第十四節 追憶

"炎よ焼き払え"クレマシオン!!」


 炎を大剣に纏わせ振るう。目の前にいた狼の魔物は逃げることが出来ず、その攻撃を受ける。切り裂かれた痛みと焼かれた熱さからか苦悶の声を上げて、魔物はその場に息絶えた。これが最後の一体かと確認し、大剣にこびりついた血を振るい落としてから、鞘にしまう。


 自分たちは今、川の村リヴィエール村に向かう道中だ。エルブ村から出て魔物の数が多くなることは知っていたから、それなりの心構えをしていた。とはいえそれは杞憂に終わる。何故なら今の自分には、心強い仲間がいるからだ。

 一息つくと、お疲れ様と声をかけられる。後ろを振り返れば、愛用であるらしい魔法の杖をくるくると回しながら歩いてくる、旅仲間のレイがそこにいた。


「うん、お疲れ。今ので全部だよね?」

「そうだな。それにしても、やっぱりエイリークすごいよな。そんな大剣を簡単そうに扱ってさ」

「そうかな?案外使いやすいんだけど……」

「マジかよ」


 自分には到底できない、とレイは笑う。

 自分がこの大剣と出会ったのは、いつだったろうか。確か自分の恩師との修行の中で、ある日渡してくれたんだっけ。

 バルドル族は戦いの申し子と呼ばれる種族。人間用の武具を使おうとすると、一族の強すぎる力に負けて武具の方が先に壊れてしまう。戦闘の才能を開花できていないバルドル族であってもその現象は起こるらしく、それ故に特殊な金属が使われた武具しか使えない。

この大剣にはその金属を多く混ぜてあるから、使っていくうちに手に馴染んで、いつかは自分の手足のように使えるだろう。そう教えてくれた自分の師匠からの言葉を思い出し、耽っていた。

 そんな思い出の世界から帰ったのは、レイに呼ばれたことに気付いたから。


「エイリーク?」

「あ、え、なに?」

「何度呼んでも返事しなかったから……怪我でもしたか?」


 心配そうに自分を見るレイに申し訳ないと思い、大丈夫だと返事をする。それならいいけどと訝しそうに自分を見ていたレイだったが、くるりと振り返って先程倒した魔物に近づく。何をするのか様子を窺っていると、彼はナイフを取り出して躊躇いなくそれを口元に刺した。突然の行動に驚き思わず声をかける。


「え!?何してるの!?」

「何って、魔物の牙取ってるんだけど?魔物自体は有害だけど、狼の魔物の牙は丈夫なのに程よく柔らかいから加工品として使われるって教えてもらってさ」


 村の武具屋でも、矢じりなんかに使えるからと牙の買取も行っているのだという。まだ所持金に余裕があるが、少しでも自分で稼げるのであるならば、こういった作業も経験になる。そう言いながらレイは、手際よく魔物の牙を採取していく。

そんなこと初めて知った。今まで自分は旅をして何をしていたんだろうと恥ずかしささえ覚える。それでも数秒のうちに気持ちを切り替え、レイに師事してほしいと頼み込む。一緒に旅をするうえで、知れることは全部知っておきたい。


 その言葉に嬉しそうに答えたレイが別のナイフを取り出し、レクチャーをしてくれた。途中力加減がわからずに何本か牙を折ってしまったが、それでも一体分の魔物から採取できる牙を全部切り落とすことができた。


「な、なんとか出来た……」

「初めてにしちゃ上手い方だよ。これなら、二束三文くらいにはお金が貰えるはずさ」

「精進するよ……」


 近くを流れていたエグランティエ川で血を洗い流してから麻袋に牙を入れて、休憩もそこそこに再び歩き始めた。フードを深く被りなおしておくのも、忘れずに。

 川の村リヴィエール村は、現在位置からそう遠くない場所にあった。村に着く頃には日が傾きかけていたが、武具屋に立ち寄って宿をとる分にはまだ時間もありそうだ。早速武具屋に向い、牙を見せることにした。


