第八十節 もう一人の最高幹部
「お初にお目にかかります。僕はカーサの最高幹部の一人、コルテ・ルネと申します。以後、お見知りおきを」
カーサ最高幹部。その言葉を聞いて既視感に納得する。あの所作、まるで自分が知っているカーサの最高幹部のそれに酷似している。
それにしても、カーサの最高幹部がもう一人いたとは。てっきり──。
「てっきり、カーサの最高幹部はヴァダース様だけだと思っていました?」
にこ、と笑うコルテと名乗った青年。見た目は好青年なのだろうが、敵対している身としてわかる。笑ってはいるが、隙というものを一切感じない。ひどく丁寧に殺気を隠している。知ってか知らでか、彼は続ける。
「まぁ、僕は確かに表舞台にはあまり出ませんからね。こうやって正体を知られることだって、多くないんです」
「お前の存在を知らない人が多いのは、お前の正体に気付いた人物が現れたときにその都度処分しているから。……違うか?」
「あーそこまでわかっちゃいましたかぁ。これは今回の任務は、一部失敗です」
言うや否や、コルテは腰に下げていた銃を引き抜いた。
瞬間、乾いた銃声が訓練場に響き渡る。
そのあと一瞬遅れて、何かしらの金属片が二つ、床に落ちる音が聞こえた。
表情を少し歪めたのは、コルテの方だった。
スグリは床に伏していない。
武器を振り下ろした体勢で、前を見据えていた。
「……、あはっ。凄い凄い!僕の抜打ちの銃弾を真っ二つに斬り伏せるなんて!そんな人、貴方が初めてですよ?ガンマン冥利に尽きるなぁ」
「それはどうも、とでも言っておこうか」
「さすが、大国の軍の部隊長ですね。大体の人は今ので簡単に死んでいたのに」
がっくりと肩を落とす姿は本当か演技か。
仕方ないとぼやいて、彼はホルダーに銃をしまう。その様子を見てこちらも刀を鞘に収める。
「聞きたいことがあるんです。どうして、僕らが偽者だってわかったんですか?」
撃たないから聞かせて下さい、と。彼は両手を胸の前で広げて訊ねる。警戒心はそのままに、ならばと答え始めた。
「最初からおかしいとは思っていた。さっき斬り伏せたコイツからの報告は、そもそも信用に値しないものだった。見え透いた罠だったが、情報を得るためには直接見た方が早いと思ってな。あえて乗った」
「ふぅん……。じゃあ、全部知っていたんですか?」
「エイリーク達を向かわせたときは、まだ正体の手掛かりは少なかった。のちの報告で、カーサには優秀な
足元に転がっていたブリキの人形の一部。それを足で踏み潰す。
次にヤクが偽物だということについてを語る。
ヤクが連れ去られたあの時、ヴァダースが言った言葉と洞窟内の状況に違和感を覚えたのだ。ヴァダースはヤクを連れ去った時、個人的にこの彼──ヤクに興味があると言った。
自分の見る限り、彼は執念深い人間だ。一度手にしたものは、そう簡単に手放さないはず。現にグリムとケルスは、いまだ捕らえられたまま。
それにも関わらず洞窟内では、ぞんざいに扱ってはいたものの、撤退するときヤクだったコルテを回収しなかったと聞いた。どうぞ持って行ってください、と言わんばかりの放棄っぷりだったとのこと。例えるなら据え膳を用意されたようなものだ。
「それを知った時点で、俺はお前に疑念を抱いた。だから仕事に戻らせず、部下に監視を命令して医務室で軟禁していた。軍の機密情報を、お前に渡すわけにはいかないからな」
「あの対応には正直参りました。お陰で僕の優秀な
「そして極めつけが、あの綺麗な報告書だ。いくら真似ようとしても、あいつも人間だ、機械のように感情を抑えきるなんてことは、このアウスガールズの地においては不可能なんだよ」
「鋭い観察眼に洞察力。……成程、道理で失敗するわけです。ただ、訂正する箇所が一つありますよ」
その時だけ、笑顔が消えてコルテの本当の顔が見えた気がした。こちらを真っ直ぐに見据え、間違いを正すような口調で言い放つ。
