第十七節 明かされた師の想い
目が醒めると、見知らぬ天井が見えた。ここはどこだろうと辺りを見回して、傍にいたらしいレイが視界に入る。
「レイ……?」
「エイリーク!良かった、気が付いたんだな。……大丈夫か?何処か痛くないか?」
自分が意識を取り戻したことがわかると、レイはすぐにベッドの傍に来て様子を見窺ってきた。何処も打っていないことを確認してから大丈夫だと答えれば、無理はするなと釘を刺されつつも安堵したような表情になっていた。
ひとまず、今の自分たちの状況を聞くことにしよう。上体を起こしてから、自分が意識を失ってからどのようになったのかを尋ねる。
自分が意識を失った後、村に返すわけにもいかなかったので、軍の駐屯地の空いている部屋に通されたとのこと。簡易的な治療の結果、倒れた原因は知らずのうちに溜まっていた心労だろうと診断されたらしい。確かに村の一件から休まずに突然軍の駐屯地に連れてこられたのだから、仕方のないことかもしれない。
申し訳ないことをしたとヤクとスグリは言ってくれたようで、自分が起きるまでレイに傍にいるように指示を出したらしい。
謝らなければならないのは、寧ろこちらの方なのに。こんなに迷惑をかけて、申し訳なさで一杯だ。勿論、レイに対してもそうだ。そう感じて謝れば、自分のせいだから気にするなと返ってレイに謝られてしまう。
「そんな、レイが謝ることなんてないのに……」
「ううん、俺が悪いから。それに……軍のこととか、黙ってたし……」
居心地が悪そうに俯きながらレイが呟く。それこそ、気にしなくていいことだ。隠しておきたい事実なんて、誰にでもあることだから。そう言葉をかければ、彼は小さく笑ってから話を続けた。
「俺、いつもの夢の中でさ……一回だけ、物凄く嫌な夢を見たんだ。それが俺の旅に出る、きっかけにもなった」
「物凄く嫌な夢……?」
「……師匠とスグリが、俺の故郷のミズガルーズの……夢の中で燃えている街で殺される夢……」
その言葉に思わず閉口する。
ただし、その夢を見たのはその一回きりだという。それが逆に恐ろしいらしい。居ても立っても居られなくて、でも見つかりたくなかったから、目立つ行動は控えることに賛成していたと白状される。行った先の村や街で聞き込みをしていたのは、ヤクやスグリの安否を確認するためだったらしい。
それを聞いて、目立つようなことをしてしまったのは自分だと思い出す。そのことについて謝れば、ならこれで痛み分けだなと、レイは笑う。
「その夢、夢のままであったらいいね」
「うん、そうだな。……ありがとな、信じてくれて。師匠は俺の夢の話だけは、絶対に信じてくれないから……」
「そうなの?」
「うん。他の話はちゃんと聞いてくれるし、信じてくれるんだけど……。まぁ頭固いからな、師匠は」
はぁ、とため息をついて肩を落とす。が、何かを思い出したように自分を見る。
「師匠で思い出した。エイリークが起きたら、自分の部屋に来てほしいって師匠から伝言を受けてたんだ。場所はこのメモに書いてあるから」
「俺に?」
「そうそう。エイリーク一人でって言ってたぞ」
まぁ行ってみればわかるだろう、と。怖いかもしれないけど頑張れよと励まされ、多少の不安を煽られながらも準備をする。行ってくる、と言えば笑顔でいってらっしゃい、と返してくれたのであった。
******
ヤクの部屋は、自分がいた部屋を出て左へずっと向かった先にあった。3回ノックすると、中から声が聞こえる。伝言を聞いてここへ来たことを伝えれば、少し声色が優しくなったようだ。入ってきてくれと返される。中に入ると、何やら資料を片付けているヤクがいた。
「ああ、来てくれたか。すまないな、キミに個人的に言わねばならんことがあるんだ」
そこの椅子にでも座ってくれ、と言われて素直に座る。
最初は冷たくて怖い印象だったが……。恐る恐る声をかけてみる。
「えっと……」
「内容は、キミの師匠……マイア・ダグさんのことについてだ」
驚いた。まさか、こんなことろで自分の師匠──マイア・ダグ──についての話ができるなんて。
聞くとどうやら、目の前のヤクもマイアから魔術を習っていたらしい。全くわからなかった。自分以外にマイアの弟子はいないものだと思っていたから。
幼い頃、自分には親というものが周りにいなかった。恐らくいたのであろうが、物心ついたときには自分以外の生き物は魔物しかいなかった。今ならわかるが、当時はイーアルンウィーズの森にいたのだ。何故そこにいたのかまではわからない。捨てられていたのだろうか。そんな、一人だった時に自分を拾い人として育ててくれたのが、自分の師匠のマイアだった。
イーアルンウィーズの森を南の方角へ抜け、その近くにある、小さな村。マイアはそこに住んでいた。彼女は自分に初めて優しくしてくれた、人間の魔術師だった。バルドル族と人間の違いは勿論のこと、魔術や剣術に関すること、生きるうえで必要になってくること、それら全てを教えてくれた恩人。そして彼女の人徳の高さのお陰か、その村の人間は自分を差別しないでいてくれた。それは自分にとっては大きくて、嬉しかった。いつか大きな恩を彼女に返したい、そう思っていた。
しかし、そんな彼女を失ってしまう事件が起きたのだ。突然変異した魔物が、平穏だった村に急襲を仕掛けた。村にいた人間の中で戦えるのはマイアと、彼女から剣術と魔術を教わっていた自分くらいしかいなかった。そしてまだまだ粗削りだった自分が敵うわけもなく、おされていた。村人たちを守ろうとして、自分が魔物に襲われそうになってしまう。不意の一撃で倒れそうになった時、マイアが庇って地に伏してしまったのだ。
