第十六節 希望の光を見出して
「……さて。まだ聞きたいことがあるのだが、いいだろうか」
自分たちの言葉が信じてもらえて一安心したのも束の間だった。まだ尋ねたいこととは、一体なんだろうか。不安を隠しきれない。
隣にいるレイも自分と同様に、怪訝そうに男性たちを見ている。
「聞きたいこと、ですか……?」
「キミがバルドル族だということは、本当だな?」
「は、はい……」
空色の髪の男性は何やら考え込んでから、さらに続ける。
「そうか……第三次世界戦争が終結してから、バルドル族はほぼ絶滅しているとの記述があったが。やはり生き残っていたバルドル族もいたのだな……」
「第三次世界戦争……?」
聞き馴染みのない言葉に疑問が浮かぶ。首をかしげる自分を見た黒髪の男性が、詳細を教えてくれた。
世界戦争とは別名ラグナロクと呼ばれる、全世界、全種族を巻き込んだ戦争のことだ。この惑星カウニスでは数百年に一度、世界が滅びる程の戦争が起き、そののちに繁栄を繰り返すという歴史がある。それはこの惑星が生まれた時から、ずっと繰り返されているそうだ。
そして今現在から一番近い戦争が、約五百年前に行われた第三次世界戦争と呼ばれている戦争。その戦争の勝利者は人間であり、そこから人間による、種族差別や狩りの歴史が始まってしまったとされている。バルドル族や他の種族が極端に減少したのはこのためだ、とも言われているらしい。
バルドル族は自分の他にはほぼいない。昔に自分の師匠からそう言われていたが、その原因を知ることになるとは。
「まぁ、この話はここまででいいだろう。それよりも何故、お前はそこの彼と旅をしている?ミズガルーズ国内で遇ったわけでもあるまい」
「それは……旅の途中で彼に、レイに遇いました。旅の目的が一緒だったから」
「その目的とはなんだ?」
視線が怖いくらい研ぎ澄まされている。嘘は許さないと言われているようだ。そもそも、嘘を言うつもりはないのだが。とはいえここまで鋭い視線を投げかけられると、どうも自信がなくなるというか、怖くなる。これが軍人というものなのか。
「……ある組織に、仲間が捕まっているんです。その仲間を救い出すのが、俺の旅の目的です」
「ある組織?」
「……カーサっていいます」
「カーサだと……」
カーサという単語に男性たちが反応する。もしかしたら、カーサのことを知っているのだろうか。
何か考える仕草をしてから、空色の髪の男性は次はレイに向く。気のせいか、視線が自分に向けていたものよりも鋭いような気がした。自分に向けられているわけではないのに、背筋が凍る感覚に襲われる。
「それで、お前は何故彼と共にグリシーヌ村いたのだ。自分の魔術の修行のことは忘れたのか」
「それは、エイリークと会ってこいつのことを手伝いたいって思ったからだよ。でも自分の修行のことだって忘れてるワケじゃない!」
男性は彼の言葉に大きくため息を吐いて、幾分かの哀れんだ視線をレイに投げかけてぼやく。
「いつになく真剣になっていたお前のことを、これなら大丈夫だと私は思っていたのだが……。早々にその目標を曲げるとはな。情けない」
「違う、そんなんじゃない!それに師匠言ってたじゃないか!修行だってやり方はそれぞれあるって!勉強して、練習することだって修行の一つだし誰かに教えを乞うのは確かに良いことだけど、それだけでは可能性は広がらんこともあるって!だから俺は……!」
「ならば問おう。お前が旅に出た理由はなんだ」
「それはっ……夢を、見たから……」
レイの言葉尻が何故か弱くなる。自分に対しては堂々としていたのに。
対して空色の髪の男性は再度ため息を吐き、またそれかと呟く。
「お前は都合の悪いことがあると、全て夢のせいだと言い訳をするな。そんな確証もないことのために目標を捨て、さらに彼を巻き込むつもりか?」
「ま、待ってください!巻き込まれたなんて俺は思ってないです。寧ろ俺の方が……」
「そんなこと今は関係ないだろ!?なんで師匠は、俺の夢の話だけは信じてくれないんだよ!それに、俺は目標を捨てたつもりなんて……!!」
互いが互いに言いたいことを言っているうちに場が混乱してきた。どうしたらいいのだろう。内心焦りつつも自分の言いたいことを言わなければ。しかしそのうちレイと彼の師匠の方で、大喧嘩になりそうだと心配し始めた時だった。
「ああもう、お前らいい加減にしろ!!」
嗜めるように言葉を荒げた黒髪の男性が全員を見渡す。その一喝で、部屋は途端にシンと静まり返った。
「全く……レイもヤクも、気持ちはわかるが落ち着け。そこの少年を放ったらかして喧嘩をするな」
「あ……」
「……そう、だな。すまなかった」
凄い人だ。たった一言でレイとヤクと呼ばれた彼の師匠の方を、落ち着かせることができるなんて。
2人が落ち着いたことを確認してから、黒髪の男性は続けた。
「落ち着いたな?ならまず、このバルドル族の少年のことを決めようか」
「俺の、ことをですか……?」
「安心しろ、何もとって食うわけじゃない。ただ、お前のことを軍で保護しようと考えている」
