第九十二節 青年は成長する

 エイリークたちはフットと対峙していた。

 以前は仕留めそこなったが、今度は必ず倒す。絶対に逃がさない。柄を握る手にも力が入る。フットは自分たちを見下すような視線でこちらを一瞥した。


「はは、やっぱり以前強襲したときに半壊状態でやめておいてよかったぜ。そうすりゃテメェらが絶対に来るって思ったからな」

「じゃあ、俺たちをおびき寄せるためだけに村を襲ったっていうのか!?」

「当然だろ、そうでないで何のためだと思ったんだよ」


 挑発してくるフットに、以前はすぐに乗っていただろう。ただし今回は乗ることはない。乗ったところで、相手を調子づかせるだけだ。それに今は、後方にいるヤナギにお願いしたいこともある。振り返らないまま、後ろに控えていた彼に声をかける。


「……ヤナギさん、屋敷の方をお願いできませんか?」

「エイリーク殿?」

「ヤナギさんもさっき見たように、アイツは人形を使ってきます。その人形が万が一屋敷の方に向かったら、俺たちだけじゃ対処しきれないと思うから……」

「ふむ、心得た。ここはそなた達に任せてもよいか?」


 その頼みに、レイが任せてと返事を返す。一歩後ろに下がる音が聞こえた直後、ぞろぞろと複数の足音が遠ざかる。どうやらその場からヤナギたちが去ったようだ。

 そんな彼らをフットが見逃すはずもなく。彼らを追うように人形を展開させたが、自分たちのすぐ背後でその動きが止まる。レイの張った盾"スリートイルミネーション・スーツェン"によって。


「ここは通さねぇぞ」


 フットを見据えるレイ。それに対し、壊れた人形のように笑うフット。なんとも楽しそうに指を動かしている。

 彼の指に合わせてむくりと動き出す人形パペットたち。地面からも自分たちを取り囲むように、ヒト型の人形パペットが現れていく。


「通さねぇのならやってみろや。こいつら全部倒せるんならな!」


 一斉に自分たちにとびかかる人形パペットたち。レイが最初にドーム状の防御魔術を展開した。ふわりと優しい光に包まれたドームの中で、声をかける。


「俺がアイツを叩きに行く!レイとラントさんは、こいつらを!」

「ああ、俺たちが突破口を開くよ!」

「おぅ、任せな。それと、ラントでいいからなエイリーク!」


 ラントが弓を構える。魔力が凝縮された矢が宛がわれた。バチバチとうねりを挙げているそのマナは、雷のマナだろうか。彼の合図でレイが防御魔術を解除した。

 瞬間、ラントが叫ぶ。


はしれ、"疾風迅雷"シュタイフェ・ブリーゼ・ブリッツ!」


 音速の如き雷が一閃に走った。人形たちは吹き飛ばされ、目の前に一本道が出来上がる。その瞬間を逃さず、そこを走り抜けた。自分を追うように背後に迫っていた人形は、レイの放った光の球体に打ち砕かれていく。

 ぐ、と踏み込む。体勢を整える。体重移動しながら、大きく大剣を下から上に振り上げた。


"命を枯らす死の旋風"シャルールティフォン!!」


 高熱を抱いた旋風がフットを包み込もうとする。しかしそれより早く、フットが一体の人形を使って後方へ退避する。彼の代わりに人形が風に包まれ、やがて音を立てて破壊された。

