彼の名を呼ぶ。


「カウトさん!しっかりしてください……!カウトさん!!」


 賢明な呼びかけに反応したのか、カウトの指がピクリと動く。微かだが、呻き声も聞こえた。それに気付くと、一層強く呼びかけを続ける。


「カウトさん!僕です、わかりますか?」


 カウトの手を優しく握る。やがて、カウトが瞼を持ち上げた。ゆっくりと視線を動かし、自分の姿を捉えると目を見開いた。


「ケル、ス……さん……!?」

「よかった……!大丈夫ですか?いったい、どうしてこんなに……」

「……あのバルドルに……やられ、ました」

「エイリークさんの、こと……?」

「奴は、もう……今までとは違う、存在になりつつ……。双極の人格……所謂、もう一人の魂と融合を……」


 彼の言葉に、気になる点がいくつも浮かぶ。エイリークに別人格が宿っていることは、ケルスも知っている。ただそれはあくまでも人格であって、彼一人の中に二人分の魂があるわけではないと思っていた。

 いったいどういうことだろう、そもそも融合とは何を指しているのか。


「融合……?」

「バルドル族、には……本来の力を受け継ぐ凶暴的な、性格をそのままに開放して、いる者。そして……インヒビジョンっつう抑制剤を常用して……本来の性格とは対極の性格を、作り出し……二つの人格を持つ、者がいます」

「はい……聞いたことがあります……」


 エイリーク──バルドル族の大半には、双極的な二つの魂が宿っている。表に出ている陽気な性格は後付けかもしれないが、インヒビジョンの効果でこうして今ではしっかりと、身体に魂が定着している。

 それゆえ身体を動かす主導権は、今は完全に陽気な性格が持っていると。滅多なことがない限り、勝手に本来の凶暴な性格が表に出てくることはない、とも。


「文献でしか、見たことなかった……。奴は本来の性格、と……表に出ていた人格、で何かしらの……契約を、交わした。その結果、二つの魂が融合して……最終的、には自我を保てなくなる……」

「そんな……!」

「そう、なったら。戦いの申し子、として、完全に目覚め……全てを破壊し尽くす、殺戮兵器になるっ……!」


 カウトが咳き込んで、吐血する。赤黒い血が溢れた。その血の色で、体の臓器にまでダメージが及んでいると理解できた。このままでは、確実にカウトは死に至る。

 何か自分に出来ることはないか、そう思いながらブレスレットを握る。そのブレスレットの感触で、あることが閃いた。瞳を閉じ詠唱する。


「祈りの光よ、汝を包め……」


 淡雪のような光がカウトを包み込む。


"極光の一欠片"アウローラリヒト


 光がやがて、カウトの体に吸収される形で消えていく。すると彼の体の傷が、徐々に塞がっていった。数秒もすれば、カウトの体の傷が完治した状態に戻る。


「痛みも、消えた……」

「……これは、ちゃんとした治癒ではないんです。治るのは、あくまで外側の傷。痛みも今はこの術の効果で消えていますが……臓器までは、修復できません」

「ケルスさん……」

「今の僕では、これしか出来なくて……。本当に、申し訳ありません。僕のせいで、貴方をこんな目に遭わせてしまって……なんと、お詫びを申し上げればいいか……」

「ケルスさんのせいじゃありませんよ。自分がやりたかったことを、やっただけですから」


 カウトは笑うとゆっくり立ち上がると、こちらに手を差し出してきた。


「さぁケルスさん、帰りましょう。国へ」


 差し出された手。ケルスは見上げ、しかし首を横に振った。


「ど、どうして……!?」

「ごめんなさい。僕には、まだやることがあるんです。だからカウトさん……貴方は先に国に帰り、カーサについて王様……貴方の父上に、報告してください」

「そんな、俺だけ先になんて帰れないです!それに貴方に何かあったら、万が一のことがあったら、俺は……」


 自分の言葉に対し、カウトは俯く。ケルスは立ち上がると、彼の手を優しく包み込むように握った。


「もしものことがあれば、僕は自分で責任を負います。僕だって、国王ですから。だから……僕を、信じてください。全てのやるべきことを済ませたら、ちゃんと国に帰るつもりです」


 ふわりと微笑む。自分はこうと一度決めたら、テコでも動かない。そんな己の性格を、カウトもよく知っているはず。仕方がない、と諦めたように彼は首を縦に振る。


「……奴は、恐らく塔の上へと行ったはずです。ここにはもう、誰もいないから」

「本当ですか……!?」

「はい。だから行ってください、ケルスさん」


 カウトの笑顔に頭を下げてから、彼を自身の国へ返すためにフレスベルグを召喚した。カウトを背に乗せたフレスベルグは、やがてそこから飛び立った。

 それを見届けてから振り返り、走り出す。


「エイリークさん……!」


 どうか、間に合いますように。

 そう強く願いながら。

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