 武具屋にいたのは体格の良い男で、職人だということが一目でわかる人物だった。出された牙を吟味して、よくここまで綺麗に採取できたと褒めてくれる程だ。レイが牙の換金を頼んでいる間、手持ち無沙汰であったため店内を見回ることにした。

店内には店主の男が作ったであろう武器がずらりと並び、質の良いものだと素人目にもわかる。思わず凄い、と呟けば換金に対応していた店主の男が自分に気付く。


「……ほう。お前さん、いい剣を持っているじゃねぇか」

「え、あ、ありがとうございます」

「少し見せてくれや」

「ああ、はい……」


 担いでいた剣を男の前の台に置く。男はゆっくりと鞘から剣を抜いて、じっくりと刀身を見る。一応それなりに手入れはしている。大事にしているつもりだが……。目の前の男の顔は真剣で、ともすれば不機嫌にも見えたから不安だ。

 しばらくして、男は感嘆の声を漏らす。


「鞘の状態でもいい剣だとは思ったが、こうして見てみたらコイツが大事に使われていたことがよくわかった。あとなんだ、俺はマナをそれなりに使えるからわかるが、この剣には祈りが施されているな」

「祈り?」

「強くあれ、欠けることなかれ、そして真っ直ぐとあれ、とな。この剣を作ったやつは、よほどこの剣を使う人物に対して思い入れがあったんだろうよ。大事に使ってやんな」


 鞘に納めて、返された剣。謝礼を伝え、武具屋をレイと共に後にする。店から出る頃には、陽がだいぶ傾いていた。遅くなったねぇなんて感想を述べながら、今夜の宿を探すのであった。


 数十分歩いて、ようやく宿を見つけた。表に出ている料金表を見て比較的安い宿を選び、レイに頼んで部屋を取ってもらう。今日もダブルの部屋、ふかふかのベッドということで自分も彼も満足である。

 夕食も食べ終わり、電気を消して寝る準備に入っていた。お互いおやすみ、と言い合ってからベッドの中に入る。その数分後、レイが寝たことを確認してから音を出さなよう細心の注意を払い、ベッドを抜け出す。外套を羽織ってから静かに外に出た。


 目指す場所は屋上。そこに続く扉を開けば、満天の星空が出迎えてくれた。綺麗だなと呟きながら、屋上の手すりがある場所まで歩く。


 昼間のことと武具屋でのことを思い出し、思いかけず思い出してしまったのだ。今はこの世にいない、自分の恩師である師匠のことを。

優しかった、強かった。戦闘以外にも、生きるうえで必要なことを教えてくれた。幼い頃のことはあまり覚えてはいないものの、師匠に助けられた日から、自分のことや世界のことを教えてくれた。それらが自分の中に、少しずつ詰まっていった。戦闘技術や魔法も、全部師匠が教えてくれた。それこそ自分の大剣を作ってくれたのは、他ならぬ自分の師匠だ。だが、その大剣に祈りが宿っているなんて思いもしなかった。だからこそ余計に思い出させられたのだ。自分が失った大きなものを。

 そんな風に感傷に浸っていたが、突然頬に触れた冷たい感触に飛びのいた。


「うっわぁあ!?」

「うおっ!?」


 我ながら情けない悲鳴をあげてしまった。何事かと振り返れば、両手に水まんじゅうを持って目を白黒させたレイがいた。


「れ……レイ……?なんでここに……?」

「なんでって……そりゃ、隠れるように部屋から出て行ったからどうしたのかなって思ってさ。様子を見れば屋上に向かっていくから何事かと心配したんだぞ?」

「それは、ごめん……」

「まぁいいけどさ」


 それよりも食べるか、と差し出されたのはリヴィエール村の名産品の水まんじゅう。半透明の葛餅に包まれたあんこが、実に涼しげで美味しそうだ。素直に受け取って一口食べれば、ほんのりとした甘さが広がる。


