第六十七節 息吹が途絶えた村
ベンダバル家の使いの人が屋敷から出て、今日で六日目になる。
その日、屋敷には客人が来ていた。本日分の修行を終えて屋敷に戻ると、そこには使いに出ていた人ともう一人、玄関に立っていた。その人物はこちらを振り返り、そして血相を変えて近付いてくる。その人物に呼びかける前に、声が重なる。
「ソワンさん!どうし──」
「エイリークどうしたの!?そんなにボロボロで、何かに襲われたりでもした!?」
自分の姿を見て驚愕した人物。それは氷の村ニールヘームで一度別れた、ソワンだった。いつの間にアウスガールズに来ていたのだろう。色々と尋ねたい気持ちもあったが、まずは誤解を解かなれれば。落ち着いて、と声をかけて真相を話す。
「大丈夫です、俺襲われてないですよ。これはその、修行で失敗した怪我というか、なんというか」
「へ……?じゃあ、誰にも襲われて、ない、の?」
「はい。ここの人たちには、とても良くしてもらってますよ」
それを聞いたソワンが、へなへなとその場にへたり込む。どうやら誤解は解けたようだ。やがて大きく息を吐いたソワンから、八つ当たりのように言葉をぶつけられた。
「それならそうだって最初に言ってよー!」
「え、いやその、俺はちゃんと──」
「つべこべ言わない!」
「はぃい!!」
そんな懐かしいようなやり取りをしていると、屋敷の中からレイが出てきた。
「あれ、ソワン?いつの間に来てたんだ?」
「レイ。……うん、今しがたね」
にこ、と笑うソワンだが、言葉にいつもの調子が出ていない。彼はまだニールヘームの後のレイのことを知らないから、当然といえば当然か。あの時の、とっつきにくい印象がまだ強いのだろう。レイはそんなソワンに向き合って、意を決したように話しかける。
「ソワン。その……ニールヘームでは、ごめん。あの時、いつもの俺じゃなかったよな」
「え……」
「俺のために色々してくれたのに、お礼も言ってなかったし」
「レイ……」
ソワンも、レイが自分の知っている彼の雰囲気に戻っていることに気付いたのだろう。向き直って、彼の言葉を待っている。レイは一度息を吐いてから、顔を上げて伝えた。
「ありがとう、ソワン」
「……もう、カッコつけすぎ」
それを聞いたソワンが、拳をレイの胸元にトス、とぶつける。どういたしまして、と笑うソワンの表情からは、憂いが一切なくなっていた。元の二人の関係に戻ったようで、安堵する。
レイに続いて、ヤナギも屋敷から顔を出した。ソワンが彼に一礼する。
「お初にお目にかかります。自分はミズガルーズ国家防衛軍、救護部隊に所属していますソワン・ハートと申します。この度の協力、感謝いたします」
「よく参られた、防衛軍の使いの者。其方の上司たちは、無事にそちらにお返ししよう」
「はい。つきましては、こちらのお屋敷でお話がしたいのですが……。上がらさせていただいても、よろしいでしょうか?」
「いかようにも使われよ。長旅の疲れも癒せるであろう」
「重ね重ね感謝いたします。それでは、失礼します」
ソワンやレイと共に屋敷に入る。ソワンの話も聞きたかったが、先に土やら汚れやらを洗い落とさなければならない。一度断りを入れて、まずは風呂場へ向う。
ここ数日は、この過程が日常になっていた。今日の修行の結果としては、それなりに良好だったと思う。川の中で体が流れに負けることもなかったし、流木渡りも安定したまま渡れるようにもなった。
棒回しも最初はこんなもんと思っていたが、日に日に回す動作が楽になっていくことに気付けた。今まで本当に、腕の力ばっかり頼りにしていたんだなと痛感した。
風呂で汚れを落としタオルで濡れた髪を拭きながら、レイと一緒に使わさせてもらっている部屋に戻る。部屋の中ではレイが座っていて、自分を待ってくれていたのだと知る。ソワンの話を自分たちにも、しっかりと聞いてもらいたいそうだ。了承してソワンたちが待っている部屋へと向かった。
部屋の中は少し重々しい雰囲気だった。ヤクやスグリがいるのは当然として、ヤナギとナカマドも居合わせている。その雰囲気に多少圧倒されながらも、とりあえず座ってソワンの話を聞く。
「ベンダバル騎士団長の書状を受け取り、防衛軍は軍艦を港町エーネアからこの村から一番近い、海の街ビネンメーアへ移動させました。そしてそこから先遣隊は調査を開始。カーサの影は今のところ、掴めていません」
「でも、アウスガールズってカーサが支配しているんだろ?敵対してる俺たちの行動を、把握してないわけないと思うんだけど……」
レイが疑問をぶつける。確かに、この国を治めるべきはずのケルスはカーサに誘拐されている。つまり実質、アウスガールズを支配しているのはカーサだ。島国とはいえそれなりに面積もある。各所に部下たちを散らばせていてもおかしくはないのに、それが一人も見当たらないなんて。平和であればいいが、いかんせん不気味と思わざるを得ない。
