第七十九節 見極め
スグリの言葉に、思わず顔を上げる例の部隊員。意味が理解できない、とでも言いたげである。そんな彼に対して冷静に語った。
「お前は言ったな、持って行った機械が反応したと。そして調査しようと足を踏み入れたところで、カーサとの戦闘になったと」
「それが何か間違いだ……と?」
「問題はそこじゃない。カーサの連中はな、基本的に敵勢力に対して容赦はない。他の部隊員を仕留めておきながら、お前だけを取り逃がすなんて失態は、まず犯さないんだ。それを示す根拠だってある」
思い返すのは、初めてカーサと激突した時のこと。ヴァダースの放った術でアジトは壊滅したが、それと同時に自分の部下もその多くを失ってしまった。一人も生かして返さぬよう、彼らを石に変えたうえでの徹底ぶりだ。その事実が、彼だけが生存したという事実に違和感を与えることになる。
万が一取り逃がしたとしても、魔物の一匹や二匹をけしかけてきてもおかしくはないのだ。何故なら今このアウスガールズ国を支配しているのは、他でもないカーサなのだから。自分たちの意のままに、魔物を配置することだって容易いだろう。
「それにな、その報告を受けた俺は時間を置かずにエイリーク達を、その洞窟に向かわせた。だがその洞窟には、お前が壊されたという機械の破片はおろか、部隊員の亡骸も、飛び散っているはずの肉片も、なにもかもなかったとの報告がある」
「そ、れは……」
「いくらカーサがいたとしても、そこまで証拠を隠滅する必要はない。だろう?」
例の部隊員が口をつぐみ、俯く。
だんまりか、まぁいい。
「俺がお前を呼び出したのは、まずお前に訊ねたいことがあるからだ。……お前の主は、カーサにいるな?」
「は……!?」
「信頼のおける俺の部下の報告によれば、お前は一定時間を超えると仮眠をとるそうだな。それも一分の狂いもなく、決まって十二時間。まるで燃料が切れた艦隊に、それを注ぐように」
「っ……」
「おおよそ人間には必要のない行為だ。確かに人間も休息は取るが、正確な時間に毎度というのは難しい。……仮眠という言い訳を隠れ蓑に、実のところは魔力が尽きる前に、お前の主がそれを補給しているんだろう?」
「……!」
例の部隊員に動揺が見られる。ちらり、と懐中時計を一瞥してから告げる。
「計算だと……あと、10分くらいか?」
そこでいよいよ、例の部隊員が踵を返そうとした。しかしそれは、彼の傍に控えていた部隊員によって防がれる。足元に展開されたと思われる拘束術。それが例の部隊員の足に巻き付いて、足枷となっていた。
スグリはゆっくりと近付き、すらり、剣を抜いた。
ひた、と例の部隊員の首に刃を当てる。
「逃げるということは、俺の推理は外れていなかった、ということだな。元よりお前は俺たちの仲間ではない。ついでに正解を言おうか?……お前、人形だろう?」
「そこ、まで……気付いて……!?」
「他にも聞きたいことがあって、お前たちの罠に乗ったがな……。それはこれから、別の奴に聞くことにする」
スグリはまず例の部隊員の首を斬り捨て、そして心臓付近を突き刺した。体内からパキン、と何かが割れる音が聞こえる。それは
それを見届けてから剣を鞘に納めた。協力してくれた部隊員に礼を述べる。
「協力ありがとうな」
「いえそんな!自分はただ、己にできることを遂行しただけで……」
「それでもだ。お陰で助かったぞ」
「は……はっ!」
最敬礼する部隊員に、後は自分がやると告げる。倒れている人形の残骸を片付けようとした彼に、まだ使うからと断りを入れて。それを聞き受け、部隊員は大人しく引き下がった。
そう。
寧ろこれは、これから使うのだから。
それから数分後、新たな人物が訓練場に入ってくる。その人物は、救出されていたヤクだった。訓練場に入った彼は、床に倒れ伏しているものを見て一瞬動揺の表情を見せた。ただしそれも一瞬のことで、すぐに冷静さを取り戻したようだ。
「スグリ……お前、何を」
「……驚かないんだな」
「驚いてはいる。しかしお前が何の理由もなしに、そんな行動をするなんて思えないからな。何か、そうする他なかった事情があったのだろう」
「なんで俺がコイツを殺したとわかるんだ?」
「ふざけないでくれ。この状況を見て、そう思わない人はいないだろう」
多少苛立っているようで、ヤクは吐き捨てるように苦言を呈する。それでも挑発の言葉をやめるつもりはない。
「この状況、ねぇ……」
「何が言いたい。私は話があるからと、お前に呼ばれてここへ来た。それにいい加減、私を仕事に戻らせてくれないか。救出されてからというものの、お前が私に仕事をさせないようにと指示を出していると聞いた。お陰で救護室に缶詰めだ。私はもう大丈夫だと、何回お前に伝えればいいんだ」
「駄目だ。お前に仕事に戻られたら、迷惑なんだよ」
「スグリ!」
「それにいい加減にするのは、お前の方だ」
取り出したとあるレポート。それは救出されたヤクがしたため、自分に渡してくれたものだ。内容は、連れ去られた時から救出にいたるまでの詳細。それに対しヤクは言われた通りに、状況を事細かく書き示してきた。
「お前が書いてくれた報告書だ。内容を見たが、問題がある個所はない。まぁ完璧なそれだ」
「話をすり替えるな、何が言いたい」
「なんでこんなに、綺麗な文字で書けるんだ?」
「は……!?」
いよいよ感情を表に隠せない程になっていた。憤慨するヤク。それに構わず話を続ける。
「ヤク。お前はまだ自分のトラウマを、克服なんかしていない。ブルメンガルテンの現状を聞いたとき、お前は冷静な、平常心を保てなかった」
「っ……当たり前、だろう……!」
「自分のトラウマを抉られるような現状を知って冷静でいられるほど、ヤク・ノーチェは人間が出来ていない。こんな、いつも通りの文字を、書けるわけがない」
「報告書に私情を挟まないように、しただけだ」
「どうだかな。今は普段の任務とは違う。それにお前の弟子や、その仲間がいる。何処にも逃げ場なんてないんだ。そんな状況で私情を挟まないようにした?笑わせるな。そんな苦しい言い訳が他の奴ならともかく、俺に通用すると思ってんのか?」
沈黙するヤク。まだ他にも理由があるが、伝えるのは次のヤクの反応次第だ。
空気が静まり返る。
やがて聞こえてきたのは、くすくす、と笑う声。
おおよそ彼からは考えられないような笑い方だ。
「あーあ……」
乾いた声が残念と、言葉の外に聞こえた。
「バレちゃったか」
彼の顔で、彼では絶対にしない笑顔で笑う、ヤクの姿をした誰か。
「……誰だ、貴様」
「そうですね。このままの姿でいたら、いつか本当に斬られそうですし。いいですよ、お教えします」
目の前の人物が指を鳴らすと、淡い光が偽物を包む。その中で彼の姿が、徐々に変化していった。
着ていた白い軍服は、黒い制服に。長髪の空色の髪は、短い栗色に。身長も彼より低く。やがて光が収まり、目が開かれる。紫水晶の瞳が、にこりと笑った。
「これが僕の本当の姿です。もう変化はしませんよ」
そして、誰かさんのように丁寧に一礼をして、青年は自己紹介を始めた。
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