第四十五節 何を以って悪となす

「そんなの、狂ってる……」


 ぽつりと感想が漏れる。

 身売り?人身御供?そんな非人道的なことを、人間が同じ人間に?意味が分からない。いや、絶対に分かってはいけない。


「子供たちはどこに売っていたの」

「……多くは世界保護施設に売り渡していました」


 きっと集団心理で一人、また一人と、金目当てで子供を売り渡していたんだ。そう思うと心が痛い。

 ヘルヘームで生まれた子供は、一歳までは普通に育てられるそうだ。しかしそれを過ぎた子供たちは一度、村の定期会議で品定めされる。その時に品定めする人物こそが、世界保護施設から来る研究員だというのだ。


 ところでマナを扱えるかどうかは、遺伝ではないらしい。産んだ母親がマナを扱えないただの人間だったとしても、その子供がマナを扱える場合もあるのだと。

 研究員は乳児の「血中マナ含有量」「血中マナ伝達量」を見て、身売りか人身御供かを決める。それを調べるために、わざとマナを含んだ同じ型の血液を、乳児に注入する。そこで拒絶反応を示した場合は、一文にもならず親に返却される。最悪の場合は、その場で命を落とす。この選別から落ちた子供は殆どが、腹いせの為に虐待を受けて死に至るという。

 そして、拒絶反応を起こさなかった乳児の中から「血中マナ含有量」「血中マナ伝達量」が一番高い乳児を人身御供に、それ以外は売買される。それを村ぐるみで行っていると聞いて、吐き気さえ覚えた。タチの悪い闇市じゃないか。

 ちなみに売られた子供たちは、世界保護施設に預けられ育てられる。とはいえ、健康的に育てられるかは別問題らしい。


 どうも世界保護施設には、黒い噂が絶えないと聞く。保護施設とは名ばかりで、実際は他種族の実験や研究、殺処分を行っているらしいのだ。その中に、人間の能力開発もあるらしい。

 ちょうど先日出会った、カーサのルビィやキゴニスのような人間ばかりがいるような施設。倫理的な面から、ミズガルーズ国家防衛軍が目を光らせている団体。


 そうして人身御供に選ばれてしまった子供。その子は一度、世界保護施設に三歳まで預けられる。そこで投薬などをされ身体に異常なほどのマナを注がれ昏睡した状態で、ヘルヘームに戻される。その後は漏れ出してしまわないようマナを抑え込み、また村へ還元するため、氷の中に閉じ込めるというのだ。そして子供をフヴェルゲルミルの泉の近くにある、氷の祠へ安置する。

 ヒトの中で蓄えられたマナは死後、自然へ還元される。その法則を利用して、異常なマナを豊富に含んだ氷を溶かす。溶け出した氷は聖水に変わる。その聖水が蒸発して気体になれば、マナが自然と漏れ出す。それを風に乗せてヘルヘームの村まで届けるという。

 回りくどい方法ではあるが、毎年子供が生まれるわけではないので止むを得ず。一度に大量の子供を人身御供にしたいが、そうなると自分たちに入ってくる金が減ってしまう。私利私欲にまみれた村人たちは、ヒトの命よりも金の方に目が眩んでいた。


 一時期はそのようにして、ヘルヘームの村人たちは生きていたという。しかしある期間だけ、ほんの数年前はその行為は行われなかったらしい。その期間とは、スクーズの父親が村長として在籍していた時である。


「私の父はその行為に嫌悪感を示し、撤廃していたんです。交易で村を活性化させようと、尽力していた」


 そんなある日。突然父も母も村から出て行ったきり、帰らなかったと。スクーズは何日も、両親の帰りを待っていた。しかし結局、両親が戻って来ることはなかった。そして代理として働いていた祖父が、そのままその椅子を引き継いだ。その頃から再び、悪夢の売買が始まったという。

 必死に止めようと、何度も祖父に止めるように進言したらしい。ただしスクーズの祖父の立場は今や、村で一番の村長。対して自分はしがない巫女ヴォルヴァ。村人たちの意見をひっくり返せるだけの力は、少なくともヘルヘームの村に対しては、なかったと彼女は嘆く。いつしか、どうにかしないとならないとは思えども、行動に移せることはなかったという。


