第百二節 救出に向けて
「燃えろ!
エイリークの、炎のマナを纏った大剣がカーサの下っ端たちの足元を崩す。
「"抜刀 鎌鼬"!」
その一瞬の隙を狙って、スグリの抜刀術が彼らを一刀両断していく。
「
遠距離からはヤクの、強力な氷の牙が下っ端たちへと降り注がれる。
「返してやる、"スリートイルミネーション・スーツェン"!!」
攻撃をしてきた下っ端たちは、レイの張った反射をする盾に弾かれ、威力をそのままに返された。
黒い塔の入口を守っていたカーサの下っ端たちを軽くあしらい、彼らは塔の中へと潜入した。そこでもやはり熱烈な歓迎を受け、威力が弱くも範囲の広い攻撃を中心に、次々と撃破していった。
「こんだけの数がいるってことは、当たりだったみたいだな」
「ああ。恐らくこの塔の何処かに、エイリークの仲間がいるのだろう」
近付いてきた下っ端に、振り向きざまに術を放ったヤク。スグリも向ってきた敵を斬り伏せた。ヤクはリハビリでの努力の結果か、依然とほぼ変わらずに動けているようだ。
エイリークとレイも、下っ端の攻撃を躱しながら反撃する。レイはまだ女神の
「
下っ端の攻撃がレイの足元を掠める。一瞬レイの体勢が崩れる。そこを他の下っ端が狙ってきたが、それをエイリークが許さなかった。レイの前に立ち、大剣を振るう。放たれた術を真っ二つに割る。続けて技を放ち、下っ端たちを吹き飛ばす。
「ありがとうエイリーク!」
「どういたしまして!」
お礼にと、エイリークに向かって放たれた攻撃を防御するレイ。力こそないと見くびっていたが、その数の多さには手を焼いていた。いくら弱い範囲攻撃で退けているとはいえ、積み重なればそれは疲労となって蓄積されていく。
「くっそこんなのキリがない!」
じわりじわりと迫ってくる下っ端たち。
広範囲への攻撃はヤクが一番得意としている。彼とスグリが目配せをして合図を交わす。ヤクがマナを収束し始めようとした時、何処かから拍手が聞こえてきた。
エイリークたちは音の元を目で追う。塔のエントランス、そこで彼らを見下ろしている人物がいた。カーサの最高幹部、ヴァダースである。彼はとても楽しそうに、ゆっくり拍手を続けている。そんな彼にエイリークをはじめ、レイたちは警戒を最大限に強めた。
「ようこそ、みなさん。あのメッセージを信じてくださったのですね。……貴方たちはいつでも、私を楽しませてくれる。嬉しい限りですよ」
「ヴァダース……!」
「そこでお礼にと、その敬意に値する相応しい舞台を用意いたしました。是非、楽しんでくださいね」
ヴァダースが指を一つ鳴らした。
その瞬間、ふっ、と床一面が消滅する。
重力に逆らえず、エイリークたちはそのまま地下へと落ちていった。
******
「くっ……!」
エイリークはどうにか、地面に衝突する前に技を放ち直撃を避けた。大きな怪我もなく、無事に地面に降り立った。隣にはスグリがいる。しかしレイとヤクは、何処を見渡しても見当たらない。無事に降り立ち、体勢を整えたスグリもそのことに気付いた。
落とされたということは、ここは地下であることは容易に把握できた。地下の割には光源もあり、それほど暗くもなく視界は良好である。
「分断されたか……」
「みたいですね。でもどうして──」
言葉の続きは喉の奥にしまう。背後から二人分の殺気を感じたエイリークとスグリが、すぐさま構えた。振り返ると、そこにはシャサールの姿と──。
「カウト……」
アウスガールズのブルメンガルテン付近の洞窟で再会した、カウトの姿があった。エイリークを見る彼の瞳は、鋭く突き刺すようなものである。対してシャサールは悠々と葉巻を吸っていた。
「よくもまぁこんなところまで来たわね。ミズガルーズの世界巡礼って、そんなに暇な任務なのかしら?」
「ほざけ。世界をお前たちのような輩から守るためだ」
