第七十六節 手がかりの先

 負傷した部下の人から話を聞いた翌日。スグリに頼まれ、レイとエイリーク、そしてソワンは例の洞窟へと向かっていた。洞窟に向かう前、スグリに忠告された言葉を思い返す。


「いいか、これは明らかに罠だ。カーサか世界保護施設かはまだ判断がつかない。それを見極めるためにも、お前たちに調査を頼みたい。常に警戒はしていてくれ」


 敢えて敵の罠に乗る、という選択肢をスグリは選んだ。彼が何か策を講じている。なら自分たちは、その手伝いをするだけだと。エイリークたちの意見はそこに落ち着いた。

 洞窟までのルートは、話をしてくれた負傷者の彼が伝えてくれたという。道の端々に血痕がある辺り、道の間違いはないらしい。


「罠だとして、いったい何のために罠なんて張るんだろうな?」


 レイの疑問に、首を傾げる。しばらく考えてみたが、これといった予測が出来ない。対してソワンはある程度考えはついているらしく、多分、と言葉を漏らす。


「カーサだとしたら、こっちの戦力ダウンとレイの確保。世界保護施設ならエイリーク、じゃないのかな」

「カーサはともかくとして。世界保護施設にそんな、戦える奴なんているのか?」

「話を聞いただけだと、世界保護施設って交渉でヒトを手にしてるよね。戦ったって話は聞いたことがないよ」

「それはボクもだけど、考えられないことじゃないかなーって思ったんだ。いくら強くても、ヒトは基本的に薬品に弱いでしょ?事前にそういったものを仕込ませて罠にかけたりとかは、しそうだなって」


 なんせ姑息な手段、という点においてはカーサにも優る勢いなのだから。そう話すソワンの言葉には妙な説得力がある。そういった手法もあるかと、納得する。


 そんな会話を交えながら歩き、洞窟の入り口に辿り着く。話の通り、至って普通の洞窟であることに間違いはない。マナが豊富に漂っているかと尋ねられれば、そうではなく。かといって枯れている、というわけでもない。程々に良く、ありきたりな洞窟だ。ただし洞窟とあって、陽の光は入り口までしか入り込めていない。

 周辺付近にヒトの気配もない。魔物の気配もないことに多少違和感を覚えつつも、何事もないことに安堵する。

 ここに、本当にヤクがいるのだろうか。足踏みしている時間がもったいない。いることを祈りつつ、洞窟へ歩を進めた。


 中はやはり薄暗く、レイの杖の核に光のマナを集め松明代わりにした。そうして進まなければ、足元すら覚束ない。


「なんか、虫が寄ってきそうだね?」

「オイ人を街灯みたいに言うなよ」

「あはは冗談だよ、助かってるって」

「あのねぇ、スグリ様に言われたでしょ?警戒しておけって」


 警戒はしている、と笑いながらも答える。実際、進みながら辺りに自分たち以外の気配がないか、神経を尖らせている。今のところ、入り口と同様に誰の気配もない。


 数メートル歩いた先で、急にレイが足を止めた。何か見つけたのだろうか。声をかける前に、彼がぽつりと呟く。


「師匠……!?」


 その言葉を追うように、エイリークもまた視線を彼に合わせる。視線の5メートルほど先。見えたのは地面に横たわる空色、土汚れに汚された白の軍服。

 見間違うはずもない、カーサに連れ去られたはずのヤクだ。レイが思わず駆けだそうとした。その瞬間に感じる、洞窟の奥からの殺気。制止をかける前に、レイは飛び出す。


「師匠!」

「レイ!」


 感じる殺気が一段と強くなった。それがレイに衝突する前にと、エイリークは大剣を振るった。そこで、あることに気付く。

 以前より大剣が軽くなったように感じたことが、まず一つ。そして振るった大剣の風圧が、思った以上に強くなっていると感じたことが、一つ。以前より圧倒的に、大剣が手と体に馴染んでいる気がする。これが修行の成果なのか。ヤナギの下でこなしていたことへの結果に、思わず武者震いしそうになる。


 エイリークの放った風圧に、なにかがカラカラと鳴る。一瞬ののち地面に倒れ伏したそれらは、ブリキの人形だった。腕の部分に回転式のカッターが埋められているそれらは、明らかな敵意。レイも足を止め、臨戦態勢に入ったようだ。

 奥から聞こえてくる足音。一人分だ。暗い洞窟内でよく見えないが、輪郭が浮かび上がるとともに正体を認識できた。黒い制服、カーサ。


「ちぇ、おとぼけ巫女さんを捕獲できると思ったのにねぇ」

「そこをどけ!」

「ああ?そんなにこの人間が大事?」


 カーサは気を失っている状態をいいことに、ヤクを足蹴にする。それを見たレイの肩が震えた。杖の核にマナが収束していくのが、見てとれた。


「そこをどけって……言ってんだろ!!」


 放たれたレイの攻撃魔術。カーサに直撃する直前、彼の目の前に立ちはだかったブリキの人形。それがレイの攻撃を、なんと丸呑みにしてしまう。今度はそのまま、レイに特攻を仕掛けてきた。一歩出遅れるレイ。彼の眼前で一層と光り輝く人形に、嫌な予感を感じて。