ヤクもスグリも、同じ考えらしい。カーサの行動が見えない。
「そこは、ボクたちはカーサじゃないからわからないよ。まぁ下手に戦闘する必要がないのは、いいとは思うけど……」
「まぁ、そうだけど……」
「続けるよ?確かにカーサの影は未だに不明ですが、一つの村で異変があったそうなんです」
「異変?」
「はい。その村は元々壊滅状態にあって、機能してなかったそうなんですが、ここ最近妙な生命反応を感じるらしくて……。付近の住人達にも聞き取りしたところ、それは間違いないそうです」
異変のある村。その言葉を聞いてから、一段と空気が痛く感じた。ちらりとヤクたちを一瞥すれば、何とも言えない表情になっている。あえて言うならば、恐怖、だろうか。
「その村の名前って?」
「咲き誇る村、ブルメンガルテン」
「ブルメンガルテンだと!?」
村の名前を聞いた途端、ヤクがソワンに掴みかかった。彼らしくない行動に、自分もレイも、ソワンも驚きを隠せない。
ヤクはソワンの両肩を強く掴み、噛みつくように彼に問いただす。握りつぶすように掴んでいたのか、ソワンが表情を歪める。
「どういうことだハート!何故、ブルメンガルテンに生命反応なんてあるんだ!誰かが侵入しようとしたのか!?答えろ!!」
「え、あの、ヤク様……!?」
いつものヤクではないことに、動揺してしまう。冷静沈着という言葉を体現したような彼だけに、今のこの状況に脳が理解できていなかった。こんな、激情するヤクなんて初めて見る。
「答えろと言っている!説明しろ!!」
「いっ……!」
「ヤク!!」
スグリがヤクの肩を掴む。ぐい、と引っ張られたことで、彼の動きが止まった。我に返ったらしく、ゆっくりとソワンの肩から手を離す。
「落ち着けヤク。今お前がいるのは何処だ?ブルメンガルテンじゃない、ここの屋敷だ。ガッセ村だ。それが理解できないようなら、この場から離れてもらうぞ」
「……すま、ない……」
「俺に言うな」
「そうだな……。すまなかった、ハート。……話を続けてくれ」
謝罪したヤクは、ひどくやつれているように見えた。一先ずは、話が聞ける状態になったのだろう。スグリはそう判断したらしく、ソワンに対し首を縦に振る。ソワンも了承して、話を続けた。
「そのブルメンガルテンですが、ここ数日怪しい白衣の男たちが、そこへ赴いていたようです。目的はわかりませんが一応要注意人物ということで、先遣隊とは別の少数部隊が確認中です」
「それ以外は特にないか?」
「はい。今はブルメンガルテン以外に異常な報告はない、と。そう伝えるように自分も指示を受けました」
「わかった」
それだけ聞くと、スグリはヤナギに向き直った。
「爺、そういうわけだ。俺たちは明日、ここを発つ」
「それは構いませぬが、若様……」
「危険な芽は早めに摘み取るべきだ。ただ、キルシュの親友のことにまで手が出せないのは、彼にも申し訳ない。だからそっちで探してあげてくれないか?」
「……承りました」
次に彼が、自分たちに指示を出す。
明日出発すること。それに向けて準備をしておくように、と。反対する必要もなかったので、レイと共にそれを受け入れた。そして今日は早く休むようにとも告げられる。最後にスグリがヤクに、確認の意味合いも含めて尋ねた。
「ヤク。……それでいいな?」
「ああ……了承した」
話し合いはその場で解散になり、各々用意された夕食を食べた。しかしどうも気になってしまい、レイとソワンと共にヤナギのところへ向かった。
部屋に入ると、自分たちが何を聞きたいのか、雰囲気で読めたらしい。座布団を用意してくれて、話し始めた。
「……ソワン殿。ブルメンガルテンについて、何処まで知り得た?」
「えっと……村人が誰一人生きていない村であることと、もう何十年も人が近寄ることのない村だ、ということだけです」
「そうか……其方らには、信じがたい話になるであろう。心して聞いてほしい」
「……はい」
ブルメンガルテンは、昔はそれは花が咲き誇る美しい村だったという。その地に変化が訪れたのは、世界保護施設の施設がそこに出来てから。それからは薄暗い村に変り果て、子供の姿を外で見ることはなくなったとのこと。
それでもブルメンガルテンに住んでいた住人たちは、彼らを追い出すことなく寧ろ受け入れていた。そんな変わり果てた村に、今から十二年前に悲劇が起きた。
「ブルメンガルテンは、一人の子供によって殺されてしまったのだ」
その続きを当時を思い出して話すヤナギに、胸が締め付けられた。
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