第二十四節 廃墟に支配された小島
ノーアトゥンがカーサの襲撃に遭ってから数日経った、ある日のこと。街の復興は大方進み、カーサの追撃もないことがわかった。あとは街に残るユグドラシル教団騎士が、住民たちに指示を出してくれるらしい。ヤクやスグリにとってその申し出は予想外だったが世界巡礼中であることも確かだということで、謝礼もそこそこに、その申し出を受け入れた。そしてミズガルーズ国家防衛軍は、次の目的地であるアウストリ地方最南端、都市ヨートゥンへ向かうことにした。
今はその都市ヨートゥンの近くにある小島へ向かうため、軍艦で渡航していた。レイはあるものを持って、軍艦内に用意された部屋に入る。部屋に設置されているベッドの上には、顔色の悪いエイリークが横たわっている。そんな彼を、なんとソワンが介抱していた。
実はノーアトゥンから出航する際、軍の救護キャンプから医療部門の補佐として、ソワンが抜擢されたのだ。世界巡礼のメンバーには確かに、軍の救護部隊に所属している軍人もいる。しかしノーアトゥンでの襲撃を受けた際、深手を負ってしまった救護部隊のメンバーもいた。そんな人員を乗せて世界巡礼を続けることにはリスクがあるとヤクとスグリは考えたらしい。
そこで彼らは、派遣されてきた救護部隊のメンバーの中でも比較的フットワークの軽いソワンに、そんな人員達の代役を頼んだのだ。彼の実力は、ヤクもスグリも認めている。さらに彼になら、レイとエイリークのケアも任せられる。ソワン自身も快諾し、今こうして共に世界巡礼に出ていた。
「ソワン、頼まれていたもの持ってきたぞ」
「ありがとレイ。ほらエイリーク、起きれる?とりあえず処置はしたけど、この薬も飲んで。だいぶ楽になるはずだよ」
ソワンはエイリークの背に手を回し、彼を支えながら起こす。うぅ、と呻きながらも起きたエイリークは、差し出された薬を飲む。その薬は、レイがソワンに頼まれて持ってきたものだ。
エイリークは辛そうだが、なんとか薬を飲めたようだ。
「大丈夫か?」
「うう、ごめん……迷惑かけて……」
「もう、船酔いする体質だって言ってくれたから準備は出来たけど。まさかここまで酷いなんて思わなかったよ」
そう、エイリークはどうやら船酔いする体質だったのだ。出航して10分くらい経った頃に、彼の顔色が悪いことに気付いた。慌てて用意された部屋に連れて行き、ソワンを呼んだのだ。聞いたところ、エイリークは事前に酔い止めの薬を街の薬屋で貰っていた。しかしその薬がどうも、体質に合わなかったらしい。
今飲んだショック症状を起こさないための薬を、ソワンが間に合わせの薬で調合したのだった。何はともあれ、大事にはならずに済んで良かった。
「そんなにダメだったんだな」
「うーん……地に足が着いてない感覚がどうも苦手で……」
「とにかく、もうちょっと横になって休んでなよ。そろそろ小島に着くみたいだし、そうしたら動くんでしょ?」
彼の言葉に頷く。
それはノーアトゥンで自分とエイリークが大喧嘩──正確に言えば自分が彼に対して自棄を起こした日。お互い謝り合って、痛み分けだと笑った後にエイリークから聞かされたのだ。
世界巡礼の次の目的地は、カーサのアジトがある場所の近く。そして、そのアジトを襲撃するのだと。ただし自分やエイリークは、そこに参加することは出来ないらしい。一般市民扱いである以上、作戦行動に同行することは出来ない。それらを教えてくれたソワンは、少しくらい言いつけを破ってもいいんじゃないかと話を持ちかけてくれた。軍の人たちを信じてはいる。だけど自分の仲間のことに、自分が介入出来ないことがじれったい。だから、ひっそり後をついて行かないか、と。
自分には責任を負わせないから、そうエイリークは言ってくれた。そんな彼を見て、触発されないわけがない。責任なんて一緒に背負えばいいと返し、彼の案に便乗することにしたのだ。
その日から、ソワンも交えて少しずつ作戦を立てていた。ノーアトゥンを発つまでに、数日の時間があったことは幸いだった。そうして作戦が決まった。
今回は変化の術で、小動物に変わる。次にソワンのポーチに入り込み、小島へ降り立つ。最後に隙を見て、彼がポーチの中にいる自分たちを開放する。ある程度離れてから術を解いて、軍の後を追うことにしたのだ。この方法でヤクやスグリにばれないかと言われれば、十中八九ばれるだろう。そのためその2人が小島に降り立って、しばらく進んだのを確認したあとに作戦を決行する。
正攻法では軍艦に残っていろ、と言われるのが目に見えている。だから隠れて後を追うことを選んだ。どのみち後をついていくことで、軍艦から抜け出したことはばれてしまうだろう。そのことで説教を受ける覚悟で乗り込まないと、自分たちがどれだけ仲間の情報を引き出すことに対して真剣か、きっとわかってもらえない。
「そうだな、まだ少しだけかかるみたいだから休んでろよ」
「うん、そうする……。ありがとう」
そう力なく微笑んで、エイリークは再び横になる。それを確認して、ソワンと共に一度部屋を出る。外に出よう。見晴らしの良い甲板に出て海風を感じる。小島に近付いていく。風は気持ち良いのに緊張して、ざわざわする。そんな自分の緊張に気付いたのか、ソワンに背中をポン、と叩かれた。
「どうしたの、珍しく緊張してるみたいだけど?」
「別に、そんなんじゃないよ」
「本当かなぁ~?」
「本当だって頬つっつくなよ!?」
