第五十二節 アウスガールズ
レイとエイリークは、氷の都ニールヘームでヤクやスグリと再会する。レイが無事に目を覚ましたと分かった二人は、心から安心したようだ。迷惑をかけたことを謝罪すれば、戻ってきたからいいと慰めてくれる。そのことが嬉しくて、思わず頬が緩んだ。しかしすぐに切り替える。
自分たちが遭遇した出来事と、ソワンから渡されていた親書を彼らに渡す。それを受け取り、内容について了承を得ることができた。先遣隊のうちから数名、ヘルヘームに使いに出してくれるそうだ。しかしその帰りを待つだけの、時間の余裕はないという。
これについは仕方ない。あくまで今は、世界巡礼の最中。状態を知っても、深入りできるだけの時間はないのだ。寧ろ、使いを送ってくれることだけでも有難い話である。レイもそのことを理解している。ソワンとはしばしの別れだが、きっとまた会える。本当は、しっかりとお礼とか色々言いたかった。しばらくの間はお預けだ。
軍艦に乗船したあと、スグリの執務室にエイリークと共に呼び出されるレイ。ちなみに、ヤクは自分の執務室で作戦を考案しているらしい。執務室の前で3回ノックをすれば、入ってくるように促される。部屋に入り、脇に置いてあるソファに腰を掛けるよう指示された。
スグリがわざわざ自分たちを呼んだ理由は、これから向かう土地について知ってほしかったからだと説明を受ける。
これから向かう場所は、世界の中心に位置する島国アウスガールズ。独特の文化を持ち、様々な特産物を生み出している豊かな国だ。表向きは。
アウスガールズといえば、エイリークの仲間であるケルスが治めるはずの国がある。ただし彼はカーサに誘拐されているため、現時点での国家は不在。そのため実質、敵が支配している国に突入するということだとのこと。
「アウスガールズの、ケルス国王の元居た城はカーサのアジトに成り果てている。城は国のちょうど真ん中に位置しているが、国全体をカーサが支配していないとも限らない。細心の注意を払っていてほしい」
「カーサの奴ら……!」
エイリークを横目で一瞥する。握り拳が、わずかに震えている。怒っているのは当然として、レイには彼が焦っているように思えた。実際に、最有力だったマシーネの古城にもケルスはいなかった。いったい今、何処に捕らえられているのだろう。まるで掴めないこの状況に、焦燥しているかのよう。
「エイリーク……」
「……ごめん。大丈夫だよ」
「本当か?その、無理とか……」
「してないしてない。カーサの奴らは許せないけど、今考えることじゃない」
そうでしょ、と笑うエイリークにもう一度釘を刺しておいた。
「力になってやれてなくてすまないな」
「スグリさんたちのせいじゃないです!それにこうやって俺を保護して、しかも一緒に行動するのを許してくれているだけでも、感謝してもし足りないんです」
「そうか……。ならその言葉に報いられるよう、こちらも最善の手は尽くす」
「あ、ありがとうございます……!」
エイリークの様子が戻ったことに安堵する。次にスグリに向き直った。確認したいことがあるのだ。どうしても、この話だけでは終わらないような気がして。寧ろまだ、本題に突入していないのではないか。そう尋ねれば、スグリはややあってから、そうだと答える。
「……アウスガールズは、一筋縄ではいかない。何があっても、お前たちだけは道を外すことがないように頼む」
「どういうこと?アウスガールズに、なにがあるんだ……?」
その問いにすぐ答えないスグリ。しばしの間、沈黙が自分たちを包む。
「さっきお前たちは俺とヤクに報告したな、ヘルヘームでの出来事について」
「はい」
その話の中からスグリが指摘した内容。それは世界保護施設についてのことだった。
ヘルヘームで知った、世界保護施設が行っているという人体実験、他種族の研究、殺処分。その中に含まれている、人間の能力開発。その先にある事実について、自分とエイリークには知っていてもらいたいとスグリは言葉を零す。
世界保護施設は、確かに大元はヨートゥンにある。しかしそことは別に、実験のためだけの施設があるのだという。大きさはそれ程でもないが、数が多いらしい。その施設がある場所というのが、今向かっているアウスガールズだと言うのだ。さらに施設の設備は今もなお、稼働しているとのこと。よって、犠牲となっている子供たちがいると。
「そんな、そんなの黙っていられるかよ……!」
「そうだな。だが、考えてみるんだ。何故アウスガールズの人達は、彼らを受け入れている?何故自分たちの土地を彼らに貸していることを、良しとしている?」
「あ……言われてみれば、確かに……」
「彼らが世界保護施設を攻撃すれば、少なくとも実験は止まるだろう。犠牲になる子供たちも増えない。だが俺たち軍の元には今もなお、アウスガールズでの現状や犠牲者の名前が報告としてあがってきている……」
それは何故か、と問いを投げかけられる。言われてから気付いた。自分たちとは関係のない土地で勝手に施設を作れば、確かに普通は怒るはず。
たとえマナが扱えなくても、戦い方はある。あの時の、ヘルヘームでの住人がしたように。彼らはマナを扱えなかった。その代わりに、猟銃を携えていた。猟銃といえども立派な武器だ。撃てば人を殺すことだって出来る。
そんな猟銃は何もヘルヘームにしかない、というわけではない。アウスガールズは島国である特性上、交易もそれなりにあると聞いた。猟銃なんて、簡単に手に入れることができるはず。
この仮定から推察される答えとして、アウスガールズの住人はわざと、戦う術を持たないということがあげられる。戦わないということは、降伏していることを指し示すこともできる。そして、別の言い方をするならば──。
彼らは世界保護施設をあえて受け入れている。
世界保護施設が行っていることを知っていながら、彼らを受け入れているというのだろうか。
信じたくない答えに、まさかと言葉を漏らせば、スグリが一つ頷く。それはつまり、予測した答えが正解であることを指していた。衝撃の事実に、言葉も出ないとはこのことだ。愕然とするしかできない。
「そんな人たちもいる国だ。だからこそ、冷静でいてくれ……。目の前で起きていることの、本質を見極めるようにいてくれ。これはミズガルーズ国家防衛軍の部隊長としてではなく、俺という一人の人間からの頼みだ」
そう語るスグリが、なんだかどこか痛々しく見えてしまった。エイリークと共に頷いて答えを返せば、彼はありがとうと表情を緩めたのであった。
******
それから少しして、軍艦はアウスガールズの玄関口である港町エーネアに停泊することが出来た。軍艦を隠すための術は用意していない。恐らくエーネアの近くに点在しているカーサには、自分たちがアウスガールズに降り立ったことは気付かれたことだろう。
とはいえここエーネアは港町。外からの物資が多く運ばれてくるこの土地は、カーサにとっても重要な場所のはず。すぐに襲撃してくることはないだろう、というのがヤクとスグリの見解だった。実際に緊張感は漂っているものの、特段街が襲撃を受けている様子はない。
その土地に降り立ち、辺りを見回す。人々は笑っているが、まるで張り付けたようなそれに、違和感を拭えなかった。何かに怯えているが、必死にそれを隠しているように思えてしまう。詮無いことだけれど。
そんなことを考えていたが、急にかくんと世界が反転しそうになる。
「……え?」
街を見ていたはずの景色は、一面が空に変わって。何かに足が引っ張られる感覚を感じたのは、その直後。
「レイ!!」
自分を呼んで、手を差し伸べたエイリーク。気が付けばその手を掴もうと、こちらも必死に手を伸ばしていた。
「エイリーク!」
確かに彼に手を掴めた。世界が暗転したのは、それから間もないことであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます