第七十八節 真相を見据える

 洞窟でヤクと共に帰還してから数日後のこと。

 彼が戻ったことで世界巡礼の任に集中できる。軍艦に居合わせている部隊員誰もがそう思ったが、スグリは少しだけ留まると指示を出したらしい。まだ任務を遂行できる段階まで、他の問題が片付いていないと告げて。

 戸惑う部隊員もいたが、そこは彼のカリスマ性というのだろうか。隊員たちはすぐに考えを切り替えたらしく、与えられた任務をこなしていた。


 軍艦に戻ったエイリークたちからの報告をまとめ、スグリは一人の部下を呼ぶ。

 先日負傷した隊員に違和感を覚えたという、例の彼。彼に頼んだ監視の結果を聞くためだ。


「どうだ、その後は」

「やはり、違和感は拭えません」

「先日言っていた、機械のように停止することもか」

「監視の結果、一定の時間が経過すると仮眠をとるのですが……。おそらくその時間が、機能停止の状態なのではないかと」


 なるほどと、ある報告書を一瞥してから考える。


「その時間、予測できるか?」

「はい。恐らく、あと5時間程度で本日は仮眠に入るかと」

「わかった。なら4時間後、適当な理由で奴を訓練場まで連れてきてくれ。そこで決着をつける」

「はっ!」


 最後に、その部下にレイたちをここに呼ぶよう伝言を頼む。


 正直、ある迷いを抱えていた。先のガッセ村でソワンから聞いた、ブルメンガルテンのことについて。そこで起きた全ての真実を言うべきか、言わざるべきか。

 ヤクのことを考えれば、言わないことが正解、なのだろう。無闇矢鱈に話していい内容ではない。だが果たして、その正解を維持するだけでいいのか。恐らく彼らも、薄々真相に気が付いている。これ以上隠していても、いずれ知られてしまう。すべての真実を明らかにした方がいいのだろうか。


 だがそれでは、自分は何の為にあいつを、ヤクを──。


 ため息を一つ。


 ……いや、そんなことは今更だった。自分が守ると息巻いていたくせに、結局はこの有様だ。守るもなにも、最初から彼のことを守れてなどいなかった。だからこそ、今までとこれからに、決着をつけなければならない。


 扉がノックされる。我に返り返事をした。

 自分が呼んだ、レイたち三人。執務室内に残っていた空気から、ただ談笑のために呼ばれたわけではないと理解したらしい。表情に若干、緊張の色が伺えた。部屋に入った彼らに、脇に置いてあるソファに腰を掛けさせる。


「……お前たちにも、知っておいてもらいたい。ブルメンガルテンで、何が起きたのか」

「……村が一人の子供に壊滅に追い込まれたっていう……?」


 遠慮がちに、しかし正確にレイが呟く。まさかと思っていたが、やはり知っていたか。それを彼らに教えた人物も、あらかた予想ができた。思わず眉間にシワがよる。余計なことを。


