第百九節  作戦開始

 エレベーターの中で、レイとスグリは爆破作戦についてグリムに話していた。彼女もその作戦に納得する。しかしその前に、彼女の武器とケルスの竪琴を回収する必要があった。だが、そのために逐一フロアに降りるのは骨が折れる。そんな不安要素に、グリムは鼻で笑う。


 グリム──デックアールヴ族──が扱う武器には、邪悪で強い力が宿っている。その力は、武器の所有者と呼応するらしい。たとえ離れていても、近付けば自ずと場所がわかるらしい。それならばと、グリムが反応したフロアに降り立ち、探すことにした。恐らくケルスの竪琴も、同じ場所にあるだろうと踏まえて。


「それで、貴様はその爆弾を何処にセットするつもりだ?」


 グリムはレイに質問する。


「最上階のつもりだけど、それがなんだよ?というか、そのために最上階に行くようボタンを押したじゃんかよ」

「え?」


 レイの言葉で、エレベーター内の空気が一瞬凍った。その反応に疑問を浮かべるのは、レイただ一人だけである。スグリが頭に手をやりつつも、彼に質問を投げかけた。


「あー、レイ。お前はダルマ落としを知っているか?」

「え?そんなもん、もちろん知ってるさ!高い塔のように積み上げられた積み木を、下から順番に崩してくんだろ?でも少しでもバランスが崩れたら、一番上にのせているダルマご、と……」


 レイは説明しながら、その真意に気付く。

 そう、この場合は塔そのものをダルマ落としに当てはめるのだと。ダルマ落としは積み木を押し出す力加減を間違えると、バランスが一気に崩壊する。下が崩れれば何をしなくても、上も崩壊する。

 今回に置き換えると、地上に近いフロアで爆弾を爆発させれば、高い塔は一気に崩落する。最上階で爆弾を爆破させても、塔を全て炎で包み込むには、圧倒的に時間がかかるのだ。ようやく己の失態に気付き、レイは頭を抱えた。


「あぁああ、やっちまったーー!!」

「この低能めが」

「うるっせー!どっちにしろ武器回収しなきゃいけないんだから、かえって良かったと思えよ!!というか、ボタン押したのグリムだろ!?俺じゃないし!」

「……」


 ふい、とグリムは顔を逸らす。


「無視かこらーー!!」

「まぁ、とにかく落ち着け……」


 レイの悲鳴が木霊したが、エレベーターは無情にも最上階まで辿り着いた。仕方なしに、三人はフロアに降り立つ。その時、グリムはピクリと顔を上げた。


「……どうした?」


 その反応に気付いたスグリが訊ねる。それに対し彼女は、この階に武器があると二人に告げた。己のマナが武器に呼応していると、わかったのだ。何処の辺りかも大方見当がついた、とのこと。幸いまだ、下っ端の追手は来ていない。

 今しかないと、三人はグリムを先頭に駆け出す。何回かの角を曲がった先に、保管室が見えた。そこだ、と中に入る。中には多くの武器が無造作に保管されてあり、奥の棚に一際目立つ大鎌と竪琴が安置されていた。

 成程、大鎌からは異質な"気"を感じる。この存在感が、デックアールヴ族の武器に宿る力らしい。大鎌はグリムに、竪琴はレイが持つことになり、急ぎその部屋から脱出する。

 同じ道でエレベーターの前まで戻ろうとしたが、スグリが待ったをかける。


「なんで……あ、まさか」


 レイの頭によぎったのは、スグリの女神の巫女ヴォルヴァの力。現在進行形で起きる未来予知。その力が発動したと。


「ああ、部屋を出たら右に曲がれ」


 言われた通りに右に曲がる。目の前に下っ端たちの姿はない。廊下が複雑な迷路のようになっている。しかしこのままではジリ貧だ。最上階ということは、退路がないということ。いくらスグリの女神の巫女ヴォルヴァの力で戦闘を避けるルートを模索していたとしても、いずれは袋の鼠となってしまう。現に、ジリジリと抜けられる道がなくなっている。


「だぁああもう!しつこい!!」


 これでは、爆弾をセットできるか微妙である。グリムがスグリに声をかけた。


「……おい、軍人。この先に行き止まりはあるか?」

「行き止まり……?ああ、この先の角を左に曲がれば、あとは長い廊下があるだけだ。先にある部屋には誰もいない」

「そうか。おい、半人前の人間」


 グリムは次に、レイに声をかけた。


「俺?というかなんだよ半人前って!?」

「黙れ。それよりも、貴様はこの軍人が言った場所まで走れ。辿り着いたら爆弾をセットし、爆発させろ」

「はぁ!?ば、爆発って……その、心の準備とかは……?」

「そんなものいらん。私の憶測だが、その爆弾は時限式だ。それにその程度の大きさのものなら、この塔を全壊させるまでには相当の時間を要する。ならば爆発までに退路を確保していれば、脱出など容易い」


 言うや否や、グリムは立ち止まり下っ端たちの方へと振り返る。


「グリム!」

「行け。ここから先は誰一人として通さん」

「だけど……!」

「なら、俺も残ろう」


 あろうことか、スグリもレイの前に出てグリムの隣に立つ。二人の後ろ姿には、覚悟を感じた。自分も残りたい衝動を抑え、彼女に言われた通り、行き止まりまで駆けていく。


「軍人。貴様の武器で、この狭い廊下で戦えるのか?」

「軍人を見くびってもらっては困る。それなりに訓練しているからな、この程度の狭さどうということはない」

「せいぜい足手まといに、ならないようにすることだな」


 目の前にはこれでもかという程、下っ端たちが向かってきている。スグリは不敵に笑みを浮かべ、グリムは見下すように笑った。


「大人しく投降しろ!」

「冗談抜かせ。……"抜刀 番凩"!」


 スグリは低い体勢で抜刀する。足元から切り払うように剣を薙ぐ。剣圧は扇状に広がり、下っ端たちの足元を下から上へと切り上げていった。冷たい空気の刃が一瞬のうちに、前を走っていた下っ端たちの足を潰したのだ。ドミノ倒しのように倒れていく下っ端たち。そこに追い打ちをかけるように、グリムが印を結んだ。


「……貴様ら雑魚は、大人しく魔物の子守りでもしていることだな」


 下っ端たちの足元が、ぐぐぐと膨れ上がっていく。

 突然の変化に狼狽える下っ端たち。


「っ!?」

「な、なんだ!?」

「吹っ飛べ、"上昇する大地の産声"シュタイゲンボーデン!!」


 下っ端たちの足元が膨らみ、爆発する。避けられるはずもなく、彼らは勢いそのままに天井へと叩き潰される。カエルを潰した時のような鳴き声が、人間の口から漏れ出ていた。そんな残酷な光景を前に、ピクリとも眉を動かさないグリムを一瞥したスグリ。内心で、容赦がないなと呟いていたのであった。



 ******



 スグリとグリムが戦闘を始めた頃、レイは行き止まりまで全力疾走をしていた。一人も通さないとは言ってくれたが、自分も早く加勢に行かないと。そんな思いがレイを突き動かしていた。


「よし到着!!」


 ポケットにしまっていた爆弾を取り出し、スイッチと思われる部分を押した。すると何かが解除された音が鳴り、その後に音声が続く。


『パスワードが入力されていません』


 無情に響く音声。一瞬遅れてレイの脳が処理をした。


「はぁああ!?」


 理解した直後に頭が真っ白になる。ここまで来てまさか、こんな罠があるとは思っていなかったのである。慌てふためく彼に、救いの音声が鳴る。


『音声入力による、パスワード式の問題を提出します』

「え?」


 彼に多少の落ち着きが戻る。どうやら間違えたからすぐに爆発する、という仕組みではないらしい。それならそうと教えてほしかった、と安堵する。


『問題。"種族平等論"を説いた人物名を答えよ』

「超難問じゃねぇかふざけんなーー!!」


 思わず絶叫するレイである。レイは確かに学生ではあるが、勉強が得意というわけではない。歴史の勉強もしていたが、記憶は曖昧である。追い打ちは続く。


『残り時間1分です』

「時間制限アリかよ!?」


 ピピピと機械音が響く。レイは一度深呼吸をして、記憶を巡る。学校の勉強が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「お、落ち着け俺。えーっと、確か"カウニスの全種族"を証明したのがディン・オウルで……。種族平等論、は……」

『残り時間30秒です』

「えっと……そんでもって、ファーストネームは……」


 思い出せない。残り時間が刻一刻と減っていく。もう駄目かと思われたとき、彼に天啓の如く答えが降ってきた。


「わ、わかった!!」

『残り時間10秒です』

「答えはロプト・ヴァンテイン!!」


 音声入力する。カウントを指し示す機械音が止まった。まさか間違えたかと焦るレイだが、やがて音声が鳴る。


『音声入力、確認しました。これよりロックを解除します』

「せ、正解だった……?」


 カチカチ、と次々と音声の言っていたロックが外れていく音がする。モニターらしき物が中から現れ、何かの数字が表示された。赤い文字で"30"と記されてある。


『爆発まで、残り30秒。これよりカウントを開始いたします』

「はぁ!?30秒!?」


 再び頭が真っ白になる。狼狽するレイを横目に、カウントが減り始める。


 彼は無言で、廊下の床に爆弾を置く。

 すくっと立ち上がると、回れ右をした。


「お疲れさまでしたーーーー!!」


 そして持ち前の俊足で、廊下を全速力でダッシュするのであった。



 ******



「"秘剣 烈火"!!」

"暗黒より生まれし光"ドゥンケイルリヒト!」


 次から次へと湧いて出てくる下っ端たちを倒していくスグリとグリム。負けるという気はしないが、いかんせん数が多い。その無限に増えていく彼らに、いい加減嫌気がさしている二人である。


「わかっていたが、数が多いな」

「全くだ。ゴキブリか、こ奴らは……」


 そんな二人の背後から響く、レイの悲鳴にも似た叫び声。


「二人ともーー!!」

「っ、レイか!?」


 スグリが振り向く。そこにはこちらに向かって、全力疾走をしてくるレイの姿があった。レイが叫ぶ。


「ふ、伏せてくれーー!!」


 その言葉の真意に気付いたグリム。


「……!伏せろ!!」


 彼女がスグリに呼びかける。直後。


 耳をつんざくような爆発音と共に、塔の最上階が強烈な光に包まれた。

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