第三十一節 機械人形
スグリから聞いた先遣隊の報告によると、機械都市マシーネの近くでカーサの影が確認されたそうだ。軍は次の目的地が決まり、軍艦を出港させた。
都市ヨートゥンの近くにある、港町メヒャーニク。その港の隣にある、ミズガルーズ国家防衛軍のメヒャーニク駐屯地。軍艦をそこに停泊させ、物資などの搬入、軍艦のメンテナンスをすることになった。メンテナンスには数日かかるらしい。次の目的地である機械都市マシーネまでは、軍の任務用高機動車で移動することとなった。
都市ヨートゥンをはじめ、アウストリ地方の南側は機械などの工業が盛んな街や都市が多い。軍の高機動車や通信機などは、主にこの港町メヒャーニクで生産されている。街並みもミズガルーズや都市ノーアトゥンと比べると機械的な部分も多く、発達していることがわかる。機械都市マシーネには、高機動車を使ったとしても半日以上はかかるそうだ。
時刻は午後の4時を過ぎた頃。今からここを出ると今夜は野営となるが、時間が惜しい。悠長なことは言っていられないという結論に至り、すぐに発つと伝えられた。
出発時間まで自分たちでも情報収集をしようと、ヤクとスグリに許可を取ったエイリークとレイは、港町メヒャーニクを歩いていた。自分達の監視として、軍からはソワンが付く。道中で必要な物資なども買いながらカーサについて情報収集をするが、これといった大きな情報は何もない。出発時間も迫ってきており、諦めるかと帰路につくことにした。港町の広場を通った時、そこにある噴水でハープを奏でている男性に声をかけられる。
「やぁそこの可愛い軍人さん!俺の曲を聴いてかない?」
「ボクのこと?」
男性の服装は街の服装ではなく、旅人のそれだ。ハープを持っているということは、吟遊詩人だろうか。
男性はソワンに目をつけたのか、彼を誘った。これは完全に、ソワンを少女と勘違いしているのだろう。言うべきか言わざるべきかと悩んでレイを見れば、ふるふると首を横に振られる。知らないままでいいこともあるだろう。彼の表情がそう物語っていた。
「ん〜、嬉しい!でもごめんね、ボク急いでるんだ」
「なんてことだ、軍人さんの邪魔をしちゃったかぁ」
「今度会えたら、その素敵なハープをじっくり聴かせてほしいなぁ」
「勿論だとも!そっちの荷物持ち達と一緒でも、まぁ構わないさ」
どうやら男の中では、自分とレイは荷物持ちと認識しているようだ。確かに軍で保護してもらっているから、ある種の荷物なのだろうが。
そこまでのやり取りの中で、ふと気付いた。目の前の男は、バルドル族の自分を見ても平然としている。聞くだけ野暮だが、気になってしまった。
「あの……俺のこと、怖くないんですか?」
「怖い〜?あのねぇよく聞いておけ。旅してる時に異種族に会ったからって騒ぎ立てるなんて、そんなの美しくないだろ?」
「うつく、しく……?」
「俺は美しいものを愛す博愛主義者なわけ!それは俺自身にも当てはまることで、俺の美しい行動も俺の愛すべきものに入るの。理解できる?」
やれやれ、と呆れたような態度を示す男。ソワンに対する時との差が激しいが、そこは気にしないでおこう。ついでに答えも理解するには難しいので、適当に受け流すことにした。自分から尋ねておいて申し訳なかったが、相手できる人種ではない。
会話もそこそこにその場から去ろうとして、そういえば男の名前を聞いてないことに気付く。
「そういえば、名前聞いてもいい?」
「おっと名乗ってなかったか!俺の名はカウト・リュボーフ。覚えておいてくれる?」
「カウト、だね。うん、いいよ」
にこ、と笑うソワン。自分も大分慣れてきたとはいえ、本当に一見すると少女にしか見えない。カウトもメロメロになっているようだ。知らぬが仏、とはこの事か。
やがて我に返ったカウトは咳払いをしてから、最後に一つ警告を、と投げてくる。
「そういえば、もし機械都市マシーネに向かうなら気を付けた方がいいよ」
マシーネと聞いて、思わず振り返る。どんな情報かと聞きたいが、カウトは渋る。つまりは情報料が欲しい、とのことだ。彼も旅人だ、資金の調達にも苦労はしているかもしれない。ただ手持ちを考えると、自分から渡せるものがない。レイも同じらしくどうしようかと悩んでいたが、ソワンが動く。
彼はカウトに近付いたと思えば、なんと彼の頬にキスを一つ落とした。ちゅ、というリップ音を立ててから、カウトを見上げるように姿勢を低くする。そしてカウトに対しての、トドメの一発を食らわせる。
