第五十五節 役者は踊らされる

「うぅ、ん……?」


 目を覚ますとそこは、ダンスホールのような場所だった。どうやらドーム型のようだ。中央が吹き抜けになっていて、二階へは壁に沿うように階段が設置されている。

 自分たちが今いるのは、一階の中央の部分。一体どこのダンスホールだというのか。そもそも、なんでこのような場所にいるのだろう。考える前より辺りを見回そうとして、自分の隣で倒れていた人物が目に入る。


「レイ!」


 気を失っている。ひとまず肩を揺さぶり、起こしてみる。何回目かの呼び掛けで、彼は身をよじってから目を覚ます。まずは一安心だ。


「エイリーク……?あれ、俺……」

「良かった、気が付いて」


 レイも自分と同じように、起き上がり辺りを見回す。上を見上げれば豪勢なシャンデリアが飾られている。灯りは灯っていないものの、大きな窓から入り込んでいる光に反射して、切なく煌めいていた。


 冷静に状況を確認しよう。深呼吸をすると、段々と記憶が甦る。

 アウスガールズに着いた直後のこと。レイが何かの魔法陣の中に、吸い込まれていくのが見えた。このままではレイもまた、連れ去られてしまう。そう思って手を伸ばし、自分も一緒にその陣に巻き込まれたのだ。

 あの魔法陣には見覚えがあった。あれは自分が、グリムとケルスを守れなかった時に見たものと同じ陣。詳しいことはわからなかったが、あの時の状況を見れば自ずと答えは導き出せる。


「……空間転移の魔術」

「空間転移って、そんな……。師匠から聞いたことがあるけど、そういった物質を別空間に移動させる術は、かなり高難度な技だぞ?」

「でも実際に俺たちはこうやって、元居た場所から別の場所に強制移動させられた。間違いないよ」


 そしてこの術を使える人物を一人、自分は知っている。

 大剣を構え、ある箇所に向かって攻撃を放った。


"雷神の裁定"エクレールジュワユースッ!」

「エイリーク!?」


 突然攻撃を放ったことにレイが驚く。そんな彼を横に、放った技が二階へ続く階段の途中の場所へ向かう。

 その攻撃は、異様な軌道を描いて外れてしまった。まるで何かのバリアに弾かれたように、普通ならあり得ない弧を描く。それを見たレイも、これは異常だと感づいたらしい。杖を握り、警戒態勢をとった。

 何もないと思われた空間から、声が響く。


「ふふ、気付かれていましたか。これでは認識阻害の術も、意味がなさそうですね」


 聞き間違えるはずのない声。何度となく自分の前に立ちはだかり、すべてを奪った男の声。攻撃を放った空間がぐにゃりと歪み、姿が露わになる。

 冷たい月が、自分たちを見下ろす。余裕という文字を張り付けたような笑顔。剣の柄を握る力が、一層強くなった。


「ヴァダース!!」

「こんにちは、バルドルの者。そして……女神の巫女ヴォルヴァ疑惑の少年」


 にこりと笑うヴァダースだが、その身に纏っているのは冷たい殺気。それを隠すこともなく、ゆっくりと階段を下りている。

 レイを守るように前に出る。ヴァダースの目的も見えた。今度はレイを連れ去るつもりだ。そんなことさせてたまるか。


「後ろの彼を標的にしていたのですが、どうやら失敗に終わってしまいましたね」

「師匠とスグリはどうした!?」


 レイの言葉に、ヴァダースが答える。


「ああ。彼らは彼らで、私の部下が相手をしています。私は女神の巫女ヴォルヴァ疑惑の少年、貴方に興味があるのですよ」

「レイは渡さない!もうお前に……俺の仲間は誰一人、奪わせない!」


 言い放つと同時に、ヴァダースへ突進する。大剣に炎を纏わせ、振り下ろした。


"炎よ焼き払え"クレマシオン!!」


 自分の得意とする炎の攻撃。小島では、感情任せに振るってしまった。

 だが今は違う。明確な意思を持って、攻撃を繰り出した。

 そんな攻撃を、何処吹く風と白いダガーで受け流される。間合いや武器の形状から、こちらが有利なことは明らかだ。それなのに。


「相も変わらず暑苦しいですね、貴方は。そんな攻撃が私に通らないことくらい、重々承知しているでしょう?」


 手に持っていた白く光るダガーを空間に放る。それらは一本のダガーから、複数本に数を増殖させた。独自に回転していくそれらを、ヴァダースが一斉に投擲する。


「受けなさい、"悲劇を奏でる白い旋律"トラゲディエコンツェルト!」


 空間を切り裂くように放たれるダガーたち。回避を試みるが、ダガーは前方だけではなく、背後からも迫っていた。

 気付くのに一瞬遅れる。攻撃を受けてしまうのも止む無し、と思った。


 だがダガーは直撃する直前、淡い光に阻まれて床に落ちる。


 膜のような温かい光が、自分を守るように張られていた。後ろを振り向けば、レイがこちらに杖を向けている。これは、レイの使う防御魔術だ。一度ヴァダースから離れ、レイの元まで下がった。


