第百七節  巡り合い

 パラパラ、と天井の残骸が崩れる。地下牢の迷宮の一角で、突如として発動した魔法陣。それに咄嗟に張った防御魔術で、どうにか防いだレイとスグリである。


「び、びっくりした……」

「間一髪、といったところだな。しかしこんな地下牢で一体誰が……」


 防御魔術を解除して、爆破された廊下の奥を見据えるスグリ。耳をすますと、奥の方から二人分の足音が聞こえる。その早さから、恐らく走っているのだろうか。


 そして聞こえてきた、二人の声。



「リョースの、急げ」

「は、はいっ……!」



 一体誰だろうか。考えるだけ野暮だ。何せこの地下牢に囚われているのは、ずっとが探し求めていた二人なのだから。陰が大きくなる。レイとスグリの目の前に、二人の人影が露わになった。


 一人は艶のある黒髪を腰まで伸ばし、冷徹さを思わせるアイスブルーの瞳を持つ女性。もう一人は、美しい銀の髪に白狐を彷彿とさせる耳と尻尾を持ち、命芽吹く新緑の瞳を持つ、まだ少しあどけなさも残る青年。


 そう、この二人こそがエイリークがずっと救いたいと切望していた仲間たち──グリムとケルスだ。


「い、いたぁーーーー!?」


 思わず声を張り上げてしまう。ここまで敵にバレないようにと行動していたはずが、全て台無しとなった。スグリが慌ててこちらの口を塞ごうとするも後の祭り。地下牢にレイの絶叫が響く結果となった。

 そんな自分に目の前の二人は当然、怪訝な表情を浮かべる。おずおず、といった雰囲気でケルスが質問を投げかけてきた。


「あ、あなた方は……?」

「……何をしに来た、人間」


 傲岸不遜、といった態度のグリムに突っかかる。


「な、そんなのお前たちを助けに来たに決まってるだろ!」

「僕達を……?あなた達はいったい……?」


 問答している間に、グリムとケルスが走って来た方角から別の声が聞こえた。


「おい!何の音だ!?」

「な、捕獲対象666と713が……!!」

「大変だ、早くヴァダース様に報告しろ!」


 会話の内容を聞くに、下っ端たちがグリムとケルスの脱走に気が付いたのだろう。こちらに向かってくる足音も複数聞こえる。


「言わんこっちゃない……」

「え、あ、俺のせい!?ど、どうすれば」

「……退いてろ、人間」


 慌てるレイを尻目に、グリムが一歩前に出る。そして追いかけてくる下っ端たちに、手を向けた。


「アウスガールズで再び捕縛されたあと、地下牢に長いこと監禁されていたからな。少し肩慣らしさせてもらう」


 ぐ、とグリムが力を入れる。何処かからか、カチリ、と時計の針が木霊した。


"強奪する汝の時間"ツァイトバンディード!」


 彼女が発動した術の効果だろうか、こちらへ向かってきていた下っ端たちの動きが止まる。止まる、というよりは止めさせられた、と表現した方が正しいだろうか。まるで、動くための時間が剥ぎ取られたかのようだ。


