第六十八節 すれ違う心二つ

「殺されたって……それって、どういう、ことですか?」


 思わず尋ねる。言葉の意味は理解できた。とはいえ内容について、あまりにも分からないことが多すぎる。そもそも、村が殺されたという表現は、本当に正しいのだろうか。誇張しての表現ではないのだろうか。


「言葉のままよ……。正確には殺してしまった、という表現の方が近しいな。ブルメンガルテンは、たった一人の少年によって村の命を終えたのだ」

「一人の少年……?子供が……?」

「左様。先程述べた通り、ブルメンガルテンには世界保護施設の施設が存在した。あ奴らは、酷い実験を繰り返していた……。被験者は全員が幼子。時にはその子供たち相手に、複数人で凌辱なども行っていたそうだ」

「そんな……」


 ブルメンガルテンに住む住人たちは、彼らから資金的な援助を受けていたらしい。それどころか欲の捌け口として、被験者の子供を生贄として貸し借りしていたとのこと。そんな状態が数年と続き、ある雨の日に事件が起こったのだと話すヤナギ。

 当時のベンダバル家の領主とその息子であったスグリも、悲劇を目撃したのだという。被験者のうちの一人が力の暴走を起こし、それらは瞬く間に村一帯を覆った。暴走したマナはブルメンガルテンにある全てを包み、その時間を停止させてしまったと言うのだ。

 人っ子一人、草木や虫、そこに流れる空気でさえも。生きるもの全ての時間を止め、凍てつかせた。春が来ても決してそれは溶けることなく、今もその時間を留まらせたままだという。


「待って!凍てつかせたって……じゃあその村は、凍り付いてるってことですか!?」

「然り。故にあの村はこう呼ばれておる」


 殺された村、通称『死に村』と。


 ブルメンガルテンの今の話を聞いて、レイの脳裏に一人の人物が浮かび上がる。


「……その、ブルメンガルテンを殺したっていう少年は……今も生きているんですか?」

「さて、どうであるか……。息災であれば、とは思う。村を殺したといえど、彼は村の中では一番の被害者であったからな……」

「そう、ですか……」


 これ以上自分が話せることはない、とヤナギから告げられる。自分たちも聞きたいことは聞けたので、彼の部屋を後にした。

 廊下を歩く。しばらく沈黙がレイたち三人を包んでいたが、最初に口を開いたのはエイリークだった。


「ねぇ……ブルメンガルテンを殺した犯人って、もしかして……」


 彼の言葉に、ソワンも頷く。彼らも犯人に心当たりがあったようだ。自分も同じく、ある人物を思い浮かべざるを得ない。先程のあの態度にも納得がいく。でも──。


「……俺はあの人が、何の理由もなしにそんなことするするなんて、思えない」

「レイ……」

「俺は、疑うよりも信じたい。そっちの方が断然いいじゃんか」

「そう、だね……。レイが信じるっていうんだ、なら俺も信じてみたい」

「あの人の人となりを知ってる人は、みんな信じると思うよ。ボクもだけど」


 三人で笑い、落としどころを決める。

 そう、信じたいんだ。あの人は、そんな人じゃないって。だからいつか、自分のことも信じてほしい。そう思ったレイであった。


 ******


 翌日。

 屋敷を発つのは昼頃になるとのこと。屋敷を発つ前に話しておこうと思い、ヤクとスグリを探す。迷惑になるかもしれないが、これは自分自身にとっても大事なことなのだ。さすがに告げておきたい。

 するとある部屋で会話をしている二人を見つける。装いもいつもの軍服に変わっていた。意を決して、声をかける。


「師匠、スグリ、ちょっといい?」

「レイ?どうした?」


 振り向く二人。ヤクの様子はいつもの、自分が知っている彼に戻っている。ただ少し、疲れているような雰囲気は感じてしまった。気にはなるが、あることを告げるために向き合う。


「俺、軍艦に戻る前に行かなきゃならない所があるんだ」

「行かなきゃならない場所?何処だ」

「……ウールズの泉。そこで俺、逢わなきゃならない人がいるんだ」


 レイの言葉に、少し空気が張り詰めるのが分かった。スグリが理由を尋ねる。


「ニールヘームで二人に再会した時に、伝えたよね。俺は女神の巫女ヴォルヴァだって、言われたこと。フヴェルゲルミルの泉で、ウルズっていう運命の女神に、俺に宿る力について伝えられたこと」