その瞬間は、今でも覚えている。身体から噴き出したマイアの鮮血が顔にかかり、ガクガクと壊れた人形のように震える彼女の姿が、頭から離れない。残った魔物は彼女の最後の力で一掃し事なきを得たが、そのあとの方が大変だった。
彼女に守られていた村人たちは、突然変異した魔物が襲ってきたのは部外者がこの村にいたからだと、エイリークを責め立てた。どうしようもない悲しみや恨みを、異種族の自分にぶつけているとは、頭では理解していた。だけどどうしても納得はいかなかった。それでも、自分の居場所がここにはもうないこともわかっていた。失意の中で自分の師の墓を作ることも出来ずに逃げるように村を出て、今まで旅をしてきた。
そのことをヤクに伝えれば優しく、辛かったなと声をかけてくれた。
「いえ、そんな……それに、俺のせいで師匠は……」
「そんなに自分を責める必要はない。その突然変異の魔物については、私も軍に調べさせているが……」
「……ありがとうございます」
マイアのことについて責められると思っていたが、その逆で慰められるとは思っていなった。思わず視界がぼやけそうになる。
ヤクは机の引き出しからあるものを取り出し、自分の前に置く。小さな箱だ。
「……私がキミに伝えたかったマイアさんのことだが、これを預かっていたんだ」
「なんですか、これ?」
「開けてみるといい」
そう言われて見てみると、何やら文様が刻み込まれたアンクレットがそこにあった。そこには古代文字で「我が最後のいとし子に 女神の加護があらんことを」と書かれてある。加えて僅かばかりかの、覚えのある魔力を感じる。それは間違うはずもない、マイアの魔力だった。
何故ヤクがこんなものを持っているのだろうか。それに、預かっていたとはなんなのだろう。そんな疑問が表情に記されていたのだろう、ヤクが説明してくれた。
「私が以前マイアさんに魔術を教わっていた時に、キミのことは聞いていた。バルドル族らしからぬ明るさを持った、手のかかる大事な弟子だと。私自身、キミに逢うのを楽しみにしていたが……。その前にマイアさんの事件があって、キミは行方不明になっていたからな……」
「そんなことが……」
「弟子のことを考えん師などいない。マイアさんは、本当にキミのことを大切に想っていたんだな」
そう言うヤクの表情は柔らかく、その顔がとてもマイアに似通っていたものだから。思わず、少しだけ泣いてしまった。ヤクは何も言わず、ただ優しく見守ってくれていた。
少しして落ち着いてから、見苦しいところを見せて申し訳なかったと謝罪する。
「謝る必要はない。ずっと一人で抱え込んでいたのだろう?それにマイアさん関連では、私に対してしか吐き出せんだろうからな」
「っ……ありがとう、ございます」
「キミの旅が終わったら、墓参りに行くといい。生前マイアさんが気に入っていたという花畑に、眠っているはずだ」
「もしかして、師匠の墓を……?」
「一番の気がかりだと思ってな。今の話を聞く限り、しっかりとした手向けも出来なかったのだろう?」
確かにそうだ。あの時は逃げることに必死になって、大切だったマイアのお墓すら作ってあげられなかった。それに対してまた礼を述べれば、その礼はマイアさんにするべきだと諭される。
ヤクに対しての第一印象は正直、とても怖く冷たい人だと思っていた。しかし話してみると、実は本当に心が優しい方なのだとわかった。そんな人を師匠に持つレイのことがとても羨ましい。自分もそうだったが、親の心子知らずではなく、師の心弟子知らずなのだな。そう痛感した。
この人がレイの夢の話を信じないということも、何か理由があるのだろうか。尋ねてみたい気持ちはあるが、今それを確認してはいけないと、心の何処かで感じている。まだいつか聞ける機会はあるだろう。
「さて、話はこれだけだ。今日はもうゆっくり休むといい」
「あ、はい。本当にありがとうございます」
立ち上がり、部屋を出ようとして、これだけは言わねばならぬと振り返る。
「あの……レイと、仲直りしてくれますか?俺、レイからあなたの事を聞いてたんです。とても尊敬してるって。それなのに、さっき大喧嘩してたみたいだから、その……」
「そのことか。まさかキミに心配されるとは思っていなかったが……確かに、あの時は私も意地になりすぎたな」
そう、ヤクとレイにはしっかりと仲直りをしてほしかったのだ。自分はもう師匠であるマイアに恩返しをすることは出来ない。だがレイは、その機会がこれからいくらでもある。それなのに、意識を失う前に見た大喧嘩で互いがすれ違ったままであるのは、自分にとって悲しい以外の何物でもないのだ。その事を、先程のヤクとの話の中で気付かされた。
「出会ったばかりの、こんな子供に言われるなんて癪に触るかもしれません。だけど……俺、二人には仲良しのままでいてほしいから、だから……!」
「大丈夫だ。心配をかけてすまなかった」
「心配なんてそんな……!」
「だが、礼を言う。きっと明日には元通りだ」
それを聞いて安心した。仲良きことは美しきかな。
満足気に笑っておやすみなさい、と声をかけてから、レイの待っている部屋に戻るのであった。
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