「貴女の環境は分かった。だけど厳しいことを言うようだけど、思っているばかりで行動しないのは、結局何もしてないことと同じことだよ」

「はい……」

「これ以上貴女を責めるつもりはないよ。今のこの状況を変えられるように、ボクも上司に進言するから」

「ありがとう、ございます……」


 随分村から離れた場所に来たように思う。まだ村人たちの姿は見えない。


「レイを連れ去った目的って、まさか……」

「十中八九、人身御供にするためだろうね。村人から見たら、半人前とはいえ魔術師のレイは恰好の餌だから」

「そんなことさせてたまるか!それじゃ協定なんて、初めから守るつもりなんてなかったんじゃないか……!」

「そうだね。軍相手に約束事を反故するなんて……何処まで傲慢なのさ」


 スクーズから、そろそろフヴェルゲルミルの泉に到着すると声をかけられる。氷の祠はそのすぐ近く。上手くいけば、フヴェルゲルミルの泉で村人たちに追いつくとのこと。実際に視線の数メートル先に、集団が見えた。目視できるや否や、ソワンが魔力を自分の銃にセットする。


「シュートッ!!」


 弾を4発ずつ、集団の前方にあった木々に撃ち込んでいく。その直後に、詠唱して術を発動させた。木に撃ち込まれた弾の部分から光の帯が現れる。それらはまるで、魚を捕獲するために使う網のように変化した。

 行く手を阻まれた集団──村人たち──は一様に、エイリークたちの方を振り向く。村人たちの中には、村長までいた。スクーズからの話を聞いていたため、妙に納得はしていたが。村人の一人がレイを俵抱きにしている。彼らの表情に反省の色はなく、寧ろ妨害されたことへの怒りが表れているようだ。憤慨したいのはこちらの方だというのに。


「何をやってるんですか!レイを返して!」

「返す?馬鹿馬鹿しい!は俺たちのものだ!!」


 抗議の声を上げる村人たち。さらに術を解除しろ、邪魔をするな、などの批難の声まで上がる。その言葉を聞いて、尚のこと彼らにレイを渡してなるものかと怒りに震えた。吠えようとしたが、ソワンに手で制される。その横顔はとても冷たく、怒りで忘れかけていた理性が戻る。


「……彼を連れ去って、何をするつもりだったの?人身御供として新しく犠牲にするつもりだった?」


 凍えるようなこの地域の気温に負けないくらいの、冷たく鋭い言葉がソワンの口から紡がれる。どうやらレイをモノ扱いされたことが、彼の逆鱗に触れたのだろう。その言葉に答えたのは、村人たちの前に一歩出た村長だ。


「軍人様、協定の条件を思い出されよ。彼の回復に協力するが、ヘルヘームの村の問題についても解決とまではいかずとも協力するように。その言葉を、今更返すつもりではあるまい?」

「冗談じゃない。こちらの要求は、彼の救出だと申し上げたはず。それに彼の今の状態は貴方にも話したはずだ」


 昏睡状態にあるレイの救出は、彼が意識を取り戻して初めて達成される。部屋で休ませるだけで意識が戻るのならば、わざわざこの地にまで足を運ぶことはなかった。


「これでも一応、軍の使者としてこの村に来たんだ。信書も渡して、貴方は受け取った。つまりその時点で、契約は交わされている。それを反故するなんて……国際法で裁かれても構わないと、捉えるけど?」

「裁く?ミズガルーズが?この私を?」


 肩を揺らし口元を押さえ、笑いを堪えていた村長だったが──やがて堪らずに高笑いの声をあげた。しばらくそのまま笑っていたが、ギロリと凄みを効かせてこちらを睨むその顔に、正気を感じることはない。


