第十五節 目の当たりにする現実と邂逅
それはリヴィエール村から出て、半刻歩いた先で見つけた村でのことだ。
いつものように外套についているフードを深く被り、バルドル族だと悟られないように歩いていた。その村も活気はある村だ。子供たちが笑顔で村の中を駆け回り、平和な空気を感じている。レイもいい村だと呟いていた。
何か食べようかと商店街の方へ向かう途中、何やら喧騒が聞こえてきた。目立つことはしないようにと気を付けていた自分とレイだが、野次馬根性よろしく様子を見に行く。
そこには何やら一人の大男が、ある店の前で一人の女性に凄んでいた。その手には剣が握られている。話を聞くにどうやら、男が求めている品の状態が悪いからまけろというものだった。その品は遠目から見ても状態のよいもので、明らかに大男の方が女性に恫喝していることがわかる。
大男が暴れたのか、店の前が少し荒れていた。女性は一向に大男に応じる様子はなく、ただただやめてくれと言い返しているだけ。いい加減しびれを切らした大男が女性に殴りかかろうとした時、一人の小さな男の子が女性と大男の間に割って入る。短い腕を目一杯に広げて、まるで女性を守るように立ちはだかった。
「ぁあ?なんだこのガキ!」
「母ちゃんをいじめるな!母ちゃんの作るものは一流品だ、お前の嘘なんかすぐにわかるんだからな!!」
勇ましい子供だ。足が震えていながらも一生懸命に大男に立ち向かっている。だがそんな子供の様子に大男の器は小さいのか、食って掛かる。
「うるっせぇな!俺に命令すんじゃねぇよクソガキ!!」
振り上げた剣が子供を捉える瞬間、彼と子供の間に入って自分の大剣でそれを受け止めた。
一体何をしたんだろう、とは思う。いつも自分を虐げていた人間と同じ、人間という種族なのに。大男が気に食わなかったから?店が不憫だったから?……違う。この子供が大男にむざむざ殺されそうになるのを、見過ごせなかったからだ。
目立たないようにとレイとも言っていたのに、身体が動いてしまった。もうこうなっては何を言っても後の祭りだ。フードだけは外れないように細心の注意を払っておく。
「……おにいちゃん、だれ……?」
震えてしゃがんでいた子供は、庇ってくれた自分を不安そうに見上げてくる。どうやら怪我はない様だ。そこは一安心する。
「大丈夫?怪我はしてないようだね?」
「うん……」
「なら、ちょっとそのまま頭低くしててね」
子供の安全を確認してから、あくまでも牽制のつもりで大剣を薙ぎ払って大男の剣を打ち飛ばす。大男の剣はいとも簡単に弾き飛ばされ、通りの奥の方に刺さる。幸いにも通行人はいなかったようで、怪我人はいないようだ。立ち上がって大男の方へ振り向く。
「いくらなんでも、子供相手に剣を振るうなんて恥ずかしくない?」
「んだとぉ!?」
「それにイチャモン付けて商品を安く買おうなんて、いい歳した大人のやる事じゃないよね」
ああもうこれでは、自分は目立ちたがり屋ですって言っているようなものだ。腹を括るしかない、ここまできたら自棄というもの。気持ちを切り替え大男に対応する。
思うようにいかないことが立て続けに起きている大男は、ついに身一つで自分に襲い掛かってくる。そんな大男の動きは自分にとっては簡単に躱せるものであり、すぐに撃退できるはず、だった。
足元に店のものであったであろう瓶が転がっていることに気付かず、うっかりその瓶を踏んで転びそうになる。なんとか踏ん張り転倒することは免れたが、大男の手がフードに引っかかり、外れてしまった。しまった、と思った時にはもうすでに遅く、大男を含めて周りの村人たちがざわつく。
「おっ、お前!バルドル族か!?」
「逃げろ、殺されるぞ!!」
「あ……」
……知っている、この顔。この視線。蔑みと恐怖の入り混じった視線と表情。バルドル族だからという理由だけで、自分を忌み嫌うこの態度。今までの旅で、それをわかっていたつもりだった。理解しているつもりだった。
それを最近忘れていたのは、レイがいてくれたからだ。彼がいてくれたおかげで、人間のこともそんなに悪くないものかと思えていた。
しかしそんなことはなかった。やっぱり自分は世界にとっては異質で、認められない存在なのか。
「この村から出ていけ疫病神!!」
ついに大男は、道に落ちていた石などを自分に投げつける始末だ。さっきまで大男のことを訝しそうに見ていた村人たちも、今は大男に加勢している。自分が避けると後ろにいた子供に当たってしまう。それをわかっているから、あえて避けないでいた。そのうち村人たちの中からレイが飛び出し、自分の前に立って魔術を使おうとしていた。
「レイ!?」
「こんの……いい加減にしろ!!」
そう言って、杖から小さな光を作り出して村人たちの足元に放った。その攻撃で村人たちの投石は止まる。ざわつく村人たちに向かって、レイは怒りに任せるように叫んだ。
「てめぇら頭おかしいんじゃねぇの!?ついさっきまでその大男のことを悪者だと知っていて何もしなかったくせに、こいつがバルドル族だってわかった瞬間に悪者をこいつにして石投げるのかよ!」
「仕方ないだろう!バルドル族は狂った種族なんだぞ!!」
「ふざけんな!こいつが今、子供を守ったの見てなかったのか!?」
「レイ。もういいよ、俺は──」
これ以上自分のためにレイが村人たちといがみ合う必要なんてない。どうしたらいいのかとオロオロしていた時、ハッキリとした声が聞こえた。
「なんの騒ぎだ?」
「やっば……」
(レイ……?)