「ヴァダース様は、貴方の言うような執念深いだけの人じゃありませんよ」
一瞬、貫くような鋭い視線を受ける。
この青年は、ヴァダースを心から尊敬している。そんな気概さえ感じとれた。
「でもまぁ、僕が言ったところで理解はしないでしょうけども」
はぁ、と盛大にため息を吐く。
項垂れるコルテに、次はスグリが訊ねた。
「今度はこちらの質問に答えてもらおうか。……本物のヤクは何処だ」
「知りたいですか?でも……僕たちは敵対関係ですよ?そう簡単に教えると思います?」
そう言うなり、体勢を低く構え、いつでも銃を抜ける状態になるコルテ。やはり直接聞くのは難しいかと、抜刀の構えをとる。
緊迫する空間内。鋭く研ぎ澄まされる感覚が流れる。
いざ、というところまで緊張が走る。
そして──。
突如としてコルテがやめた、と構えを急に解いた。
「……何の真似だ」
「なんのもどうも、間に合わせのこの銃では貴方に勝てませんから。さっきの抜打ちで、それは証明されちゃいましたし。弾を切られては、ガンマンとしては負けも同然です。だから、僕は大人しく撤退することにします」
言いながら彼がポケットから取り出したのは、手のひら程度の大きさの鉱石。エイリーク達の報告にあった、空間転移の陣を展開するためのものだ。止めるよりも先に、コルテが床に叩きつける方が一手早かった。赤い光が煌々と輝く。
「居場所はお教えできませんけど、ヒントなら与えてあげますよ」
静かに、しかし正確に。消える直前、思いついたように彼が告げた。
──彼岸花に誘われ冬は雪解けを覚える。
──白詰草が咲き乱れたあとには、大輪の睡蓮の花。
コルテはまるで謡うように、楽しそうに言葉を紡ぐ。
その真意を問いただす前に、彼は赤い光に包まれて消え去ってしまった。
再び静寂が戻った訓練場。
言葉の答えを考える。あれはどういう意味なのか。
冬とは恐らく、ヤクのことを指している。その彼が、雪解け。消えてなくなる。いや、言葉通りに受け取るということではないだろう。それなら"覚える"なんて言葉は使わない。
雪解け。解ける。取り除くこと。何を?何を取り除くことを、ヤクは知った?
それに彼岸花に白詰草、睡蓮の花。咲く時期もばらばらだろうに、関連性なんてあるはずが──。
「まさ、か……」
考えたくなかった答えに、辿り着く。頭をよぎったのは、先日部下から提出された、報告書。そこに記されていた内容。
ブルメンガルテンを中心に半径5キロ圏内の村で起きている、何者かによる襲撃事件。村は壊滅状態、被害は様々。襲撃を受けた村の生存者は、ゼロ。人っ子一人生き残った人物はいない、ということ。村に転がっているのは、その村の住民だったであろう、死体。
今考えれば、襲撃を受けた村には、とある共通点があった。
なんでもっと早く気付かなかったんだ。己への怒りと情けなさを噛みしめ、急いで自分の執務室に戻ると、地図を広げた。襲撃を受けた村に、印をつけていく。
「っ……!」
印をつけながら、それでもどうか間違っていてほしいと願っていた。だが書き記された地図の印を見て、その願いは儚く散る。
襲撃を受けた村の共通点。それは、その村には大小を問わず、世界保護施設の実験施設があるということだ。
襲撃犯の狙いは、村を支配することではない。村を、実験施設諸共破壊すること。世界保護施設は、自分たちに協力する村には多大な援助をする。村もそれならばと、彼らを受け入れる。そんな腐った風習が、そう簡単になくなるわけなんてなかったんだ。
「どうしてだ……!」
襲撃犯はカーサでも、ましてや世界保護施設でもない。
こうなってしまったのは、自分の責任。そんなこと、わかっていたはずなのに。
握りしめた拳が痛い。
「ヤク……!!」
絞り出した慟哭が、虚しく響いた。
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