「な、動かん……!」

「こ、のぉ……!」

「くっ、誰か、応答を……!」

「雑魚共が……」

「す、すげぇ……」


 もがく下っ端たちを鼻で笑うグリム。そんな彼女の強さに、レイはただただ圧倒されていた。


「今のうちだ。早く行くぞ」


 呆けていた自分をよそに、踵を返したグリムが走り出す。その言葉に我に返り、スグリ共々、彼女の後を追うように走る。そんな中で、ケルスが話しかけてきた。


「あの、ありがとうございます。それでその、あなた方は……」

「あーそうか、名乗ってなかったな。つーか、お礼言われるようなこと何にもしてないけどな……」


 苦笑しつつ、レイは自己紹介する。


「俺はレイ。エイリークの仲間さ。お前たちを助けるために、侵入して来たんだ」

「エイリークさんの……?」

「そう。んで、こっちはミズガルーズ国家防衛軍のスグリ。俺とエイリークを保護してくれて、二人の救出にも力を貸してくれているんだ」

「ミズガルーズ国家防衛軍まで……。本当に、ありがとうございます。なんとお礼を申し上げればいいか……」

「いいってそんなこと。俺がやりたかったことでもあるんだから」


 出口になる場所を探そうと走る。グリムが言うには、この塔には最上階まで行けるエレベーターがあるとのこと。しかしその間にも、他の追手がわらわらと湧いてきている。


「追手の数が中々に多いな……」

「……私の大鎌は、ヴァダースとやらに取られてしまった」

「僕も、竪琴を取られてしまって……。ブレスレットも何処にあるか」

「あ、そうだ。なぁ、そのブレスレットってこれだろ?」


 ポケットに忍ばせていた銀のブレスレットを、ケルスに渡す。渡されたものが間違いなく己のものだと理解したのか、彼は目を見開く。


「これは、僕の……!」

「ここに来る前に、落ちていたのを拾ったんだ。エイリークに頼まれて、俺が預かっていたんだ。だから返すよ」


 ケルスは一度それを握りしめ、足を止める。次にあろうことか、下っ端たちの方へ振り返った。その行動に動揺を隠せない。


「ケルス!?何してんだ、追手が来てるんだぞ!?」

「黙れ未熟者。リョースのをよく見ろ」

「え……?」

「……"召喚するは冥界の番人"」


 ケルスが詠唱を始めると、彼の足元に陣が浮かび上がる。最初は白く淡い光だったが、やがて強いものへと変化していく。


「"鋼の守り人、全てを砕く獰猛なる牙"!来よ、"ガルム"!!」


 一段と強く陣が輝き、収まるとそこに召喚された獣がいた。艶のある黒い毛並みは流水を彷彿とさせる。人の体躯よりも大きな狼犬が、ケルスを守るように立ちはだかった。狼犬ガルムが咆哮を一つあげる。

 そんな一見獰猛に見えるガルムを、ケルスは愛おしく撫でる。


「ガルム、お願いしますね」


 ガルムは再び鳴くと、大きく息を吸い咆哮を波動として放った。たちまちに吹き飛ばされていく、カーサの下っ端たち。それを見届けたケルスがガルムに背を向け、こちらに告げてきた。


「さあ、行きましょう!」

「行きましょうって、アイツは!?」

「ガルムは僕に、ここは任せろって言ってくれました。僕は彼を信じます。大丈夫です、僕たちがエレベーターに乗ったら彼は戻って来てくれます」

「そう、か?まぁ、それなら……」

「はい」


 再び四人は走り出す。ある角を曲がると、そこが最後の曲がり角だったらしい。エレベーターと思われる扉が、視界に入った。急いでそのボタンを押す。

 しかし扉は開かない。


「あ、あれ?」

「外観を考えても、この塔は結構な高さがあったからな。すぐ地下に降りてくることはないだろうな」

「ウソだろ!?」


 スグリの言葉に血の気が引く。そんな自分に、おずおずと言った様子でケルスが訊ねてくる。


「あの……エイリークさんは、何処に?」

「あー……。エイリークは今、カウトって奴と戦ってる」

「カウトさんと!?」

「やっぱ知り合いだったんだ?」


 その質問に頷くケルス。

 何故、と動揺の言葉が漏れたのが聞こえた。


「カウトは、ケルスを助けるためにカーサに協力しているみたいでさ。……でも、心配することないよ。エイリーク強いし」


 負けることないって、そう笑うがケルスは不安そうに扉を見上げていた。


 それからいったいどの位待っていただろうか。下っ端たちが追いかけてくるでもなく、無事にエレベーターの扉が開いた。ようやくの移動に、ぐ、と背中を伸ばす。待っていましたと、エレベーターの中へと進んだ。

 自分に続いてグリムとスグリも、エレベーターへと乗り込む。

 その中でただ一人、ケルスは入口で立ち止まったままだ。その様子を不審に思い、声をかける。


「ケルス?どうしたんだ?」

「あの……先に進んでいてくれませんか?」

「え?」

「やっぱり僕……エイリークさん達を探します!!」


 言うが早いか、ケルスは踵を返しエレベーターとは反対方向へ走り出してしまう。彼を追おうと先に進もうとしたが、それよりも先に目の前の扉が閉まる。いったい何故と隣を見る。そこには、エレベーターのボタンを押していたグリムの姿が目に入った。


「な、なにしてんだよ!ケルスのこと追いかけないと……!」

「……行かせてやれ。リョースのは、バルドルのに大きな借りがある。それを返そうと必死なんだろう」

「なに言ってんだよ!?俺たちはお前とケルスを助けるために来たんだ。なのにケルス本人がいなくなったら意味がないだろ!?」


 レイの叫びをどこ吹く風と、グリムはボタンを押す。次にこう問いかけてきた。


「……命よりも大切なものを守るためだ。それすらも分からんのか?」

「命よりも、大切なもの……?」


 彼女の言葉に思わず口を紡ぐ。

 命よりも大切なもの、とはなにか、と。

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