 軽く舌打ちをして、すぐに間合いを詰める。右手に雷のマナを収束させて勢いよく腕を振るう。


"雷神の裁定"エクレールジュワユースッ!」


 威力は低いが、直撃すれば相手の動きを一瞬でも止めることができる術だ。目の前に人形が立ちはだかり邪魔をするが、射程は十分。確実に捉えたはず、だった。

 放たれた雷は、フットの手前で泡のように消えてしまっていた。何故、と目の前で起きた光景に衝撃を受ける。


「ざーんねーん。当たらなかったなぁ?」


 嘲笑い自分を見下すフット。

 目を凝らしてその場を見ると、何が起きたのかが理解できた。


 地面だ。

 自分とフットの間に、咄嗟では判断がつかない程の距離の地面が現れていた。

 そんな、いつの間に。そもそもフットが離れたのはせいぜい己の造り出した人形パペット一体分──距離にして約2メートル程のはず。そこに直撃するように術を仕掛けた。

 それなのに今、自分とフットの間にはおよそ10メートルの距離はある。それほど離れているのなら、普通は気付くはずなのに。


 人を馬鹿にするような薄笑いを浮かべながら、ご満悦と言わんばかりにフットがついっ、と指を上げる。すると地面から複数の人形パペットが出現する。

 一見すると他の人形パペットと同じように見えるが、そのうちの一体がこちらに向かって腕の部分を伸ばしてきた。その腕には鋭利な棘が付いている。直撃すれば大怪我は免れないだろう。


 地面を蹴って後退する。

 スピードはこちらのほうが早い、当たることはないはずだ。


「っ!?」


 ただし人形の腕は、自分の想像していた長さよりも遥かに長かったようだ。動揺で判断力が低下し、足が思わず足を止めてしまう。そこを見逃すフットではなかった。勢いそのままエイリークの右腕をめがけて、土の人形パペットの腕を擦り付けるようにして振るってきた。避け切れず、攻撃を受けてしまった。

 鋭利な棘で擦られた右腕からは出血し、痛みと摩擦による熱を強く感じた。苦悶の表情を浮かべる。


「優秀な人形使いパペットマスターってのはな、手先が器用なんだよ。つまりまぁ、幻術の類も同時に発動させてたワケよ」


 そういうことかと納得する。土の人形パペットの腕は恐らく、元々が結構な長さを持っていたのだろう。それを普通の長さの腕と自分が勘違いしたのは、相手の幻術にはまってしまい、己の目が錯覚を起こしていたからなのか。

 笑みを深くしたフットが嘲笑いながら、さらに告げた。


「人間だろうがバルドル族だろうが、目で見て脳で考え処理するのは同じだってお前は今、証明してくれた。だったら俺の術中からは逃げられねぇぜ!」


 フットが右手を翳すと、土の人形パペットたちが一斉に向かってきた。腕が元から長いのだと予測していても、それらを避ける際にはどうしても視覚情報が必要になってくる。目の錯覚でここなら避けても大丈夫だろうという場所が、今の自分には殆どないにも等しい。


 避けるのが難しいのなら、自分に近付けさせなければいい。

 大剣を地面に突き刺す。

 炎のマナを集束させて、大剣に伝えた。


"大地に突き刺す火炎柱"テーレフランム!」


 自分を中心に渦巻く炎の柱。

 それらが近付いてきた土の人形パペットの腕を焼き落としてくれるはず。柱の外でドサリ、という土が落ちる音が聞こえた。

 次に炎の柱の中でただじっと堪えるのではなく、次の攻撃の態勢へと移る。

 炎の柱から零れ落ちてくる、漏れ出た炎のマナを再集束させて。


 大剣を持つ感覚が、以前より遥かに軽い。前は自分の体がもっていかれないよう、踏ん張るのがやっとだというのに。この村で出会ったヤナギたちのお陰だ。


 ぐ、と全体重を前に出した左足に乗せて。

 体の回転で生まれる遠心力によるエネルギーを、大剣に乗せて。

 それを一気に解き放つように、大剣を力強く振るった。


"沸き出でる火炎よ、風を呑め"エリュプシオン・ドゥ・ティフォン!!」


 炎の柱を薙ぎ倒すように。上へ上へと延びていたエネルギーの軌道を、己の前方へと向かわせた。威力を増して吹き荒ぶ炎の台風。それは自分の眼前で構えていた土の人形パペットを全て呑み込み、人形からただの土塊へと変えた。


 とはいえ炎が鎮まった先のフットは、相変わらず余裕の表情を浮かべている。


「へぇ、やるじゃん。じゃあこいつならどうだ?」


 彼が指を鳴らし、再び土の人形パペットを一体造る。

 粘土細工のように造形されていく土が、ある人物を模っていく。その見慣れた姿にまさか、と言葉が漏れる。


 やがて完成したのは、自分の仲間ケルスの形をした土の人形パペットだった。


 その姿を見て怒りが再沸騰しそうになる。どこまでケルスを侮辱したら気が済むのか。そんな自分の心情を知ってか知らずか、最大限の侮蔑の表情をおくびとも隠しもせず、フットは笑った。