「これじゃ、ダメ?」
可憐な少女、のような見た目で上目遣いをされたとならば、一般的な世の中の男性は、忽ちノックアウトされるだろう。カウトも例に漏れなかった。とても満足そうな幸せそうな、なんとも言い難い、だらしのない表情になる。
エイリークは改めて、目の前のソワンの事を恐ろしく感じてしまった。
「ダメなワケないじゃあないか!いいよ、聞かせてあげよう!」
「嬉しいっ!ありがとね!」
「それで、気を付けた方がいいって理由なんだがね。機械都市マシーネからすぐ近くに、古城があるんだ」
ずっと使われてなかったが、どうも数ヶ月前からカーサがそこをアジトとして使用しているらしい。さらにその影響で機械都市マシーネでは、カーサが作った
勿論マシーネもカーサに対抗しようとしたが、
「そんなことが……」
「カーサの手先の一人に、妙な術を使う奴がいるらしくてね。そいつのせいで、街の人たち同士で戦ったりしてしまうこともあるらしいよ」
「ひどい……!」
聞くだけでも悲惨な状況に、思わず表情を歪める。何処までも卑劣なカーサのやり方を、許すわけにはいかない。改めて強くそう感じた。
「そんなわけだから、もし任務とかで向かう場合は用心した方がいいよ」
「ありがとう。ボクの上司にも伝えておくね」
情報提供に改めて礼を述べ、メヒャーニクの駐屯地に戻ることにした。その道中で、先程目撃してしまったキスについてソワンに尋ねてみた。
「その、ソワンさん。さっき、その、キスを……」
「さすがに俺も驚いた。お前、貞操観念とかないのかよ?」
「えー、いいじゃん別に。減るもんじゃないんだし。それに、ああいう男にはあれ位しないと。チョロすぎてびっくりしたけどね」
「うわぁ……」
可愛いって、怖いな。
思わず背筋が凍ったエイリークであった。
******
駐屯地に戻る。出発時間までは、まだ時間があった。メヒャーニクで出会ったカウトからの情報を、ヤクとスグリに伝える。その情報は軍からはまだ入っていない情報ということで、有効活用されることになる。
ここでもまた、誰かの視線を感じて振り返る。隣にいたレイに、誰かいるのかと尋ねられるが、やはり辺りには誰もいない。
「気のせい、かな?」
「もしかして疲れてるんじゃないか?」
「うーん……。しっかり休んでるはずなんだけどなぁ……?」
少々の疑問を抱えながら、高機動車に乗ることとなった。
高機動車には数名の部下と、エイリークとレイ、ソワンも同車した。救援物資を積んだ高機動車が一台。
マシーネに向かう道中、特に問題もなく野営地に決めた場所まで辿り着く。カーサの障害があるかと思われたが、
そしてそれは野営地で食事をとり、休憩していた時だった。突然風が変わり、野営地を囲むように
何か攻撃を仕掛けてくるかと思われたが、
突如現れた
(まさか……)
嫌な、予感がした。
野営地の奥から、足音が聞こえる。誰かがこちらに来ている。一歩、もう一歩と悠々とした足取りだ。感じ取れる気配は、決して友好的なものではない。ヤクが牽制に、
元々の気配が友好的なものではないのは、それが着ている服を見れば明らかだった。何故なら──。
「カーサ……!!」
気配──男が着ていた服は、カーサのそれだったからだ。男はニヤリ、と下卑た笑みを浮かべて、片手を上げた。
「やぁやぁはじめまして。俺はカーサの一人でルビィってんだ。今日は戦うつもりはないから、安心してイイヨ」
そう言ってルビィと名乗る男は笑う。しかしここまで
それはここにいる誰もが思ったことであり、代弁するかのようにスグリが口を開く。
「
「んー、それもそうか。でも今回は単なるお披露目って名目で連れてきたんだ。どうだいこいつら、俺たちの傑作品なんだぜ?」
自分のそばにいた
「ふざけるな、そんな機械仕掛けの人形なんて……!!」
「ありゃ、お気に召さない?人間の死体を使ってるから?」
その言葉で、空気が凍りつく。今、目の前の男はなんと言ったのだろうか。
人間の死体……?
「は……?」
「だから俺たちが殺した人間の死体をベースに、こいつらを造ったって言ってるじゃんかよ」
そしてルビィは、とても楽しそうに残酷な真実を告げるのであった。
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