第十二節 草木の村エルブ村

 草木の村エルブ村までは、なんの問題もなく着くことが出来た。草木の村と呼ばれることだけあって、村には様々な花が咲き乱れている。風に乗って香る花の甘い香りは、なるほど確かにこれは癒しの効果があるだろうことが予想できた。


 村に入ったレイとエイリークに、不審がる視線は1つもなかった。というのも、エイリークは大きめの外套を羽織って、そこに付いているフードを目深に被っている。万が一にも、バルドル族だと村人達に知られないためだ。

 レイからは何度も何度も、フードなんて被らなくてもいいと言われたものの。少しでも彼に迷惑をかけたくないからと、こちらも意地を張ったのだ。


 問題が起こらずに宿が取れれば万々歳じゃないか。自分がバルドル族だと知られて追放なんてされたら、また野宿をさせてしまうことになる。自分一人でなら一向に構わないが、昨日から休んでなかったレイにベッドで休んで欲しい。

 そこまで言えば、レイも納得せざるを得なかったのか、仕方ないと折れてくれた。お陰で今のところは、村人達には気付かれていないようだ。

 必需品を調達するため、街の商店街に赴く。活気溢れる商店街に、心なしか浮き足立つような感覚に襲われる。


「いらっしゃい、エルブ村自慢の草木を使った香り袋はいかがかな?」

「エルブ村特製の薬草を挽いて作った塗り薬もいいぞ、切り傷擦り傷これ一個でたちまち回復さ!」

「さぁさぁ見てって見てって!野ばらで作ったアイスクリームも美味しいよ!」


 村人達はみんな笑顔で、穏やかな空気が流れている。魔物に襲われる村も少なくないが、少なくともここにはそういった驚異の類は見受けられなかった。平和でいい村だ。隣にいるレイも同様に感じていたのだろうか、目が輝いていた。

 そういえば薬を買っていなかったと、レイから告げられる。付き合って欲しいと頼まれ、断る理由もなかったので同行することにした。薬屋に到着すると、40代ぐらいの明るい女店主に出迎えられた。


「おやいらっしゃい!エルブ村特製の塗り薬はどうだい?ハーブの香りもついてるから虫除けにもなるよ」

「じゃあ、それ2つ貰おうかな?あとは湿布もいい?」

「はいよ、合計で130クローネだね」


 クローネとは、このカウニスでの通貨のことだ。

 財布を取り出して言われた金額を渡すと、軽く包装された塗り薬を2つ渡される。薬を受け取り礼を言ってから、レイがあることを尋ねていた。


「そうだ。ねぇ店長さん、この村にミズガルーズの軍人たちって来た?」

「ミズガルーズの……ああ、世界巡礼のことかい?来てくれたよ、綺麗な魔術師様と男前の剣士様がね。ここ最近物騒だろ?この村も実は数日前魔物に襲われてね……」

「そんな風には見えないんですけど……」

「そりゃそうさ。なんてたって軍人様達が襲って来た魔物の親玉を倒してくれたからね!」


 そして村の復興も手伝ってくれたお陰で、随分早く村の活気が戻ったものだと嬉しく語る女店主。それを聞いたレイは心なしかな、嬉しそうに良かったねと呟く。

 なんでレイが大都市ミズガルーズの軍人のことを気にしているのだろう。不思議に思いつつも、今は触れない方がいいと判断。何も聞いてないフリをした。その後も必要になる物を買い込んで、結局宿に着いたのは夕方の6時過ぎだった。


 部屋が空いていることを確認して、ダブルの部屋を取る。案内された部屋は村のシンボルの花時計が綺麗に見える場所であり、偶然とはいえラッキーなことだと笑う。各々荷物を置いて、一息つこうとベッドに腰掛けた。


「正解だったでしょ?俺がフードを深く被っておけばバレることもなくて安心して宿を取れるって」

「確かにそうだったけど……なんか納得いかない。そもそも隠さなきゃいけないってこと自体おかしいだろー!」


 そう言ってベッドに大の字になるレイのことを見ながら苦笑し、まぁまぁと宥める。自分は慣れているから平気だし、こればかりは納得してもらうしかない。


「レイの言いたいこともわかるよ。だけど、我慢も必要ってことさ」

「俺はこれを我慢って認めたくない」

「だけど、ふかふかベッドには変えられないだろ?」

「うぐぅ痛いとこ突きやがって……」


 どうやら納得してくれたらしい。そういうことだからと伝えれば、善処はすると期待値が低い返事が返ってきた。感謝の言葉を述べ、いつもしている愛用の大剣の手入れを始めることにした。

