第九十三節 過去と現在が交わる
スグリは馬を走らせながら、焦りを感じていた。
森の村フォルストのある方角から、黒煙が立ち上るのを目撃したからだ。間に合わなかったのかと焦燥が募る。万が一ヤクが村を襲撃した後なら、彼の次の目的地が掴めなくなる。それだけはなんとしても避けなければならない。
馬に申し訳ないと思いつつも、鞭を入れる回数が多くなってしまっていた。
数分後、森の村フォルストに到着する。そこで違和感を覚えた。まだ村の入り口なのに、ヤクのマナを強く感じるのだ。まさかまだ近くにいるのだろうか。近くの木に馬を括り付け、急いで炎が立ち込めているフォルストへと向かう。
道の両脇には、殺された村人たちの死体がごろごろと転がっていた。切断された手や足が、あちこちに点在している。その中を走っていると、耳にある声が届く。
「ヤク……?」
彼の、慟哭に満ちた声。
何かに絶望した彼が、泣いている声。
走るスピードを上げて、声のした方角へと急いだ。
やがて辿り着いた村の最奥。世界保護施設の実験施設であろう建物が燃えている、その場所。施設の前にある広いスペースに、ヤクの後ろ姿を捉えた。
彼はしきりに、何かに向かって杖を突き刺している。よく見えないが、炎の明かりで照らされた地面には、血の海が広がっていた。スグリが背後にいることに気付いていないのか、それでもヤクは杖を突き刺し続けている。
「あぁああ──!!」
全身から沸き立つ憎悪の念を、感情任せに叩きこむように。トドメと一段と強い力で突き刺し、満足したのか動きが止まる。
ぜいぜいと肩で息をして、ヤクが呼吸を整えている。ゆっくりと立ち上がり、ふらり、こちらに振り向く。その瞳は絶望に染まり果てていた。
「ヤク……」
こちらの呼びかけにヤクは答えない。ただじっとこちらを見据えている。
言いたいことは山ほどあるが、ただ告げた。
「……村の連続襲撃の実行犯の疑いで、お前を拘束する」
「……拘束なんて生優しい言葉を使わずに、始末するといえばいいだろう?」
仄暗い笑みを薄く浮かべ、ヤクは返す。こんな時、普段通りのヤクならば酔狂でも笑わない。そんな彼が、笑っている。壊れかけ、手前なのだろうか。とはいえそこには触れず、じっと見据えて言葉を続けた。
「うぬぼれるな。事件の原因究明は当然のことだ。お前には、それを話さなければならない責任がある」
「責任とはまた大層な話だな。さすが国家防衛軍の騎士団長様、えらくご立派なことだ」
「茶化すな。それで?俺に従うのか、従わないのか?」
「……説明をするつもりなぞ、毛頭ない」
ヤクが杖を構え、攻撃の態勢に入る。
やはり、言葉を交わせる状態ではないか。こちらも抜刀術の構えを取る。
ヤクが構えた時に、彼が杖を突き刺していたものが見えた。倒れていたのは、黒い制服を着た人物。カーサが何故この村にと疑問を持ったが、今はそれを頭の奥に追いやる。
ヤクは本気だ。ならばこちらも、相応の覚悟をしなければならない。一瞬の迷いが命取りになるのだから。彼との手合わせは以前にも何度もしたが、殺し合いは今回が初めてだ。恐らくどちらかが倒れるまで、この戦いは終わらない。
それでも──。
風が舞う。ごうごうと炎は燃え続ける。
はじめ、と声をかける者はいなかった。
どちらからとでもなく動く。
初めにヤクが牽制の氷の牙を放ってくる。それを躱すことなく、それらを全て斬り伏せた。そのまま彼に向って走り、一気に間合いを詰める。
しかしそれを許すヤクではない。彼は地面に向かって杖を翳し、地面から氷の支柱を出現させた。足元を崩せば、自身の持ち味であるスピードは落ちる。その一瞬があれば、ヤクが術を発動するには十分だったようだ。
来る。大型の術が展開される。
「
地面から生えた氷の支柱の面から、鋭い氷の矢が降り注ぐ。氷の支柱のありとあらゆる面から、縦横無尽に放たれた。
自分のの四方にはいくつもの氷の支柱がある。避けられるはずはない。