「どうよ、俺の最高傑作ケルス国王を模った人形パペット。お前、仲間思いなんだろ?だったらこんなの破壊なんてできねぇよなぁ?テメェの仲間を殺すようなこと、出来るわけがねぇよなぁ!?」


 土の人形パペットは何も言わない。そも言葉を話すという難解な機能は、人形には不必要なのだろう。それでも自分の知っている、大切に思っている仲間の形をした人形を壊すことなんて──。


 大剣を地面に突き刺し、静止する。そんな己の姿に己の優位を感じたのか、フットは高笑いした。


「テメェの仲間で殺してやるよ変質バルドル族ゥ!!」


 ケルスの形をした人形パペットが向かってくる。

 その腕に、煌めく刃を装着させて。


 エイリークは動かない。

 遠くで、レイが自分の名前を叫んだような気がした。


 ただし、勝利を確信したフットにはわからなかったのだろう。

 左手の拳を強く握りしめた、自分の姿が。


「は……?」


 フットの笑いが止まる。

 目の前に向かってきていた土の人形パペットに、拳を突き出した。思っていたより脆かったのか、簡単に拳は貫通していた。やがてそこからヒビが入っていく。

 それらは人形パペット全体に広がり、その幅を大きくさせて。

 ボロボロと、音を立てて崩れ去った。


「なん、で……!?」

「俺は、カーサから必ずグリムとケルスを助ける。そう決めているんだ」

「そ、それでもテメェが今壊したのは──」

「黙れよ。ケルスの形をしたものを俺が壊せないとでも思ったのか?敵が造り出した、ガワだけ被った偽物を!」


 地面に突き刺していた大剣の柄を握り、マナを込めた。


"泣き喚き叫べよ大地"トランブルマン・ドゥ・テール!!」


 地面の中で行き場を失ったマナが拡散されていく。それは大地を揺らし、地響きを起こす。その影響で地割れを作り出し、ひび割れた地面がマナによって形状が変化する。そしてフットの足元を飲み込むと、彼を逃がさないようにとヒビを閉ざした。

 体勢が崩れ、さらにその場から身動きの出来なくなったらしいフット。目標が止まっていれば、目の錯覚なんて関係ない。


 勢いよく大剣を引き抜き、フットへ向かっていく。

 フットの眼前に立ったエイリークはまず、彼の両腕を切り落とす。フットは激痛に悲鳴を上げた。腕がなければ、もっと言えば手がなければ、人形パペットは造れない。今のフットは丸裸だ。


 最後のトドメ。大剣に炎を纏わせ、袈裟斬りにする。


「燃えろ!"炎よ焼き払え"クレマシオン!!」


 人間相手になら、この技で十分だ。

 フットは身体を切り裂かれた痛みに再度悲鳴を上る。彼の全身を、炎のマナが包んで燃やしていく。

 数分ののち、フットは燃え尽くされてやがて絶命した。


 ふう、と息を吐く。戦闘が終わったのか、レイとラントから声をかけられた。


「お疲れ」

「そっちも終わったんだね、大丈夫?」

「心配ご無用!一体残らず片付けたさ」


 ぐ、とラントが親指を上げてポーズをとる。彼らの背後には、粉々に砕け散った土の人形パペットの残骸が残っていた。

 レイが心配そうな面持ちで訊ねてくる。


「エイリーク、その、大丈夫か?」

「大丈夫、心配しないで。俺はカーサからグリムとケルスを助けるって決めてる。それは、あの二人がこれ以上カーサのいいようにさせないってことでもあるんだ。奴らに利用されることのないようにってね。だから例え似せて作られても、もう俺は迷わないよ」


 そう言って笑って見せる。その笑顔を見たレイは、心配は不必要のものだと感じたようだ。笑い返して、とん、と拳で彼の胸を叩いてくる。


「エイリークも、強くなったじゃん」

「そうかな?……うん、そうだといいな」


 にこりと笑って、空を見上げる。レイとラントも、つられて顔を上げる。

 自分たちは、村を守れた。

 あとは、ヤクとスグリだけ。


「スグリさん……」

「師匠……」


 どうか無事に戻りますように。

 そう願わずにはいられなかった。

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