第七十五節 必死に手を伸ばす
軍艦にあるスグリの執務室。ソワンから伝えられ、編成された部隊からの報告書に目を通す。ヤクを救出するため、少しでも多く情報が欲しい。そのための編成部隊だ。
ウールズの泉から帰還してから、スグリはそのために缶詰めになっている。ヤクの目撃情報は未だにない。その代わり、気にかかる情報が入ってきた。
ここ数日、ブルメンガルテンを中心に半径5キロ圏内の村が、何者かに襲撃を受け壊滅状態になっているという。大きい村から小さい僻地の村まで、被害は様々。
襲撃を受けた村の生存者はゼロ。人っ子一人生き残った人物はいないと記載されている。生存者の痕跡はおろか、魔物の死骸もない。あるのはその村の住民だったであろう、死体のみとのこと。
カーサの仕業か世界保護施設の仕業か。はたまた第三の存在か。いかんせん手詰まりな状況が続いている。とはいえ、そればかりに気を取られてはいけない。本来の世界巡礼の任務も、遂行しなければならないのだから。休んではいられない。
新しい報告書に目を通そうとして、部屋のドアがノックされる。短く入れ、と返事を返す。開かれたドアの先には、心配の二文字を顔に貼り付けたレイたちがいた。
彼らがここに来ることは、予想ができていた。軍艦に戻ったきり、自分はこの執務室からあまり出ていない。大方、そんな己を心配しているのだろう。だが悠長にしている時間はない。今は少しでも有力な情報が欲しいのだから。
勝手知ったる執務室にズカズカ入り込み、机に乗り上げる勢いでレイが一番最初に口を開く。
「スグリ、ちょっとは休めよ!」
「休んでいる」
「嘘だ!今日だって一度も部屋から出てないだろ、これで何日目だよ。部下の人たちも心配してる!」
「大丈夫だと言ってるだろ。俺の状態は俺が一番理解している」
「だけど……!」
言葉尻が強くなるのは、心配の裏返しからだろう。レイたちの言い分も、理解できないわけではない。ありがたいと思っている。
ただここで今自分が休んでは、それこそ手遅れにもなりかねない。取り返しのつかない事態になる前に、問題を片付けなければならないのだ。彼らを部屋から追い出そうとして、エイリークが話し始めた。
「スグリさん。以前、俺に言ってくれましたよね。一人で抱え込みすぎだ、今お前は一人じゃない。言いたいこと、言わなきゃならないことは言葉にするんだって」
「ああ、言ったな」
「だから、言葉にします。スグリさんだって一人で抱え込みすぎです!ヤクさんがカーサに連れ去られたことは、俺にだって責任がある。俺たちに出来ることは、手伝います!だから無茶しないでください!」
その言葉に、今度はソワンが続く。
「差し出がましいかもしれませんが、自分からも言わせてください。自分たち部下を、信じてくれませんか?みんな貴方を信じて、貴方に付いてきてます。貴方が見込んだ方々です。だからもっと、使ってください。利用してください!そのために、自分たち部下がいるんです……!」
彼らの言葉に、思わず視線が上がる。資料を捲っていた手が止まった。
思い出すのは、この世界巡礼の任を拝命した時のこと。自分の部下の中から、信頼に値する人物たちを選び抜いた。自慢の部下たち。自分が彼らを信じているように、彼らもまた自分を信頼してくれている。
そんな当たり前のことに、気付けないでいた。ヤクが拉致されて空いてしまった穴を、自分一人で埋めようとしていたのか。それが単なる、独り善がりだということも考えずに。
こんな、まだ子供である彼らに言われるまで、自分の視野が狭くなっていたとは。いつもヤクに対して言っている小言が、自分に返ってきたように思えた。
肺に溜まっていた濁りを吐き出すように、大きく息を吐く。力が抜けてしまった。
そんな自分を、憂わしげな表情で窺ってくるレイたち。
「……そうだな。お前たちの言う通り、か」
「スグリ……?」
「……すまなかった。これでは部隊全体の士気が下がるのも、当然だな」
力なく笑う姿を見て、レイたちの表情からも緊張が解けたようだ。自分の意図を汲んでくれたのだろう。そうだよ、なんて茶化される。立ち上がり身体を伸ばした。凝り固まってしまった筋肉が、久々の伸縮に喜んでいる。
