第八十七節 狙われた故郷
エイリークたちは再び軍の高機動車で、急いでガッセ村へ向かっていた。
兵士の報告では、ヤク捜索のためたまたまガッセ村付近を巡回中に、その方角から黒煙が上がっていたことを確認。まさかと思いそこに向かうと、例の
阻止するため、巡回していた兵士たちは散開。一部は村側に加勢、もう一部は村人たちの救出と、残りの数人で軍艦への伝令に走ったのだと。
エイリークは歯ぎしりした。あの時、洞窟内で例の
遠目に村が見えた。今のところ黒煙は収まっているようだが、果たして。ガッセ村で知り合った人たちの無事を祈りながら、エイリークたちは向かった。
******
ガッセ村は、いつかののどかな風景は今は見る影もなかった。地面は黒焦げ、庵の何軒かは破壊されている。高機動車から降り様子を探ろうとして、村の中から加勢していたであろう兵士が向かってきた。
「ベンダバル騎士団長!」
「村人たちは?」
「はっ!無事なものは、ヤナギ氏の屋敷にて匿っております!」
「よし、お前たちはすぐに救援物資を運べ。村人たち全員に行き渡るように用意はした。ソワン、頼めるか?」
「はい!」
指示を受けたソワンが、高機動車に積んでいた物資について兵士に説明をする。スグリは自分の身内たちのことも心配なはずなのに、的確に指示を出している。
「レイ、お前は屋敷に向かってくれ。負傷した村人たちの手当てを頼みたい」
「わかった!」
「エイリーク、お前はカーサの残党がまだ残っていないか確認してくれ。見つけたら自分で対処していい。俺は村の外側を見るから、村の中を頼めるか?」
「わかりました!」
スグリの指示で一斉に動き出す。ガッセ村は幸い、それほど大きな村というわけでもない。一人でも巡回できる範囲だ。万が一逃げ遅れた村人がいないか、周囲に注意を払う。
村は全壊している建物とそうでない建物に分かれている。自分たち行く先にこうも何度もカーサと衝突するなんて。とはいえそれは自分にとっては僥倖だ。それだけグリムやケルスの情報が、入りやすくもあるのだから。走りながら巡回していると、ある一角から子供の悲鳴が耳に入ってきた。速度を上げてその方角まで走り出す。
悲鳴が聞こえた建物の裏に回ると、そこには二人の幼い子供とその子らを襲おうとしていた
「
下から上へ切り上げるように振るった大剣。そこに少量の炎のマナと、大量の風のマナを乗せた。大剣全体から生まれた熱い旋風が
風はすっぽりと
周囲を見渡す。
どうやら襲ってきたのはこの一体だけのようだ。一つ息を吐いて、後ろで震えていた子供たちに声をかける。
「怪我してない?」
できるだけ優しく声をかけると、子供たちが恐る恐る目を開ける。そこでエイリークは気付く。この子供たちは、以前ヤナギの屋敷にいた子供だ。敵意がないことがわかったのか、震える声で子供たちから声をかけられる。
「あ、赤い目のおにいちゃん……!」
「うん、そうだよ。もう大丈夫、俺が必ず守るから」
自分の言葉に、ようやく安堵したのか。子供たちはぼろぼろと大粒の涙を零す。怖かった、と自分にひしっと抱き着いてきた。その小さな頭を優しく撫で、安心させる。
よほど怖かったのだろう。平穏だったはずの村が襲撃されたのだ。その恐怖は計り知れない。
「なんで外に出てたの?」
「こ、これ……」
おずおずと差し出した手の平に握っていたのは、鮮やかな赤や黒紫色をした小さな実。茎や葉っぱも付いていることから、野生のものだろう。ほかの子供たちも自分たちが持てる分だけの、同じ実を持っている。
「これ、クワの実……。村がこんなことされて、みんな、お顔暗いから」
「これね、せーしんあんてー?してくれるから……だから、これ食べれば、みんな元気になるかなって……」
「ナイショで、探しに行ったの……」