「それが無謀だってこと、もう一度叩き込まないと分かんないのね。いいわ、相手をしてあげる。ほら、アンタの相手はそっちの坊やでしょ。邪魔にならないよう場所を移動してくれない?」
シャサールが葉巻を地面に落とし、踏みつける。カウトはそんな彼女に、はいはいとため息を吐いた。
「わかったよ、邪魔はしない。レディの頼みは断れん。……ついてこいバルドル。俺たちの決着をつける時だ」
エイリークはスグリを一度見る。彼はそんなエイリークに、一つ頷く。任せろ、と言葉にしなくとエイリークには伝わった。エイリークはカウトに向き直る。
「……わかった」
カウトは後ろに下がる。そのあとを、エイリークがついて行く。その間シャサールもスグリも、微動だにせず対峙したままでいる。エイリークとカウトの姿が、闇に消えた。
「じゃあ、始めましょうか。でも、後悔することになる。アタシの本気は、アンタの命と引き換えよ!!」
瞬間、シャサールの影が空間上に広がった。
******
その頃、同じように地下に落下したレイとヤクも、辺りを見回していた。エイリークやスグリのマナの気配を探ろうとしたが、何か結界のようなものが張られているようで、感知することができない。まるで空間を遮断されているかのようだ。
「……迂闊だった。まさか床そのものが罠だったとは」
「でも、エイリークたちもここの何処かにいるはずだよね。だったら、早く二人と合流して──」
彼の言葉は、ある人物によって遮られる。
「合流など、できはしない」
聞き覚えのある声に、レイとヤクは振り返る。背後から自分たちを睨みつけている人物が、二人。四天王のカサドルとリエレンだ。レイはリエレンを見て、フヴェルゲルミルの泉での一件を思い出す。
「ようこそ、二人の女神の
「誰が渡すものか。貴様らのために、この力はあるのではない」
「……良い眼になったな、ミズガルーズ国家防衛軍の魔術長。私も狩り甲斐がある」
余裕の笑みを浮かべるカサドル。ヤクは視線を逸らさず、レイに声をかける。
「……レイ、下がれ。補助を頼む」
「わかった。でも、気を付けて師匠。あの褐色のリエレンって奴、すばしっこいうえに強力な接近戦の技をしかけてくる」
レイの言葉に疑問を感じたのか、カサドルはリエレンに質問した。
「リエレン。奴らを知っているのか?」
「……一度だけ、見た。あの時の借り、残っている」
リエレンの腕が、奇怪の物へと変化していく。レイとヤクが構えるよりも早く、彼はレイの背後に回り込んでいた。反応が一瞬、遅れた。
「な──」
「お前の相手、俺」
レイは咄嗟に防御の魔術を展開する。リエレンは構わず、重い拳をその術に叩き込む。踏ん張りだけでは抑えきれなかったのか、レイは術ごと空間の奥に吹き飛ばされた。
「レイ!」
すぐさま彼を救おうとしたヤクだが、彼の目の前に黒い針で出来た鉄格子が行く手を塞ぐ。カサドルの黒い針だ。
「お前の相手は、私だ」
「チッ……!」
ヤクは、カサドルと対峙するしかなかった。やむを得ずと、彼に振り返る。
一方レイは吹き飛ばされはしたものの、ダメージは特にそれほどでもなかった。術を解除して、どうするか策を考える。
その時ふと、あることを思い出す。自分のポケットから、銀のブレスレットを取り出した。それはこの黒い塔へ侵入する前のこと。道端に落ちていた、妙に目立つそれを拾ったのだ。裏側にはある人物の名前が彫られていた。その人物の名前は、ケルス・クォーツ。自分たちが救出しようとしている、彼の名前だった。
何か役に立つかもしれないとエイリークに渡そうとした。しかし彼は、それを拒否。後方からの攻撃が主体であるレイが持っていて安全だ、という理由を伝えられた。レイはそれならと納得し、預かる形で持っていた。
何か力を貸してくれるかもしれない。レイはそう思いながらそれを握りしめる。
辺り一面が、光に包まれていった。
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