第百五節 仲間を探して
突然の衝撃音に、スグリもシャサールもそちらの方に意識が持っていかれた。視界が悪いうちにと、スグリは立ち上がり構える。破壊された壁の位置はスグリとシャサールの、ちょうど間の場所。
土煙が収まっていく。視界に入ってきたのは、大鷲だ。何故こんな場所に大鷲がと思うより前に、聞き慣れた声が降ってくる。
「スグリ!」
「その声、レイか!?」
上を見上げる。大鷲の背には、レイが乗っていた。レイはといえば、スグリの状態を認識するや否や、シャサールに向かって杖を向け術を放った。
「この野郎!
集めた風のマナを、フリスビーを投げるように振るう。杖の核から放射状に放たれた乱気流のような風のマナが、シャサールへ向かった。それを彼女は迎撃しようと構える。レイの登場によって一瞬霧散したマナを、再収束させ放つ。
「
乱気流のマナに、炎熱のマナが衝突する。最初こそ力は拮抗していたが、シャサールにはスグリとの戦闘で受けたダメージが残っている。じりじりと押され──。
「はぁああ!!」
威力を増したレイの術の前に、掻き消されてしまった。そのまま今度はシャサールが壁に激突する。体が痺れたのだろうか、動きが鈍い。レイはそこに追撃を加えようとした。杖を掲げ、詠唱を完了させる。
「行くぜ!
「待てレイ!!」
そこにスグリが待ったをかける。レイは突然な彼の制止に、戸惑いながらも従った。核に集まっていたマナを解除して、大鷲から地面に降り立つ。
「スグリ!?なんで……!」
スグリは一つ溜め息を吐き、納刀する。先程シャサールから受けた死の宣告とやらは、解除されたらしい。歩いて彼女に近付く。
トドメを刺すでもなく、スグリはある術を発動させた。
「
風のマナで編み出した鎖で、シャサールの手足を拘束する。殺さずに生かそうとしているスグリに、シャサールは恨み節を吐く。
「ふざけないで!情けをかける気?アタシはアンタを捕獲するために……!」
「情けじゃない。ミズガルーズ国家防衛軍として、お前を逮捕するためだ。だが俺にはお前にばかり、かまけてる時間はない。だから妥協策だ。それに、正直言えば俺は女と戦うのは趣味じゃないんだよ」
「馬鹿にしないで!アンタなんか……!」
「実力は認めている。だがそれを世界征服のために使うのは許さないだけだ。この戦いは引き分け。……それでいいだろ」
もはや何も言うまいと、スグリはシャサールに背を向けて歩く。そのまま、様子を見守っていたレイの所まで戻った。
「……ヤクは?」
「あ……師匠は、俺を逃すためにまだ戦ってる……。リエレンって奴と」
「そうか。……それで、その大鷲は?」
自分の倍以上はある大鷲を見上げる。大鷲は挨拶をするように、こうべを垂れた。その仕草はまるで人間のようである。
『お初にお目にかかる、現在を司る女神の
「ケルス国王の……そうか、召喚獣か」
『さぁ、乗られよ。我が王のマナが、この先より強く感じられる』
「けど、お前怪我して──」
レイがフレスベルグの右翼を見て、思わず言葉を失う。大怪我を負っていたとは思えない程、怪我をしていた部分は綺麗に消えてしまっていた。召喚獣は人間やヒトと違い、治癒能力が高いのだ。
「わかった。じゃあお願い」
「すまんな」
レイとスグリは大鷲に乗り、その場から飛び去った。
一人残されたシャサール。呆然としていたが、やがて諦めたように笑う。
「……ふふ、なーにが引き分けなんだか。アタシたち四天王は負けが許されない。それが例え、引き分けでもね」
崩れた壁の瓦礫に背をもたれる。乾いた笑いが切なく響いた。
「ごめんなさいねヴァダース……。アタシ、負けちゃったわ」
最後にレイたちが飛び去った方角に視線を向けて、呟いた。
「それにしても、影を使うアタシに対して"無影刃"だなんて。……スグリ・ベンダバル、ね……。今度会ったら、その時は決着つけたいわ」
******
レイはスグリに、ヤクから告げられた作戦の内容を伝えていた。爆弾も見せ、説明する。スグリも、もし道具があるならそうしただろう、と思っていたらしい。
「そうか……。それにしても、見た目より広いんだな、ここは」
「みたいだね。エイリークもまだ見つけられてないし……」
「いや、エイリークは俺と同じ場所に落ちたんだ。だが槍を持っていた男が、エイリークと決着をつけるとか言っていてな」
「槍……?決着って、まさか」