 その様子をレイに興味深そうに見られる。あんまりにも食い入るように見つめられ、思わず尋ねた。


「えっと、そんなに珍しいかな?」

「そりゃあもう。俺は魔法の杖しか使わないし、学校でも周りはみんな魔術師ばっかりだったからな」

「学校……。って、え?レイって学生なの?学校は?」

「ああ、今はウィズダムって言って、来年の進路を決めるために一年間の休暇が与えられるんだ。それぞれ旅に出たり勉強に励んだりして、来年の自分の進む分野を決めるって期間さ。だから俺は旅に出てそれを見つけようって思ったんだ」


 本当は魔術の修行をするつもりだったけどね、とはにかむレイ。

 それを聞きながら、剣に打ち粉をして磨く。磨かれた刀身を見て大丈夫であることを確認してから、大剣を鞘に収めた。


「そっかぁ……学校って、ミズガルーズにある学校のこと?」

「正解。よくわかったな?」

「さっき薬屋でミズガルーズの軍人のこと聞いてたでしょ?あれで、もしかしてミズガルーズ出身なのかなぁって思ったんだ」


 違ってたらごめんね、という言葉も付け加えて。剣をベッドの脇に立てかけて再びベッドの上に座り直した自分にレイは、んー、と微妙な反応を示す。何か不都合なことでも聞いてしまっただろうか?


「育ちはミズガルーズだな。軍の事を聞いたのは、ほら俺には師匠がいるって言ったろ?その師匠が今回世界巡礼の任を任されているから気になっちゃって、ついな」

「ということは……レイの師匠さんって軍人さんなの!?」

「そう。一部隊の部隊長さ」

「えぇぇええ!?」


 あまりにも予想外の答えに驚く。大都市の軍隊の軍人の、しかも部隊長の地位をいただいている人物が目の前の少年の師匠だなんて。普通では考えられないし、ありえない。なんて羨ましいのだろうと思うし、驚愕の事実に開いた口が塞がらない。

 それこそ自分の反応に、そんなに驚くようなことかと、レイに疑問の目を投げかけられる。


「なんか、凄いね……」

「そうかぁ?あんな小言ばっかりで暴力的で難しい課題ばっかりする鬼のような師匠なんだぞ!?」

「それでも俺から見たら凄いの一言しか出ないよ……」


 その後も他愛ない話をしながら提供された食事を摂り、明日も歩くからと早めの就寝にした。

 夜の帳が下りて深くなった頃。手洗いに行きたくて少しだけ起きていた。再びベッドの中に入ろうとして、隣で寝ているはずのレイの呻き声が耳に入る。


「……レイ?」


 その声が気になって隣の様子を伺えば、苦しそうに呻いているレイが確認できた。玉のような汗をかいて、酷く苦しそうだ。尋常じゃないその様子に、思わず彼の肩を掴んで身体を揺さぶる。


「レイ、レイ!?しっかり、起きてレイ!」

「んっ……ぅ、や……」


 起きる気配がしない。どうしたらいいのだろうと辺りを見回していると、ふと目に付くものがあった。

 ベッドランプの空いているスペースに置いてある、レイがいつも身につけている淡い黄色のペンダント。そのペンダントのトップの水晶玉が、淡く光っている。なんだろうと手を伸ばして、


 バチッ


「うわっ!?」


 大きく弾かれ、思わず目を瞑った。


 ******


 次に目を開いて飛び込んできたのは、燃え盛る炎の街だ。あまりに悲惨な光景に、声すら出ずにいた。

 なんだここは、一体どうして街が燃えているんだろう。そもそもここは何処なんだろう?なんでこんなところにいるのだろう?疑問は尽きない。

 しかしここはどうやら夢の中か何かであることは理解できた。燃え盛る街の中なのに熱くないのだ。肌が爛れるような熱気を、全く感じない。なんてむごい光景なんだろうか。

 キョロキョロと辺りを見回して、目の前に自分の見知った人影が見えた。レイだった。呆然と立ち尽くすレイの上へ、焼けて崩れた建物が落ちてきて、そして──。



 はっ、と意識が戻る。

 そこは自分達が泊まっているホテルの一室で、気付けばペンダントの光も消えていた。


 (なんだ、今の……)


 疑問が尽きないが、未だに目の前で寝ているレイは魘されている。今は疑問を抱いてるときではない。とにかくレイを起こさないと。


「ねぇレイ!聞こえる?起きて!」


 さっきよりも大きく揺さぶって、なんとか彼を起こそうと必死になった。肩を揺さぶり、頬を軽く叩き、必死に呼びかける。


「ねぇ、レイってば!!」


 大きく呼びかけて、これでも起きなかったらどうしようと不安になっていたが。


「ぁ……」


 目を急に開いて、身体をビクつかせたレイ。

 そして、


「……えぃ、りー……く……?」


 不安そうに自分を見上げるレイが、そこにいた。

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