第百十節  奇妙なエニシ

 レイたちが最上階で四苦八苦している間、塔の地下ではヤクとリエレンの戦いは熾烈なものとなっていた。

 氷の術を得意とするヤクと、灼熱を操るリエレン。相性が悪い術同士がぶつかり合う中、どちらが秀でるわけでもなく互いに術や技を受け流している状況であった。


 リエレンはヤクの術を受け流しながら、心の中で感じていた。彼は今まで己が戦ってきた相手たちとは、違うと。

 以前、アウスガールズで相見えたときに思った。ヤクは強者であると。今回はそれ以上に、より強い力を感じていた。まるで何かから解放されたような、ともすれば吹っ切れたような。己の持つ力を十二分に振るっていると、異質な肌で敏感にそれを感じ取っていた。


 リエレンもカーサ四天王の一人であり、それなりの力を持つ。それだけではなく、己は武人であった。自身よりより強い者と出会うと、闘争本能が刺激されるのだ。そしてそんな者たちと戦うことで、自らの力を極めていく。

 そんなストイックさが、自分を四天王と呼ばれる地位まで押し上げた。ただしそれ故に、もはや己より強い人物が目の前に現れにくくなったことも確か。そんな中でのこの戦いだ。思うところがある。


(ここで倒す、残念。違う場所、違う形で出会いたかった。でも俺カーサ、こいつの敵。……倒す、運命さだめ。仕方ない)


 ヤクが放った氷の槍を、バックステップで軽やかに躱す。間合いを取り、告げた。


「俺のスピード、俺の強さ。ついてこれる奴、あんまりいない。お前、認める」


 自身の腕にマナを送る。腕が別の生き物のように蠢き、変色していく。まるで獣の牙のような刃が這い出てきて、灯りに煌めく。異質な爪にも同じものが現れていた。

 明らかに存在が変化したそれに、ヤクも警戒を強めたらしい。


「これでお前、負け確定」

「その自信が、慢心でなければ良いがな」


 ヤクが構える。一瞬の沈黙のあと、タンッ、とステップを踏んでからヤクに一直線に突撃する。異質な右腕を振りかぶり、突き出した。


"突き破る灼熱の腕"ツェアシュテールングヒッツェ!!」

"凍結させよ守護神の掌"フリーレンシュッツガイスト!!」


 熱気を孕んだ掌底を繰り出す。それを、氷の城塞のようなヤクの防御魔術が受け止めた。衝突する二つの力。

 互角かと思われたが、手を窄めて突き出すように手を押し出した。やがて手首から先の右手をドリルのように回転させ、氷の壁を突き破ろうと力を籠める。それに対しヤクもマナを総動員させて己の進行を食い止めようとしていたが、相性もあってこちらに分がある。

 顔を顰めるヤクに、涼しい顔で声をかけた。


「受けるだけ、精一杯?仕方ない、これ俺の切り札」


 右手を突き出しつつ、左手も同じように回転させながら力を籠める。今でさえギリギリ耐えている氷の壁だが、二倍となる灼熱の力に耐えうるか否か。


「これ、ラスト!!」


 勢いそのまま左手も氷の壁に叩きつける。耐えていたはずの氷の城塞は砕け散り、その衝撃はヤクを上空へと吹き飛ばす。


「ぐっ……!」

「まだまだ」


 さらに軽く地面を蹴ると、一気にヤクより上へ飛び上がった。体勢を整えられていない彼に、鍛え抜かれた脚で追撃を加える。


「"天空脚"!」


 風のマナも付与させた強靭な右足は、ヤクの後頭部を確実に捉えた。その様はまるで、飛行している燕を切り落とす勢い。受け身が取れないままその技を受け、ヤクは地面へと激突する。

 それを見届けながら、鳥が空から地上に着地するように地面に降り立つ。


「俺、空中戦得意。普通の奴、空中戦苦手。……お前、空中戦苦手?」

「ぐ、ぅ……!」


 衝撃はかなりものだろう。全身が叩きつけられ、内臓にまでダメージを入れたのは明らかだ。肋骨は半本か折れただろうか。とはいえ敵の彼は軍人で、意地もあるのだろう。ここで倒れ伏すわけにもいかないと、ヤクはゆっくりとだが立ち上がる。全身から血が流れ、白い軍服は汚れに汚れているというのに。


