第百三節  召喚獣

 カサドルはこちらに対して、黒い針で作られた剣を構える。


「さて、こちらはこちらで楽しむとしようか。前回の二の舞にはなってくれるなよ」

「あまり見くびってくれるな。私とて、あの頃とは違う」


 ヤクは地面を蹴り、カサドルへ向かって行く。同時に氷の牙を生成し、それらをタイミングをずらして放った。

 これは以前相まみえたときと同じ戦法だ。対するカサドルはやはり同じように、黒い針で作られた盾を展開してきた。とはいえ盾を展開されることこそ、ヤクの最大の目的。足は止めず改めて氷のマナを収束し、別の術を発動させた。


"氷の海より生まれし神槍"グレッチャーランツェ!!」


 牙の後ろから後続する形で編んだ氷の槍で、容赦なく黒い盾を貫く。そのことに衝撃を受けたらしいカサドルに、追撃の氷の牙を放つ。


「ハァッ!!」


 勢いそのままに杖をカサドルに振り下ろす。

 間一髪で黒い針で作ったらしい剣に受け止められるも、ギリギリと鍔ぜり合う。一つ舌打ちしたカサドルが、黒い剣を解除した。そこに続けて、解除した黒い針で攻撃を仕掛けてきた。これも以前と同じ展開。


"罪人を裁く黒き針"シュヴァルツリーヒテン!!」


 雨が逆流していくように黒い針が昇ってくるも、黒い針を受ける前に氷の盾で防ぐ。前回とは違う動きを前に、動揺を見せたカサドルの一瞬の隙を、今のヤクは見逃さなかった。

 カサドルの黒い盾を突き破り、床に突き刺さっていた氷の槍を操作する。マナを操作して床から氷の槍を抜く。そこにスピードを付与させて、氷の盾にあえて直撃させるよう仕向けた。


 その動きは、どうやらカサドルには予想不可能だったらしい。氷の槍の軌道で、まず彼の背後から脇腹にかけての攻撃が当たる。掠める程度だったが、氷の槍が纏っている超低温により、凍傷を与えることはできただろう。

 さらに休む暇もなく氷の槍で破壊された氷の盾が、つぶてとなってカサドルに降り注ぐ。氷の盾に刺さっていた彼の黒い針も、威力に拍車をかけるものとなっていた。


 攻撃が止む。ヤクはカサドルから少し離れた位置で、改めて構えをとる。


 本音を言えばあまり使いたくはなかった、女神の巫女ヴォルヴァの力。

 以前と様子の違う自分に対して何か気付いたのか、カサドルは立ち上がってから、血を少し吐き出す。


「その力……にも見せてやりたいものだ……」


 カサドルの呟きに、ヤクが反応する。構えはそのままに、一つ尋ねた。


「貴様に一つ、訊ねる。……貴様は、カーサの者か?」

「……ははっ。慧眼だな、まさか見抜かれるとは思わなんだ」

「答えろ。さもなくば、ミズガルーズの名のもとに捕縛する」

「笑わせる。私は貴様ごときに捕らえられる人物ではない。そして──」


 カサドルの動きが止まり、やがて数秒してから溜息を吐く。

 そこで違和感を覚える。カサドルから、己に向けての殺気が消えたのだ。


「やれやれ……どうやらもここまでのようだ」

「なにっ……!?」


 突如としてカサドルの足元に、紫紺の陣が広がる。カーサの人物たちが使用している赤い陣とは、多少違うものだ。カサドルの足元が透け始める。


「っ、待て!」

「ああそうだ、ヴァダース様によろしく言っておいてくれ」


 その言葉を最後に、カサドルは完全にその場から離脱したらしい。彼のいた場所には、小型のボトル爆弾が落ちている。彼が置いたものだろうか。ヤクはそれを拾い、自らに問い聞かせるように言葉を漏らした。


……?どういうことだ……」


 大きな疑問が、ヤクの中に残った。


 ******


 やがて光が収まると、レイの前には巨大な大鷲が現れていた。突然の出現に目を丸くしたが、不思議とその獣は敵ではないように思えた。瞳に宿る光は澄んでいて、一切の邪悪が感じられないことを、レイは感じ取っていた。獣は何も喋らず、こちらを凝視している。

 ふとレイの脳裏に、人ならざる声が響く。


『我を召喚し、我を使役せしめる者は汝か』

「えっ……!?」


 突如響いた声に動揺するが、向けられる視線に向かい合い、訊ねてみた。


「もしかして、お前なのか……?」

『我は平和を愛する我が王、ケルスに従えし者。女神の巫女ヴォルヴァ、汝はその力を、いかにして振るわれる。破壊か、殺戮か?』


 嘘は許さないと言った声色が響く。審判を下すような質問だ。その質問に対し、レイは首を横に振るった。どちらも違うと呟いてから、顔を上にあげる。


「仲間の願いを叶える……。エイリークの大切な人たちを、取り戻すためだ!」


 レイの答えに、大鷲は瞳の光を和らげる。ともすれば、笑ったように思えた。


『汝も我が王と同じ心を持つ者。なればこそ、我は汝に力を貸そう。我が名はフレスベルグ。死者の魂を喰らうものなり』


 フレスベルグと名乗ったその大鷲は、一度大きく翼をはためかせた。その動きによる風圧で生まれた風は衝撃波となり、リエレンへと向かって行く。圧倒的な威圧感を感じる衝撃波に、レイは再び目を丸くした。


 衝撃波は易々と躱されたが、反撃してきたリエレンの素早い動きに負けず劣らず、フレスベルグはその巨大な体躯で俊敏に動いている。リエレンの大きい動きにも対応し、風に舞う木の葉のように躱していた。