「……それがどうした」

「俺、どうしてこの力が自分にあるのか知りたいんだ!ウルズは、ウールズの泉にいるスクルドって女神に聞けば、全てを教えてくれるって言ってた」

「……」

「知れば今よりもっとこの力の使い方もわかる、もっと強くなれるかもしれない。守れるものが増えるかもしれない!だから──」

「くだらん。その力が本当に、女神の巫女ヴォルヴァの力であると証明できる手立てはない。お前の思い違いであることも否定できまい」


 ヤクは聞く耳を持たなかった。自分の言っていることが間違いだと、信用できないと。ここまであからさまに否定されたことは初めてだ。思わず頭に血が上る。


「なんだよ、師匠はどうして信じてくれないんだよ!?」

「信用に足るものがないからだ。それに、お前の我儘に付き合えるだけの時間は私たちにはない。そもそもそんな得体のしれない力を使ったところで、強くなれるわけがないだろう。甘い考えもいい加減にしろ」

「時間がないことはわかってるよ!本当はこんなこと言っていい立場じゃないってことも、わかってるさ!でも知ろうとして何が悪いんだよ!?俺のこの力は確かに存在するんだ、使えるんだ!思い違いなんかじゃなくて、実際に!」

「それが甘えだと言っている!」


 ヤクが怒鳴り、胸倉を掴まれる。どうしてここまで激高するのか、理解できなかった。その騒ぎを聞きつけて、エイリークやソワン、ヤナギも部屋に入ってきていたようだ。動揺するよりも先に、ヤクが続けざまに話す。


「第一、ヘルヘームでの出来事もどうせ絵空事だろう!?証明できる手立てもない、お前の言葉だけでそれを信じろという方に無理がある!」

「そうやっていつも……!師匠は俺の夢の話とか、女神の巫女ヴォルヴァの話は聞こうともしないし信じないじゃんか!それでも聞いてほしいから、俺はこうやって!」

「そんな夢まぼろし、未知の力があるわけがないだろう!お伽話でもあるまい!!そんな独りよがり、自分勝手に、仲間全員を巻き込むつもりか!?」

「そうは言ってねぇ!自分にできるかもしれないことを、ただ知りたいだけなんだ!師匠の分からず屋!」

「誰がお前の戯言を信じれるものか!そんなにその妄想を信じたいのなら、勝手にするがいい!!ただし二度と私の弟子と名乗るな!お前は現時点で破門だ!!」

「上等だよ石頭!どうせ俺が強くなることに嫉妬してるんだろ!?」


 思わず口をついて出た言葉。


「この、いい加減に──」

「いい加減にしろお前ら!!」


 スグリの一喝する声が響く。強引にヤクから引き離され、落ち着けと叱責された。怒りで前が見えなくなっていると。指摘されてやっと、肩で息をしていたことに気付く。しかしヤクを許せる気分にはならなくて。


「……先に軍に戻る。ヤナギさん、数日間お世話になりました。それと、屋敷の馬をお借りします」

「ヤク……」


 一礼すると、ヤクは自分に振り返ることなく背を向けた。重い空気が残る。


「レイ……さすがにさっきのは、言いすぎだと思うよ」

「だって……」


 あんな真っ向から否定されて、腹に据えかねたのだ。反省はしているが後悔はしていない。スグリから嗜めるように言葉をかけられる。


「レイ、お前の言い分もわかる。でもな、ヤクの言っていたように未知の力を使ったからって、強くなれるわけでもない。原理を理解しなければ、それがどんな影響が出るともわからない。お前のその女神の巫女ヴォルヴァの力は、知らないうちはあんまり使うべきではないと思うぞ」

「スグリまで疑うのかよ……」

「そうは言ってない。ただ、物事を見極めろと言ってるんだ。何も俺は否定するつもりはないが、あまり頼りすぎるのもどうかと思う。お前には、せっかくヤクから教わった魔術がある。それを信じないで、巫女の力だけを使い続けるのか?」

「それは……」

「……少しだけなら時間が取れる。ウールズ泉への行き方はわかるのか?」


 その問いに一つ頷いて答える。スグリは軍艦に戻る前なら泉へ行く許可をくれた。ただ今すぐにではなく、一時間ほどしてから向かうとのこと。自分を落ち着かせるためだという。大丈夫だと反論したが、命令だと言われてしまう。

 仕方なしに、レイはエイリークたちと休息をとることになった。

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