「何してたんだ?」

「ああ、空を見てたんだ。俺、夜空を眺めて星を見るのが好きでさ。……まぁ、よく師匠に怒られていたんだ。こんなところで何をしてる!?ってね」

「エイリークにも師匠がいるんだ?」

「うん……いた、かな」

「あ……ごめん……」


 気にしなくてもいい、と笑ってそれよりも水まんじゅうの感想を述べていた。そんな自分の様子を不安そうに見ていたレイが一言、


「なぁ……無理、してないか?」


 そう告げてきた。

 言葉の真意がわからず振り返れば、俯きながらレイは言葉を紡ぐ。


「なんか、いつもの笑顔と違ったから……」


 なにかあれば聞く、と真剣に訴えるレイをしばし見て、思わず笑ってしまう。そんな反応をすれば、レイは当然怒るわけで。ごめんと謝って、怒りを鎮めてもらう。


 ──レイが思っていた以上に可愛かった。


 なんて、口が裂けても言えなかった。

 その本音は外に置き、言葉を続けた。確かに可愛いが、それだけではないのだ。


「レイの様子が俺の前の旅仲間に似てたんだ。それで思い出しちゃったんだ、ある日のこと。俺、レイに遇うまでは別の旅仲間がいたんだ」

「そうなのか?どんなやつ?」

「一人は俺の、一応親友……とは思ってるやつでグリムっていうんだ。頭が良くて強くてさ。もう一人はある国の王子でもある、ケルス・クォーツさ」

「おっ、その人なら知ってるぜ!アウスガールズ国のケルス王子だろ?」

「知ってるの?」

「授業でも習ったからな。リョースアールヴ族最後の血統、クォーツ家の生き残り。今は王位継承をして、王子じゃなくて国王陛下だな」

「授業で習ったの?」

「まぁな。……でも、なんでそんな国王様と旅なんてしてたんだ?」


 レイの言葉に、改めて感じた。何故だろう、と。

 ……本来なら、出会うはずのなかった人物だ。


 返しの言葉に戸惑うが、遠いある日に彼が言った言葉を思い出す。かたきを追っている、とケルスは言った。彼はある組織に、全てを奪われたのだ。


「……旅の目的が一緒だったからだよ」

「目的?」

「……あのさ。レイはカーサって組織、知ってる?」

「カーサ?」


 カーサとは、魔物や種族を狩る団体のことだ。魔物を狩り、従えることで村や街を支配している。世界各地にアジトを構え、支配した村や街の監視を常に行っている凶悪な組織。国際的な指名手配者が多く所属している、という話も聞く。


「うーん、俺はわからないな。ミズガルーズの国家防衛軍なら、ひょっとしたらわかると思うけど……。なんでそんな組織なんか?」

「連れ去られたからだよ、その二人が。俺は奴らから二人を取り戻すために、旅をしているんだ。ケルスの目的も、カーサだったから……だから一緒に旅をしていたんだ」

「そうだったんだな……」


 そう、すべて奪われた。だからこそ、自分はカーサを追わなければならない。大切な二人を取り戻すために。


「……だから、レイ──」

「俺と旅をしなくてもいい、なんて言うのは、なしな」


 全部言う前に釘を刺され、思わず言葉に詰まる。食べかけの水まんじゅうを全部食べてから、レイは自分に向き合って話し始めた。


 なにもかもをそんな風に抱え込んで、一人で何とかしようなんて、ここまで一緒に旅をしてきたのにそんなの我儘もいいところだと。嘘を吐くなと。お前はお前の意志で俺と旅をすることを望んだのに、そんな簡単に意志を曲げてもいいのかと。


 そう指摘され、確かにそうだったと思い出す。それに、彼のことは自分が守ると決めたのだ。それでも、確認せずにはいられなかった。


「……危険が格段に上がるよ?」

「わかってる」

「下手したら、帰れなくなるかもしれないよ?」

「覚悟するさ」

「……本当に、いいの……?」


 不安が隠し切れないまま彼を見れば、にこっと笑ったレイが、そこにいた。


「当たり前だろ?俺が見た夢とも関係あるかもしれないし……それに言ったろ、俺は俺の意志は誰にも邪魔されたくないって。たとえエイリークであっても、これは覆せないぞ」


 だから、とレイに手を差し出される。


「ある意味の旅の目的地一緒ってことで、な」

「……!うん、これから一緒に頑張ろう」


 その意味を理解して、負けないように笑い返し、その手を握り返したのであった。

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