レイの脳裏に、一人の人物が浮かび上がる。ブルメンガルテン付近の洞窟で再会した、カーサに協力していると告げたカウトのことだ。あの時はレイに対して不意打ちを狙ってきたが、それでも肌で感じた強者の雰囲気。それが彼が一筋縄では倒せない人物だということを、レイに知らしめていた。
それらを踏まえた上でレイは、エイリークのことを信じるとスグリに伝える。スグリもレイと同じ意見だった。
ある角を曲がったところで、スグリがフレスベルグに制止を呼び掛けた。
「なんだよスグリ?」
「……その角を曲がれば、地下牢がある。だがそこに、数人の下っ端どもがいるみたいでな。このまま突っ込めば、反撃に遭う」
『それは誠か?』
スグリは問いに、嘘はないと断言した。
その理由は、スグリの女神の
しかしそうなると、
「フレスベルグ、お前はレイの持っている触媒に戻ってくれ。ここから先は、お前がいると的になってしまう」
『しかし……!』
「大丈夫だよフレスベルグ。俺たちが必ず、ケルスのこと助け出すから。信じて」
レイはフレスベルグを撫でる。大鷲は悔しそうにしていたが、納得はした。一つ頷くと、体を光の粒子と変えて消えていった。
地面に降り立ったレイとスグリが、地下牢のある通路の角まで走る。中の状況が見れないかと、顔を半分だけ出して様子を窺った。
地下牢の手前には、二人の下っ端。その奥に大きな鉄格子があり、その奥に複数の牢がある。下っ端をここで屠ることは簡単だ。しかし応援を呼ばれ、挟み撃ちになるような状況に陥ることは避けたい。いかにして穏便に彼らを欺けるかと思考を巡らす二人。
スグリは元々、強力な魔術は使えない。さらにシャサールとの戦闘で受けたダメージも、まだ抜けきっていない。対してレイにはスグリには使えない魔術がある。だがここで、余計なマナの消費は抑えたいところ。さてどうするか、と考えてた時にレイに天啓が降ってきた。
「いいこと思いついた」
にやり、と人の悪い笑みを浮かべたレイであった。
そしてレイはある術を自身とスグリに施す。その後、彼らは真正面から地下牢の入口へ向かう。下っ端は彼らを迎撃するどころか、彼らを受け入れているような状態だ。
レイとスグリが入口の前まで歩く。下っ端が彼らに質問を投げた。
「待て、お前たちここに何の用だ?」
「俺たちはヴァダース様から命令を受けて、ここに来たんだ」
「命令?」
「ああ。例の、捕獲した二人を連れてくるようにってな」
嘘も方便。レイとスグリはあくまで下っ端の振りをしていた。見た目はレイの変装の術で、見事にカーサの下っ端に変化している。そうとは知らない本物のカーサの下っ端たちは、彼らの嘘を見抜けなかった。
「ヴァダース様が?……まぁいい。今この塔は侵入者たちによって、破壊されつつあるからな。捕獲対象を安全な場所に移すのは、当然だったな」
「お前らも気を付けろよ。奴らはこの地下に落としたらしいから、見つかったら戦闘は免れない。まぁ相手が誰であれ、我々が負けることはないがな」
なんとも暢気な。カーサの下っ端たちは入口のカギを開け、レイたちを中に入れる。出てくるまで、カギはそのままにしておくとご丁寧な説明も入れた。効率よく地下牢に潜入できた二人は、そのままグリムとケルスを探すことに。
入口からの角を曲がったところで、変装の術を解除するレイ。二人の姿はカーサの下っ端から、いつもの姿に戻る。
「まいどありっと」
「へっへっへっ、ちょろいもんだな」
「しかしお前、よくこんな術を会得していたな」
「いやぁ、師匠の修行からさぼるために練習してたらいつの間にか」
「お前……」
雑談もそこそこに、二人は捜索を始める。地下牢は迷路のように入り組んでいる。簡単に見つけられそうにはない。
「それにしても、本当全然バレなかったな。ちょっと意外というか」
「あの程度なら、下っ端なのも頷ける」
「まぁ確かに。これだったら防衛軍の兵士たちのほうが断然強いじゃん」
「そもそも、あのヤクが指導しているんだ。あれくらい見抜けない訳ないだろう」
はは、と多少死んだ目で前を見るスグリ。レイはヤクの修行を経験しているからか、その内容の数倍は壮絶であるだろう訓練を想像し、思わず顔を逸らす。背中を冷汗が伝ったのは、秘密である。
とある角を曲がったところで、二人の足が止まる。眼前に、複数の陣が見えた。
それが爆破の陣であると理解し、思わずスグリは声を荒げた。
「レイ、伏せろ!!」
直後、耳をつんざくような爆発音が地下牢に響いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます