第三十二節 近付くほどに遠くなる

 機械人形オートマチックの外殻は、元々は機械都市マシーネで暮らしていた人間だったという。

 今より数ヶ月前のこと。カーサは勢力拡大のために、使われていなかった古城をアジトにして街の支配を始めた。当然古城の近くにあるマシーネの住民は、カーサに対抗した。

 工業が盛んな街だったことが幸いして、武器は勿論のこと、爆弾なども十分な貯蔵が彼らにはあった。それらを駆使し抗ったものの、マシーネはカーサに制圧されてしまう。その後もしばらくは抗争が続いたものの、マシーネはやがて勢いを失った。それ故に今となっては、カーサのための武器貯蔵庫のような街に成り果ててしまったというのだ。

 さてそんな数々の争いで、犠牲となってしまったマシーネの住人。遺体は埋葬されることなく、カーサに回収されてしまっていたのだ。遺体は彼らの都合のいいように扱われる、機械人形オートマチックとなって街へと戻される。

 これがマシーネの対抗力を大きく削った、一つの要因。たとえ敵に改造されているとわかっていても、目の前で殺されたとわかっていても。仲間を二度殺すことは、住人達には出来なかった。そして返り討ちに遭い、また新たな機械人形オートマチックが増える。

 まさしく負の連鎖となっているのだ、と。目の前のルビィが楽しそうに告げてきた。


「この、卑怯者!その人たちを解放しろ!」


 隣で杖を構えていたレイが怒鳴る。自分も剣の柄を、折れるのではないかという力で握りしめる。聞くだけでも不快感が募る。


「力が弱いくせに刃向かって返り討ちに遭ったんだから、自業自得。強者に蹂躙されても、文句は言えないはずだけど?」

「てめぇ!」

「寧ろ感謝して欲しいくらいさ。人手が少ないのに死体が増えるばかりじゃあ、処理にも時間がかかるし街中腐った匂いが充満するだろ。だから街の奴らの手を煩わせないように、俺たちが再利用リサイクルしてやってるんじゃん」


 怒髪天を突くというのは、このことだろうか。怒りで手が震える。そんなことは露知らず、ルビィは機械人形オートマチックの自慢話を続けた。



 いやぁ完成度高いっしょ?元々質の良いが、簡単に手に入るからさ。その分コストダウンできるし、他の部分の改造も出来るわけ。でもまぁこれでも、最初は失敗ばっかりだったんだぞ?命令通りに動かない、放っておけば臭ってくる、挙げ句の果てには勝手に腐っていく。散々だったさ。

 だから改良に改良を重ねた。



 それ以上聞きたくない。斬りかかろうとして、彼の目の前に立ちはだかった機械人形オートマチックに、手が止まる。ニヤリと笑みを深くして、ルビィは続けた。


「そのお陰で今はこの通り俺の命令に忠実に動くお人形になったのさ」


 血抜きをして心臓の代わりに時限式の爆弾を埋め込んで、切り裂かれた部分にコードやコイルを嵌めて焼きを入れて脳幹をぐっちゃぐちゃにかき混ぜて、感情や記憶の部分を引きちぎって目玉はくり抜いて分解して水晶体の代わりに機械を取り付けて埋め直して……改良した甲斐があった。


 彼の言葉に、全身の毛がざわりと粟立つ。なんて、悍ましいことをしているのだ。さっきまで怒鳴るくらいの勢いがあったレイは、顔色が悪くなっている。

 いいもの見せてやる、なんて言うルビィに、嫌な予感が脳裏を掠める。


「おい。首引き千切って自害しろ」


 彼を庇ったであろう機械人形オートマチックが、おもむろに自分の頭を両手で掴み、右に左にと無理に動かす。何かが折れる音や、引き千切れるような音がする。およそ人間のままでは動かせないであろう範囲まで、本当に壊れるのではないかと乱暴に扱っていた。やがて手では引き千切れないと判断したのだろうか、右手がチェーンソーに変形した。

 ギィイインという耳障りな機械音。動揺するでもなく、機械人形オートマチックはさも当然かのようにその右手で、自らの首を切断し始めた。

 所々で金属音がぶつかる音がする。肉の焼ける異様な臭いがする。押さえられていない頭は小刻みに、前後に左右に揺れる。合わさっていた歯が、ガチガチ、ガチガチ、と奇妙な音楽を奏でる。最後に頭の位置が180度回転してからゴトリ、と鈍い音を立てて地に落ちた。その後一瞬遅れて、身体もその場へ崩れ落ちる。

 その身体から、血は流れなかった。代わりに散らばっているのは、砕けた金属チップ。首の肉から飛び出ていたパイプが、月明かりに反射して綺麗に輝いた。そのあまりにも悲惨な光景。目が離せずにいた。


 やがて何が起きたのか理解できたのだろう、レイが口元を手で押さえた。


「レイ!」


 ソワンがレイに駆け寄る。崩れ落ちそうになっていたが、片手を膝に乗せてどうにか立ってるレイ。そんな彼を見たルビィは、ため息を吐いた。


「おーいおい。女神の巫女ヴォルヴァかもしれないって奴が、こんな程度で吐きそうになってどうすんの」


 女神の巫女ヴォルヴァ

 確かにレイは、前回の戦いの時に敵の四天王から巫女ヴォルヴァかと尋ねられていた。とはいえ本人はそれを否定していたし、レイが女神の巫女ヴォルヴァだという確実な証拠はない。一体どういうことなのか。視線が物語っていたのか、にししと笑いながらルビィは語る。


「アンタ、今カーサではもっぱらの噂だよ?聖職者でもないのに、古代文字が使える半人前の魔術師がいるってさ。しかも、そいつがもしかしたら女神の巫女ヴォルヴァかもしれない。気にならない奴はいないじゃん」

「俺は、巫女ヴォルヴァなんかじゃない!」

「それはアンタの見解だろ?まぁ……中身を見ればわかるかもな」


 レイに手は出させない。自らの大剣で威嚇するように構えて、レイの前に出る。とにかくこの下衆にだけは、レイを近付けてはならない。そんな気がした。

 ルビィはそんな自分に、おくびともせずニヤニヤと笑うだけ。


「いいねぇ、仲間思いのできる変質バルドル族。そんなアンタに、俺からのプレゼントがあるんさ」

「そんなものいらない!!」

「え〜?アンタの探し物の手がかりかもなのに、本当にいいのぉ?」


 探し物と称されるのは腹立たしいが、それはつまりグリムとケルスの手がかりということなのだろうか。だがカーサの言うことだ、簡単には信じられない。自分だけでは正確な判断が出来なかった。

 機械人形オートマチックは、ルビィが指示を出した一体以外は相変わらず微動だにしない。エイリークは困惑の視線を、ヤクとスグリに送った。彼らもアイコンタクトを取り、一つ首を縦に振る。今は従った方がいい、言外に匂わせられる。それを確認し、剣を下ろす。

 それを肯定と受け取り、笑うルビィ。胸ポケットから何かを取り出した。


「それじゃあ、俺からのスペシャルプレゼントだ。よーく聞いておけよ?」


 カチリ、とスイッチを押す音がして。その後に聞こえてきたのは──布を引き裂かんばかりの、悲痛な叫び声だった。


 そのあまりにも痛々しい声は、野営地の近くに生えている木々を、薙ぎ倒してもおかしくないほどだ。


『やめて!やめ……痛い!痛いです!おね、がぃです……!やめて……くだ、い……』


 声に混ざって、何か電流が走るような音と誰かの笑い声が聞こえてくる。

 エイリークには悲痛な叫びの、その声の主がわかった。理解できたと同時に、震える口からその人物の名前が零れ落ちる。


「……ケルス…………?」


 声の主はアウスガールズ国の国王であり、旅仲間の一人の、ケルスだった。

 他人の空似なんかじゃない、この声を聞き間違うはずがない。紛れもなく、ケルスの叫び声だ。

 声高らかに笑うルビィの声は、エイリークには聞こえていなかった。


「楽しんでくれてる?アウスガールズ国の国王サマこと、ケルス・クォーツの悲鳴第一楽章!」

「……」

「俺の上司のキゴニス様は人体実験が得意でな。ケルス国王の一族でもあるリョースアールヴの能力を、電流を流すことによって引き出そうとしてるのさぁ」


 そんな生易しいものであるものか。悲鳴と聞こえてくる電流の音から、それより何倍も酷いと予想ができる。


「一応は休み休みやってんだよ?あんまり電流流し続けると、簡単に死んじまうからな。そこは計算してんのよ。でもまぁ、今頃きっとキゴニス様が次の楽曲を作曲してるかもしれないな!」


 気付いた時には、もう既に身体が動いていた。大剣をルビィに向かって振り下ろす。手ごたえは、ない。狙いが正確に定まっていない軌道は、躱すのに容易かったのだろう。ルビィがいたであろう地面は大きく抉れている。


「お前……!!」


 ルビィを睨むその目は、ひどく据わっていて。

 久し振りに感じた。人間が、憎いと。


 自分達にが利用するものはどこまでも利用して、使い捨てて。他種族までも、自分たちの物のように扱って。真に狂っているとは、どちらの方か。

 レイや周りの制止の声は、エイリークには全く届いていなかった。ただただ怒りに任せて大剣を振るう。今、表に出ている人格は戦闘人格ではないのに、剣を振るう姿は暴走状態のそれに似ている。

 ひらりひらりと、ルビィはそんなエイリークの大剣をものの見事に躱す。


「いいねぇその目。俺のこと憎いだろ、叩きのめしたいだろ?やっぱりバルドル族はそうでなきゃ」

「許さない……許さない!殺してやるぞ、お前!!」

「だから言ったろ、今日はこっちに戦う意思はないって。でもまぁ、すぐに再会できるさ。そしたら思う存分戦い合おうや」


 にんまりと満足そうに笑うと、その場から空間転移の術でルビィは消え去った。

 すぐさま追おうとしたが、足元が凍り付いて動くことが出来なかった。どうして、と後ろを振り向けば、杖を構えていたヤクが目に映った。彼は静かにエイリークに近付くと、彼を諭し始める。


「……落ち着け、とは言わん。こちらも警戒が足りなかったのは、素直にキミに申し訳なく思っている。だが今ここで暴走して、それで仲間を救えると、キミは本当に思っているのか?」

「あ……」


 そこでようやく、周りを見るということが出来た。一番に目に入ったのは、心配そうに自分を見つめるレイの姿。ソワンやスグリも、同じような反応だった。

 一気に力が抜けた。ヤクの術が解除される。


「……すみません……。少し、一人になってきても……いいですか?」

「必ずここに戻ってくると約束できるなら」

「はい……」

「エイリーク……」


 少し調子が戻ったのか、レイが近寄ろうとしていた。だけど今はどういう顔をしていいか、わからなかった。


「ごめん……」


 大剣を持ったまま、その場から走って人気がない場所まで逃げた。視界が歪むが、歪んでいる事に気付けないほど、今は一人になりたいという気持ちが強かった。


 さっきのケルスの悲鳴が、耳から離れない。頭の中では、共に旅をしていた時のケルスの笑顔が甦る。

 息が切れるまで走った。頭の中がぐちゃぐちゃで、感情が整理しきれなくて。八つ当たりのように持っていた大剣で、近くに生えていた木に振り下ろす。音を立ててあっけなく割れた木。頬が冷たい。


 人間が憎い、許せない、そんな感情今まで忘れていたのに。自分から大切な光グリムとケルスを奪った人間が許せない。人体実験なんていう名目で、彼らを凌辱する人間が憎い。どうしてこんなことに巻き込まれなくちゃいけない。ただ旅をしていたのに、なんで蔑まされなきゃいけない。怖がられなきゃいけない。こんなの許されることじゃない。


「……違う……」


 人間が悪いわけじゃない。真に許せないのは、憎いのは。


「俺の、せいだ……」


 ヴァダースに襲われた時に、仲間を守り切れなかった自分自身だ。

 責任転嫁をして自分の弱さから目を背けていた、自分が情けなかった。


 その夜、野営地の近くで獅子の咆哮が木霊した。

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