声のした方を振り向けば、何やら簡易的な甲冑を纏った騎士のような人物が2人ほど向かってくる。その男を見て、僅かにレイが反応した。
村人たちはその人物たちを見て、助けを求めるように集まる。その声を聞くに、どうやらどこかの軍人らしい。初めて見る甲冑と軍服だ。村人たちと少し話した軍人のうちの一人が、こちらにやってきた。
「バルドル族のキミが、この村に何の用か?」
「あ……えっと……」
どう言っていいのかわからない。自分には何も、子供を助ける以外に考えてなかったのだから。答えに詰まっていると、レイが助け舟を出してくれた。
「俺たちはたまたまこの村に立ち寄っただけです。それに、俺たちは何もしていない。そこにいる大男がこの店にちょっかい出してたから、俺の連れが助けたんだ。そのあとその大男を中心に、こいつがバルドル族だからって投石し始めたんです。信じてください」
「キミは……」
軍人はレイを見ると少し驚いた様子で彼を見ている。知り合いなのだろうか。呆然としている自分にレイは振り向いて、大丈夫かと声をかけてくれる。それに大丈夫だと返事を返すが、嘘を吐くなと釘を刺された。どうやら小石が当たった時に負った傷で血が流れていたこと、わかっていたみたいだ。
「ごめん……」
「本当に、無理するなよ」
そう言って治癒の魔法をかけてくれる。
軍人たちは2人で何か話した後、告げた。
「キミたちの言いたいことはわかったが、それを証明する手立てがない。申し訳ないが、我々と一緒に駐屯地へ来てもらいたい」
「そんな、でも……!」
「いいよレイ。ここで言い合っても何もわかってもらえないし、何も始まらない。それなら、軍の偉い人に話をしっかり聞いてもらった方がいいじゃないか」
それにこの村に長居はしたくない、そう言えばレイも渋々だが納得してくれた。
そしてそのまま軍人と一緒に来たのは、村から少し離れた場所に設置されてある駐屯地。進むにつれて軍人たちの人数が増えていく。何か畏まった雰囲気で、肌を刺す空気が少し鋭く感じる。多少の恐怖も感じた。
奥へ奥へと進んで、とある場所で軍人が止まった。
「ノーチェ魔術長、ベンダバル騎士団長、ご報告がございます。よろしいでしょうか?」
「いいだろう、入れ」
「はっ」
軍人に促されて中に入る。
そこにいたのは空色の長い髪を結っている男性と、黒い髪の男性だ。目の前の軍人の上官だろうとわかる雰囲気を感じた。
「報告を」
「はっ。グリシーヌ村周辺の魔物討伐は無事に済みました。村に被害もなく、村人たちから死傷者は出ておりません。それと……その帰りのグリシーヌ村で村人たちの喧騒があり、そこで原因の一端であるバルドル族の少年と、その少年の旅の仲間という人物を連れてまいりました」
「バルドル族の少年……?」
男性たちの視線が一気に自分に集まり、物凄く気まずい。
しばし無言の空間が続いたが、上官の男性が自分たちをここに連れてきた軍人に指示を出す。そして部屋の空間には自分とレイと、2人の男性の4人だけになった。どうしたらいいのか内心焦っていると、空色の男性が声をかけてきた。
「……グリシーヌ村で何があったのか、聞かせてもらおうか」
「えっと……」
「俺たちはたまたまあの村に立ち寄っただけだし、俺たちは何もしていない。村人の大男が、ある店にちょっかい出してたのを、こいつが助けたんだ。そのあと大男を中心に、村人たちが……こいつがバルドル族だからってだけで投石し始めた……。信じてよ、師匠」
レイの言葉に驚く。今なんて言ったのだろう?師匠?
