第百六節  竜騎士VS狂戦士族

 カウトの案内で、エイリークはとある空間まで移動してきた。開けたその空間はまさに、地下のダンスホール。その表現にいささか違和感はあれど、それ以外に例えが思いつかなかったのだから、仕方ない。

 自分たち以外誰もいない、静寂が包むダンスホール。共に踊るたたかうペアはなく、文字通りの一騎打ち。カウトが足を止めて、こちらに向き直った。


「……さて、ここなら誰にも邪魔されない。俺たちの決戦の場所だ」

「……カウト……」


 ぎり、と拳を強く握る。以前相見えた時に、カウトは言った。

 ケルスがカーサに囚われたそもそもの原因は、自分にあると。


 人間ではなく、狂戦士族と呼ばれるバルドル族。戦いを好む種族が、平和を第一とするケルスの種族──リョースアールヴと相互理解できるはずがない、と。バルドル族が元から持つ闘争本能が、ケルスにも襲い掛かった。だからケルスが、いなくなってしまったのだと。それがカウトの考えだった。


 確かに、ケルスがカーサに囚われた原因は自分にある。自分が弱く、仲間を守れるほどの力を持っていなかったから。だが、だからこそ変わろうと決めたのだ。必ずカーサから仲間を救えるくらいに、強くなると。

 そのためならば、どんなに苦しくても逃げない。真っ向からカーサに立ち向かう。

 それがたとえ、一国の王子だとしても。


「……俺はここで、貴様を殺す。そうすれば、ケルスさんは助かるんだ」

「えっ……?」


 その言葉に少し混乱した。

 カウトはカーサと協力関係にある。とてもじゃないが、ケルスを助けるなんて難しいはず。それなのに。

 そんな自分の心情を知ってか、カウトは呟いた。


「これが俺に言い渡された、最後の依頼だ。俺が貴様を殺したら、ケルスさんを解放してくれるって条件でな」

「そんな……そんなことして助けられても、ケルスは喜ばない!」

「命乞いか?」

「違う!俺は命が惜しいワケじゃない!俺を殺したとして、お前がそんな方法で自分を助けたって知ったら、ケルスが悲しむだろ!」


 ケルスは心優しい人物だ。他人のために心を砕き、平和のために自分の出来る最善の手を尽くす。そんな彼が、自らを救うために己の守るべき国を危険に晒してまで敵側に協力したと、知ってしまったら。その心労は想像に難くない。

 エイリークが懸念していることは、そのことだ。そんな言葉に対し、カウトはというと。


「……"巻き上がれ龍の息吹"ヴィントホーゼ


 一歩、大きく踏み出してきた。

 地面を蹴り上げて、一気にこちらとの間合いを詰めてきた。速さといえば、スグリの方が上だ。しかし今は不意の一撃。気付いた時には、カウトの放った槍の一撃で上空に吹き飛ばされていた。


 バランスの取れない空中で、それでも直撃は避けなければならない。大剣を鞘から抜き、次の一撃に備えた。

 カウトは槍を棒高跳びのように使い、空中に飛ぶ。振り上げた槍の矛先で、こちらの急所を狙ってくる。とはいえ、そんなことは許さない。大剣で槍の軌道を逸らし、致命傷を避ける。ただ剣の威圧か風圧か、肩に傷を負う。


 体勢を整え着地する。互いの視線が交錯する。

 カウトが一度、槍を下げて告げてきた。


「……そんなことは承知の上で、俺はこうしてんだ」

「え……」

「貴様を殺したところで、ケルスさんは俺のところになんて戻ってこない。それでもケルスさんのためなら俺は、なんだってする」

「じゃあなんで、それを知っててなんでそんなこと!」

「貴様を殺して、ケルスさんをカーサから解放する。そうでなきゃ、あの人がどんな目に遭うか!たとえ俺のところに戻ってこなくても、同盟国の仲間として!友として!ケルスさんの身の安全を確保しなきゃならん!」


 これ以上は問答無用と、カウトは構えた。

 それに対しエイリークは柄を握り直し、前を見据えた。


「ケルスは、俺の命を懸けてでも助ける。絶対に!」

「ほざけ!……聞いたぞ。ケルスさんがカーサに、人体実験されたって。貴様がいなければ、貴様がケルスさんと出会わなければ、あの人は平和なまま国で生きていられたんだ!戦いに巻き込まれることなんてなかった……!」


 カウトの足元に魔法陣が展開される。まるで台風の目と言わんばかりに、強い勢力の風が巻き起こった。その風は辺りを巻き込み、地面のタイルがバリバリと剥がれ、風の中に呑まれていく。


「……俺を、ただの国にいる見栄だけの王子とかと一緒にするなよ」


 風が集まる。唸りをあげて、一つの生命へと変化していく。違和感を覚える。ただの風から、生命体が持つを感じる。最初は微かにしか感じ取れなかったものが、徐々に大きくなった。