「だから、バチが当たったのかな……。ごめんなさい……」
しゅん、と子供たちの顔が暗くなる。なんとも健気なこの子たちを責めるなんて、エイリークにはできなかった。にっこり笑って、もう一度頭を撫でる。怒られるとばかり思っていたらしい子供たちは、その行動の意味が分からないのか、きょとんとしている。
「大丈夫、きっとヤナギさんは許してくれるよ。そりゃあ、最初は物凄く怒ると思うけど……俺も一緒に、ごめんなさいしてあげるから」
「おにいちゃん……」
「みんなの気持ち、ヤナギさんたちもわかってくれると思うよ」
ね、と笑えば、ようやく子供たちにも明るさが戻る。持っていた麻袋を貸して、そこにクワの実を入れる。それを子供たちに託し、手を繋ぎ屋敷へ向かった。
その後は当然烈火のごとく怒っていたヤナギから説教を受けたが、子供たちの気持ちを理解してもらい事なきを得た。少しでも村人たちの心の安寧になればと、クワの実は砂糖と一緒に煮詰めてジャムにするそうだ。持ってきた救援物資のライ麦パンを合わせれば、腹の足しにもなるだろうと。
今更だが、ヤナギもナカマドも無事でいたことに安堵する。彼らはカーサが村を強襲した時、村から離れていたという。幸か不幸か、それが彼らの命を救った。
屋敷に火を放たれる前にミズガルーズの応援が入ったため、屋敷はほぼそのままの形を保てたとのこと。道場も無事である。それ故、今は村人に開放しているらしい。幸いにも屋敷は広く、村人たちの寝床を提供するには十分だった。
しかし食糧庫に火の手が回ってしまったため、栄養失調を引き起こしてしまう者も出始めていた。そんな中自分たちが到着したので、村人たちの中から死者が出ることはなさそうだ。
ヤナギから事情を聞くために、スグリとエイリークは裏庭にいた。レイとソワンには、今は村人たちの治療に専念してほしいとスグリが指示を出していた。後で必ず内容を伝えるからと、レイたちを約束した。
乾いた風の吹く庭に、三人が立つ。スグリが最初に声をかけた。
「爺、どうして村から離れていた?」
「数日前、この屋敷にある男が参られたのです。その者は、アートリテットから来たと申しました。彼の人物から、我らはコウガネの死を告げられました」
一度ベンダバルから縁を切ったコウガネだが、死んでしまった彼の後始末を頼まれたそうだ。その依頼を一蹴しようともしたが、村の付近にはすでに死体から腐敗臭が漂っている。このまま放置して他の村にそれが届いては、責任問題を問われかねないと畳みかけられた。
見え透いた罠だったが、この村の村人たちを路頭に迷わせるわけにはいかないと、ヤナギ自ら村を出ていたと説明を受ける。
「でもそれなら、どうしてナカマドさんまでも村を出ていたんですか?」
その問いに対しヤナギは懐からある紙を取り出し、スグリに渡す。受け取った彼がそれを広げた。エイリークもその紙を覗き込む。そこにはこう記されていた。
"この村より北西にある鉱石洞 世界保護施設より脱出した幼子あり"
"救助 求む"
整った奇麗な文字。その筆跡にどこか見覚えがある。
「ヤクの、文字だな」
スグリが呟く。それに頷くヤナギ。
彼が言うにはこの書置きが、村が強襲を受ける前日に屋敷に置いてあったという。書置きを置いた人物を見た者はいなかったが、その筆跡から信用に値するものと判断。情報が本当なら救出しなければならないと、ナカマドが確認に向かったらしい。
実際その情報は本物だったようで、指定された鉱石洞には手当てを受けた子供たちがいたそうだ。その救出に時間がかかり、ナカマドが村に戻ったのは強襲を受けた後だったとのこと。その子供たちは今も、この屋敷で静養させているらしい。
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