しかし──。
「"秘剣 風神貫"!」
それを自身の周りに旋風を巻き起こすことで、全て防いだ。
抜刀した武器を、地面と平行になるような形で一周振るう。その時に風のマナも乗せた。一瞬遅れて巻き起こった旋風が、四方からの攻撃から己を守るようにすっぽりと包む。
ヤクがそれに対して少し動揺を見せる。
あんな氷の矢が降り注ぐ一瞬で、あんなにも綺麗に技を放てるものか。確かにスグリのスピードはヤクよりも勝る。ただしそれは平時でのこと。ましてや今は、足元を崩されバランスが乱れていたはず──恐らくそんなことを考えているのだろう。
「そんなに驚くことか?」
冷静に尋ねる。
それを挑発と捉えたのか、ヤクが杖に氷のマナを再び集束させる。十二分にマナを集束したらしく、杖を翳した。
「
考えろ。自分に飛び道具が効かないと知った今、ヤクの次の手は恐らくこちらの動きの牽制だ。そしてその推測は当たっているらしい。ヤクが放った術の影響を受け、氷の支柱が膨張して体積を増やしていく。
(その判断は確かに正しいが、遅かったな)
「上だ」
膨張されていく氷の支柱を支えに、勢い良く面を蹴ってヤクの方へと間合いを詰めた。武器は納刀している。一番得意とする抜刀術を繰り出すために。
直撃するわけにはいかないと判断したらしい、ヤクが盾を張る。しかし今の自分にとって、それは浅い水溜りの上に張った薄氷と大差がない。
「"抜刀 鎌鼬"!」
抜刀した瞬間に吹く、肉をも斬ると謂われる烈風がヤクを襲う。
間に合わせで張った氷の盾を一瞬で一刀両断に伏せ、ついでにヤクが羽織っていた外套も切り刻む。しかしヤク自身に大きな怪我はない。それでも彼は、悔し気に表情を歪めた。
腕の一本はもっていくつもりだったがと舌打ちする。やはり腐っても、大国ミズガルーズ国家防衛軍一の魔術師。そう簡単に事が思うように進むわけがない。今一度納刀して、機会を窺った。さて、次はどう来るか。
ヤクが再び杖を振るい、次の術を発動させる。
繰り出されたのは、空間を絶対零度へと変化させる『
辺り一面が氷の空間に覆われる。ヤクが最も得意とする、氷上での戦いにもっていくつもりだろう。抜刀は何より、体の扱い方も重要になってくる。踏み込みが甘ければ抜刀はできても、力は半減するはずだと考えたのか。
「……ヤク」
──何をそんなに焦っているんだ?
「黙れ!!」
ヤクの咆哮が術に木霊したようだ。
凍てついた地面から、氷の槍がタイミングをずらして這い出てくる。一瞬でも間違えれば、途端に串刺しにされてしまうだろう。
だが自分は絶対に、ここで負けるわけにはいかない。
ヤクを必ず救うと、決めたのだから。
一歩、駆け出す。
氷の槍が頭を見せているのが分かった。
二歩、踏み出す。
それに捕まらないように速度を上げて。
三歩、蹴り出す。
彼と己を繋ぐ道を突き進んだ。
「"抜刀 水切"!」
水を切るように、刃を流す。それはまるで、滝を一閃するように。美しいまでのその軌跡が、ヤクが作り出した氷の槍を諸共に斬り倒した。
体勢を崩すヤクに刃は振るわず、彼の横に回り込む。がら空きになっていたヤクの横っ腹に、強めの蹴りを入れた。風のマナも足に乗せていたため、威力そのままにヤクを吹き飛ばす。
直撃し受け身を取れないまま、ヤクが自身が作り上げた氷の支柱に激突する。
大きくヒビが入る支柱の面。
肋骨が折れたのか、咳き込んだ口の端から血が一筋流れる。忌々しくこちらに視線を向けて、息を飲む音が聞こえた。
スグリは、神聖な風のマナに包まれている。その正体に、ヤクは否が応でも気付いてしまうだろう。
何故なら彼自身も、その力を知っているだろうから。
己を包むマナの力の正体。
それはヤクが一番憎悪している、運命の女神の力だった。
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