 咄嗟にレイの腕を引いて自分の背後に追いやり、すかさず大剣を振るう。


"炎よ焼き払え"クレマシオン!!」


 炎を纏わせた大剣で、人形が飲み込んだレイの攻撃諸共叩き割った。爆発する前に燃やし尽くす必要があったためだ。直前の出来事だったため回避は不可能だったのだろう、ブリキは脆く崩れ去る。


「あーあ燃やしやがって。逐一造り上げんの面倒だってのに」


 やれやれ、と肩を竦めるカーサの男。不意を突いたソワンの銃弾を、難なく防ぐ。


「それにしても、ガッカリさせんなよ。折角女神の巫女ヴォルヴァに逢えたんだ。もうちょっと楽しませてくれや、なぁ!?」


 男が右手を横に翳す。洞窟の壁だった部分が動き、ヒト型を形作る。粘土が捏ねられて形成されていくように、ありえない動きをしながら。

 エイリークは今しがた聞いた言葉や状況を見て、男の正体の可能性について考えた。"造り上げた"という言葉に、今形作られている"人形"のようなもの。総合的にまとめると、ある答えに辿り着く。これは、この男の正体は。


「お前……人形使いパペットマスターか?」


 人形使いパペットマスター。自分の意のままに傀儡を生み出し、操る能力を持つ者。

 以前、自分がカーサのルビィによる術で使役されたそれとは違う。人形使いパペットマスターが魔術で操るのは、自分が造り出した人形だ。人形と定義付ける素体を埋め込めば、流動体である水ですら自分の傀儡とできるとされている。簡単に説明するなら、カーサのルビィの上位互換のようなもの。


「へぇ。少なすぎるヒントから、よく答えに辿り着いたもんだ。褒めてやるよ変質バルドル。そう、俺はカーサ随一の人形使いパペットマスター、フット・ケントニス。自己紹介はこれでいいだろ?」


 男が手を握る。ピキ、という音と共に完成した岩石の人形ゴーレム


「んじゃまぁ、死ねや」


 フットが右手を突き出す。そんな彼の動きに連動して、岩石の人形ゴーレムも右手を繰り出してきた。それを回避し、レイと共にソワンがいる場所まで下がる。大きい見た目のわりに、機敏な岩石の人形ゴーレムだ。


「二人とも、あの岩石の人形ゴーレムを破壊して奴に攻撃できる?」

「破壊はできると思う。でもそれに加えてあいつに攻撃できるかどうかは、ハッキリ言って自信ない」

「右に同じく」


 ソワンは少し考えた後、耳打ちしてくる。とある作戦だ。


「成功するかどうかは、エイリークにかかってるよ」

「わ、わかりました……!」

「大丈夫、俺は信じてるから」


 そう言うや否や、レイが目の前に飛び出す。詠唱して、布陣を展開させた。

 洞窟内にいくつも浮かび上がる、光のマナで作り出した球体。洞窟内に一気にそれら出現したことで、夜のような空間が途端に明るくなる。レイはそれをすぐに発動させずに、じっと相手の出方を見ているようだ。


「へぇ、巫女さんが前衛だなんて珍しいじゃねぇか。そんなに俺に術を見せつけていいのか?」

「言ってろ」


 停滞が続く。業を煮やしたのは、フットが先だった。

 再び岩石の人形ゴーレムが右手を振りかざす。


 待っていたのは、そのタイミングだ。

 レイが古代魔術らしき言葉を口に乗せる。


「ライゾ!」


 瞬間。あんなに照らされていた光が消失し、再び洞窟内が暗闇に包まれる。

 急激な変化に、フットはだいぶ狼狽えたようだ。困惑の声をあげるばかりで、攻撃してこない。いや、攻撃できないのだろう。何せ、

 いくら優秀な剣士であろうが、魔術師であろうが。そして人形使いパペットマスターであろうとも。ヒトの目が暗闇に慣れるまでは、時間がかかってしまうのが当然だ。そうなる前に、何か工夫をしていなければ。


 そんな暗闇に狼狽するフットの姿がエイリークには──。


(うん……。よく見える!)


 手に取るように、わかっていた。


"切り裂く炎の台風"オラージュ・ドゥ・フランム!」


 炎のマナで大剣に炎を纏わせた上に、重ねて風のマナを与える。下から上に切り上げるようにして、大剣を振るう。狙うは右肩。恐らくフットの利き腕。


 暗闇の中のため、反応が遅れたらしいフット。

 大剣の柄を握っていた手に、確かな手ごたえを感じた。

 苦悶するフットの声が耳に届き、それを合図に後退しながらレイを呼ぶ。


 次にレイが先程まで敷いていた布陣の光の球体を、一斉に岩石の人形ゴーレムに放つ。避けきれず直撃を受け、岩石の人形ゴーレムは大きな音を立て崩れ落ちる。


 空間が明るくなる。

 トドメと、ソワンが銃をフットに放った。

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