「……ヤナギか」

「その、ごめん。あの時はなんか、師匠にもスグリにも聞けなくて……」

「いや……隠そうとしていたのは事実だ。いつかは言わなきゃいけないとは思ったが、な。お前たちが知ろうとしたことに対して、どうこうは言えない」

「うん……」


 どこまで聞いたか尋ねる。


 ブルメンガルテンが世界保護施設の施設が出来てから、薄暗い村に変り果てたこと。行なっていたことの実態。そこに住んでいた住人たちの本性と正体。

 そして今から十二年前の、悲劇。


 被験者のうちの一人が力の暴走を起こし、瞬く間に村一帯を覆ったことも。暴走したマナが、村の全てを覆い尽くしたこと。

 つまりその殆どを知っていたという。もう答えを知っているも同然だ。頭が痛い。


 ただ、それ以前のことについては知らないらしい。何故、世界保護施設の実験動物になっていたのか。どのような原因で暴走が起きたのか。その結果、どうなったか。

 そのことを口にすることを、スグリは直前まで迷いに迷った。ここで何も言わなければ平行線のまま、何も変わることはない。

 このままでいいと思っていた、以前までは。だがそれではいつまで経ってもヤクは、前に進むことが出来ない。彼は今でも後ろを、過去に向いたままだ。


 いい加減、進まなければならない。例えそれが彼の過去の傷を抉り、深める可能性があるとしても。自分はその罪を背負う。そうでなければならない。


 重い口を開く。

 告げられる真相に、レイたちには果たしてどんな感情が去来したのか。言わずとも、その表情が物語っていた。


 真相を語ると共に、これからのヤク奪還について提案する。

 その最後に、こう宣言した。


「これは、俺と奴で決着をつけなければならない。どう思おうと構わないが、これだけに関しては邪魔は許さない」

「スグリさん……でも……」

「……わかった」

「レイ……?」


 一番反対すると思っていたレイが、素直に提案を飲むことは意外だった。顔を上げた彼はどこか達観したような、そんな潔ささえ感じる表情をしていた。


「俺たちは当事者じゃない。だからスグリのしようとしてることに、邪魔なんてできないよ。でも……邪魔が入らないように、協力することは出来る、と、思う」


 レイの言葉に、口を紡ぐエイリークとソワン。彼らも、理解しようとはしてくれている。ただ心情的な面で、不安に感じているのだろう。だから苦言を呈そうとした。

 我ながら大した我儘を、この子供達に強要させようとしている。それでも、こればかりは他の誰にも手を出されたくはない。

 やがてエイリークもソワンも納得し意を決したような表情で、自分を見据えた。


「……ありがとうな、お前たち」


 今日はもう休むよう告げて、レイたちを解放した。


 肩の荷が下りるということはない。とはいえこれで心置きなく、全てにケリをつける準備が整った。なれば行動しないわけにはいかない。スグリはその時を待った。


 ******


 艦内にある訓練場。その名の通り、隊員たちの訓練のために用意された空間だ。縦にも横にも広く、そこそこの訓練にはちょうど良い場所である。

 スグリは帯刀し、そこに来ていた。例の部隊員に事実を確認するために。

 扉が開き、例の部隊員と指示を受け取った部隊員が入ってくきた。


「連れてまいりました」

「ああ、来てくれたか」


 自分たちのやり取りを、そわそわと窺う例の部隊員。何故自分がこんな時間に呼び出されたのか。そう表情は物語るが、スグリにとっては何処吹く風。さて、と彼に向き直る。


「すまないな、こんな時間に呼び出して」

「あ、いえ、はっ」

「お前に聞きたいことがある。答えてくれるな?」

「自分で答えられるものでありましたら」

「構わんさ」


 まだ殺気は消して、あくまで普段のように接する。自分の計画が知れてしまっては、元も子もない。一つ一つ、関心を向けるように尋ねる。


「お前、所属はどの部隊だ?」

「自分は、捜査部隊の所属です」

「捜索の時の状況を、もう少し詳しく教えてくれないか?」


 自分の質問にレイの隊員が答える。

 あの時見つけた名もない洞窟付近で、自分が捜索のために持って行った機械が反応したのだと言う。その機械は周囲の魔力濃度を測る機械であり、濃度が高いほど反応が強く表示されるというもの。その機械が指し示した魔力反応値は高かった。

 自分達以外に魔力が強い人物は、ヤクを置いて他にはいない。ならばここに、彼が捕らえられていると推測したらしい。調査しようと足を踏み入れて、直後にカーサと戦闘した。力及ばず、ということを一通り説明された。


「じゃああの時、ヤクの魔力反応を感じたという報告は嘘だったんだな?」

「申し訳ありません!あまりにも反応値が高かったために、ノーチェ魔術長と勘違いしてしまいました」

「まぁ、間違いは誰にでもある。それで、お前の持って行ったという機械はどうしたんだ?破壊でもされたか?」

「はっ……。重ね重ね、大変申し訳ありません」


 深く頭を下げる彼に、スグリは──。


「なぁ……」


 剣のある眼差しを向け、言い放つ。


「三文芝居はもうやめろ」


 空気を一閃するような、鋭い雰囲気を身に纏うのであった。

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