保護?軍人が、自分のことを?何故?突然の発言を前にして、一旦落ち着きを見せていた思考が、また混乱しそうだ。困惑する自分をよそに、空色の髪の男性が黒髪の男性に苦言を呈している。
「だがスグリ、彼は一般市民でもある。そんな彼を保護するとはいうが、悪い言い方をすれば、拘束するということになる。彼の自由を阻害する事は、私はしたくないのだが」
「わかってるさ。だがヤク、お前も知っているだろう。俺もよく目にしているが、人間は他種族に対して酷いくらいに排他的だ。そこの少年がこれから先旅をする中で、また今回みたいな目に遭わんとも限らない。そして疑いをかけられて、その報告で軍が振り回される事態も増えるだろう」
確かに言う通りだと、思う。今回のような件が初めてではないが、以前もよく村の自警団なんかに引っ張られていた。その時は今みたいに、公平な判断をしてくれる人は一人としていなかったけれど。
「だから、敢えて軍で保護するんだ。一般市民にも、危険な種族は軍でしっかり監視していると、わかるようにな」
「あくまで大衆的に、ということか?」
「そんなもんだ。本当はこんな言い方好かんし言いたくなかったが……。だが少なくとも、彼がこれ以上虐げられることも疑いをかけられることもない。どうだ?」
「……確かに、その理屈は通っている。監視するためではなく、守るためならば……」
「ああ。幸い俺たちは世界巡礼中の身だ、どうとも理由はつけられる。……それに、カーサときた。俺たち軍人とは無関係、というわけではないだろう?」
カーサが関係しているのだろうか。そういえば、さっきからカーサのことを知っているような雰囲気だ。
「そうだな……。彼がカーサに関係しているのならば、確かに見過ごすことはできん」
決まりだな、と黒髪の男性──スグリと呼ばれた男性──は、確認してから自分に振り返る。それでいいかと尋ねられるが、不安なことが一つ。レイのことだ。自分はレイと一緒に旅をするって約束した。そのレイのことを蔑ろになんて、出来るはずはない。
「あの、でも俺はレイと……」
「ああ、わかっているさ。そっちの少年も一緒に保護する」
「スグリ、しかし……!」
「考えてもみろヤク。知り合いが誰一人としていない、しかも軍に保護されるんだ。そんな所にずっといたら、彼だって息が詰まりかねないだろう?一人くらい気の許せる仲間がいたっていいじゃないか。それに、なんだかんだで心配なんだろ?なら目の届く場所に置いておけよ」
そんなスグリの様子に、ヤクがどこか毒気を抜かれたような表情になる。はぁ、とため息を一つ吐き、それでも納得したようだ。
不安だったが、どうやらこのままレイと一緒に旅が出来るらしい。レイと顔を見合わせて、良かったと安堵する。
「さて、決まったところで自己紹介がまだだったな。俺はスグリ・ベンダバル。この軍で騎士団長を務めている」
「私はヤク・ノーチェだ。この軍では魔術長を務めている。これからよろしく頼む。キミの名前を聞いてもいいか?」
「あっ、えっと……エイリーク・フランメです。その、ありがとうございます!これから、よろしくお願いします!!」
「エイリーク・フランメだと……」
名前を聞いた瞬間、ヤクが何かを思い出したかのように自分の名前を呟く。そのことに疑問を抱きつつも、問いただせることは出来なかった。
「……ところで、先程カーサと言ったな?申し訳ないが、キミの知っているカーサについての情報を教えてくれないか」
そう言われても、自分がわかるのはほんの一部のことだけだ。
魔物を狩り、その狩った魔物を従えて人々を恐怖に陥れようとしていること。各地にアジトを構えて、村や街を支配していること。珍しい種族がいれば、その種族を狩って自分たちのいいように扱うこと。そしてそんな組織の幹部にあたる人物が、自分の旅仲間──グリムとケルス──を連れ去ったこと。それらを全て話すと、思ってもみなかった答えが返ってきた。
「軍でも、カーサのことは聞いている。今、調査隊を派遣して色々調べてもらっているところだ。もしかしたらキミの仲間を救う助力は出来るかもしれん」
「本当ですか!?」
「ああ。我々もカーサについては、何か対処をせねばならんと考えていたからな。出来るだけ協力しよう」
その言葉は、自分にとって希望の光のようにも感じた。レイも良かったな、と喜んでくれている。そんな彼にも礼を述べて、目の前のヤクとスグリに頭を下げた。
良かった、と心からそう思う。こんなに親身になってくれるうえに、何より仲間を救うことに一歩近づけたような気がしたから。これも、きっとレイと出会わなかったら叶わなかった縁だと思う。
そこまで安心すると、今まで張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろうか。エイリークの意識は簡単に、闇の中に落ちていってしまったのであった。
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