「そのまま続ける?出血多量で死ぬ」


 そんな自分の言葉などいざ知らず、ヤクは杖を掲げた。途端にリエレンが立つ地面の空気が凍る。


「な……」

"氷樹よ聳え立て"グリザ!!」


 地面から何本もの巨大な氷柱が出現する。こちらを拘束しようと生えたものだろうが、間一髪のところで回避する。

 リエレンはそんな彼を一瞥し、再び構えた。


「……あいわかった。お前との戦い、続けることする」


 対峙する二人。しばしの睨み合いののち、動こうとした瞬間のこと。

 突如として、大きな地鳴りが響く。


 それは地下を揺らすほどの衝撃であり、パラパラと天井からコンクリートの破片が舞い落ちてくるほどだった。

 

「……!今、爆発した……?」


 構えが一瞬緩む。上階で爆発が起きた?そういえば、ここにいたはずのカサドルの姿がない。何が起きている。兎にも角にも状況を確認しなければ。


「……巫女ヴォルヴァ、提案。休戦しないか」

「休戦、だと……?」

「このままだと、俺もお前も下敷き。生き埋めになる。俺はそれ御免だ。やらなければならないこと、まだある」

「私に、お前を見逃せと言うのか」

「俺、見逃す。ここで死ぬより、マシ。生きてれば、また機会ある」


 恐らくだが、爆発の原因は相手の作戦か何かだろう。

 爆発が上階で起きたということは、下手をすれば地下である階層は瓦礫に埋もれてしまう。このまま相手と戦闘を続けていれば、いずれはその崩壊に巻き込まれてしまうだろう。そうなっては脱出も不可能になる。


「私達は敵同士。貴様だけ脱出することもできよう?私を見逃したことによる利益が、貴様らカーサにあるとは思えんが?」


 自分の提案に、ヤクが質問を投げかけてきた。

 確かにここで自分一人で脱出することは可能だ。ただしそうなっては、ヤクは十中八九ここで果てるだろう。自分たちは敵対関係である以上、相手の戦力を削ぐことは組織に貢献することになる。

 本来ならば敵対している人物など捨て置き、己だけ助かるのが道理だ。カーサの四天王としてはその行動が正解であることなど、十分理解している。しかし──。


「……お前、ここで生き埋め。俺が勝つ、違う。お前とは、正々堂々決着、つけたい」


 彼だけに関しては、その選択肢を選ぶことはできなかった。彼との戦いの中で久々に感じた高揚感を、こんな形で失いたくなかったのだ。

 己の意外といえば意外な回答に、ヤクはすっかり毒気を抜かれてしまったようだ。


「……わかった。休戦を飲もう」


 その言葉の後に、ヤクも構えを解いた。


 地鳴りが大きくなる。ということは、塔の上は爆発の影響で崩れ始めているのだろう。この塔にはエレベーターが存在するが、この爆発によって作動しなくなっている可能性が高い。

 とはいえ空間転移の術を展開できるほど、マナは残っていない。ただしここから地上に出る方法は、ないことはない。


「下がってろ」


 手にマナを集束させる。ある程度貯まったところで、熱気を帯びた拳を上に突き上げた。


"燃え盛る拳"ブレンネンファウスト!!」


 繰り出された拳から、マナで錬成した熱エネルギーを天井へと叩き込む。衝撃に天井は耐えられなくなり、ボコッと凹んでから人一人分は通れる大きさの穴が開く。


「ここから出られる。……離脱、早く」

「……貴様はどうするつもりだ?」


 ヤクの質問に、胸ポケットから小石ほどの大きさの赤い鉱石を取り出す。それは簡易的な、空間転移の術式が込められている特殊な鉱石だ。


「状況、ヴァダース様報告する。これがあるから、問題ない」


 そう言ってから、小さくだが微笑んだ。


「……また、戦える?」

「……ああ。私がミズガルーズ国家防衛軍の軍人であり、貴様がカーサであればな」

「良かった。それ聞けて、満足。……行け」

「今回だけだが、礼を言おう。恩に着る」


 そう言うと、ヤクは自分が開けた穴から地上へと脱出していく。その様子を満足そうに見送り、人知れず呟く。


「面白い戦い、また出来る。その時になったら、決着つける。また、会おう……ウルズの女神の巫女ヴォルヴァ


 赤い空間転移の陣が、リエレンを包んだ。

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