「俺は、ただの槍使いじゃない。……ヴァラスキャルヴ随一の、竜騎士だ」


 カウトの言葉に呼応するように、風は竜の姿へと変化した。風の音が、竜の咆哮に変わる。それは最早、一種の生命体。


「竜……!?」

「行くぜ。覚悟しろ、バルドル」


 カウトが槍の先端を、エイリークに向かって突きつける。それを合図としたのか、風の竜は雄叫びをあげて動く。


「我に従えし風の眷属よ、戦禍の渦となりて全てを無へと化せ!」


 カウトの足元の魔法陣から風の竜へ、彼のマナが付与されていく。それに伴い風の竜も、その身に纏う烈風を鋭いものへと形を変えた。


 あの攻撃の直撃を受けたら、致命的なダメージを負うのは明らか。ならばその前に倒すのみと、大剣を掲げた。


"鳴り響け天よりの断罪の鐘"シュート・ドゥ・フードゥル!!」


 雷のマナが大剣を覆う。それを勢いよく振り下ろせば、剣の軌道によって描かれた曲線から、空間を切り裂くように雷が放出される。横幅ではなく、縦に大きいこの技。それで風の竜を一刀両断にできれば、あるいは。

 雷が竜を縦に真っ二つに割っていく。切り裂かれた竜は悲鳴を上げる。風から出来ているため、血が降り注ぐことはない。呆気ない最期かとカウトを見れば、彼はいまだに余裕綽々と言った雰囲気を崩していない。


「馬鹿が。俺の竜がその程度で倒れるかよ」


 背後からの殺気が向かってくる。

 間一髪でそれを躱し、相対する。竜の姿を見て、目を疑った。


 切り裂かれた部分から、もう一体の竜が首をもたげている。双頭の風の竜に進化していたのだ。呆気に取られている間にも、風の竜は鋭い風の鱗を逆立てて突進を仕掛けてきた。


 勢いそのまま風の竜に飲み込まれ、壁へと追いやられる。そして背中から受け身なしで、壁に激突してしまった。

 激しい痛みに襲われ、遅れて逆流した体内の血液を吐き出す。今ので肋骨が何本か折れたか。最悪、鎖骨も折れた可能性がある。


 そんな自分などお構いなしに、再び双頭の竜がこちらめがけて突進してくる。


「これで終わりだ、バルドル」


 竜の咆哮が木霊する。相対するように立ち上がり、大剣を双頭の竜に突き出す。

 瞳に殺気を宿し、射抜かんばかりでそれを睨む。バルドル族特有の殺気だろうか、風の竜たちの動きを止めさせた。


「今、攻撃してみろ……。その首、落としてやる……!!」


 この言葉に本能的に危険を察知したのか、双頭の風の竜は怯んだ。その一瞬は見逃さない。すかさず片手にマナを収束させ放つ。


"雷神の裁定"エクレールジュワユースッ!」


 放たれた電撃は、まず竜の四つの目を潰した。もがき苦しむ間も与えず、電撃は風の体躯を覆い、放電を続ける。やがて全身を焼き焦がさんとする電撃に耐えかねた竜は、消滅した。

 双頭の風の竜を倒した次は、カウトに向かって突撃する。


 大剣をカウトに向かって振り下ろす。その攻撃は、槍の持ち手の部分で受け止められた。互いの武器が鍔迫り合う。


「だいぶ息が上がっているじゃねぇか、バルドル。さっきので肋骨か鎖骨、逝ったんじゃないのか?」


 カウトの言う通り、受けたダメージは決して軽くはない。身体の痛みは勿論口の端からは血が流れているうえ、肩で息をしている。それでもまだ、倒れるわけにはいかない。


「……ケルスは。ケルスは俺が、必ず助ける!グリムだって……助けてみせる!」

「……ハァ、何言ってるんだ貴様」


 大剣が弾かれる。ガラ空きの体に槍の矛先とは逆部分で、強烈な突きを受けてしまう。息が詰まり、体勢が崩れた。


「戯言はやめろ。無理なんだよ。バルドル族が他人を助けられると、本気で思っているのか?戦いでしかその存在意義を見出せない、狂った種族なんかが人助けだなんて、冗談でも笑えねぇな。偽善者ぶるのもいい加減にしろ!!」


 槍を構え、突進を仕掛けるカウト。その圧倒的なスピードを前に、受け流すことで精一杯だ。


「ケルスさんは俺が助ける!狂戦士族がしゃしゃり出てくるんじゃねぇ!!」


 攻撃の加速が上がっていく。

 それを一つ一つ、受け流していく。


「……戯言なんかじゃない……!」


 何度目かの受け流しの果てに、槍を弾く。


「っ!?」

「ケルスもグリムも、俺の……俺の大事な仲間だっ!!」


 叫びながら己の感情をありったけ拳に込め、力のままにカウトを殴りつけた。顔の骨格を歪ませんばかりに、溢れる感情を抑えきれないと言わんばかりに。カウトは勢いそのままに、地面に叩きつけられる。


「ぐっ……」

「助けてやる……。絶対に、俺の命に代えてでも!!」

「……よく言うぜ。殺気丸出しじゃねぇかよ」


 エイリークはその言葉には返さず、大剣をカウトの首へ突きつけた。


「ヴァダースは何処だ……!」

「貴様に教える義理はない。……それに」


 カウトが己の親指を、ガリ、と噛む。

 周囲の空気が変わる。その違和感に気付き、その場から離れる。


「俺はまだ、終わっちゃいない」


 そう言うや否や、彼は地面に己の血液で陣を描く。


「何を……!?」

「紅き竜よ、我が血を対価とし、我が眼前の敵に滅びをもたらせ!」


 血の陣が赤く輝く。


"契約交わせし竜の眷属たち"エンブレイムドラッヘ!!」


 やがてそこから、溢れんばかりの竜が何体も姿を現す。


「なっ……!」

「……死ね、バルドル」


 カウトの攻撃の指示で、竜たちは一斉にエイリークへ飛び掛かってきた。

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