「なんか食う?まだ食堂開いてるだろうし、取ってくるよ」
「自分で行くさ。お前たちの方こそ──」
休める時に休め、そう言おうとしてノック音に遮断された。部下の一人だろう。先程と同じように短く返事をする。失礼します、と断りを入れてから入室した部下は、少し焦っている様子だ。
「どうした」
「申し上げます。編成部隊より負傷者が出たため、一時帰還させました。有力な情報を得たようなのですが、そこでカーサと接触、負傷したと。今は医務室にて休息をとらせております」
「ノーチェ魔術長を見つけたのか?」
「申し訳ありません。そればかりは分かりかねます」
「わかった。俺から直接話を聞こう。医務室だな?」
「はい」
よし、と動こうとして部下がまだ、何か言いたそうな表情であることに気付く。
「なんだ、煮え切らない表情だな」
「あ、いえ……」
「気にかかることがあるのならば、今のうちに言っておけ」
「……それでは、一つ申し上げます。あくまで自分の主観なのですが、かの者へ幾分か不信感があるのです」
「不信感?」
「はい。編成された部隊に、その者がいたかどうか。それが不明瞭なのです。部隊員の顔は確かに覚えております。しかし、帰還した彼に至ってはどうも……」
部下の言葉を聞き、自分の中で噛み砕く。部下一人一人の言葉は信頼に値する。編成部隊については、確かに自分が指示を出した。ただし組んではなく、部下たちが独自で選び抜いた人選だ。その一人が覚えた違和感。
「……今のこと、他には?」
「いえ。自分の気のせいではとも感じたので、己のうちに留めておりました」
「不穏分子は、早いうちに取り除かねばならない。何もなければそれでよし。その人物の監視、頼めるか?」
「はっ!拝命いたします」
部下の返事を受け、改めて医務室へ向かうことにした。気になるからと、結局執務室にいた全員で、負傷者した人物の話を聞くことになった。
医務室の簡易ベッドで、その人物は横になっていた。負傷していたと聞いたが、大きな怪我は負わなかったらしい。手当てされた手足が痛々しいが、見た目ほど酷くはないとのことだ。
なるほど確かに、先程報告に来た部下の言っていたことを理解した。彼には違和感を覚える。似たような顔の部下はいるが、彼に対する記憶が曖昧になっている。これは部下からの話を聞いていなければ、その違和感に気付くことも難しかっただろう。
「ベンダバル騎士団長……。申し訳ありません、おめおめと帰還いたしました」
「命あっての物種だ、よく無事に戻ってきてくれた。早速で申し訳ないが、話を聞かせてくれないか」
「はい」
負傷者した部下が話し始める。
この人物が調査に出た翌日のことだった。
その時はブルメンガルテン周辺の調査ということで、彼を含む三名の人員で行動をしていた。そして見つけたのがブルメンガルテンより1キロほど離れた、名もない洞窟。
なんの変哲も無い洞窟だったが、ヤクの魔力らしき反応を感じたらしい。これは確実に何かあると調査しようとしたところに、カーサと接触。元より調査のための編成だったため、交戦するも戦力不足により敗退。他の二名を救出することもできず、そのまま撤退してきてしまったのだと言う。
この報告を聞き、確信する。これは明らかな誘導だと。そもそも有力情報が一つもなかった状態から、どうしてその洞窟を割り出せたのか。こんなに容易く見つかるのなら、今ここで四苦八苦することもないはず。
さらに何故、負傷者の彼がヤクの魔力反応が分かるというのだろうか。確かに鍛錬を受けた者は、マナを感知することが出来る。とはいえそのマナが誰のものかを理解するには、それこそ長い時間と厳しい修行を積まなければならない。
見たところ負傷者の彼は、そこまで修行を積んでいる人間には見えない。いったい何が目的か。ただ今は、敢えてその罠に乗ってみることにした。
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