「一人で突っ走るなよ。気持ちは嬉しいけど、俺にも戦わせてほしい」

「レイ……」

「大丈夫、注意はする。エイリーク一人だけに、無茶なんてさせない」


 だから、と肩に手を置かれる。笑うレイが、とても心強く思えた。


「うん……。ごめん」

「そうじゃないだろ?」

「そうだね、ありがとう」

「ああ!」


 心に余裕ができる。冷静さを取り戻せる。

 一つ、深呼吸をして態勢を整えた。レイは半歩下がって、構える。

 ヴァダースには殆ど隙というものがない。ただしほんの一瞬、それが生じる時がある。それは、彼がダガーを投げる時。その一瞬間だけ、ヴァダースは無防備になる。


「俺が奴を撹乱するから、その一瞬を狙ってほしい」

「分かった、やってみる。その間のサポートもしっかりやるから、安心して突っ込んでいっていいぞ」

「ありがとう、頼むよ」


 もう一度、ヴァダースに向かって駆け出す。ヴァダースも、こちらを迎撃しようとダガーを取り出す。

 駆け出すエイリークの後ろから、いくつかの光の球が走ってくる。レイが得意とする光魔術だ。恐らく目くらまし目的の術だろう。

 駆け出す速度を少し落とし、光の球が自分よりも前に行くように調整した。


 目的通り、光の球がヴァダースの前で炸裂する。


 自分は大剣を盾とすることで、その光の影響を抑えた。

 ヴァダースが目を防いでいる間に、彼の死角である右側に回り込む。体を屈め上に伸ばす勢いで、左切り上げにしようとした。


"舞い踊れ火の精"エタンセル!!」


 薙ぎ払った大剣から小さな火の粉が舞う。

 確実にヴァダースを捉えたように思えた。しかし彼はその大剣を、組み合わされた青いダガーで防いでいる。

 なんという反射速度。レイの目くらましは効いていたはずなのに。


 ギリギリ、と鍔迫り合いになる大剣とダガー。一体ヴァダースのどこに、自分の大剣を受け止める力があるというのか。


「危なかったですよ。中々やるじゃありませんか」


 そうは言うが、言葉の端々に余裕が見える。

 だが待っていたのはこの瞬間。ヴァダースの動きを止めている今、レイの攻撃を避けられるはずもない。

 詠唱を終えたレイが、ヴァダースのいる方向へ杖を掲げた。


「"スリートイルミネーション・シージュ"!」


 氷が光を包んでいる術が、陽の光に照らされて輝きを増す。まるでダイヤモンドのような、本物の硬度にも勝るとも劣らない氷の刃。

 目の前にまで迫ったそれらを、自分の攻撃を防ぎながら躱せるものか。そう、考えていたのだが。


 ヴァダースは冷静に、今度は緑色のダガーを空間上に出現させる。


"荒れ狂う風神奏でし挽歌"シュトゥルムエレジー!」


 何本かが合わさりレイピアのような長さになったダガーが、ヴァダースの前で回転する。回転により起きた大きな風の渦。それがレイの氷の刃を呑み込む。

 その状況に気を取られ、腕を掴まれていることに気付けなかった。


「エイリーク!」

「しまった……!」


 未だ吹き荒れ、レイの術を呑み込んだ防風はブリザードに変わっていた。


「いってらっしゃい、嵐の中へ」


 腕を掴まれたままの自分は、ヴァダースにその中へ放り込まれる。


 威力は言うまでもなく、氷の刃が身体を切り刻む。大剣で致命傷は防ぐものの、全てを防ぎきることはできなかった。

 いくつもの傷を負わせたブリザードが解ける。どうやら空中にいたらしく、受け身をとる前に地面と衝突してしまった。息が詰まる。


 そんな自分に余裕を与えるほど、ヴァダースは心優しくない。空間上に浮遊させた赤いダガーを、自分とレイに向かって放った。


"燃え盛る火の精の円舞曲"ブレンネンワルツ!」


 炎を纏った赤いダガーが、火の粉を舞わせながら向かってくる。

 見極められない速度ではない。口の中に血の味を感じつつも立ち上がり、的確に躱す。レイも一つ一つを躱していっているようだ。直撃しそうなダガーには、攻撃を当てて回避をしている。

 躱しながら感じた、ヴァダースの余裕。まだ本気ではないということに、力の差を見せつけられてしまう。


 躱されて床に刺さったダガーは、炎が消えて普通のダガーに戻る。

 ぽたりぽたり、と受けた傷から血が滴る。どれも致命傷に至る傷でないことは確かだが、あまり戦いを長引かせるのは危険だ。

 せめてレイだけでも、退避させることができれば──。


「いい反応速度です。以前相見えた時よりも成長しているのですね、バルドルの者」

「何が言いたい、ヴァダース!」

「これでも褒めているつもりなのですよ。ただ一つ付け加えるなら、貴方は前のめりになりすぎなんですよね。それがどういうことか、わかりますか?」


 にっこりと、まるで楽しむように笑うヴァダースを見て、嫌な予感が走る。

 床に刺さっていたダガーたちが、赤く光り始めた。


「え……?」

「前ばかり見ていると、何かを落とした時に気付きませんよ」


 まずい。


「レイ!ダガーから離れてッ!!」


 叫んだ直後、ヴァダースが指を鳴らす。

 辺りに刺さっていた赤いダガーが激しく輝く。


 そしてそのまま、それらは大きく爆発を起こした。

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