「冗談ではない!国家防衛軍など飾りにも劣るわ!!彼らが我らに何をしてくれた?何を与えてくれた!?」


 村長はミズガルーズ国家防衛軍と世界保護施設との差について、この場一帯に響かせるように話し始めた。

 ミズガルーズ国家防衛軍は、これまでヘルヘームに何も与えなかった。ただただ寒さに耐えて飢えていくしかない自分たちに、手を差し伸べようとはしなかった。それに対して世界保護施設は、モノさえ用意すれば大金を恵んでくれる。渇望して止まないマナを得るための知識を与えてくれる。

 どちらに恩を感じるかなど、火を見るよりも明らか。一見すると、ミズガルーズ国家防衛軍の対応が悪いように聞こえる。だからと言って、命を軽んじる行為をしていいことの理由にならない。


「これを人身御供として捧げれば、より多くのマナを受け取れる!そしていずれはマナを扱えるようになり、魔術師になることも夢ではない!我々を虐げてきた者たちへ、復讐出来る機会を得ることができるのだ!」


 それこそ馬鹿馬鹿しいと一蹴する。

 個人差はあれどマナを扱える者とは、大気中に含むマナを呼吸と同じように、自然な形で取り込むことのできる者。そしてそれを体外へ放出する行為こそ、魔術と呼ばれるものだ。

 少ないマナであっても、魔術を扱える者は自然とその力が現れる。その兆しがないということは、マナを扱うことが出来ないただの人間だということだ。とはいえそれを伝えても目の前の、夢見る愚かしい村人たちには理解は出来ないのだろう。だからこそ、こんな愚行に走ったのだから。

 そしてやはり、レイの誘拐は計画的だったと立証された。わざわざ騒ぎを起こすために、野生の熊を誘導してまで村に連れてくるなんて。さらに言えば、村長の孫娘まで襲う始末。救いようがないとはこのことだ。


「お祖父様、それ以上の蛮行は許しません!その方を彼らにお返しください!」


 スクーズもこれ以上身内の馬鹿げた行動に、目も当てられなかったのだろう。ただしそれがきっかけで村長は暴言のターゲットを彼女に移したらしく、不気味な程卑しい笑みを浮かべた。背筋をざわりと撫でられたようで気味が悪い。


「お前に私を止められるはずもない。それにしても、嗚呼……。お前が巫女ヴォルヴァにさえなっていなければ、今頃お前も両親と一緒の棺に入れてもらえたのになぁ」


 投げかけられた言葉を、噛み砕けない。彼女の喉から出た、空気の抜ける音。ごくりと唾を飲み込み、一言一句漏らさないように呟く。


「お祖父様、今……なん、て?」

「事故に見せかけるための細工は大変だったなぁ。雪山から突き落としたところを氷の中に閉じ込めるのに、苦労したわ」


 スクーズの父親と母親は、そこそこマナが扱える人物だったと村長は告げる。だからこそ利用価値があった。スクーズの父親が村長として村の非人道的な行為を強制的に撤廃したことで、彼への不満を持つ村人は多かったという。しかしただ殺しては無駄になりかねない。折角の、マナを扱える貴重な人材だ。この村を想うなら、それに貢献するべきであると考えたらしい。

 彼女の父親と母親が時折、幼いスクーズの為にと栄養価のある物を探しに、山へ出かけることを知っていた。だから殺したと語られる。事故に見せかける為に雪山から足を滑らせたということに、偽装して。その計画のために呼んでいた世界保護施設の研究員にも、協力してもらって。雪山から突き落として意識を失ったところを、すかさず氷に閉じ込めて祠に安置した。

 実際、その二人が安置されてからはマナの届く量が多かったらしい。このらしい、というのは村人たちが体験できたものではなく、世界保護施設の研究員が感じたことだというが。そして自分は正式に村長になり、改めて村を治めていった。

 本当はスクーズも一緒に氷の中に閉じ込めようとした。しかしその頃から巫女ヴォルヴァの力の片鱗を見せていた彼女に、これは別の利用価値がある。この村の巫女ヴォルヴァとして縛り付け、一生をこの村で過ごさせると。そして今日こんにちまで生かされていたのだと、信じがたい事実が語られた。

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