レイの視線の先にいたのは、空色の髪の長い男性。この人がレイの師匠なのだろうか?
「……お前に聞いているのではない」
「っ……」
「そこまで邪険にしなくてもいいだろう、ヤク。……そこのお前、今彼が言ったことは本当か?」
黒髪の男性が空色の髪の男性を宥めて、問いかけてくる。話に置いていかれてたような気がするが、我に返って答える。
「は、はい。本当です……俺たちは、本当にただ立ち寄って、そこで自分から喧騒の中に飛び込んだんです。そのあと、バルドル族だからって少し攻撃されましたけど……」
「そうか……」
その様子を見て、一応納得してくれたのだろうかと思った。だが、その次に発せられた言葉に衝撃を受けた。
「その言葉を信じてやりたいが、その言葉を裏付けられる確固たる証拠がない限り、俺たちはそれを信じてやることは出来ないな」
「えっ……」
「別にこれはお前がバルドル族だからと差別しているわけではない。ただ、各村内で起きた事件に対して軍はあくまでも中立の立場だ。各々の証言への信憑性を見定めてからでないと、立場を守ってやることも出来ないのが事実だ」
お前たちのその言葉には、裏付けれるだけの確実な証拠があるか。そう問いただされても、正直お手上げだった。仲間のレイの言葉なら信じてもらえると思ったが、それでは足りないと。
村の中に、バルドル族の自分のために証人になってくれる人なんていないだろう。八方塞がりかと諦めた。言葉に詰まり、どうしようかと考えあぐねていた時。何やら廊下が騒がしいことに気付く。それはレイも、目の前にいる2人の男性も同じらしく、何事かと廊下に面している扉を見る。
騒音はちょうど自分たちのいる部屋の廊下の前で止まったようで、それに気付いた時には扉が開いていた。
「何事だ」
「軍人さま!おにいちゃんたちにひどいこと、しないでください!」
開かれた扉の前には、自分が村で助けたあの男の子がそこにいた。どうしてここに来たのだろうか。戸惑いと驚愕の表情で見ていると、後ろから他の軍人たちと一緒に、男の子の母親であるあの女店主が彼を追いかけて来た。
「こら!今は立ち入り禁止だぞ!」
「全くなにしてるの!こっちに来なさい!」
「いやだ!だって!!おにいちゃんたち、せっかく母ちゃんを助けてくれたのに連れていかれちゃったんだもん!おにいちゃんたち悪くないもん!」
今にも泣きそうな声で必死に叫ぶ子供。母親の言うことを聞かずに、自分の服をぎゅっと力強く掴んで離そうとしない。
空色の髪の男性が、母親である女店主に尋ねる。
「……、今の話は本当か?」
「は、はい。私が脅されて、この子が男の目の前に立って、殴られそうになった時……その人がこの子を助けてくれたのです」
「軍人さま、本当だよ。それなのに……おにいちゃんたちにひどいこと、するの……?」
大きい目は涙で潤んでいる。そんな様子を見ていた2人の男性たちはそれぞれ目配せをして、何かを決めたようだ。そんな様子に、自分まで不安になってくる。
「……わかった。勇気ある小さな幼子の、その言葉を信じよう」
「ひどいこと、する……?」
「いいやしないさ。我が軍の責任者の一人として誓おう」
男性たちはそれぞれ答える。その答えに安心したのか、子供は笑ってお礼を言う。それに対して笑って頭を撫でてあげれば、えへへと嬉しそうににぱっと笑う。そこに女店主が近付く。
「……あなたは確かにバルドル族だけど、息子を救ってくれた恩人です。そのことには感謝します、ありがとうございます」
「そんな、いいですよ。寧ろ出過ぎた真似をしてしまって、申し訳ありませんでした!」
慌てて謝罪をするが女店主に止められて、お礼にと傷薬を渡してくれた。事態が落ち着いたということで、男の子は女店主と一緒に部屋から出ていく。
良かったなとレイに小さく囁かれ、何処か爽やかな気持ちになるエイリークであった。
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