 レイはそんなフレスベルグの動きに合わせ、盾や回復の魔術を中心に展開する。


 地面に降り立ったリエレンが、宙を舞う大鷲を見て呟く。


「……本体遠い……」


 ビキ、と彼の右手が変化する。岩肌のように黒い表面が、赤く変色していく。それはまるで熱を集めているようにも見えた。それに構わず、フレスベルグが彼に特攻を仕掛けようと旋回する。

 レイがリエレンの変化に気付いたのは、丁度フレスベルグがリエレンに向かって軌道修正した時だった。


「フレスベルグ!待って!!」


 忠告の直後、リエレンの技が炸裂した。


"熱よ地面を砕け"ヴェルメショック!!」


 赤く変色した右手を地面に叩きつける。何か注入したのか、やがて地面は膨らみ、出口を求めて地表から顔を出し始める。まるでマグマがうねっているかのよう。

 そして逃げ場がなくなったらしいエネルギーが中で爆発したことで、地面が割れた。割れた地面からいくつも現れた瓦礫は、遠慮なしにフレスベルグへと向かっていく。


 フレスベルグは再び急旋回し、それらを軽やかに躱した。細かい瓦礫は当たるも、大きな瓦礫は一つも当たらない。そこに一安心するも、


「甘い」


 それを読んでいたかのように、リエレンがフレスベルグの先に飛び上がっていた。


"砕け散れ破壊の掌底"エクスプロジオン!」


 彼の足の防具に、マナで編み出されたらしいエネルギーが付与される様子が見えた。遠くからでもわかる。あれは炎熱の力だ。その力を、リエレンはフレスベルグの片翼に無遠慮に叩きつけた。その直後、そこから爆発が起こった。

 悲痛な雄叫びを上げ、フレスベルグは地面へ急落下する。地面が揺れた。レイは治癒術を施すため、魔術でリエレンを牽制しながら近付く。


「フレスベルグ!!」


 地面に墜落した大鷲の様子を見て、思わず息を飲んだ。

 地面に散らばる大鷲の羽根。右の翼は爆破の影響で黒ずんで、リエレンの攻撃が直撃した箇所からは滝のように血が流れている。

 召喚された大鷲に効くかどうかを判断するよりも早く、治癒術を施す。


「ごめんな、フレスベルグ……!もう十分だから、だからもう戻れ!」


 自分の言葉の意味を知ってか知らずか、無事である左の翼を必死にはためかせる。治癒術で完治する前に、フレスベルグは再び宙へと飛び上がった。

 そんな獣に対して、慌てて制止を呼びかける。


「だ、ダメだ!そんな怪我じゃ、お前の命がもたない!」


 その言葉に、獣は一つ鳴く。

 レイの脳裏に、苦しくも力強いフレスベルグの言葉が響く。


『我はまだ倒れぬ……!我が王を救うためならば、この程度の怪我など……!!』


 獣の切望に、レイは唇を噛む。

 痛いほど伝わってくる想い。それを理解できるからこそ、止めることは出来ないと悟ってしまう。一度目を閉じ、しかしすぐに開けて顔を上げる。


「……わかった。ケルスのこと、必ず助けよう。でも、焦らないで。何か奴を退けるいい方法が、きっとあるはず……!」


 改めてリエレンと対峙しようとして──。


「レイ!!」


 ヤクの声が耳に届く。思わず声のした方向へ顔を向ける。彼がこちらに向かって、何か手のひらに収まるサイズの物体を投げたことがわかった。

 落とさないように慌ててキャッチする。これが何かを尋ねようとして、目の前から衝突音が聞こえた。今度はそちらに顔を向ければ、ヤクが己の前に立ちはだかり、リエレンの攻撃から守ってくれていた。


「師匠!?」


 慌てるレイを背に、ヤクが冷静に告げてきた。


「レイ。これは私の憶測だが、恐らくこの地下の何処かに、ケルス国王たちは捕らえられている。お前は今すぐここから離脱し、二人を探し出せ。そして救出したらすぐにその爆弾で、この塔を爆破しろ!」

「は!?爆弾!?……って、爆破!?」


 突然の指示に戸惑いを隠せない。

 鍔迫り合いが続く。一瞬だけ、ヤクがこちらを一瞥する。


「よそ見、厳禁」


 そのコンマ一秒も満たない隙を、リエレンは容赦なく突いた。込めていた力を上方へと上げ、ヤクの杖を弾く。ガラ空きとなったヤクの身体に拳を叩き込もうとしたらしいが、それよりもヤクが盾を展開する方が早かったようだ。


 ガキン、と鳴り響く氷の盾。


 リエレンの力の元は恐らく炎熱のマナ。氷の術を主体としているヤクとは相性が悪い。氷の盾が彼のマナによって、ジリジリと溶けていく様子が見える。


「師匠!」

「時間がない。早く行け!」

「でも……!出来ないよそんなこと!爆破だなんて、エイリーク達も巻き込まれるじゃないか!」


 もしもの場合を考えてしまい、駆け出すことができない。そんな不安を払しょくしてくれるかのように、ヤクの声色が和らぐ。


「……案ずるな。私も、そしてエイリーク達も。必ずお前のところへ帰る。お前の視る未来のためにも、全員生きてな」

「師匠……」


 一呼吸おいて、ヤクが叫ぶ。


「だから……行けッ!!」


 力強い言葉に、背中を押される。

 ぐ、と拳を握りしめて顔を上げた。フレスベルグを呼び、大きな背に乗る。


「師匠……約束だからな!!」


 それだけ言うと、大鷲と共にその場を離脱するのであった。

 心の中で、彼の無事を祈りながら。

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