にやけながら自分の頬をつつくソワン。彼とのこうした会話は、久しぶりだった。ミズガルーズの魔法学園で一緒だった頃はよく色々話したりしていた。中等部卒業後に、高等部でも一緒だと思っていたら、突然彼は軍の士官学校に入った。その理由は今でも教えてはくれないが、何が大きい理由があるのだろうと思っている。しかし、ノーアトゥンで久し振りに遇った彼は中等部から変わってないようで、安心した。
「でも驚いたなぁ。軍の指示で派遣部隊で来てみたらレイがいるんだもん」
「俺も驚いた。まさかもう、一人前に軍人として活躍してるなんてなぁ」
「活躍なんて大それたことはしてないよ。一人でも多く救うことが、救護部隊の理念だから。それに従って生きているだけだよ」
なんともないように言っているが、凄いと思う。もう自分の生き方を見つけている。自分と同じ年齢なのに、とても大人だ。伸び伸びと学生生活を謳歌していた自分と、軍人になるために訓練していた彼との大きな差なのだろう。
そう思いに耽ったが、ソワンが唐突に渡したいものがある、と言ってきた。なんだろうと振り返ると、それは簡易的な救急キットだ。
「ボクは一緒に行くわけにはいかない。その代わりに、これくらいのことはできるから。でも簡易的なものだから、大怪我したらすぐに戻ってくること」
「ソワン……。ありがとな」
「レイは一般市民なんだから。あんまり無茶なことして、ヤク様たちを悲しませたらボクが許さないからね」
「そんなことしない」
「どうかなぁ。レイってば昔から無茶ばっかりするんだから」
その言葉に対して苦笑する。
確かにそうかもしれないが、ここまで来たのだ。引き返したくはない。そのあとも軽く談笑をして、そろそろかと再び部屋に戻る。
小島が、目視できたのだった。
部屋に戻ってエイリークを起こす。船酔いの症状はほぼ収まっていた。それに安堵し、作戦を開始する。軍艦が安全な場所に停泊したことも、ソワンが確認済みだ。変化の術で各々小動物に変化して、いつもソワンが任務の時に持ち歩いているという医療ポーチの中に入り込む。少々狭いが、これは仕方がない。その後ソワンに持ち運ばれるような形で、軍艦を降りた。
軍艦から数名の戦闘員とヤク、スグリが降りて残った隊員たちに指示を出す声が聞こえる。指示を出し終わり、そのまま廃墟に向かうのかと思った。しかし、こちらに二つの気配が近付いてくる。それは紛れもない、ヤクとスグリの気配だった。まさか、もうばれてしまったのか。
「ソワン、あの2人はどうしていた?」
「レイとエイリークのことですか?んー、どうもエイリークが船酔いする体質だったみたいで……。今は部屋に寝かせていますし、レイが看病していますよ」
動揺しないでしれっと嘘の報告をしているソワンに、ある種の恐ろしさを感じた。
「そうか……2人の監視、すまないがよろしく頼む」
「承りました」
そんな会話のあと、今度こそヤクとスグリは廃墟へ向かって行ったようだ。ポーチの中でエイリークと共に安堵する。とはいえ作戦はまだ終わっていない。
残った隊員が軍艦内に戻っていく足音が聞こえる。ソワンが動き出したのか、ポーチの中が揺れた。数分して急に光が見えたと思ったら、外に出るように促された。どうやら人目を盗んで行動できたらしい。促されるまま外に出てから、自分もエイリークも術を解いて人の身に戻る。ぐ、と伸びをしてから周りの状況を確認した。
鬱蒼とした森だ。生物の気配は感じれるが、好ましくない気配。魔物だろう。いかにもここがアジトだ、と言わんばかりの雰囲気である。
「じゃあ2人とも、ボクは戻るけど……くれぐれも気を付けてね」
「ああ、ありがとなソワン」
「いってきます」
ここまで連れてきてくれたソワンに礼を言って、森の奥にいるであろうヤク達の気配を追う。ただしそう簡単に進めるはずもなく、予想していた通り魔物による歓迎を受けた。各々武器を構えて、対峙する。
「邪魔すんな!
杖の核に貯めた魔力の塊を魔物相手に振るっていく。強い光を前に、一瞬行動が止まる魔物たち。その隙に彼らの懐に潜り込んだエイリークが大剣を構え、一気に薙ぎ払う。
「
薙ぎ払った大剣から小さな火の粉が舞い、魔物たちの毛や肉を焼いていく。腐った油のような、臭いにおいが辺りに充満する。今はそれを気にするよりもヤク達に追いつくことが先だ。もはや獣道となっている道を、枝を掻き分けながら進む。そうして言葉少なに進入した先に、空間が開けた。
そこで目の前に飛び込んできたのは、まるで何かの実験施設のようだったと思わせる外観の建物。所々が黒ずみ、風化の影響なのか崩れている。それなのに不思議なことに蔦はなく、人が出入りしているような跡も見受けられた。
「ここか……」
「みたいだね」
ついに辿り着いた。今一度武器をしっかりと握りなおす。
いざ目の前にあると、やはり怖い、身体が震える。
「レイ」
不意にエイリークに呼ばれ、手を握られる。自分よりも少しだけ大きい彼の手。
急のことで返す言葉が見つからず、ただ彼を見ると、いつもの笑顔がそこにある。
「大丈夫、レイのことは俺が守るよ」
太陽のような笑顔を向けられて、不思議と不安が消えていく。大丈夫、今は一人じゃないんだと改めて思う。とても心強く感じた。
「ありがとう。もう大丈夫、行こうぜ!」
自分も彼に精一杯の笑顔を返して、共にアジトらしき廃墟へ入っていった。
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